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長め。


 夜の川を舐めていた。

 実際に入ってみる……、おおう、桟橋の灯り代わりにたかれた松明が爛々と俺を照らしているのだが、その光は弱い。

 水中は真っ暗だ。

 自分の脚が辛うじて見えるくらい。


「泳ぐのか」


 ミツバシの問いに頷いて返す。

 この辺りのモンスターはピラルークの討伐と供に姿を消したはずだ。

 水中がどんな仕様なのかわからないので、漁師合羽を身につけて入水。


 胸の辺りから水が入ってくる感覚は……?

 これが重要である。

 しっかり浸水しました。

 ああ、これはダメだ。


「どんだけ緻密に水流計算されてんだよ……」


 ミツバシも呆れているようだ。

 と、言うことは、脱ぐしかないのか?


「最悪インナーで」


「まじか?」


「まあ、別に恥ずかしくないし、丁度夜だし」


「それでいいならいいけど」


 人はまばらに居る。

 というか、俺らの作業を興味本位で見てる人もちらほらと。

 第一拠点にテントエリアが出来て、そこでログインログアウトするプレイヤーも増えて来たら当然のことか、美味くて定評のあるサイゼとミアンの営む食事どころもあるのだし。


 真新しい木製の桟橋から心配そうに眺めるミツバシに、身体に結んだロープを持っててもらうと、そのまま装備を脱ぎ捨てアイテムボックスに入れると泳ぎだした。

 漁師スキルの水泳レベルはマックスだ。

 うむ、インナーになると水中での行動を束縛されない、通常の装備をしているときより格段に動きやすかった。

 ならずっと裸か?

 いや、黒帯とかスキルレベルを上昇させる効果が無くなるし、【フィジカルベール】だって軽減率が装備が無いと軽減率が無意味になるだろう。


 これは水中でも行動制限を生まない装備の開発が大事だな。

 頑張ってくれセレクとガストン!

 素材の提供なら俺がする。


「え、裸一貫ですか?」


「泳いで設置するんだって」


 桟橋の上に丁度ニシトモが姿を表したようだ。

 たまたま明日が休みなんだってな、運がいい。


「まあ……、ローレントさんなら仕方ありませんね」


「そうだよなあ……、あ、色々持って来てくれたの?」


「浮きの代わりになる物というか、現時点でバルサの丸太くらいですよ。かなりの浮力を持つ素材なんて……、って事で大量仕入れして来たので、その生け簀の収支計算は私に任せてください」


