表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/19

魔物


 島から離れた海上、筏の周りに逃げのびた人魚たちが集まる。意外と多い。と言うかほぼ全員ではなかろうか。減ってないと言われば納得しそうだ。海に逃げる人魚たちを捕まえるのは至難の業だ。

 が、ここに居ない者も確かにいる。


『サヨ…アメリさん……。無事でいてくれ……』

『えっと……アヤメちゃんとソウさんも捕まっちゃってるからね? もうね、ホントにね?』


 そんなヤツらの事など知らん。

 捕まってしまった者たちは、他の人魚たちを逃がそうとしたり、島を守ろうとしたりして敢えなく…と、そんなことらしい。島の奥へ木材集めに行っていれば、海から来る賊の襲撃にも気づけないだろう。

 運が悪い…というか、コレ、俺の所為では?


『済みません、シェルドさん。俺が筏を作ろうなんて言ったばかりに……』

『いや、ガイコツ君の責任ではない。遅かれ早かれ、何時かはこうなっていただろう。ここも安全ではなかった。いずれは出て行かなければいけなかった。それが今日だっただけだ。……しかし、

これからどうするか……』

『……お母さん……』


 アメリさんや捕まった他の仲間たちをどうするか。

 勿論助けたい。それに、人魚たちには休める陸地が必要だ。故に島から離れられなかったのだから。他の土地へ旅立つ目処が立たなければ、ただ逃げるのも自殺行為だ。

 何より、俺はサヨを助けなければならない。


『……俺が行きます』




 夜の浜辺。

 たいした生き物の居ない狭い島。いつもなら波の音さえ騒がしく思える暗闇は、今は五月蝿い炎に住処を奪われている。襲撃者たちが野営しているのだ。


 ヤツらは大きな船で海を渡り、島の沖で小舟に乗り換え乗り込んで来たらしい。大型船が乗り付けられる港なんてこの島には無いから当然か。

 襲撃は昼を過ぎた頃。俺たちが戻ってくる前の、日が赤く沈み始めたくらい。人魚たちが一日を終え集まる時を狙ったのだろう。そして、そのまま島を乗っ取った。

 ヤツらも人魚には陸地が必要だと分かっていて居座るつもりか。そうすれば、人魚たちは何処にも行けないと思っているのか。まぁ、そうでなくとも陸地があれば船乗りは上陸して休むものなのかもしれない。夜に出航するわけにもいかないし、ずっと海の上にいたんじゃキツイだろう。

 そういう訳で、夜の島には招かれざる客がまだ居る。


 俺が今いるのは島の木々の中。一度海から上がって、そっと移動し身を潜めた。

 そこから見る島の夜景は、一変している。

 歓声を上げ、ギャアギャアと騒ぐ人間たち。見える数は…多くはない、五十くらいか。篝火に浮かび上がるその顔は一様に東洋風。暗い色の髪や目、ノッペリとした顔面。西洋人からすれば、地味な特徴のない見た目と言うやつだ。ケモ耳のオッサンとかいるけど……誰得だ。萌えねぇんだよ。

 身なりは…革の鎧だろうか、少なくとも金属っぽくはない。胴と脛当てだけ等の、比較的軽装。暑いしね、南の島だし。そして槍や弓で武装している。それが半分。

 残りは装備を外している。その服装は、簡単に言えば甚平みたいな前合わせの衣服。丈の短い涼しげな装い。防御力無さそうだな。もう海兵とかに見えない、普通のオッサンだ。

 それらが火を囲み、魚を食らいながら盃を煽る。明るい笑い声が静かな夜の海に響く。ひと仕事終えて陽気になっているのだろう。

 だが…それでもヤツらは略奪者だ。

 その火を燃やしているのは人魚たちの家だ。それを建てるのにどんな苦労をしたと思っている。

 その口に頬張るのは人魚たちの食料だ。食い意地の張ったシェメリが何度も食アタリして研究した美味い魚だぞ。木の実だって、人魚たちには採るのは楽じゃないんだ。

 ヤツらは……賊だ。


 ガサリ、と木々の闇から音を起てて歩み出る。見張りがコチラに目を向け、ビクリと肩を震わした。月夜に照らされて白く浮かび上がる俺の髑髏に驚いたのだろう。暗く沈んだ虚ろな眼窩と、隙間だらけの身体の向こうに闇が透けて見える俺の姿。


