炎上
打倒出涸らし、慈悲は無し。
その一念に心血を注ぎ、ヤツを鶏ガラスープにすべく、俺は魔法の修行に励む。
………でもね、ダメでした。
これは言い訳じゃない。俺の目の前に立ちはだかった非常に厳しい現実だ。
そりゃね、お約束とばかりに見事に邪魔が入りましたよ? 先生方は俺に稽古を強いるし、出涸らしは俺で遊ぶし。
しかし、俺はそれにも折れずに、未来の栄光を掴む為に頑張りました。聞くも涙、語るも涙で御座います。
………でもね? やっぱりダメでした。
俺は魔法を使えない。理由はやはり、何かが足りない。いくら思考し、イメージを練ったところで、頭を捻っただけでは魔法は発動しなかった。
これはもう、ココはそういうシステムの世界なんだろうと思う他ない。厳しいね。
先生方に強制される稽古でレベルは上がり、それによって自分に感じる魔力的なパワーも伸びている。だから魔法はある。出涸らしもアレで飛べてるし。残念だが今は魔法を諦めて、他の能力を伸ばすことにする。
他の能力、それは魔力感知だ。こんな定番っぽいのは普通に出来た。簡単に、と言うほどではなかったが、自分の魔力を感じとれるなら、他の魔力も感じるのでは?という単純な思考だ。テンプレだしね。
レベルアップをする度に、瞑想修行を重ねる度に、その能力は少しずつ進歩している。あまり集中出来ない環境なので、本当にぼんやりと、短い距離しか感じとれないが。何事も継続は力なり、だ。
………本音を言えば、マジでもうチョットだけ静かに集中させて欲しい。出涸らし、クソうぜぇ。
そうなのだ。空から来たる害鳥がマジでウザい。必死に探しても見つからない癖に、ちょっと気を緩めれば襲ってくる。この前は正面からアイアンクローをされた。勿論ブチキレました。
――うわっ!? マジで出来ちゃたっ。うっそホントにチョロすぎぃ〜。あ、間違えた。トロすぎぃ〜。……どっちでもいいかっ。こうゆーのって、「欠伸が出てしまいますわよ?」って感じ? お主もまだまだよのぉ〜。オ〜ッホッホッ!
こんな感じ。……こうなれば、俺の怒りはポイント・オブ・ノーリターンだ。温厚なトー○スさんもビックリな暴走特急の如く、追突激突待ったなしの警笛鳴りっぱなしである。もはや止まらぬ。
――俺の魔力感知でキサマを捕らえ、煮え滾る圧力鍋の如き怒りでじっくり料理してくれる。調味料はキサマの涙だ! 勝利の味は、格別のものとなろう。ふっ、ふははっ、はーっはっはぁっ!!
自分、食いしん坊なんで。激オコだと、こんなんなります。
レベルが上がった。
今のスペックは当社比1·5倍、沸点マイナス90度である。もうね、頭にキすぎて冷めた憎悪ってヤツですよ。ここまで私を追い込むなんて、ホント大したヤツですよ、あの出涸らしは。
あれからも、来る日も来る日も、毎日々々、ずっと、ずぅ〜〜っと、ヤツは私を休まずおちょくり続けました。お陰で思考が冴えわたり、時間の感覚もありません。そのくらいに手間取らされました。しかし、その分レベルも上がりました。
いよいよ、待ちに待ったクッキングの時間です。
荒野は何時も変わらずアンデッド日和。ぬるい風、錆びた大地。塵も舞わない止まった世界。
瞬く光で全てがモノクロに染まり。それは古い映画のフィルムの様に、カクカクとぎこちないコマ送りの西部劇。
特に待ち合わせなどしてはいないが、俺達は自然と顔を合わせた。目の先、俺の顔の高さの岩に降り立ったスケルトンハーピィーと見つめ合う。息は届かないが、殺気は感じる。目と目が合う、それはガンマンの距離。
――……今日は死ぬにはいい日だ
「………ぷふぅーーーっ!!」
はい、黄昏てたら笑い頂きました。プチッときたら開始です。
手の中に握り込んだ石を飛ばす。狙いは出涸らし。極力小さなモーションを心掛けるも、豪速球のソレを当然のようにヤツは躱す。羽ばたき一つで得意のフィールドへ翔び立つ。
絶対優位のワンパターン。それに対する俺の編み出した答えは……カンフーキックだ。
――あああちゃあーーー!!
