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■ノークタウン/路地裏/衆ノ道


「私は大きい方の相手をしますので、ローレント様は左のちんちくりんをお願いしますね」


 柔道着、軽鎧、に黄色い運動靴を入ったモナカは、ニコニコとした表情でヤマトの方へ一歩出る。

 運動靴、まさかとは言わないが、セレクのオーダーメイドだろうか。


 縫製師はある程度の腕前を持つと、装備の装飾とかいじれるようになる。

 うん、それを遺憾なく発揮した装備であると言える、この運動靴は。


「……ちんちくりんだって?」


 モナカを睨むタフ。


「ええ、ちんちくりんです」


「そういうことは少しでも身長で僕に勝ってからいうことだよ?」


「五十歩百歩という奴ですよ、ほほほ」


「いいや、ミリの差でも生死を決するの武術の世界だね!」


「まあまあ、男性の一般平均からすれば、あなたはちんちくりんで私は少し低い程度ですから」


 ……どっちも変わらないよな。

 と、そんなことを思いつつ黙っているヤマトを見やる。

 すると、


「はっ、ちんちくりんの良さがわからんとはな……いいだろう、俺が貴様にちんちくりんの良さを語ってやるとしよう。もちろん、この槍でな」


 そう言いながら短槍を構えていた。


「背丈は申し分なくても……いかんせん、顔が暑苦しいですね。いいでしょう、私と語らいましょうか……もちろん拳で」


 バカしかいないのか。


「あ、兄さん。さすがにそれは相手のペースだって……! ──って」


 弟のことになると急に心が前のめりになる奴だと思っていたが、これはひどい。

 モナカの口車にまんまと乗せられて、そのまま路地裏をかけ出していった。


「……ああもう……仕方ないなあ、兄さんは」


 ヤマトたちの後ろ姿を見ながら、タフはそう息を吐いた。

 そして改めて大太刀を構えながら俺を見据える。


「まあ、ハンデが消えた……って思えばいいかな」


「ハンデ?」


「兄さんの心の隙に付け込んで、茶々を入れるのが得意なようだけど……僕からすれば兄さんがいることはあくまで枷みたいなもんだから」


 そう言いながら、ゆらりゆらりと大太刀を上段に構えて近づいてくる。

 その姿は先ほどまでとは一線を画するほど、研ぎ澄まされた刀剣のようだった。


「なるほど、枷ね」


 なんとなく納得する。

 連携は確かに大事だが、武人が完全に扱えるものは己が身一つ。

 どこの境地に立ったとしても、その根底は揺るがない。


「僕は兄思いの良き弟だからね。兄さんを立ててあげるのが生まれた時からの定めだし、それは例え実力で一線を画しても揺らがない、変わらないことなんだよ」


「へえ」


 さらに、タフは舌を出し厚い唇を舐めながら言葉を続ける。


「昔は武器と両腕、へし折られて負けたけど……今回はそうはいかないよ? あんたと同じで、僕も強さの根底を自分で見つけ、ここまでずっと、研ぎ澄ませてきたんだからね──」


 熱く滾ったようなその目線は、まさに獲物を狙う獣のようだった。

 不思議と、十六夜やアンジェリックのように心の深いところに宿る強い闇や光と同じものが垣間見えた。


 その瞬間思った……こいつは。

 ──できる、と。






■ノークタウン/路地裏/プレイヤーネーム:モナカ



「あらあらまあまあ」


 案外。体格に似合わず、俊敏な動きのようで。

 路地裏の細い道の中でも、とりわけ細い道を選び駆け抜けているというのに、この短槍持ちの偉丈夫さんは難なく付いてくる。


「地の利を生かす……なかなか良い手ではあるが、どんな状況でも戦うために育てられた俺らに、そんな子供騙し兵法など、通用しない!」


 そう言いながら、短槍を棒高跳び用に用いながら障害物を乗り越えてきます。

 手足のように武器を使う、さすがは野伏一門の末裔ですね。


 まあ……。

 ここまでできませんと、とてもじゃないですが武門界隈で名乗りをあげることなんで不可能ですが。


「待て、ちんちくりん!」


「あら、れでぃーにおいそれと言っていい言葉ではありませんよ?」


 それにしても……こうして殿方と追いかけっこに興じるなんて。

 久方ぶりで、心がドキドキしてきます。


「鬼さんこちら、手の鳴る方へ♪」


「──ッッ! このッッ!」


「まあ、顔を真っ赤にして、体格に似合わず可愛らしいお方……弟さんの方を随分と可愛がっているようでしたけど、実際可愛がられてるのはお兄さんの方かもしれま──ぴぃっ!?」


「馬鹿が! よそ見をするから洗濯物を干すヒモに引っかかるんだ! 死ねぇッ!」


「よっ、と」


 危ない危ない、本当によそ見は禁物ですね。

 おかげでヒモに首を引っ掛けて危うく首チョンパするところでした。

 重心をそのまま移動し、物干しヒモを起点に逆上がりして上に立ち衝撃を受け流します。

 っていうか否定しないんですかねえ、あらまあ。


「む!? なんだこれは!?」


 好機と見た偉丈夫さんがこれ見よがしに槍を振るってきましたが、干してある貴婦人のほとんどヒモでしかないパンツとブラジャー、その他諸々を眼前に投げて目くらまし。


「ヒモか!? って、ぬあああああ──ッッ!?」


 偉丈夫さんは槍を透かし、叫び声をあげながら落下していきました。


「このゲームって、中世ヨーロッパ風の世界観ですけど、なんで紐パンがあるんですかね?」


 作れるなら、セレクさんあたりに私専用のビキニでも作ってもらいましょうかね。

 イベントが終わってプール開きが終わってしまう前に、なんとか悩殺ビキニで若い青年の彼氏が欲しいところです。

 それをいうと、ヤンキーさんに色々馬鹿にされそうですが……。


「……ほぼ空中にいるというのに、その細いヒモをちぎることなく、受け身を取るとは……貴様は一体?」


 む?