「〜〜〜っ!」


 見張りが何某か叫びを上げる。確かに、魚が跳ねるような中国語っぽい響き。でも俺、謝謝とニーハオしか知らないから、これが本当に中国語かは分からない。

 賊たちは叫び、騒がしく集まり、俺を指差す。武器を構え警戒体制。まだ少し距離があるからか、それほど慌ててはいない。休んでいたヤツらは座ったままで余裕そうだ。

 まぁ、相手はデカイが只のスケルトン。多分弱い雑魚だろうから、その反応が普通なのだろう。それとも腕に自信があるのか、笑ってやがる。

 その中の一人が弓を構える。狙いは当然、ゆっくりと歩み寄る俺。つがえた矢に妖しい力が宿るのが遠目にも分かった。

 そして放たれる一撃。風を引き裂く矢の音が、俺の額にぶつかり弾ける。思いのほか硬い音を響かせて、俺の頭が後ろへ仰け反った。

 痛い。スケルトンの弱点は頭なのか? 毎回毎回、遠慮無しにど突きやがって。ま、効かないが。ゆっくりと視線を戻して睨みつける。射手ボー然。


「〜〜〜!?」

「〜〜〜」


 おいおい何だよ、このヘナチョコめ。そんな感じでふざけ合う賊たち。

 そして別のヤツがまた俺を射る。俺、弾く。

 なんだ、俺に貸してみろ。また別のヤツが射る。俺、弾く。

 そしてヌルリと頭を揺らしながら虚ろな眼窩で睨みつける。


「「「………」」」


 沈黙、そして狼狽える賊たち。

 フフフ、俺のホラー演出が効いているようだ。すかさず追い打ちをかける。両手をWに構えて指をワキワキさせながら、夜空を仰いて歯を打ち鳴らす。


 ――カタカタカタッ!!


 一瞬の間を置いて、俺はノロリと静かに歩き出す。一歩…一歩。歩く………歩く……歩く…、駆ける!


「「「!?」」」


 賊たち騒然、目に見えて慌て出す。何事かを叫び上げ、あちらにこちらに右往左往。座って見ていたヤツらは急いで走り出し、武器を手にする。防具とか着けてる暇はないだろう。

 見た限りで周りに捕まったサヨや人魚たちの姿は無い。きっと何処かの家の中に閉じ込めてあるんだろう。

 なら、心置きなく暴れられる!


 走り寄る俺に槍――刃が広いから戟か?――を構える賊が、気合を一つ叫び挑みかかってくる。柄をクルクル振り回しながら走り出し、終いには自らも身体を回して大車輪。穂先に必殺の威力が宿る。

 なんちゃってカンフーの俺は、それを見てる事しか出来ない。ちゃんとした武芸者なんて相手にした事ないから、攻撃は見えていても、それにどう対処するのが正解か分からない。

 だから、取り敢えず受ける。勢いの乗りに乗った攻撃が俺の足へと振り抜かれる。

 ドゴンッ!!と凄まじい音を響かせて骨の身体にめり込む刃。めちゃくちゃ痛えぇーっ!? 足が浮きかけたぞ!

 それでも耐える。何でもない風を装いながら、回転男を目掛けて手を振り下ろす。何してくれてんじゃオラァー!

 乱暴な俺の攻撃を回転男はヒョイと横へ避ける。地面に打ち付けられた拳が盛大に砂を散らす。しかし、回転男はそれでも止まらずまた回転。ぶん回した槍を俺へと叩きつける。膝裏に食らわされた攻撃に足が崩れかけるが、それでも耐えて裏拳で回転男を払う。すると今度は華麗なバック宙で距離をとられた。

 その動きは正に武術。俺も負けじと対抗するが、大雑把な攻撃では回転男を捉えきれない。骨の身体に傷ばかりが増えていく。


 ――……あっれぇ〜? 俺のターンじゃないの? この回転男、普通に強いんですが?


 そんなだらしない俺の戦いに、浮ついていた賊たちも態勢を整えて攻撃に加わってくる。遠くから矢を射掛け、走り寄っては取り囲み。棍が唸り、カトラスみたいな曲刀を振り下ろす。俺の攻撃を飛んだり跳ねたりで避けまくる。

 戦いはまさに大規模討伐、レイド戦闘の様相を呈してきた。俺はプレイヤーにボコられるモンスターだ。痛い。

 そう、俺は魔物だ。だから人間に襲いかかっても人魚を人質にとられる事なく、気兼ねなく倒すだけの予定だったんだけど……いや、ほんとにどうしよう? 魔物っぽく粗暴な感じで暴れてたけど、もうそんな演技してる場合じゃない。コイツら倒せないとなんの意味もない。こんなはずじゃなかったのに。

 俺は骨人拳を発動させる。意識を切り替え、少しだけ動きが良くなる。足を踏ん張り動きをシャープに、スムーズに。繰り出す拳の軌道を小振りに速く、足捌きを動きに連動させて回転するように。

 すると賊たちがまたも騒ぎ出す。攻めが上手くいかなくなってきて、ヒヤリとする反撃が増えてきたからだろう。それでも俺より賊たちの動きのほうが上手い。連携のとれた一対多の戦いは、相手の方が有利だ。くそぅ。

 だから、その焦りは疲れだろう。何時までも倒れない俺はアンデッド。疲れ知らずの魔物。このままでは賊たちはジリ貧だ。


「〜〜〜!」


 賊たちの後ろで声が上がる。すると俺の周りからサッと男たちが引く。何だ?と首を捻る間もなく、感じる魔力のうねり。魔法かっ!?