増し増しのスペックで放つ爆発的な飛び蹴りで宙を駆ける。……冷めた頭で考えたんだが、骨になった俺って普通に空飛べたわ、うん。
しかし、所詮は翼を持つ身と持たざる身。俺のキックは軽い羽ばたきで避けられる。すれ違う横で「ぷっ」とヤツは笑う。オノレェ。
それでも俺の策は終わりじゃない。狙いは単純。宙で身体を捻り、攻撃を避けたヤツへと再びの投石。左右の手に持つ石礫の弾幕だ。
今までにないパターンの攻撃に出涸らしは少しだけ驚いた。そしてクスッと笑ったようだった。ま、普通に避けられるしね。ビックリしたのは俺が空中で攻撃してきたからで、今の攻防は既存のパターンの延長線上でしかない。スルッと簡単に、目にも止まらぬ速さで攻撃範囲から抜け出した。
――そんなこと分かってんだよ、出涸らしがっ!
悪態をつきながらも着地と同時に両手で地面を握り締める。次弾装填、準備良しってことで。俺は再び地面を蹴って、空を舞う出涸らしを追い駆ける。
いえ、ね? 手札が少なすぎて、作戦らしい作戦なんて組めないんですよ。もうね、純粋にスペックで力押ししか手段が思い付かないんすわホント。
――うわー。マジなの? それマジになっちゃってるの? ないわ〜…。マヂでないわ〜それ。キレたら何とかなると思ってるとか、マヂで頭からっぽなんですけどぉ。人生ナメすぎじゃん、君ぃ〜?
………そんな「ぷふー」に、俺は万倍返しを決意します。覚悟しろゴラァ! ゆとり舐めんなって言われる世代舐めんなぁっ!
石を投げながらの追いかけっこ。ときどきロケットジャンプのカンフーキック。宙返りからの石礫ショットガン。それなりに鋭い攻撃を、ヤツは犬骨以上のスピードで避けていく。そして厭らしく嗤う。
……正直に言えば、俺にとってこの戦いは「ハエたたき」でしかない。実害は被るが、それでも致命にならない憂さ晴らし。気が済まないのは事実だが、それだけと言えばそれだけだ。
しかし、それでも芽生えた意地があった。馬鹿にされたまま終われるかっ! そんな気持ちでスピードを上げる、効率を上げる。今の俺ならもっと速いはず、もっと強いはず。
そうすれば、本当に少しずつ、ほんのチョトだけヤツに追い付く。追い縋る。追い詰める。感知がヤツのスピードを捉えた始めた。無限の体力で食らいつく。実践に勝る訓練は無いってね!
「………っ!?」
石がヤツを掠める。ギリギリの回避を強いる。ヤツの焦りを感じる。
逃さない。絶対に逃がさない。今の俺は本当の暴走列車だ。
しかし、俺は気付くべきだった。熱くなり過ぎた。
俺が逃がさないつもりでも、それでも出涸らしは何時でも容易に逃げられたのだ。高く高く空へ舞えば、只それだけで俺の手はもう届かない。
それでもヤツは逃げなかった。その虚ろな眼窩は燃えていた。憎悪の視線で俺を捉えていた。……あの犬骨のように、決して忘れ得ぬ情念がある。噛み締めた奥歯は、自身の叫びを喰らうかのようだ。
――……まただ。何故そんな目で俺を見る? 俺を恨むっ?!
絡まる視線を外すことが出来ない。叩きつけられる感情をいなすことが出来ない。それを知ってしまえば戸惑いばかりが膨れ上がる。
そして、俺はとうとう追い縋る足を止めて立ち尽くしてしまった。
………。
「………」
再びの沈黙。ただ見つめ合うだけの止まった世界で、カクカクしたぎこちない感情が蠢いている。雷光が心を焼き付かせる。古いフィルムのモノクロームだ。………そんなモノ、俺にはさっぱり分からない。
「………フンッ」
はっきりと声が聞こえた。気に入らない、そう言ってヤツはそっぽを向いた。そして、もう見るべきモノはないと、空の闇へと消えていく。
やはり俺は呆然と、それを見送ることしか出来ないままで。
――……ちくしょう……ちくしょう畜生っ! ホントに一体、何だってんだよっ?!
………スープにするのは待ってやらーな。