「助かる」


 トントン拍子に話が進んでった。

 少しは俺も間に噛ませてほしいのだが、基本的にニシトモのリターンは信用している。

 これまで素材を丸まる投げて来た分だけの積み重ねだな。

 こいつ、一体いかほどのグロウを蓄えているのだろうか。


「他にログインしてるのでこれそうな奴はいないのな」


「うーん、寝落ちですかね。現実ではそろそろ朝方ですし、拠点の広場でも寝落ちっぽいプレイヤーがちらほら倒れてますよ……、景観が悪い」


「ああ、パッチで何とかならないのかアレ」


 公園のベンチで寝る姿、まあログアウトしてる状態のこと。

 拠点ではログアウトできる宿も少なく、テントを持たないプレイヤーはホームレスが如くログアウトが可能な場所で雑魚寝する。

 一時間経ってもインしなければ景観にそぐわないとしてキャラクターは見えなくなり、次ぎログインする時はテンバータウンであれば公園のど真ん中。

 拠点であれば中心にあるモニュメントの目の前である。


 女性プレイヤーが寝落ちすると、セクハラ紛いの事件が起こる。

 攻撃不可エリアなぶん、ジロジロと見るだけで済むが……。

 これが攻撃可能エリアでとなると、装備破壊なんてことが起こってしまうと目も当てられない。


 たった一時間、プレイヤーが転がっている状況。

 それでもこの時間帯、現実では夜明け、このゲームでは夜帯。

 眠くなってそのまま寝てしまうプレイヤーが多いとエラい光景になる。


「四角形に組んでロープで結ぶのか?」


 ニシトモとミツバシが世間話をしている間に、水深を測ってみた。

 そこそこの深さだった。

 一メートル刻みに印を付けたロープに重しを結びつけてさげると、大体十五メートル程。

 そりゃピラルークも川底で悠々自適の生活してるわな。


「まず網にそってバルサを並べて切り出そう」


「よしきた、今だけ漁師だ」


「何事も経験です、商人手伝います」


 ポリフロートっていう浮きの代わりにキバウオに噛み付かれて拉げたバルサをロープに結びつけておいた。

 水面ギリギリで結んだので、流れに負けずしっかり真っ直ぐ浮いている。

 とっぷんとっぷんと川の流れに逆らう音が聞こえてくる中で、丁寧に広げられた網にそってバルサが並べられ、切り出された。


「丸太のまま使うのな?」


「出来るだけ潜って丁度良いバランスを取りたい、でも網の重さもある」


「じゃ、割りかし多めに丸太を使うんですね?」


「それがいいかと」


 丸太を三本ずつ並べて確り結び、樫の板を釘で打ち込んで固定して行く。


「何してるんですか? ってキャアッ!」


「え?」


 三人でカナヅチもって作業していると、十六夜の声がした。

 と、思って振り返ったら十六夜は悲鳴を上げて後ろを向いたのである。

 一体なんだと言うんだ……。


「ああ、ローレント。言いにくいがその恰好のせいかもな。水から上がったばっかりだからまだ乾いてないし……、なんかその濡れてる感じが余計にピッタリと張り付いて」


「そんなことか」


「そんなことじゃないです! 早く服来てください!」


「いや、また川入るし」


「顔を手で覆っている割には、指の隙間が大きく空いてますよ」


「はうう〜」


 珍しい十六夜を見たということで、ここは許しておく。

 後ろから「あれはインナー、あれはインナー」と呟く声が聞こえるが、今は作業に集中しよう。

 生け簀の網を結びつける内枠が完成した。

 ロープで結んで、板を打ち付けて補強するという簡単な物。

 それでもしっかりしたふみ心地である。

 その頃には十六夜も何とか立ち直っている様で。


「なにか、手伝えることはありますか?」


 基本的に率先して手伝ってくれる良い女の子なのである。

 俺は容赦なく扱き使うぞ。


「じゃ、一緒に外枠並べよう」


「ん? これで終わりじゃないのか?」


 と、言うミツバシに説明しておく。


「流石に不安定だから、一回り大きな外枠と渡場を作って安定させる」


「なるほどね」


「床材はどうします? 流石に敷き詰めるにはバルサが足りないんじゃ」


「樫の板材はある?」


「在庫にあります、取って来ますか?」


「頼む」


 了承して馬に乗ったニシトモを見送って、バルサの丸太を並べて行く。

 外側は丸太の量を一本増やす。

 それも確りロープと板を打ち込んで固定する。

 そして内枠と外枠の間に、等間隔で地面に置いた梯子のように板を組んで打ち付けて行く。

 これが渡場だ。


「わ、絵にするとそれっぽいですね!」


「ああ、樫は重たいと聞いてたけど、間を空ければ量は半分になるわけか」


