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時代


 青い空。白い雲。呻る波間に踊る船。時は正に、大航海時代!

 俺達は今、海で溺れているっ。


 ………。


 青い水。暗い底。海藻の間に踊る魚。時は正に、大後悔次第!

 俺達は今、海に沈んでいるっ!


 ………。


 つまりは、祭壇の舟で海を渡ろうなんて、無理無茶無謀ということだった。

 喫水線なんてないに等しい薄い箱では、外洋に乗り出すのは自殺行為。水の抵抗を端から考慮なぞしてない箱舟で全速力を出して波にぶつかれば、アッという間に海の藻屑。バラバラの板切れと化した舟と共に、俺達の航海は幕を閉じた……。


『――莫迦者』

『脳なし』

『――阿呆』

『木偶の坊』

『………おじちゃん………』


 ……。

 あの時、何故か念話みたいな事が出来るようになったが、相変わらず建設的な関係は築けていない。むしろストレスの元となっている。

 この念話というヤツが実に鬱陶しい。水の中でも多少周りが煩くても、ハッキリくっきり罵詈雑言を届けてくれる。嫌な世の中になったものだ。着拒否したい。

 そんな罵倒を貰いながらも、木っ端微塵の藻屑からどうにか少女と骨コンビ……改めシカバネーズを回収し、自分の肋骨の中へと収めた。板切れとしめ縄で骨の隙間を塞いで、なんとか無事に着底完了。

 今は海の底を歩いている。


『――だからあれほど戻れと……』

『さいてぇ〜』

『………お魚………』


 ………。

 俺は骨が水に浮かないという事実を知った。正しくは、骨も浸水するという事実。今現在、俺の頭蓋骨の中身は海水。全身の骨の髄まで水浸し。そりゃあ沈むよね。

 でも大丈夫。俺達全員スケルトン、呼気も食事も要らない身。水中散歩も楽々さ! 骨少女も楽しんでいる。勿論俺も。何しろ異世界に来て初めて目にするマトモな生き物。異世界でも、やっぱり深海生物は光るんだね。ご覧、まるで星空の様だ。

 不満があるとすれば、幾ら俺がデカくても、その胸の居住空間は一畳もないということだろう。一人と荷物二つで一杯になってしまうが、そこはどうか了承して欲しい。


『――……現実を見ろ』

『狭い、暗い、重い、狭い、臭い、キモい、死ね』

『………きれい………』


 …………。

 ちなみに、屍ーズというのは、文字の組み合わせで俺の気持ちを幾つか代弁してくれる素晴らしいネーミングだ。

 話が逸れた。

 勢い余って海に出て来てしまい、はてと思い当たったのは、まだ見ぬ目的地について。どちらへ行けばそこへ辿り着けるのか。屍ーズは当然教えてくれない。更には沈没の憂き目に晒された我が航海。しかし、悪い事ばかりじゃない。

 光も届かぬ暗い海の底には道標が用意されていた。沈没船だ。

 デカい船もあれば小さな舟もある。それもそれなりに沢山。そしてその乗組員たち。当然彼らはスケルトン。海の底でも甲斐甲斐しく出迎えてくれた。

 人間はもちろん、鬼もいる。海戦なんかもしたってことだろう。一体どれ程の戦いだったのか。


『そこんトコ、どーよ?』

『――……知らぬ』

『マジ死ね』


 屍ーズは引きこもりのコミュ障である。

 兎に角、やる事は今までと変わらない。只、砕くのみ。水の抵抗も、骨の身体とスペック頼りで、あまり苦にはならない。条件は相手も一緒だ。しかも、死後も争っていたのか出てくるスケルトンは少なく、砕けていた骨は多い。業が深いね。

 そんな海底は船の墓場ばかりが広がっているわけじゃないが、その勢力分布で何となく進む方向を推測する。……少女よ、間違っていたらゴメン。


『………タコ………』


 少女は俺に「このタコスケがぁ!」と罵倒したわけじゃない。いつの間にか近くに蛸が現れたのだ。

 このタコはモンスター、魔物だ。だってデカい、キモい、怖い。八本どころではない触手と嫌に光を放つギョロ目。鋭い嘴とノコギリの歯。流石は海の魔物、蛸入道と名付けよう。


 蛸入道は俺を捕捉するやいなや、魚雷のように突進して来る。多分、スキル【ウォータージェット推進】だ。更には擬態と魔力を隠す隠密仕様。海の忍者と呼ぶに相応しい。

 俺が骨人拳の構えをとって迎撃する暇もなく、その雑多な触手で手足を雁字搦めにされてしまった。これではまさに手も足も出ない。万力みたいな馬鹿力で俺の身体を締め付ける。ミシミシと嫌な音が反響する。痛い。

