骨先生
不気味な雰囲気を醸し出す荒野を彷徨い歩く。そうして分かった事がある。
まず、俺はやはりアンデッドよろしく三大欲求が無くなった。……まだ童貞だったのに……。
とはいえ、この何も無い荒野では非常に助かる。何せ本当に不毛の大地と骨しかない。分厚い雲の所為で昼夜がはっきりと分からないが、恐らくここに来て三日は過ぎている。その間は只管に歩き回り、骨から逃げ惑い……。もしも俺が人間のままだったら確実に死んでいる。
そんな調子であちこち放浪したが、本当にここにはそれ以外は何も無い。希望としては、盆地の様にこの荒野を囲む、遠くに見える山々へ向かうしかない。
しかし、それを骨達が阻んでいる。
骨達は、この荒野の無数にいる。無数だ、そう言ってもいい。行く先々で地面から這い出て来る。ホラーだ、怖えよ。一度這い出たら、地面の中には戻らずに荒野を徘徊している。なので時間が経つにつれてドンドン増える。ヤベェよ。しかもコイツら、何故か俺だけしか襲わない。俺ぼっち。
――俺って君達の仲間じゃないの? 角、生えてるよ? 友達になろうよ?
そんな感じで近付けば、集団リンチされました。……先生、イジメです。アイツら寄って集ってボコボコにしてくるんです。もう、骨コワい。骨キライ。
しかし、だからこそ俺とヤツらは明確に違う何かなんだろう。それがハッキリと分かった。
第一に、スペックが違う。俺強い、アイツら弱い。
骨達に囲まれての殴る蹴るの暴行に、俺の骨は耐えた。滅茶苦茶に痛かったが、折れたりはしなかった。
そして暴行に耐えかねて、俺は半狂乱になり暴れた。その勇士たるや、鳴き喚き、鼻水垂らしてグルグルパンチを繰り出す幼児にも引けは取るまい。
――うわああ~~ん! やめてよぅ、やめてよぅ! あっちいけよぉっ!!
………こんな感じ。……こっちだって必死なんだよっ!
そして俺は逆襲を果たした。グルグルパンチは見事にヤツらの骨を砕き、木端微塵に吹き飛ばした。
……フハハハッ! 思い知ったか骨粗しょう症どもめ!! これに懲りたら、もう二度とこっち来るなっ。腕もげても足もげても這って襲ってくるとかマジ怖ぇんだよ! 噛みついてくんなっ! トラウマだよっ!?
そんな訳で、勝てると分かっていても骨達とは出来るだけ戦いたくない。ヘタレの誹りを受けようとも、怖いものは怖いのだ。
第二に、これは感覚的にというか、感情的にというか、そんな曖昧で、しかしはっきりとした違い。俺は俺だ。そして骨達は……怨霊だ。
ヤツらからは恨み辛み、怒り、悲しみ、そして妄執。そんな負の感情を感じる……。本当に必死で、命懸けで俺を襲ってくる、殺しに来ている。そんな気がするのだ。
……俺はそんな感情を抱いたことはない。骨になった今でもだ。だからこそ、俺はヤツらの仲間ではないのだろう。本気の負の感情を、人に向けられた事など今までなかった。心底恐ろしいと思う。例えそれが俺にとっては理不尽でも、その感情を持て余してしまう。
……本当に骨達とは戦いたくない、怖いしね。あと、グルグルパンチで成仏とか可哀想だ。
最後に…これが一番重要だ。異世界には、この世界には恐らく……レベル的な何かが…ある!!
……ひゃっーーほぉーーーっ!! レベルっすよ、レベルゥ! 俺、もっと強くなれちゃうわけよ。進化しちゃったりして、人間っぽくなれたりしちゃうのか? この先希望が持てますなぁ。将来はチーレムでウハウハですわw
いやぁ、骨達を致し方無く成仏させちゃったあと、なにか暖かいエネルギーっぽい経験値的な何かを自分の中に感じたわけですよ。そしたら、それからホンの少しだけ骨の調子が良くなっちゃって。これってつまりはレベルアップっしょ?
