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西の草原、出現モンスターはグリーンラビット。
夜になればナイトラクーンが顔を出す。
そこから農場へと入り、小麦畑とおぼしき作物のど真ん中のあぜ道を更に奥へ。
ちなみに、区画整理された農場にはNPCやら、農業プレイヤーがちらほら見えていた。
農家スキルを持つと、自分の畑でも持てるのだろうか。
帯のように広がっていた農地を越える。
ステップカイトとドッグプレーリーと言うモンスターが顔を出す。
夜のモンスターは、まだ来たことないからわからない。
だって夜は農場閉鎖されてるんだもん。
ステップカイトは、草原を縄張りとしたトンビである。
力を見せれば警戒してよって来なくなる雑魚ッパ。
だがドッグプレーリーには気をつけて、巨大化すると、手に負えなくなる。
そんな愉快な光景を抜けると。
三メートル程の崖が姿を表すのだ。
一体何が居るというんだね。
牛さ。
「遅かったな」
俺達が到着したのを確認したトモガラが、笑っていた。
そういうお前は一人で何をやってるんだ。
「一掃出来れば経験値効率いいかなって思ってな」
聞けば、レベルが20を越えてから、南の森でゴブリン狩りしても、中々上がらなくなってるんだそうだ。
トモガラのレベルは21。
はい、確か現時点で一番高いレベルだったかなって思う。
いや、俺がトモガラよりレベル高い奴にあったこと無いだけで、探せば居るのかな。
「できたのか?」
「ダメだった、一体に手を出してもすぐに群れに取り囲まれる」
一~二体程度の数であれば、トモガラなら問題なく倒しきることが可能なのであろうが、この間皆で狩った時にも目の当たりにした。
一体でも傷を追うと、群れ全体がアクティブになってヘイトをためたプレイヤーに突進してくる。
そんな挙動のモンスターだから、マップ状に崖が作られたのだろうか。
「まあ何もしなければ、通れるみたいだぜ」
トモガラは崖下に降りてみたらしく。
彼が言うには手を出さなければ悠然と草を食べているのみだった。
「奥まで行ったんですか?」
「草原かなり広いから、まだ行けてない。深くまで行ってもしターゲッティングしてみろ、一瞬で飲まれるぞ」
集団で押し寄せるウエストバイソン。
まさに黒い津波の様だろうな。
崖からの景色は、今の所羊雲の様だけど。
黒い羊雲。怒濤の羊。いや、牛か。
「じゃ、やりますか」
「え?」
「どうするんです?」
エアリルと十六夜が頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。
それを尻目に羆刀を地面に打ち込もうとする、だがそれをイシマルが制止した。
「流石に何度も大剣を使う必要は無い」
彼はアイテムボックスから石の杭を取り出した。
「俺も持って来てるぜ」
トモガラも木の杭を取り出して打ち付け始める。
「準備が良いな」
「待ってる間に削ってた」
なら俺は、と取り出したのはビンに入れられた鎖蛇の毒腺。
ふふふ、チェインバイパーの神経毒さえあれば、牛なんか恐くない。
二つの杭を頑丈に打ち付け、補強しながらロープを結びつける。
「あとは引き上げる時の滑車が欲しいな」
「牛の体重、支えきれるか?」
「二つ作って重さを分散させたらいけるんじゃね?」
そんなことを言い合う二人を放置して、とりあえず手頃な牛に向かって銛を投げてみた。
もちろん、神経毒を付けてます。
劇毒さ。
「モォツ!? ブモオオオオ!!!」
銛がどこに刺さったかというと、前足の付け根の部分でした。
肩ロースの辺りかな……?
