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疑義


『いや〜、ホントに助かったよ〜! もうね、ホントにダメかと思ってたんだ〜。なんせ暗い海の底で一人ぼっちで寂しいしお腹は減るし何にも見えないし。かと言って周りはウネウネだらけで出るに出れないしで。もうね、ホントに「絶望した!」って感じで自分の涙で海がもっと塩っぱくなっちゃうんじゃないかってくらい泣いちゃってね! 気が付いたらいつの間にか眠っちゃってて。「あ、息やべぇ〜」ってなっちゃってね! それでね!』

『あ、うん、そうなんだ。たいへんだったな……』

『そうっ、そうなの! もうねっ、ホントにねっ、「大変だ〜」ってなって。アタシもホントにどーしていいか分かんなくて。うーんうーんって悩んでたら、もうね、海が干上がっちゃうんじゃないかってくらい頭熱くなっちゃって! 冷たい水が気持ちいぃ〜って感じで! アハハッ! それでね』

『ああ、そうなんだ。それでなシェメリ、方角はホントにコッチで合ってるよな?』

『うんっ、多分!』

『……そうか、多分か……』

『そうっ、多分!』

『………そうか………』

『そうそう! でね! それでね!』

『………ウルサイ』


 俺の相づちに時折挟んでくる出涸らしのぼやきに同意しないでもない。


 俺は今、海底で出会った貝を持って歩いている。

 曰く、助けて欲しいと。

 なんでも、害敵に襲われて必死に逃げたはいいが、そこで力尽きて海の底へ沈んでしまい、お家に帰れなくなってしまったそうな。そこへ偶然やってきた俺たちに助けを求めたわけだ。

 それだけ説明するのに、小学生の読書感想文かってくらいに延々と情感たっぷりに語るお喋りな奴だ。要点が分からない。


『………すごい………』

『でしょ! でしょでしょ! それでね!』


 そんな話でもサヨには大変に好評だった。もうね、ホントにね、あっという間にお友達。まぁいいんじゃない? 雰囲気が明るくなるし。丁度ピリピリしていたので、まさに良い拾いものをしたって感じだ。


『それでね! アタシの前にやってきたと思ったら、いきなり喧嘩始めちゃって。「えぇ〜っ!」ってなったけど、よ〜く聞いてたら、なんか痴情のもつれって感じでね。もうね、ホントにドキドキしちゃった!』

『………?………』

『こうね? 旦那さんと奥さんと間男さんで、子供を取り合ってるって感じで!

 「お前になんて任せてられるか! そいつは俺の子だ!」

 「やめて! 違うわ! この子はあの人との子供よっ!」

 「お、俺はしらねーぞ。違うっ、俺の子じゃねぇ!」

 ってね! もうね! ホントにねっ! アタシはサヨちゃんの味方だからねっ! 辛くなっても……アタシが絶対に助けてあげるから!』

『………? あり、がとう………?』


 ………。


『捨てていこう』

『捨てて、早く。サヨが穢れる』

『――………間男? ………我がか………?』


 初めて出涸らしと意見が合った。こんなサヨの教育に悪いヤツ、俺は許さん! あと誰が夫婦かっ!!


 この妄想甚だしい勘違いな貝の名はシェメリ。

 自称『人魚』である。………絶対嘘だ。


 


『………ゴメンナサイ』

『うむ、分かれば宜しい』


 俺はシェメリをお仕置きした。具体的には貝を思いっきりシェイクした。何やら貝の中身がゴンゴンと音をたてていたが、コイツは頭?の中が空っぽだからそんな音が出るんだろう。


『うぅ……頭打ったぁ。ひどいよ〜』

『嘘を吐くな、嘘を。貝の癖に』


 頭ないだろ。


『う、嘘じゃないよ〜。アタシ、人魚だもんっ!』

『じゃあ貝から出て』

『だからぁ! 深い海は、水が重いの! 潰れちゃうし息できないの!』


 曰く、害敵からの防御に使った硬くてデカイ貝殻と魔法でそれを防いでいるらしい。深海の水圧ってヤツだ。だから浅いところに上がるまで、貝から出れないとか。絶対嘘だ。


『ホントなの! もうね、どうして信じてくれないの?!』

『………だって……なぁ……?』

『最初から胡散臭かったし』


 貝に気づいた俺たちに『あっ……ウンんっ……。申し、其処な方。助けて戴けたら、お礼さしあげますぅ』とか……巫山戯てんの? サヨをアホの子とか思ってた事もあったけど、こいつが本当のアホだ。サヨはアレだ、伸び伸びとした平和な子だ。