 雰囲気が……。


「どうやら、楽しい追いかけっこも終わりみたいですね」


 このくらい距離を取れば、うっとおしかった監視の目も逃れることができたみたいですし、そろそろいい頃合いでしょう。

 懐かしい青春のあとは一番楽しみな行為といきましょうか。


 立っていた物干しヒモから飛び降りると、偉丈夫さんは槍を構えます。

 そして顔を真っ赤にして追いかけていた先ほどまでとは打って変わって、楽しそうに顔を綻ばせると言いました。


「俺は野伏流短槍術皆伝の大和」


「え? 短小?」


「短槍!! まあいい、貴様も俺と同じほどの力量と見た上で、名を聞こう!!」


「んー、そうですねえ、名前ですか……」


 顔は例え暑苦しくても、戦いを楽しむ偉丈夫さんを見ると、ついつい意地悪をしたくなりました。


「……私を倒したら、教えて差し上げますよ」


 そういうと、ヤマトさんは笑っているようでした。

 やはり、わかっているようです。

 私たちが語らう術は、別に言葉だけではありませんしね。


「いいだろう。その名、貴様を叩きのめして聞き出すのみ」


 ジリッと構えをとりながら、距離を詰めるヤマトさん。

 やはり、猛々しい気の持ち主でもあります。

 自然体の私を警戒しつつも針に糸を通すような動きで、少しずつ。

 よろしい、よろしいですね、さすがは野伏さんところのせがれ。


「チッ……やはり虎穴入らずんば虎子を得ず、か」


「それだと私は母虎ですか?」


「言ってろ、俺からすれば貴様はただの虎子よ! 必殺の技を持ってして狩り殺してくれる!」


 ヤマトさんの重心が大きく下がります。

 左手で軽く持ち手を取り、右手のひらは石突に。


 長物特有の棒しなりがない。

 つまり穂先のブレが全くない状態での突き。


「柔道家はどんな状況でもこちらの重心を打ち崩すことに長けているだろう! 体捌きの兵法にかけては群を抜いているのはわかっている……だが、それをねじ伏せるほどの剛の突きを食らうがいい!」


 なるほど、一点突破。

 それだけに力を注ぎ込んだ、一撃ということですか。


「実に己の持ち味を十二分に発揮した、良い技です」


 ですが、


「柔よく剛を制す。その名を体現する武術に、剛を持って挑むのはナンセンスですね」


「──ッ!? いつのまに!?」


 直線的な攻撃の裏に、何か隠してるかと思いましたが、何もありませんでした。

 そうなれば、重心の向かい先が決まっているので、少し変えてやればいいでしょう。

 そのまま槍ごと背負い投げです。


「まさに、一本背負いですね」


 デスペナにしておかないと後で面倒なので、そのまま顔面から落とします。

 首の骨をへし折ってしまえば、このゲームではHPを持っていても容易に死にますから。

 もっとも、身体が強化されているとその分なかなか折れなくなりますけど……。


「闘志」


 自分の力がその身に返ってくるわけですが、念には念を入れて強化スキルを使いましょう。


「なっ!? 今までスキルなしで──ぐはッッ!!」


 折れました。と。


「貴方のお手前も、相当なものですが……やや短絡的ですね。レディーにちんちくりんと言ってしまうところも、減点対象です。ま、それを度外視して私と貴方では力量の差が開きすぎていただけですけどもね」


「……ぐ、この」


 まだ息があるのが恐ろしいですが、時期に死ぬでしょう。

 なんならとどめに槍をチクリとね。


「ちん、ちく、り……」


「私からすれば、貴方の方がちんちくりんですよ。このちんちくりんの短槍さん」


 そう言うと、彼はちょうどHPが尽きたようで、デスペナルティ。

 さてと、美男子様は大丈夫でしょうかね。

 野伏兄弟は弟が本物の実力を持っていると聞きますし、確かに先ほどの短槍さんがいた時はイマイチ実力を発揮できていないようでした。


 私も戦って見たいですが、それをやると烈火のごとく怒るのは……あの人と似てるでしょうし。

 怒らなくても百年くらい恨まれそう……。

 まあ、手を出さなければ良いですね、とりあえず見に戻りますか。


 そう決めて、ドロップ品を回収した後。

 元来た道を引き返した私の脳裏に電撃が。


「……ん? ちんちくりんの短槍……? ちんちくりんの短小さん? っぷふふふ! 面白い駄洒落を思いついてしまいました。これは、これはあとで美男子様に教えてあげましょう。ぷふふふ! ああ、でもその前に──」


 身体強化系のスキルを全て使用し、壁を一気に駆け上がる。

 ベランダにも、屋上にも、こそこそ後をつけ回すストーカーさんたちがわらわらと。

 少し遊びすぎました。

 敵対勢力なら、見つけ次第早急に芽を摘んでおきませんと。


「──あらまあ、私、盗撮NGなんですよ?」







大柄で短槍もちの兄。

小柄で大太刀もちの弟。


変態vs変態の構図ですが。

とりあえずこんな終着点となりました。

次はローレントたいほもしょた。

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