儀式
嵐は去った。
しかし、幾つか得るものはあった。謎が謎を呼んだ気もするが。例えば、
――ゴザルとちょいワルとデスます口調の共演……
だとか。今更ながら、異世界の言葉が日本語である不思議。出涸らしも喋ってたし。まぁ、侍に異世界語喋られても困るんだけどね。「何処のお江戸でござる?」ってなっちゃうし。
どうであるにせよ、俺はボッチなのでそこんところの謎に誰も答えてくれない。
仕方が無いので、あの三人組が何処へ行ったのか探してみる。ここは島だ。天然要塞なこの場所に上陸できる場所は限られる。なら、第一候補は決まっている。
夕日に赤く染まる浜辺。
少し前までは無かった、時の巡りを感じさせる情景。まだ空と海が別たれ、異なる輝きを湛える青の向こうに、小さく消え行く船が見えた。
間違いなく、それに乗って『人間達』はこの島に来たと分かる。黒い砂浜には無数の足跡。結構な人数で乗り込んで来たらしい。なら、あの三人組は偵察か護衛か。調査とか言ってたな。
そして、去り行くその後ろ姿を、只々立ち尽くして見つめる骨少女がそこに居た。白く、そして細くなってしまったであろうその足で、打ち寄せる波の中に立っていた。微動だにせず。
その後ろに列んで控える骨コンビの姿もある。後ろ脚を落として項垂れる犬骨に、枝の翼を抱きすくめて肩を震わす出涸らし。赤と黒で映す陰影の中に浮かぶ姿は、暗闇の中で見たときよりもずっと小さい。
――………参った………
それは、過去と今生への憧憬か寂寞か。前世をあまり省みなかった俺には分からない。俺は部外者だ、無思慮に立ち入るのは憚られる。
結局、俺もその場に只々立ち尽くすしかなかった。
………
日が沈み、空に星が瞬くようになって、漸く骨少女は動き出した。
サクサクと砂を鳴らしてこちらへと歩いてくる。その姿にひ弱さはない、確かな芯を感じさせる歩みだ。しっかりと俺を目で捉えている。
一方の俺は三角座り。ボーッと開いた顎を慌てて閉める。……放置プレイに飽きていたわけじゃない。アレだ……夜空をみていたんだ。キレイだね。だから骨コンビ、睨むんじゃない。
骨少女は俺の前へ来るとお辞儀をペコリ、歯がピカリ。……どうやら落ち込んでいるわけじゃなさそうだ。少なくとも、それを隠す心配りがある。健気。
そして横を指差す。それに従い首を巡らせれば、そこには祭壇。
祭壇。そう呼ぶべき物が浜辺にあった。純白の布に覆われた台座。四方に立てられた支柱とそれを結ぶしめ縄。それと盛り塩。建築現場で最初に行われる清めと祈願の儀式に使うみたいなヤツだ。間違いなく昼間の人間達が置いていったのだろう。予想するに、呪いが解けたのもコレが原因っぽい。何かの儀式でもしたんだろう。
骨少女は俺の指を掴むとクイクイとそちらへ引っ張る。来い、ということだろうか。素直に従う。骨コンビも特に異存はないようで……いや、思いっきり渋々感満載だけど大人しく見ている。骨少女に見えないタイミングで「イーッ!」ってするのだ。イラってする。
骨少女が導くままに、俺は祭壇の後ろ側と思われる場所に立つ。すると骨少女は今度は一生懸命に俺の足を押す。……どうやら立つ場所が違うらしい。何度も何度も修正して、漸く納まる。ウンウンと頷く骨少女。細かい、違いが分からん。そして更にバンバンと地面を叩く。……座れと、ハイハイ。
次に骨少女は、祭壇を挟んで俺の反対側に回り……正座。背筋の通ったキレイな正座だ。ちなみに俺は三角座り。何だか悔しいので俺も正座で座り直す。骨少女よ、君はそんなキャラだったのか。
骨コンビも祭壇へとやって来て骨少女の後ろへ控える。但し態度が悪い。犬骨は鼻で笑って、後ろ脚で首をカキカキ。出涸らしは横に寝っ転がってテレビを見ながらポテチを貪る様なポーズ。……おのれ、骨少女から見えないと思って……。
哀れ、骨少女は後ろの惨状にも気づかすに、膝に揃えた手を着いてお辞儀をペコリ。俺も真似する。……ところで、これって何の儀式?
