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「さっきからなんだその態度はとお前は言うが、お前こそ態度が悪いだろ」
「な!!! うるさい黙れ! ギルド長に向かって──」
「バニシグ……いい加減にしなさい!!」
唾を撒き散らしながら吠えるバニシグに、ついにオルフレインも言葉を荒げた。
ビクッとするバニシグであるが、なんとか虚勢を張って俺に食らいつく。
「しかしギルド長! ギルド長直々の待遇を、こいつは断ったんですよ!」
「……もういいですバニシグ、とりあえずこの場から去りなさい」
「しかし!」
「扉はそちらです。早くしなさい」
「くっ、ですが私は監査員ですよ! 例えギルド長とはいえ、私の自由を決めることができるのは監査長くらいの」
「出ていけと言っているのです」
オルフレインの雰囲気がガラッと変わる。
殺気だな、しかもとんでもなく巨大な殺気だ。
その圧にやられたバニシグは、足をガクガクとフラつかせながらもなんとか椅子にすがりついて俺を睨んでいた。
「監査員がどうしたというのですか。監査員ならば、ギルド内での勝手な行いを許されると思っているのですか? それも、なんの権限もないのに代理だと言い張り、ギルドの職員と所属冒険者まで動かして」
「そ、それは緊急事態だったので……!」
「確かに緊急事態の対処はわかりますが、職員の指揮権限があなたにあるとでも?」
「ぐ」
「実際に、件の騒動はローレント様のおかげで、特に問題もなく終わりました。私が特例と認めなければあなたはただの職権乱用となってしまいますよ?」
「そ、それは!」
「この場で監査員を盾にするならば、そうせざるを得ないと言っているんです」
そしてオルフレインは殺気を納めて聖母のような優しい表情を作る。
「もちろん私もそうはしたくはありません」
「……」
「バニシグ、いったい何を噛み付いているのかわかりませんが、結果を見れば観測されていたゴブリンの軍勢をひっくり返した英雄でもあります。さらに言葉を交わせば、あなたが言うような無作法な相手じゃないじゃないですか?」
「ギルド長! こいつは猫かぶってるだけというか、私に対して敬語を使わない時点で……ッ!」
「それはお前が俺を裏ギルドの関係者だと決めつけたからだろ」
「貴様ぁ!!」
「らちが明きませんね。連れて行ってください」
「なっ! は、放せ! 私は監査員としてこの男の動向をしっかり見ておく義務が……こ、こらやめろ! 顔を抑えるな! ぐわ! なにを! 鼻に指をフガフガフガアアーーーー!!!!」
そんな感じでバニシグは扉に待機していたいかつい男達に取り押さえられて連れて行かれてしまった。
かくして、うるさいのがいなくなった部屋は静寂に包まれた。
「あれでも根は真面目なんですよ」
「はあ……」
一言だげ吐き捨てるようにフォローを入れたオルフレインは、話を続ける。
「こちらとしては優秀な人材を逃したくないのも本心なので、できれば話をお受けしていただきたいのですが」
「今まで割と自由にしてきた分、拘束される可能性があるのはちょっと……」
「でしたら、当ギルドから定額報酬をお支払いします。それでいかがですか? 拘束が含まれる指名依頼などに関しては極力避けるようにします。ですが、もし今いるSランク帯複数じゃなければ達成し得ない依頼があれば、その時は協力していただきたいのです」
すごく下からお願いされるな。
たかがゴブリン数百を根こそぎ排除して、裏ギルドとつながっているアジトと盗賊、そしてPKどもを根こそぎぶち殺しただけなのに。
「そこまで譲歩する価値は無いと思いますが?」
「フフ、謙遜なお方ですね。あなたのお噂は予々聞いておりますよ」
そう言いながら、オルフレインは立ち上がって、ギルド長の執務室に備え付けてあるポットで紅茶を作り始めた。
「む?」
「静かになったことですし、少し落ち着いて話しましょう。お時間は大丈夫ですか?」
「えーと……」
この後、闘技場に行きたいんだけどなあ。
それを言う前に、オルフレインは言葉を続ける。
「まあまあ、お時間は取らせませんので」
「いや……」
「茶菓子は色々ありますが、どうします? こうして人にお茶を入れたり自分で作って見た茶菓子を振る舞うのが趣味なんですよ」
こ、断りづらい。
お金や特典じゃ意味がないと悟った瞬間、こうして人柄を前面にしてくるのか。
さすがだな……。
ここまで礼儀良く応対されたら、なんというか無下にしづらい……。
バニシグみたいに強烈な自我を前面に押し出したやつならいくらでもシカトできるのに。
「ええと、少しだけなら」
「では私のお勧めをお出ししますね!」
そしてソファに座って、鼻息混じりに茶と茶菓子を準備するオルフレインの背中を黙って見ていた。
ローヴォはすでに寝ている。
興味なさげだ。
いいな、お前は自由で……。
「さて」
「ちょっと待て」
「はい?」
ニコニコしながら首をかしげるオルフレイン。
だが、なぜ隣に座る。
確かにソファは二人がけだが、なぜ自分が先ほどまで座っていた場所に戻らない。
「なんでしょうか?」
「…………」
俺は無言で立ち上がって対面の席に座ることにした。
なんか一言いっても、なあなあにされてしまうと思ったからだ。
生産組の女達と同じようにな。
そう考えるとブリアンはいいぞ。
奴は二席分必ず取る。
必ず対面だ。
でもまあ……。
はっきり断言して置いたほうがいいだろう。
「すまんが、ギルドランクの引き上げは断ります。そしてそのまま所属も除籍処分にして結構です」
強硬手段として、勝手にSランクにされちゃたまらない。
だがなんにせよ、こいつらの組織に従う気は無いしな。
「やはり答えはNOですか」
オルフレインは紅茶の味を楽しみつつ、クッキーをちまちまと口に運びながら続ける。
「それなりに私も顔に自信はあるんですけども……それで動かないこその魅力と言う物がございますよね」
「何が言いたいんですか?」
「実はギルドカードに脅威的な数値で積み重ねられて行くモンスター討伐記録を読み取って、どこの支部長もあなたには割と注目していたんですよ? あなたは全くギルドに顔を出さなくなりましたけどね」
「そうなんですか」
ギルド怖すぎだろ。
登録しなきゃよかったのかな。
素材持ち込みの討伐証明をしなくていい分、プレイヤーを助けるための機能かと思っていたのだが、監視にも使われていたとは……。
「もちろん貴方から素材を買い叩こうとした職員は、異動と至りました。あのスティーブン様の直弟子が、それによって全くギルドに寄り付かなくなってしまったちょっとした原因でもあると考えられていますから」
ちょっとしたというより、あれでもういいやってなったんで根本的な原因なんだが。
最初の頃はギルドでも情報収集とかちょくちょく利用していたけど、結局クエストが面倒になってなあ……。
行商系なんて、ニシトモの手伝いすりゃいいもんだし。
感想にて誤字脱字のご報告まことにありがとうございます。
時間が取れ次第、修正していきたいと思っていますので、何卒よろしくお願いします。




