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テレポートで王都へ戻り、そして闘技場のトレーニングルーム。
修練場へと向かうと、コーサーともう一人高身長の老人がいた。
「ほれ避けんか」
「ぐっ、ふっ!!」
「足元がお留守じゃぞ」
「のわっ!?」
素手のコーサーがスティーブンに弄ばれていた。
杖で容赦なく小突かれている。
あれ、痛いんだよなあ。
地味に。
そして開かれた入り口の手前。
廊下の壁に背を持たれたデュアルが解放されたドアの奥で鍛錬のする彼らの様子をジッと睨むように見つめているのである。
え、なにこの状況。
「……む」
デュアルと目が合った。
「……賢者の一人が貴様の弟子に修行を授けに来たから、とハリスに無理やり見といて損はないと連れてこられただけだ」
「聞いてないんだけど」
「黙れ殺すぞじゃあな」
そう言って足早に去って行くデュアルである。
一体なにがしたかったのだろうか……。
ただ罵倒されて終わっただけなんだが、マジで。
「来たかローレントよ」
「この状況は?」
「お主が遅い故に、わし自ら手ほどきをしておったんじゃ」
そうなのか。
息も絶え絶えになったコーサーが言う。
「ほ、本当に魔法職なんですか……賢者ってこう……すごい魔法をドーンって……」
「コーサー、それもあるぞ」
むしろそれをやられないだけまだマシだと思った方がいい。
スティーブンの。
いや師匠の修行って、スキルを身をもって体感しろとか、デカイモンスターと対峙した時とりあえず一戦交えて見ろとか、実践をやらされた後に最適解を教えてもらうって感じだ。
「つまり、命がいくらあっても足りないんですね」
俺が今までつけられた修行を色々と説明してやると、コーサーはそう言いながらチーンと床に体を投げ出した。
情けないなあ。
空中に投げ出されて、そら手ほどきじゃとか言われても対応しないと?
地に足ついてる状態ならなおさらチャンスはいくらでもあるだろうに。
コーサーを尻目にスティーブンに目を向ける。
「進捗があったんですか?」
「うむ」
汗だくのコーサーとは打って変わって、息一つ乱れていないスティーブンは早速パイプに煙を燻らせると言う。
「一人では少々骨が折れる作業があってのう……ローレント、主も来い」
「でもコーサーの修行をつけないと……」
十傑入りを颯爽と行って、そのまま海にも行く予定だったんだ訳で、こんなに早くスティーブンに呼ばれるとは思っていなかった。
それを素直に告げると。
「それならちょうど良い。今回行くのは海じゃし」
「ほう」
事情が変わった!
渡りに船である。
「それに、お主のレベルじゃと十傑入りも少々辛い部分があるじゃろう」
「確かに」
現時点でのレベルは82。
十傑で大体100レベルくらいが基本となるって聞いたことがあるので、そこまで上げることで勝率が大きく変わってくるのだ。
ステータス制度の導入後、レベル差におけるステータスの差。
それが如実に現れてくる。
レベルが高い相手には、勝利をもぎ取れる可能性が減るのだ。
それでもジャイアントキリングが可能だったりするだが、スキルレベルとかパラメーターオンリーだった状況よりは、簡単にプレイヤーは強くなれるし、どこを重点的にあげればいいのかが明確になった。
闘技場はステータスに関わるボーナスは大いにあるのだが、レベルは上がらない。
その辺がお金が払われることで帳尻を合わせているって感じになっている。
だから、どこかで必ず狩りをおこなりレベルを上げる必要があった。
PKとか敵NPC倒したら経験値もらえるのに、闘技場にはないって……なんだかなーって感じもするのだけど。
その辺はあれか、本当に殺したか殺してないかってところに落ち着くのだろう。
危険な思考回路だが、闘技場じゃなければ人も経験値である……なんてことも言える。
PKとか、そんな思考の奴もたくさんいるだろう。