 そこからヤツは大きく嘴を開けて俺の首筋へと齧り付く。身体を丸呑みにせんとする熱い抱擁。目を覆わんばかりの触手プレイ。ガリガリと骨を削る嘴の奥に、物欲しそうに歯が蠢いている。鳥肌モノだ。


『………ひぃっ………!?』


 少女が小さく悲鳴を上げる。大丈夫だ、おじちゃんにまかせろっ。


『YESロリータNOタッチ!』


 日本では声を大にして言えない名言。社会人なら尚更だ。でも異世界なら無問題。声出してないけど。ネットでは使ってたけど。

 俺は目の前の嘴に齧り付く。コレはキッスではないと念じながら、力一杯引き千切る。蛸入道は青い血を流しながらビチビチと暴れ回り、その反動で触手の拘束が緩んだ。

 好機を逃さず、手当り次第に触手を噛み千切り、引き千切りの無双乱舞。少女に手を出した報いを受けろと、俺は怒りのままに蛸入道を蹂躙する。

 俺の反撃に耐えかねたのか、触手がスルスルと逃走を図る。逃がすものかと手を伸ばし、視界が真っ黒に染まった。蛸墨だ。こうなっては暫くは何も見えない。海流が墨を押し流した後には、蛸入道の姿はすっかり消え失せていた。


『………少女よ、もう大丈夫だぞー。おじちゃん頑張ったからなー』

『………うん。ありがと………』


 おじちゃん、照れる。


『――ふんっ、白々しい』

『………キモい』


 なんとでも言うがいい。


『最初はビビりまくってた癖に。ちょーしに乗んな』

『――幼子を誑かすなど、性根が腐っている』


 ……な、なんとデモ言うがいいさ。


 今みたいに、魔物は偶に襲ってくる。スケルトンなんて食べられる肉は一欠片もないってのに襲ってくる。多分縄張りを守る為とか、レベリングどか、そんな理由だろう。

 俺のファンタジー知識では、海の魔物といえば陸上生物よりも厄介な強敵だか、俺のスペックはそれを上回るようだ。正直、先生方とあまり変わらない。これは、先生方が思いのほか強かったという事か。それとも、俺が純粋に強いのか。ステータスが分からない俺には判断できない。

 本当なら魔物を倒して経験値を得れば、その過多で比較できるのではとも思ったが、それが中々できない。移動速度は流石に海の魔物の独壇場だ。簡単に逃げられてしまう。


『なぁ、犬骨。水中移動とかのスキルってないの?』

『――……すきる? 何だそれは?』

『ん? 身につけると、こう……普通はあり得ない事か、不思議な術とか出来る…ように、なるヤツ?』

『――………術理のことか?』


 術理?

 

『……何ソレ?』

『――在り得ざる理の事だ。高みに至った者の神仙の術理』


 何ソレかっこいい。魂を揺さぶる響きだ。でもアナログ臭い。


『……ステータスって、知ってる?』

『――知らぬ』

『自分の状態が数字とかで簡単に判るヤツ』

『――知らぬ。何だそれは、面妖な。何人斬りとか言うあざ名の事か?』


 何だその解釈。スゲーな。ある意味正解と言えなくもない。


『……君たち、外国人とか見た事ある? 金色の髪の人とか』

『――………知らぬ』

『出涸らしは?』

『………』

『……ハーピーは?』

『………』


 無視ですか。君、ハーピーじゃないの?

 しかし、どうもコイツらの生きた時代は、相当昔の事らしい。それこそ「今は昔」というやつか。その頃にはスキルやステータスは別の呼び名か、又は知られていなかったのか、もしくはそんな技術でもできたのかもしれない。それならフラグ侍たちの横文字会話も納得である。欧米化でもしたのだろう。

 その変化をもたらした時代の流れに、あの島は置き去りにされた。俺が連れて行こうとする場所は、果たして少女の故郷と呼べるものか。

 胸の中を覗き見る。


『………きれい………』


 少女は……犬骨と出涸らしも、弱ったまま快復はしていない。それでも……。


 ――帰りたいと、言ったんだ………


 少女の今生に光りあれと、切に願う。


『………いそぎんちゃく………』

『あぎゃあーーっ!!』


 陸地はいずこ? 触手はもう勘弁っす。


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