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執念


 修行の日々は続く。

 とは言っても、相も変わらず毎日毎日昼夜ぶっ続けで骨先生達に戦いを挑んでいるだけだ。適当に荒野を歩いていれば、骨先生が地面から起き上がり俺に稽古をつけてくれる。

 コツコツと順調にレベルアップはしている。しかし流石は弱モンスターのスケルトンと言ったところか、その経験値は微々たるもので、劇的な強化は果たしていない。現状は、塵も積もれば山となる、の精神である。

 しかし、たまに先生達は張りきり過ぎて、同時に百人くらい出てきてしまう。

 そんな時は、


 ――あ、いや、その…。はっ、腹痛ぇっ! ちょっ、トイレ行ってきますっ!


 という感じのアクションで全力で早退させてもらっている。喋れないが伝わっていると思う。先生方は脳筋なので、大概それで見逃してもらえる。どうやら山に近付くほど熱心な先生方が多いようで、未だに荒野から出れない。

 この荒野は不思議な場所である。常に雲が空を覆い、闇を照らすのは雷だけ、しかし雨は降らない。それ故にここは荒野となったのか、生命の痕跡はなく、いるのは骨だけ。ここは、所謂ダンジョン的な何かなのか、それなら先生方の無限湧きも納得だが。じゃなきゃもうココは呪われた土地だ、絶対そうだ。

 ……マジ怖いんで、早くここから抜け出したい。その為にも強くならねば……。


 時間の感覚が無いので、この世界に来て何日たったのかは分からない。ただ只管に先生方を砕く日々。

 そんな俺にも好敵手が出来た。犬骨である。

 ヤツは先生方よりも素早く、ずる賢く、生意気で、はっきり言って嫌なヤツだ。砕きたい。

 先生方と稽古に励んでいると、ヤツは何処からともなく現れるようになった。そして俺が稽古でボロボロになるのを待ってから襲い掛かって来るのだ。汚い。

 犬骨は、恐らく同一個体だ。戦いは相性の問題で毎回決着はつかないが、ヤツは必ず最後に鼻で笑って去っていく。マジむかつく。

 アイツは調子に乗っている。チビの癖して「当たらなければ如何という事はない!」とでも思っているのだ。しかし、お前の攻撃だって俺には全然効いてない。ホントーに、滅茶苦茶痛いだけで、俺は泣いてないし、骨だって折れてない。だから俺は負けてない。……ただ、弱いと思われたままでは悔しいので、何時か絶対にボコボコにしてやりたいと思います。


 武器が無い現状、頼れるのは己が身一つ。先生方とは常に一対多数。空手だかカポエラだかを使う先生方に対抗するには、兎に角その数を捌かなければならない。あと犬誅すべし。

 俺はスペックだけは高いはず。しかし、前世ではコンニャクの如き頼れる脂肪で身を守っていた俺は鈍くさい。ガイコツの身体になった今でも、高い防御力に頼って殴られるままだった。せっかく軽い身体を手に入れたのに、それではいけない。


 ――だから俺、カンフースター目指します。ほあちゃあーー!


 バカみたいな思いつきだが、意外と合理的ではないかと思う。だって先生方の数はひたすら多い。無双するゲームみたいに一撃で数十人倒せるわけじゃないから直ぐに囲まれてしまう。なら、昔のカンフー映画よろしく先生方と仲良く木人拳すればいいんじゃない? …骨人拳か?


 さっそく実践だ。近くにいる先生方は六人。フム、丁度いいんでなかろうか?


 ――先生方っ。宜しくお願いします!


 ………。


 ボコボコにされました……。

 それでも諦めずに何度も何度もやってみる。

 やってみて分かった事。四方八方からの攻撃を全て捌くなんて、そもそもが無理。スターでも無理。大事なのは手を止めないこと、どんな体勢からでも次に繋げられる手札を持つこと。更には一所に留まらないこと。

 常に動き続け、自分の有利を掴もうとしなければタコ殴りの状況は変えられない。もっと功夫を練るんだっ!


 それからはひたすらに骨人拳の日々。今日も、明日も、明後日も。毎日々々骨人拳。骨の身体で使わない場所は無い。全てが俺の武器であり、俺の防具。拳を肘を、膝を打ちつける。腕で足で、肩で受ける。殴られたら殴り返し、蹴り倒されたら足を絡める。掴まれたら捻り返し、捕まったら転げ回る。見様見真似のテツザンコウ、自棄になってジャイアントスイング。カンフー? 知らん。


 ハイッ!

 ハイッ!

 ハイヤァ~~!

 ホアチョーーッ!

 アァァァタタタタタタタタタタア~~~………ッ!!

 ……ぐふっ!?