いやぁ~~、ホントに仕方がないけど。気が進まないけど。……正当防衛っていうか、ね? 俺はまだ死にたくないし? 死者に魂を引っ張られてはいけないと思うのですよ。骨達もいつまでも現世を彷徨っていないで、成仏させてあげないといけないでしょ?
そんな諸事情により……骨狩りだっ!!
うわあああ~~~!? 来んなっ、こっち来んなよぉ!?
………。
ちくしょうっ! いてっ、いてぇー!? マジ止めてっ!?
………。
うおおおおぉ!! このやろぉ! っへぶ!?
………。
やってやるぅ! やってやるぞぉっ!!
………。
喰らえ! グルグルパンチッ!!
………。
おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらぁ!!
………。
……ふっ、中々やるじゃねえか。今度はこっちからいくぜ?
………。
あ、ゴメン。マジ調子乗ってましたスンマセン。勘弁して下さ、あ、あぁぁ~~~………
………。
なるほど、こうかっ! フック! フック! ストレートッ!!
………。
レベルが上がった。
相も変わらず骨達の攻撃は痛い。しかし、こちらのスペックはホンの少しづつだが伸びてきている。最近はグルグルパンチは封印し、骨達のボクシングだかレスリングだか分からない格闘術を勉強している。只の喧嘩殺法のような気もするが、幼児の技よりかはマシだろう。骨達は俺の先生だ。……じっくり見てたら被弾率が半端なく上がってしまうのが問題だが。
棍棒でもあればもっと楽そうなのだが、ここには岩ぐらいしかない。骨の身体じゃ踏ん張りが効かなくて振り回せない。加工とかも出来ないし。投石は骨達に失礼そうだから一身上の都合で却下。エゴだ。なんかめっちゃ怒りそうだし。
そして今日も今日とて骨先生たちとの乱取りだ。彼等は本格的な実践主義だ。本気の殺意を教えてくれる。それを糧にして、俺は強くなる。目指すはチーレムですわww
しかし、先生達は全く減っているような気がしない。本当にどれくらい土の下に眠っているのだろうか? 復活していない事は分かっている。成仏した方々は地面に転がっている。
……それはつまり、それだけの死がかつてこの地であったと言うことなのだろう。そして、彼等が目覚めたのは、間違いなく俺の影響だろう。それまでは、ここは只の不毛の大地だったのだろうから。
まぁいい。考えても分からない。何せここには何もない。早いとこ成仏させてあげよう。
向かう先が何故だか騒がしい。先生達はカタカタしながら集団でお祭り騒ぎだ。もしもし、皆さんの生徒はここですよ? なんか全然違う方向にいってるな。
仕方が無いので距離を詰めれば、何やら小さな影を追いかけている。……なんだ? ホントに小さくてよく見えない。
目を凝らす……つもりでマジマジと集中すれば結構遠くでもなんとか見える。これもレベルアップの恩恵だ。そうしてようやく捉えた影は……骨?
それは白い骨、白骨だ。四本の足で走っている。獣か? でも骨だ。……マジでここには骨しかいねぇ……。まぁ、何かが生きられる環境じゃないとは思うが。
更に集団に近寄れば、彼らが何をしていたのかがよく分かる。……戦っているのだ。素早く動く獣の骨を、先生達が追いかけている。しかし先生達には相手が小さすぎる。相手が動けばパンチが空を切り、囲みは隙間だらけだ。一方の獣も果敢に噛み付き攻撃を仕掛けるが、相手がデカすぎる。全くダメージになってない。疲れ知らずのアンデッドにとって、それはとても不毛な戦いだ。
……先生達が、俺以外と戦っている。更には相手は今まで見たことの無い獣タイプのスケルトン。……仲間じゃないの? 恐らくオーガみたいな種族の俺達と、あの獣は……子犬、だろうか? 同じスケルトンでも仲間意識は皆無らしい。
しかし、俺達ってもしかして相当デカいの? 荒野には対比する物がなくてよく分からなかったが、犬っぽいのが普通の犬サイズなら、俺達3mくらいは余裕であるぞ。あれ、そうすると俺が目指すのは巨人ハーレム? エルフとか………ダメ?
――そ、そんなバカなあぁぁ~~~!?