――お見合い? イヤイヤ、まさかソンナ。オジサン、ロリコンじゃないし。それはダメだよ、スケルトン・ロリータ。君の愛は、受け取れない……
しかし、そう考えたら骨コンビの態度も納得だ。おじさん、照れる。……ウソだ、ゴメン、冗談です。だから睨むな骨コンビ。
暫くの沈黙、夜の海辺に波の音だけが時間を主張する。
空には満点の星と、凄く巨大な月。どこか盃を思わせる欠けた三日月は、ここはやはり異世界なんだと、自然と俺の胸に落ちる。
それを頭上に背負う骨少女がゆっくりと俺を見上げ、口を開く。閉じる。開く。閉じる。
――……? なんだ? う、た? 歌……いや、詩?
それは、酷く静謐で真摯な唱えだった。声なんて出ないし聞こえないのに。単調な波の囁きは、まるで彼女のその心を語るようでもあった。彼女の骨の身体を照らす光は、まるでその清廉さを、生き様を、讃えるようでもあった。
俺を見つめる虚ろな眼窩に、光が宿る。白い、白い、水面に映る、静かな光。
骨コンビもその真剣さを感じてか、渋々、ホントーに渋々と姿勢を正して目線を控えて座り直す。……うん、空気読んだね、偉い。
唄はやがて舞へと変わる。
見たこともないが、それはまごう事無き神楽舞。夜天の光を受けて、ユラユラ揺れる白い骨と影。批評なんて出来ないが、その動きは少女らしい拙さを感じさせる。
しかし、その姿はやっぱり美しかった。貧相な髑髏が踊る一鬼夜行。波のさざめきの中に彼女の声を聞いた気がする。ぼやけた月明かりの中に、彼女の姿が見えた気がする。
それは、肩口で揃えた黒髪をなびかせて舞う幼い巫女。涼しげな響きを奏でる神楽鈴。天を仰ぐ扇。緋袴の朱と白のコントラストが夜風に踊る。ゆらゆらり……。由良由良利……。
暖かな風が自分の身体を吹き抜けた気がした。
――見事………
舞が終わり、再びのお辞儀をして楚々と下がる骨少女。それに万感の思いを込めて拍手を贈る。残念ながらカチャカチャとした情けない音しか出せないが、代わりに大きく頷き、体全体で賞賛する。ぶっちゃけ、今の儀式にどんな意味があったのか分からないが。
――骨少女よ、君はただのアホの子じゃなかった。認めたくないけど……言いたくないけど……俺より随分と凄い子だ。認めたくないけど
しかし…しかしだ。なら尚更、お供は選べと俺は言いたい。こんなチンピラみたいなヤツらじゃなくてさ。今も俺にガン付けてくるヤツじゃなくてさ。
褒めてるじゃん。「今はコレが精一杯……」ってヤツよ? こんな時は猿顔の奴がフォローしてくれるものなんじゃないのか。……そーいえば、コイツらの仲間に猿はいないの? 出番だ猿、出て来い。
睨み合う俺達の真ん中で、骨少女の身体が傾く。
突然だった。膝が崩れ、首が折れ、その骨の身体が支えを失い地面に落ちる。その様は、砂時計の終のひと時のように嫌にゆっくりと見えた。トサリ……と、砂が鳴る。
慌てて少女に駆け寄る骨コンビ。俺も一瞬の自失から立ち直り、すぐさま駆け寄る。
しかし、その前に犬骨が立ちはだかる。牙を剥き、頭を落として、唸る。
『――寄るなっ!』
頭に響く声。激しい憎悪。深い悲しみ、後悔、孤独。決して退かぬ、と我が子を守る父のように。
『お前のせいだっ!』
少女を胸に抱き寄せる出涸らしが叫ぶ。心を引き裂く声。悲鳴。死に逝く我が子を前に、自身を恨み、他者を呪うしかない母の嘆き。
『――オマエの役目はもう終わった』
『私達の役目ももう終わり。だからもう構うなっ』
『――去れ。我らの前から』