そんなことを思いつつ、突進して来た牛の群れ。
数は十三頭か、割りかし少なめの集団を狙ったのだが、それでも十頭以上の群れが目を赤くして一直線に突進してくる様子は、怖い。
「だ、大丈夫なの?」
「流石に崖を越えて来ることは無いぜ」
エアリルが息をのんで構える。
イシマルは腕を組んで牛の群れを見つめながら、そんな彼女を宥めていた。
牛の群れに変化が訪れる。
銛が刺さった一頭が、減速し、そして倒れた。
「なんだ?」
「タゲ俺だから、ちょっと離れてるわ」
「りょーかい」
崖沿いを横に移動すると、牛の群れはまだ俺を狙っている様だった。
倒れた一頭は痙攣している様だった。
神経毒、恐ろし過ぎ。
チート級の代物じゃないかと、今更ながら思う。
トモガラが牛を狙ってロープを投げる。
何度か繰り返すとようやくロープが角を捉えた。
マッスル生産組でありながら前衛職の二人が、限界まで身体強化スキルを使って引き上げた。
「……毒か?」
「ああ、俺がこの間やられた奴なんだけど」
トモガラに小瓶を見せる。
鎖蛇の毒腺をそのまま詰め込んだだけなんだけど、小瓶のそこには溢れ出た毒が溜まっていた。
黄ばんだ色をした毒だ。
みんな一様に表情を歪めて小瓶の中身を見据えていた。
「……もし野良パーティ組むことがあっても、絶対使わないでよね」
エアリルがそう言っていた。
フレンドリーファイヤーを気にしているのだろうか。
いや、俺も他人がこんなもん持ってたら気にするな。
絶対、マジで。
「十六夜さん、解体できますか?」
「え? は、はい」
猟師スキルを持つ十六夜。
これで、牛素材を全て利用できるのか!
と、そう思ったら……。
「ごめんなさい、毒に汚染されてるみたいです」
やや困惑した表情で、十六夜が首を横に振った。
どうやら解体できる肉質は大きく汚染されているみたい。
「え、この間は麻痺毒使ってましたけど、汚染なんて無かったですよ?」
「とりあえず解体スキルでドロップ化してみるべ」
トモガラの手で光の粒子へと変わる牛。
気になるドロップはどうだ?
【西野牛の肉(肩ロース)】
やや筋が多いが脂肪分が適度にある風味の良い部位。
【西野牛の肉(肩ロース)】
やや筋が多いが脂肪分が適度にある風味の良い部位。
【西野牛の肉】
きめの細かい柔らかな部位。
【西野牛の肉(肩ばら)】
赤身と脂肪の層、きめ荒く硬いがこってりと煮込めば美味しい部位。
あらま、これは大丈夫でした。
疑問に首を傾げる俺とトモガラ、イシマル。
だが、女性陣は。
「ふおお、こ、これが牛肉? 早く食べてみたいわね!」
「私、ヒレが食べてみたいです」
梟のブルーノも、十六夜の肩の上でエレクトしていた。
脚の爪、食込んで痛くないのかな?
よく見れば、装備の両肩には厚手の布地が使われている。
肩パッド標準装備ね。
大丈夫そうだ。
「おい、神経毒、まだあるのか?」
「あるけど」
ちょっと貸せと一言。
トモガラは鉞の刃先に毒を垂らして、適当な布をアイテムボックスから取り出すと、刃に広げて行く。
ロープを伝って崖を降りて、穏やかに草を食べている野牛の首を一撃。
切り落とすまでは行かないが、【ハイブースト】や【マッシブ】で上昇し、日夜木を切り続けて上昇しているであろう裏ステータスからはとんでもない威力の斬撃が繰り出される。
牛の悲鳴が聞こえ、切り口と鉞の刃先を確認したトモガラは牛から逃げるようにダッシュで戻ってくる。
「あぶねー! 後少しで轢かれる所だった!」
間一髪でロープを登りきった。
牛の突撃で崖下が少し削れていた。
「武器に塗ってみた。でも一度攻撃したら毒の効果無くなってたわ」
あっけらかんとそう言ったトモガラ。
と、言うことは、毒を用いるのは一回限りの投擲武器が良い。
投げナイフとか弓矢とかが相性よさげ。
でも管理するのがすごく大変そうな感じがした。
閃いた。
銛は銛でも、流血特化の銛
ツイスト・ダガーというものか。
対プレイヤーキラー様に作っておくのも吉かもしれんね。
中に神経毒仕込んで、例え抗体持ってる相手でも、刺したら一貫の終わりだと言う。
……もしかしてもう作ってる奴いるのか。
ってか作れるの?