俺の転生、エロフは…エロフは無しなんですか? ケモミミも熊獣人とかじゃなきゃアウトっぽい。というか、そんな巨体な人型種族ってどの位いんの? すげぇ不安なんですけど。あぁ、かなり人と変わらない骨格だったから油断してた。まさかそんな落とし穴が……。
……いや、もしかしたらあの犬は本当はチワワサイズなのかもしれない。希望を捨ててはダメだ。確かめなくては。その為もチワワを確保だ。先生方を止めなくては!
――先生方! 手出し無用に願います!! それ以上は、この俺を退けてからにして頂きたくっ!!
俺はアゴと歯を盛大に打ち鳴らし、骨先生達へ向けて突貫した。ほあちゃあ~~っ!!
カクカクカタカタッ……。
勝負は決した。俺の勝利だ。
厳しい戦いだった。勢いに任せてカンフーキックで先生方に挑んだが、空中でラリアットを決められて地面に墜落。そこからの袋叩き。雨あられと浴びせられる殴打の嵐から何とか立ち上がり、ピンボールの様に先生方に揉まれながらもなんとか勝利を手にした。……調子乗ってスンマセンでした。
粉々になって地面に転がる先生方を、稲妻の光が照らす。赤黒い大地に、骨の白が浮かび上がる中で、そこに影を落とすのはカクカクとよろめく俺と、目の前の犬っぽい獣の骨だけ。
コイツは俺が乱入した時点で闘いから離れていった。巻き込まれたくなかったのかもしれない。そして今、離れた所から俺をジッと見つめている。
改めて近くで見れば、コイツは立派な骨格をしている。犬か狼か、魔物かどうかは分からないが、鋭い牙と爪を持っているのが見て取れる。……ドコから見てもチワワじゃないし、成犬です。少なくとも大型犬くらいはありそうだ。という事は、俺らの大きさは少なくとも4m弱。
――……俺の……エロフ……
体からガックリと力が抜けて、地面に膝を着く。そのまま手を地につけて項垂れる。さらば、俺の異世界ハーレムよ……。
意気消沈していると、前から犬がカタカタとゆっくり近づいてきた。
――……お前、慰めてくれるのか?
おぉ、なんていいヤツだ。そうだな、俺はある意味コイツに助太刀したんだし、仲間意識が芽生えてもおかしくない。さあ、おいで。モフモフでないけど撫でてやろう。身を沈めて、首を下げ、肩を怒らせ……。あれ? なんか不穏なポーズじゃね?
――ッガブガブゥ!!
――っ!? いっってえぇーーーっ!?
犬は鋭い勢いで俺の首に噛みついてきた。騙し打ちだと!? 卑怯なりっ!?
犬は身体を捻り震わせ、俺の骨に牙を食い込ませようとする。中々放そうとしない犬の首を絞めるが、骨だから全然効果が無い。マジで痛ぇよ!? いやホントまじで放して下さい。
互いに地面を転がり、手足を叩き付け、十分ほど格闘したら犬はようやく諦め口を開いて放してくれた。直ぐに俺との距離を取る。そしてもう敵意を隠さずに、口をパクパクさせて威嚇してくる。生身だったら五月蠅く吠えている仕草だ、骨だからカクカクしているだけだけど。……野郎ぅ。
――上等だおんどりゃー! かかってこいやぁ!!
こちらもカタカタと歯を鳴らして威嚇する。暗い眼窩でメンチを切る。いやいや、ホントは俺、草食系なんで。これ、初メンチです。
無言での睨み合いが続く。スケルトンなんで、基本無言ですが。更にアンデッドなので、根比べなんてどれだけ長い時間でも出来てしまう。
…十分……二十分………三十分。……不毛だ、阿保らしい。俺はとうとう目を逸らした。こんなの精神的に疲れてしまう。俺はナイーブなのだ。
すると犬は僅かに身じろぎして、フンスと鼻で笑うような仕草をする。そして意気揚々と軽快に闇の中へ消えていった。
……ちくせう。俺にはヤツのドヤ顔がみえるぞ! 骨犬の癖して調子に乗りやがって。今に見ておれ……っ!