 ミツバシが納得してうなる。

 ごもっともです、その通り。

 重たい樫でも大丈夫、そしてバルサの丸太の量は倍以上。

 浮力も申し分無い筈だ。


「出来れば石杭を水深に深く打ち込みたい、位置が安定するように」


「桟橋の下流と上流どっちに作るかによるんじゃないか?」


「下流は船が来るから上流しか無い」


 これから先を見据えた位置取りだ。

 するとミツバシが唸って一度ログアウト。

 すぐに戻って来た。


「イシマル起こして来たわ。飲み行ってて朝帰りで寝るとこだったってよ」


「鬼か」


「お酒いいですね〜」


 そんな大人な会話をしながら作業は進む。

 そしてニシトモが荷台に板材と共にイシマルを乗せてやって来たのだった。


「…………おはよう」


「ミツバシさんから連絡があったのでイシマルさんを拾って来ました、一体何が?」


「ああ、なんでもないよ。飲んだくれが悪い」


「てめー!」


「どうどう」


 イシマルに石材を持って無いか尋ねると、石素材はアイテムボックスに絶対一つ入れてるらしい。

 それを石杭状に削るのはどこでも出来るらしいので、板を打ち込みながら待っていた。

 かなりデカい石を難なく持ち上げる石工の膂力。

 一体どれほどなのだろうか……。


「出来たけど、これをどうするんだ?」


「川に浮かべてある浮きの当たりに打ち込む」


 そう言う訳でアイテムボックスへ入れようとしてみた。

 だが、入らなかった。


「重量オーバーじゃないのか? 石工はどんなに重量超過でも石材一つなら必ず持てる」


「なんと」


 アイテムボックスに入れて運び出す計画が、オジャンになってしまった。

 さてどうしよう。

 そこへミツバシが、


「丸太適当に結んで、そこにイシマル乗せてローレントが泳いで運べばいいんじゃないか?」


「はあああ!? てめぇ俺が泳げないの知ってるだろ!?」


「でもせっかく来たんだ、美味い魚が食えると思って頑張れよ」


 顔を歪めるイシマルと、勝ち誇ったような顔をするミツバシ。

 ニシトモは呆れた顔をしている。

 古参生産職三人組の日常なのだろうか。


 後ろの方で「わ、私も丸太、乗ってみた……い、ああでも、濡れちゃったらお嫁に」という声がぼそぼそ聞こえるが、放置しておく。


「流石に泳ぎながら丸太とイシマルを運ぶのはつらい」


「ああ、だからお前裸なのかローレント」


 イシマルが妙に納得する。

 そんな中、彼を助けるようにミツバシに言い放つ。


「漁師もってる二人で石工を運ぶしか無い」


「おお、こいつも泳ぐのか?」


「はああ!? 俺はやだよ!」


「何言ってんだコイツ! 早く脱げおら! 脱げや!」


「きゃああ、痴漢! ずんぐりむっくりした体型の痴漢よー!」


「キャラメイクだバカタレ!!!!!」


 あ、そうなんだ。

 心の疑問が一つはれた所で、観念したミツバシもインナー姿になって夜の川へと繰り出した。

 一応パーティ申請だけして夜目のスクロールを起動しておく。


「きゃあああ」


 最早こいつはシカトだ、放置だ。

 さっさと行くぞミツバシ。

 月明かりでも十分見えるようにするスクロールなので、随分と見やすくなっていた。


「魚が居るぞ」


「それは当たり前」


 最近釣りが趣味になって来て、リアルでも水族館へと脚を運ぶようになったミツバシ。

 いや、海で釣りしないのと聞けば「ゲームもかなりリアルだからこっちで良い、楽だし」とふざけたことを抜かす。

 そんなミツバシが潜っては魚を見て、感動して。を繰り返している。


「おいこら揺れる!」


「確り捕まって」


 バルサの丸太二本をロープで簡単に結んだだけのお粗末な筏の上で、揺れる度、水飛沫がかかる度に文句を言うイシマルを宥めながら二人で真っ直ぐ泳いで浮きの地点を目指す。


「あ、脚がつかないけどいいのか!?」


「最悪、イシマルの丸太に捕まれば」


「絶対にやめろ、レッドネームになってでも俺は許さんぞ」


 流石にデカいハンマーを持ち出して、覚悟を極めた表情をするイシマルの筏にはすがれない。

 それがわかったミツバシは黙って泳ぎ始めた。


「ここか?」


 泳ぐのもスタミナを消費するので、少しでも抑える為に頷くだけで返す。

 確認したイシマルはアイテムボックスからデカい石杭を出す。


 ——ドパッ、大きな波が起きた。


「うおおお!」


「イシマル!! ロープが!!」


 こんなに衝撃がすごいなんて聞いてなかった。

 攻撃力でも持ってんのかあの石杭。

 そして勢い余って川に投げ出されたイシマル。