このゲーム。
「今回も、ダメですね。やっぱり汚染されてます」
皆で引き上げた牛さん。
十六夜が確認するがやっぱり汚染されていた。
でも解体スキルでドロップにすると、普通に一枚肉として落ちる。
猟師形無しか。
神経毒を使ってウエストバイソンを乱獲していると……。
ある事実に気付いてしまったのである。
トモガラが、イライラしながら言った。
「おかしい、なんでサーロインがでねぇ!」
「タンも! っつーか! 石工、モツが食べたいんだぜ!」
イシマルも石の杭を殴りつけて抗議した。
んなこと言われても知らんがな。
「でもグリーンラビットとか、肉の部位でないから、仕方ないんじゃない?」
肉の種類がわかるだけマシよ。
という、エアリルである。
「鶏肉って結構色んな部位でましたよ?」
「ああ、騒音鶏?」
「はい、そうです」
十六夜がボソっと言った。
「……猟師スキルだと、全素材余すこと無く取れますよ。それこそガラだって」
「はい樵夫、思いた。これは運営の、公式の罠だ。猟師がいないと一番上手い部位は食わせねぇ。そう言ってるんだ、絶対そうだ」
「石工、同意」
コイツら食欲の化身と化している様だった。
樵夫も石工も、中々自分が食べたい部位が出なくてイラついているらしい。
ちなみにイラつきの要因に、乱獲して未だにリブロースすらドロップしていないことも一因となっているのだ。
「毒で狩ってるからわりーんじゃね?」
「お前、それ今言う?」
「乱獲できていいけどよ……、俺らが求めてるのは適当な部位じゃねぇ、サーロインだ。希少部位だ!」
「そうだぜ! 石工の仕事にはシャトーブリアン食って力つけねーと無理なんだよ!」
「そんなこと言うなら漁師だってシャトーブリアン食べたら一杯魚獲れますよ」
「「魚食ってろ!」」
酷い。
樵夫と石工酷い。
「あ、あの、落ち着いてください」
「そうよ、一旦落ち着きましょ。毒を使わず殺せばいいじゃない」
十六夜とエアリルの言葉で、一度精神を落ち着かせた俺達三人は、再び牛に向き合うのだった。
今回、トモガラが崖下に降りて、一撃を加えて、全力で戻ってくる。
そこへ、俺の大剣をアポートでヒットさせる。
回収に向かうのは、野牛を完全に殺しきってからになった。
「じゃ、行ってくるわ!」
強化スキルを施したトモガラは三メートルを飛んだ。
前転しながら上手く着地すると、そのまま大剣を両手に二つ持つと、勢いを付けて牛の横腹に振り下ろした。
ノーガードな牛のHPは、それだけで三割減った。
だが、トモガラ全力の一撃でも三割である。
「頼む! 早く! 轢かれる!」
「任しとけ! おらっ!!」
牛追い祭り状態になったトモガラは間一髪飛び上がってロープを握る。
そのロープをガタイの良いイシマルが大きく引っ張って、無事帰還した。
「俺の大剣頼む」
「ほい」
引かれた大剣二つはトモガラが放置扱いにして、俺がすかさず回収した。
と、言うかこれも使ってしまえ!
「丁度良いからこれも使うわ」
下にやって来た牛の頭に、重たい大剣を落として行く。
うむ、少しずつ削れて行っとるな。
「俺は引き上げ要員だ」
石工は石の杭に腰掛けていた。
代わりに女性陣が攻撃に参加していた。
「ウインドカッター!」
エアリルは風の攻撃魔法。
十六夜はひたすら弓を放っていた。
スキルを使用しない所を見ると、もしかしたら補助系のスキルばかり上げてるのかもな。
弓使いってスキルよりもパッシブスキルとの相性がいいと聞いた。
今回の群れは六頭。
搾って毒で乱獲した結果、大分数が少なくなった。
混雑しないで狩れるので良かったよ。
「ほら、倒したわよ! 堅過ぎ! なんで三割も削れんのかしら!」
「ん? ああ、はいよ樵夫、やっと終わったのか」
「少し寝かけてたぜ、俺石工」
のそのそと起き上がってくる二人に、引き上げは任せよう。
「いやお前も手伝えよ」
トモガラの手が俺の肩をつかんだ。
どうやら、解放してくれそうも無い。
そう言う訳で、無毒の牛を引っ捕らえることに成功した。
血抜きは崖から引きずり上げる時に十六夜がやってくれた。
死んだ牛には仲間意識芽生えないみたいだった。
五頭で小さく纏まって草を食べるウエストバイソン達。
なんだか少し、悲しくなった。
……嘘だよ、肉にしかみえん。
遅れました。
すいません。