『……いやぁ、雰囲気出した方が、ありがた味でるかな〜って思って』


 出ないと思う。貴人っぽくすれば平伏でもして喜んで助けてくれるとでも思ったのか。どんな思考回路だ。

 まぁ、それでも助けたわけだが。


『どうでもいいけど、ホント〜にっ……こっちでいいんだよな? お前のウチって』


 シェメリの家、それは島だそうで。そこで仲間と暮らしているらしい。陸地の場所も分かるらしいので、救助ついでに案内を頼んだ次第。


『………どうでもいいって……アタシ、ホントに人魚なのに……』

『『………』』

『………シェメリは、人魚………』


 どうでもいい事に落ち込む貝に、俺たちの睨みが入る。サヨ、信じるな。


『あ、はい。ホントにね、コッチで合ってる……多分』

『……だから、なんで、そんなに、自信ないわけ? 全然安心できない!』


 出涸らしの言う通り。ホントにシェメリを信じていいんだろうか。


『だ〜か〜ら〜! アタシもこんなに深くて遠いところ来たの初めてなのっ! それにっ、この辺の海はアタシたちのホントの海じゃないのっ! 引っ越して来たのっ!』


 シェメリの言う『もうね、ホントにね』な話。

 自称『人魚』のシェメリたちは、本来もっと北の海辺に住んでいたらしい。それが、人魚という種族故に色々な勢力に狙われて住処を追われた。なんでも、見目がいいとか不老長寿がどーのこーのだとか。そして長い年月を流れに流れて辿り着いたのが、この南の海だと。ここは南らしい。


『もうね、ホントにね、日焼けとか大変でさ〜。こんなに真っ赤になっちゃって』

『……へー……』


 いや、貝にしか見えないけど。どーでもいいけど、もっと詳しく話せ。説明が適当すぎる。

 あと、鬼ヶ島とかフラグ侍とか。この間まで純和風な世界にいた俺からすれば、その近くに人魚なんて洋風な存在がいるなんて違和感しかねぇー。いや、日本にも人魚伝説あったらしいけど。そこは異世界だしね?


『………シェメリ、がんばった………』

『うんうん! ホントにね、アタシ頑張ったよっ、サヨちゃん!』


 あぁ、サヨ。こんなヤツを励ますなんて、なんていい子なんだ。でも絶対に人魚じゃないから、そこは信じるな。あと、出涸らしが嫉妬してるから構ってやれ。シェメリ、睨まれてるぞ。


『――なぁ、お主よ』

『ん? 何だ? そーいや、お前やけに静かだな。どーした?』

『――……我は……そんなに軽薄に見えるだろうか? その……間男に……』

『………そんな事ないさ』


 おのれシェメリめ! 犬骨のプライドをヘコますとは何たる所業っ、許すまじ!




 なんだかんだとシェメリのお陰で騒がしくなった骨と貝が行く海底散歩。奇妙な面子だが、微妙な不協和音を奏でていた俺たちにとってはいい刺激だった。

 海底に一人ぼっちだったシェメリは寂しかったというのは本当だろう、とにかくよく喋る。サヨがそれに相づちを打ち、出涸らしが突っ込む。


『あのね、ホントにね、アタシ貝から出たいんだけど、ココの水、冷たいからさ〜。ズーッと逃げてたワタシたち、ガリガリに痩せちゃったから、冷たいのに弱くなっちゃって。それにココ、魚もあんまり美味しくないし。ホントにね、食べれないと直ぐ痩せちゃうの。お陰で泳ぐの大変。力でないよ〜』

『………かわいそう………』

『サヨ、信じちゃダメ。こんなにおっきい癖に食べてないとか絶対嘘だから。貝の癖に太るとか痩せるとか無いから。もとから貝は泳げないから。ちょっと、サヨに嘘吐かないで!』

『ホントにホントだよ! もうっ、信じてよ〜』


 特に出涸らしが喋るのが大きい。アイツは俺のこと嫌いだから、今まではあまり喋らなかった。常に不機嫌で、俺と話す犬骨にも納得していなかった。多少は俺に対する憎悪を治めてはいたが、まだまだ許さないって感じだ。

 しかし、あの島の因縁に関係のないシェメリには、何の抵抗もない様子で。非常によく喋る。普通の口うるさいお姉さんといった感じ。やはり口は悪いが。俺と話したくないだけのようだ。


『――シェメリよ。お主は我らの姿が恐ろしくはないのか? 我らは見ての通り、骨畜生ぞ』

『う〜ん……最初見た時はホントに「どーしよー」って思ったけど、今は別にだよ。ソウさんは只のヘタレだし』

『――………ヘタレ………我はへたれ………』


 シェメリも口が悪い。アンデッドにはHPが無いとでも思っているのか。もうね、やめてあげて。


『そ~言えば、旦那……いえ、おっきなガイコツさんの名前、聞いてないんだけど?』

『うむ、俺の名前か』


 サヨ、犬骨、出涸らし、そしてシェメリ。皆名前がある。じゃあ、俺の名前は?


『忘れた』

『………はい?』

『いや、ね? 名前、忘れちゃって』


 前世の記憶はある。親の名前、勤めていた会社の仕事、好きだったアイドルの歌、全部おぼえている。が、自分の名前は記憶にない。名前だけ、忘れてしまった。俺という存在は、肉の無い身体よりも軽くなってしまった。それでも俺は俺だけど。


『……じゃあ、ガイコツさんで』

『うむ、好きに呼ぶがいい』


 名前………自分で付けても、どうにもしっくりこない。誰か付けて。


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