 中々浮いて来ない。

 水泳スキルは持って無いよな、流石に。


「いや、だから! ロープが脚に絡まってた!」


「筏見てて!」


 有無を言わさず俺は川底へ潜る。

 パーティのHP表記を見る。

 イシマルのHPがどんどん減って行く。

 ヤバそうだった。


「イシマル!」


 月明かりが淡く照らす、夜目のスクロールが無ければ全く持って視界は不明瞭だっただろう。

 そんな中、ロープに脚を絡めとられたイシマルが、必死にもがいている様子が見えた。


「もがもごもが!!!」


「喋れるよ! ゲームだから!」


「ッッ!? た、助けてくれ!!」


「落ち着いて!」


 もがくイシマルのパワーによって、せっかく川底に食込んだ石杭がぐらぐらし始めてる。

 落ち着けよ本当に、でも流石に落ち着いてられないか。


「ポーション!」


「散々水飲んだ気がする!!」


 ストレージから取り寄せて渡す。

 イシマルが、何だか良くわからない顔をしながらポーションを飲むことに集中した隙にロープを外しにかかる。


 ちくしょー!

 どうなってんだこれ!


 身体をグワングワン使いながらロープを力づくで解いて行く。

 水分を吸ったロープは全く持って解け辛い。

 だが実を結んだ、じゃない、解けた。


「身動きが!!」


「すまん、ハンマー貸してくれない?」


「こんな時に何を!!」


 こんな時だからこそ、今のうちにやっとかなければならないことがある。

 何をするかというと、こういうことだ。


 有無を言わさずハンマーを借りると【スラッシュ】を使う。

 上から下に振り下ろす。

 川底に杭を完全に打ち込んでやる。

 これが中々打ち込めない。

 水中だからなのかな。


「かせい! スマッシュ!」


 ——ゴポッ、ドゴンッ!

 水を揺るがす音ととんでもない衝撃音。

 水泳を持たないプレイヤーの動きを束縛する水流の中でも、スキルの動きは一定だった。

 【スティング】でも定評のあるスキルの仕様だな。


 そして訳わからんくらいもみくちゃになりながらも、重たいイシマルの襟首を持って浮上する。

 HPはギリギリ持ったようだ。

 石杭も相当深くまでめり込んでる、ってか槌に埋もれる程だった。


「ブッハァッ!!」


「大丈夫かイシマル! 一体どうしたってんだ! この衝撃!」


 俺のクリスタルから出ているフェアリーの他に、もう一匹のフェアリーが舞う。

 HPが徐々に回復して行く。

 ミツバシが回復のスクロールを使用したようだ。


「は、早く、岸へ」


 ゲームの中とは言え、泳げない上に溺れるハメになったイシマルはミツバシが抑えていたバルサの丸太にガッチリ捕まると、早く岸まで連れて行けと騒ぐ。


「無事ですか?」


「すごい勢いで波が起こりましたけど?」


 ニシトモと十六夜が駆け寄ってくる。

 イシマルは岸から這い上がりながら、身体が確り地面についていることを確認すると、仰向けに寝転がった。


「マジでビビったぜ」


 岸辺に座り込んだニシトモが無事に浮かび上がった石杭に繋いだ浮きを見ながら呟いた。

 あんなに大きな衝撃を生むなんて俺だって思わなかった。


「ふはは、どっちがビビリだ!? 俺は水中で刺さりきってない杭を打ってやったぜ!」


「ああ、馬鹿力でやったからか……」


 豪語するイシマルに、ミツバシはやれやれと頭を振りながら続ける。


「夜目のスクロールでよく見えてたぞ。慌てふためいてポーション飲まされてた奴が何言ってんだよ! ハハハハ!」


「うぐ、泳げないんだよこの!!」


「ハハハ、悪かったって、とりあえず今度焼き肉でもするぞ」


「生け簀が出来たら俺も」


「これではまたバーベキューですか?」


 焼き肉の話が出ていたので、とりあえず参加する。

 すると、また皆でバーベキューすると思ったのか、ワクワクとしだす十六夜。

 そこへニシトモから魅力的な提案が。


「小パーティーならサイゼさんとミアンさんの定食屋さんでやりましょうか? 諸々企画任せてもらって大丈夫ですよ」


「流石商人。むしろ経済屋じゃねーか」


「いやイベンターだろ」


 そんなことを言いながら生け簀を川に設置する為にもうひと頑張りする廃人達であった。


おっさん回でした。

タイトルは、正当派でい行きましょうかね!

色々ご意見ありがとうございました!


何かご要望とか展開についてご要望あれば

なんでもいってくださいね。


tera



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