-623-※※※コーサー視点※※※
ベンゼルと呼ばれる大男は、ここは良いからあの男を追えと指示を出した。
それに従って散らばって行く暗殺者たち。
ホッと一息ついて良いのかわからないけど、きっと良くないだろう。
「さて、裏の名を語る愚か者に鉄槌を……だな」
「愚か者?」
ベンゼルは前を向いて話し始める。
「貴様も不幸だな。今やテージの双頭と言われる裏の有名どころと同じ名前を持つなんて」
「だからなんだよ」
「死亡フラグって知ってるか?」
「はあ?」
知ってるって言うか。
死亡フラグを常に踏み抜いて生きてる人が師匠だ。
こいつはいきなり何を言い出してるんだろうか。
「知らないようだな? 冥土の土産に教えておこう。テージのコーサーファミリーとか、こう言った有名どころと似たか寄ったかの名前を持つものは……──」
ベンゼルの体がブレる。
その瞬間、
「──死ぬ運命にあるってことだ」
一瞬で10メートルはあった距離を詰めて来た。
言葉が置き去りになって後から聞こえるほど。
音速を超えた急接近に意識的には反応できなかった。
だが、体が移動前の一瞬の殺気を感じて動く。
ライフルの腹でベンゼルのナイフを受け止める。
「よく反応できたな。敵じゃなければスカウトしたいくらいだ」
「くっ!」
危なかった。
体が動かならければナイフで首元を掻っ切られていた。
すぐに銃を引き抜いて胴体を狙う。
パンパンパン!
悠長に喋ってるから避ける暇もなかっただろう。
これでどうだ?
「今、何かしたか?」
「チッ」
至近距離からの発砲は無傷。
おそらく俺が師匠に貸してもらったこの軍服のように、優れた防御性能を持っている。
厄介だと思った。
狙いどころは、素肌をさらけ出した部分なのだが……。
パン!
「おっと」
撃ってみたがしっかりその辺のことはわかっているらしい。
すぐさまバックステップして、ライフルを向ける。
だがそれよりもベンゼルは早い。
銃との戦い方を知っているようだった。
「その長い魔銃じゃ、取り回しが面倒だろう? 近接戦闘用に剣をつけているが、懐に入ればナイフが強い」
「ぐっ!」
防刃効果を持つ軍服のおかげで刺さりはしなかったが、それでも強い衝撃を腹部に感じる。
「装備が上手くフラグ回避してくれたな……次はないぞ」
「くそっ! まだまだ!」
弾丸の貫通力を上げているとは言えど、元の銃が普通のものでは通用しない。
対抗するにはライフルによる射撃が必要になるのだが、距離を取らなければ一瞬でこっちがやられるだろう。
ベンゼルを蹴り、その勢いで後方に下がる。
そして銃口を向けライフルを射撃──
「──さっきも私の動きを体感しただろう?」
「ぐふっ!」
先ほどよりも強い衝撃を全身に浴びてぶっ飛ばされた。
路地に積んであった木箱を壊しながら転がる。
「貴様がトリガーを引くよりも早く動けば問題ないのだ。もっとも、私を蹴飛ばして距離を取った段階で既に追いついていたがな?」
やべぇ、強い。
速さも、力も、何もかもが桁違いに思えて来た。
師匠だったらこの状況でもなんとかしてしまえるのだろうが……俺には無理だ。
特殊職業のボスは、個として強くなれるような職業ではない。
ファミリー全体へのステータス補正とファミリーメンバーからの人数に応じたステータス補助がかかる程度。
ファミリーの規模がでかくなればでかくなるほど、ステータス補正が大きくかかるものなのだが……こうして実力の差がはっきりしている状況にはめっぽう弱い
なぜかって?
起死回生のスキルを持っていないからだ。
自分で言ってて少し凹むけど、もともとチンピラスタートだからしかたない。
ボスになる時も、そのチンピラから急になっちゃったもんだから、職業解放されるスキルなんて一つも持ってないし、ましてやその日の食べ物にも困る生活では、スキルを店で買う事もできなかった。
師匠は近接職業だと思ってるけど……別物だよな。
ちなみにボス権限のスキルは全てアンダーボスのトンスキオーネさんに任せてある。
修行の身だから、そういうものは必要ないと思ってたしなあ……。
「ふむ、たかが一塊の執事程度が、よく粘る」
追撃が来るので、たまらず走って逃げていると、後方からベンゼルの蔑むような声が聞こえた。
執事……?
ああ、そうだ……チンピラ以外にも得ていた職業があったんだ。
アンジェリック姐さんのところでお世話になっている時に、お茶出しもできない俺が教え込まれ取らされた職業。
師匠の元へ帰って来てから全く使い所がなくて頭から抜け落ちていた。
……忘れちゃいけないのに。
「粘るだって?」
逃走をやめて振り返る。
確かに目の前の相手はとてつもなく強い手合いだろう。
だが、俺は何が何でも強くなると決めたんだ。
誓ったんだ。
「執事舐めんなよ」