『消えろっ。早く何処か行っちゃえ、この役立たず! お前なんか……お前なんかっ、誰にも知られず朽ちてしまえ!!』
憎い……憎い……お前が憎い! その憎悪が俺の足を止める。
俺にはそれが分からない。ヤツらの虚ろな眼窩には、何故そんなにも悲しい火が宿っているのか。彼女の静謐な光は、何故暗い底へと沈もうとしているのか。
分からない。母の腕の中でぐったりと動かぬ少女。彼女の願いは叶ったのか。彼女の望みはこれでいいのか。
……イライラする。この意味のない出会い、宿命、俺の今生。
今日、俺の感じた祝福は、一体誰の為だったのか。今、彼女の捧げた舞は、一体何を言祝いだのか。
誰も教えてはくれない。
――………退け………
一歩、前へ出る。
父か唸った。母が泣いた。
……知るものか。
『――退けよ! 邪魔すんなっ!!』
進む俺に犬骨が咬みつく。行かせぬとばかりに、俺を砕こうとする。知らん。
手を伸ばす俺にハーピーがしがみつく。子を奪うなと泣き喚く。無視。
触れれば壊れそうな少女を、ハーピーと一緒に掌の中に包み上げる。
『おい……ロリ巫女。起きろ』
何と呼んでいいのか一瞬迷った。しかし、それでも通じたのか、俺を睨むハーピーに抱かれた少女がゆっくりと首を起こす。息も絶えだえといった様子。
『………おは、よう………』
……少女はやっぱりアホの子かもしれない。
『お前……死にそうだぞ。死ぬのか?』
やっぱり何と言っていいのか微妙に迷う。
『………お役目……終わった……』
『お役目?』
『………穢れ……もう無い……』
少女がとても巫女らしい事を言う。まぁ、今日の出来事からも予想できる内容だ。だからこそ、このアンデッドの少女は死にかけているんだろう。自分から成仏できちゃうアンデッドなんて矛盾してる気がするけど。
骨コンビも少し弱っているのが分かる。つまりはこの場所、この島全体が清められて、アンデッドには拙い聖域みたいになったって事だろうか?
『そうか。じゃあ、帰ろう』
『………帰、る………?』
海を見る。その向こう側を。
『お家に、帰ろう。……帰りたくない?』
『………帰り、たい………』
意識朦朧とした少女に誘導尋問して言質を取る。俺は悪いおじさんだ。
『――止せ! 我らに構うなっ!!』
『返して! もうやめてよ! 放っといてよっ!!』
骨コンビが叫び上げるが、そんなモノは知らん。どんどん弱っていくコイツらなんて俺の相手にはならない。暴れるのも気にせず犬骨も纏めて捕まえる。
ギャーギャー喚く骨コンビを無視して、はて、と考える。どうやって海を渡ろうか。
周りを見れば、祭壇がある。丁度いいと、しめ縄で骨コンビを縛り上げ、その純白の布に少女を優しく包む。残ったのは木の台座。これも丁度いいと、ひっくり返して船にする。……ま、俺は乗れないけどね。
台座の船を持って海へ入る。穏やかに変化した潮ならば、この頼りない船でも少しは大丈夫だろうと、ビート板みたいにして沖へと泳ぎ出る。
『――止めろ! 戻れ!』
「………放せっ! ………ちょーし乗んな!」
『………うるさい………』
船の上が騒がしい。いい加減に諦めろ。骨少女が迷惑してるぞ。
往生際の悪いヤツらを無視して、バタ足全開で島を後にする。スペックの上がった身体だからか、かなりのスピードで島から離れていく。
正直、これで骨少女が助かるかは分からない。それでも、あんな寂しげな島に骨を埋めるよりかはマシだろうと思っただけだ。骨コンビも一緒なのは只の嫌がらせだが。
それでも進む。俺の異世界ハーレムを求めて!
………。
――……ところで、猿はどこいった……?