 そんな俺を、遠くで犬骨がジッと見ている。……野郎、絶対笑ってやがる。今に見ておれっ!






 レベルが上がった。俺は喧嘩番長の称号を手に入れた。

 先生方は印可をくれないので俺はカンフーマスターにはなれないが、功夫は上がった気がする。少なくともちょっとやそっとでは怯まないド根性は身についた。スペックも初期より二~三割は増している、感覚的に。

 もう昔の俺ではない。

 ……勝負だっ、犬骨!!


 赤黒い大地に散らばる骨。墓標のない墓場。轟く雷鳴だけがそれを白く染め上げる。

 距離を置いて睨み合う俺と犬。俺が静かにカンフーっぽい構えで腰を落とせば、ヤツも四肢で地面を掴み牙を剥いた。

 互い、眼窩は虚ろ。その中に熱い火が灯っている気がする。今はない肺腑を幻想し、息で功夫を練る。


 稲光が、瞬いた。


 カタタタタタッ!!


 瞬間、俺達は駆け出す。距離は数歩で埋まり、勢いそのまま互いが仕掛ける。

 グッと腰を落とし、拳を固め、一歩ヤツへと踏み込む。そこからの下段突き。体格差からくるリーチの違いは如何ともしがたく、犬には避ける以外の選択肢はない。しかし避けてから距離を詰めるのが早い、流石は四足。

 しかし、俺だって巨人の如き巨体。腕の一振り、足の一歩の範囲はデカい。四肢をブン回せば、それだけで攻防一体。手足を広げ、犬を中心に常に円を描く様に動けば、それだけでヤツは近づけない。

 ……ふははははっ! 見たか、これぞ俺の骨人拳! 傍からすれば、クルクル回ってるゴリラを犬がはしゃいで追いかけている様にしか見えないがなっ!! ……だって仕方ないじゃん。互いの大きさが違い過ぎるんだ。俺は基本、下に攻撃するしかないから、これ以外だとドタバタ足踏みして踏みつけるとか、噛まれたところを蚊を叩くみたいするしかないんだ。それって戦いじゃなくね? 相手が先生方なら、もうちょっとソレっぽくなるんだけどね。

 犬骨は、流石は異世界の生き物?と言ったところか、信じられないくらい身のこなしが軽い。非常に戦い慣れた動きで、こちらの連続攻撃もヒョイヒョイ躱し、その隙間を狙って駆け込んでくる。素早さではとても敵わない。

 しかし、今日の俺は一味違う。それを今から見せてやる。骨の拳を強く握りしめ、大きく振りかぶった腕を……大地に、突き刺す!

 それは地面を揺さぶり、土を巻き上げ石礫を飛び散らせた。中には先生方の骨まで混じっている。これは流石に犬骨も完全には避けきれない。衝撃とその余波を受けて、ヤツは大きく吹き飛び、地面を転がる。俺のスペックが上がったからこそ出来る技だ。

 どうだ見たか!とばかりに、俺は悠々と体を起こして転がる犬を見下ろす。視線の先では、ヨロヨロと立ち上がる犬骨の姿がある。それを、腕を組んでニヤニヤとねめつける俺。


 ――オレ、勝者。オマエ、敗者w


 そんな嘲りに、犬骨は正面から睨み上げてくる。……よかろう、格の違いを思い知らせてやるっ!

 そこからは一方的だ、ワンサイドゲームだ。クルクル避けながら適当に犬骨の近く拳を落とせば、それだけでヤツは吹き飛んでいく。……しかし、ヤツは諦めない。土で汚れてしまった身体に鞭打って、骨をカクカクさせながら何度も何度も立ち上がる。牙を剥き、声にならない雄叫びを上げる。


 ――………一体、何がオマエをそうさせるんだ? もういいだろう? 俺の勝ちだろ……っ!


 その姿は、幽鬼だった。先生方と同じように…それ以上に、忘れられない情念と、負けられない意地があった。そう、コイツには……豊かな感情があるんだ。虚ろな眼窩のその奥に、消えない灯が燃えている。

 俺は震える犬にゆっくりと歩み寄る…見るからに立っているのもやっとという感じだ。それでも威嚇してくるソイツに手を伸ばし……指を噛まれる。


 ――………痛ぇ………


 ボロボロになりながらも、必死で噛み砕こうと頭を揺する犬骨。しかし、それでも俺は痛いだけだ、骨は砕けない。

 やがて、それは無駄な足掻きであると悟ったのか。犬骨は俺の指から顎を放し、声のない叫びを一つ寄こし、トボトボと荒野へ消えていった。

 稲光が映すその後ろ姿を、俺は呆然と見送るしかなかった。


 ――………ちくしょう……何だってんだよ……?!


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