 その感覚に振り向いて、そこに見えたのは真っ赤な炎。目の前に押し寄せる灼熱の激流。俺は火炎放射の嵐に包まれる。めちゃくちゃ熱いぃーーっ!?

 余りの熱さに腕で炎を振り払うも、しっかりと俺に標準された炎は纏わり付いて剥がれない。延々と俺を焼き続ける。アンデッドに炎攻撃はこの世界でも常識なのか。アツ痛い。

 身体を火で焼かれるあんまりな初体験に気が遠くなりかける。すると、大人しくなった俺を倒せたとでも思ったのか、炎の勢いがおさまってくる。


「………〜〜〜?」


 ヤッたか? 多分そんな感じの言葉だろう。真っ黒に煤けた俺を見て賊が呟いた。


 ――ヤッてねぇよ!


 怒りをあらわに歯を打ち鳴らす。何してくれとんのじゃ〜!と叫びたい。出来ないから態度で表す。邪悪ポーズだ。

 途端に慌て出す賊たち。それはもう必死の形相で今度は魔法を雨あられと打ち出した。ファイアーボールにウォーターボール。ウィンドカッターにロックアロー。そんな感じの攻撃の嵐。

 魔法の釣瓶打ちに俺は慌てて防御を固める。身体の表面で弾ける魔法。痛い、めちゃくちゃ痛い! そして防御しながらも気付く。俺って急所とかあんの? 守る意味ないんじゃないか?

 そう思ったから、痛いながらも我慢して魔法の嵐の中から飛び出し賊に襲いかかる。それを見た賊たちの顔に絶望が奔る。必死の応戦。


 ――そりゃあね、こんな怒涛の嵐から元気に出てくる怪物なんて怖いと思うよね。でもめちゃくちゃ痛いから。髑髏の顔じゃ表情が出ないだけで、コッチも必死だから!


 戦いは泥試合へと突入していく。泣き叫びながら戦う賊たち。痛む身体に鞭打つ俺。もうね、俺は相手を倒せる腕はないし、相手も俺を倒せる攻撃力ないから。こうなったら賊たちも人魚を置いて逃げるしか後がないと思うよ。

 しかし……何だ俺のこの防御力チート。


 グダグダの展開に、俺は油断した。油断してたから気付かなかった。

 急に背後から、何か大きなモノが俺に覆い被さってきた。軽い感触。何だ?と腕を振って払い除けるも、身体が自由に動かない。

 視界を覆うソレは、デカい網だ。

 しまった! 慌てて網を振り解こうとするも、賊たちは必死に俺を拘束しようと絡めてくる。多分、人魚捕獲用の網だったのだろう、簡単には切れないくらいには丈夫だ。暴れるも、段々と見動きがとれなくなってくる。

 そして必死な俺の前へ、あの回転男が飛び出してくる。鬼気迫る形相で、覚悟を決めた顔で、俺の顔目掛けて大きく飛び上がる。

 背後へと引き絞られた腕を構えて…それが必殺の一撃なのか。気合を叫んで俺の額へと、その拳が叩きつけられる!


 ――ヤバいっ!?


 その気迫に思わず身構える俺の額に……バチーンッ!と音が響いた。


 ………。


 ……軽い衝撃だ。え? それだけ?

 身動きとれない俺の周りで、賊たちは俺を見つめて緊張にツバを飲み、そして暫くの後ホッと息を吐く。空気が一気に弛緩して、何だかもう戦いは終わった雰囲気だ。え、何? 今の攻撃で決着が着いたつもりですか?

 不思議に思って自分の額の感覚に集中してみる。何か付いてる。コレは……布? 紙? 御札か。

 つまりはアンデッド封じ、と言うか魔封じ的な呪符か? いやでも、俺が動けないの網に絡まってるからなんだけど……。

 ボー然とする俺の目の前で、やいのやいのと回転男を称える賊たち。それを見ていると、俺の心が騒ぎ出す。……この空気…壊したい。

 捕われた身体に力を込める。網で雁字搦めにされているが、それでも何とかなりそうだ。

 ギチリ…と網が軋む。賊たちはギクリ…と俺を振り返った。静まり返る男たち。誰かがツバを飲む音がした。


 ――フフフ。今、満を持してっ、俺は網を引き千切る!


 ブチブチと嫌な音をたてて拘束を解いていく網。賊たちが後退る。俺は俯けた顔を上げ、一気に網を引き千切った。


 ――カタカタカタッ!!


 夜闇に歯を打ち鳴らして勢い良く立ち上がる。吼えるように歯をむき出して、賊たちを威嚇する。


「……〜〜〜っ!?」


 腰を抜かし、喚き散らして賊たちは逃げ惑う。その顔は絶望に満ちている。我先にと武器さえ放り投げて浜辺の小舟へと駆け出した。


『はぁ〜はっはっはぁー!!』


 今、俺は恐怖の化身となった!

 いや……もっとシリアスなつもりで挑んだんですけどね。何だか怪獣映画でも撮影してる気分だ。

 もうね、ホントにね、どうしてこうなった?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