「主のレベル上げも兼ねとる。伝授するべきスキルはまだまだあるが、技術という域に至ってはわしからお主に提示することはあまりないのじゃしな」
「そんなことは……うーん……」
胡麻擂りを言ったところで、スティーブンに通用するかもわからないので適当に首をひねって答えておく。
すると、スティーブンはニヤニヤと笑っていた。
「ほっほ、わしに盲信せんところもなお良し。それがうざいから弟子はあんまり取らんのじゃ。面倒じゃ面倒じゃ」
「の、割にはツクヨイあたりを可愛がってる気がしますが」
弟子は取らない取らないと言っていても結局は取り、さらにはもう一人の弟子であるツクヨイには孫を可愛がるような態度を取るスティーブン。
ツンデレジジイはどこの層狙いなのだろうか。
「ツクヨイは別じゃ。お主にやっとる修行にはついてこれんじゃろうしな。わしなりにふた通り考えた弟子育成方法を実践しとるようなもんじゃよ」
「……」
俺は知っている。
ツクヨイにはいろんなものを買い与えているのを。
お小遣いをあげまくっているのを。
クソジジイめ。
いや、エロジジイか。
まあ、俺ももういい年だ。
妹弟子との扱いの差にぐちぐちと文句を垂れるつもりもない。
さすれば師匠の言う通り、レベル上げについて行くのだ。
多分俺を誘うってことだから、過激すぎてツクヨイはついてこれないことになる。
「そうだ、師匠」
「なんじゃ?」
「コーサーを連れて行ってもいいですか?」
「死ぬかもしれんぞ?」
「それなら大丈夫です。契約魔法で雁字搦めですから」
「なるほどのう。少々過激になったとしても、復活する保険をかけとる訳か。ならばよかろう」
「ちょ! ちょっちょっと待ってください二人とも!?」
そんな話をしていると、床に伸びていたコーサーが慌てふためきならが急に立ち上がった。
「コーサー、なんだ?」
「コーサー、なんじゃ?」
「ぐわー!!! ゲテモノ師匠が二人に増えたー!!!」
失礼だな。
誰がゲテモノか。
「っていうか二人とも、死なないから死ぬほど無理させるって言ってるように聞こえるんですが!?」
「「そうだ(じゃ)けど?」」
「ぐあああああああああ!! やっぱりそうだったかああああ!!!!」
今度は頭を抱えて床にのたうちまわるコーサー。
「逆に言えばだけどなあ、コーサー」
「………………なんですか? 聞きたくないですけど、一応聞きますよ……」
「本来死にかけることって、相応の困難がつきまとう。それを乗り越えることでひとつ強くなれるとしたら、それを何度も繰り返せるって状況はすごく魅力的じゃないか?」
「そうじゃのう……じゃがまあ、困難を乗り越えてこその強さ故に、死ぬ前提で動かれてもなんの成長も期待できん。じゃがチャンスが増えるのは確かで、それだけの経験の蓄積には有効じゃ」
「……それが普通としてまかり通ってることに驚きを隠せません」
諦めろ、コーサー。
どっかの漫画でも言ってただろ。
修行は高い山を登るんじゃなくて、崖から転げ落ちて行くもんだって。
そうそう、地面に叩きつけられる前に対処法を覚えるか、叩きつけられても耐え切れるような体になるしかない。
じゃなかったら死ぬ運命だって……、
「いい加減受け入れろコォサァァァアアア!!」
「あぶくっぴっぃ」
悪運の瞳を発動させて、目を緑色に光らせながらド級の殺気をコーサーにぶつけると、彼は泡を吹いて床に伸びてしまった。
「……少々やりすぎではないかの?」
「いや、最近無理難題を押し付けると黙って従うよりもぐちぐち文句を言い返したほうが得だって学習したっぽくて……このままだと連れて行こうとしてもガーガーピーピーうるさくなりそうだったので、ね」
「お主……わしよりひどいのう……」
「そうですか?」
目指す先は海だ。
テンバーから王都までの道のりは大きな川はあれど基本的に内陸。
川よりも広大な海を見れば心も休まるだろう。
海は広いな大きなだ。
俺がそうだ。
海を見ると、心が洗われるのだ。
だから目覚めたコーサーもきっと来てよかったと思うだろうさ。
諸説ある。




