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「よし、なら戻って手続きを済ませるから戻せ」
「ぬっ、少し待つのじゃ」
いつまでの鏡の世界にいることはできない。
そして、失った右腕を教会でエリック神父にくっつけてもらわないといけない。
だから、さっさと戻って手続きをするに限るのだが、いつのまにか両腕をくっつけて俺の隣に座るミラージュがそれを引き止めた。
「なんだ」
精霊は、傷を負っても時間経過と自然治癒で治るらしい。
めちゃくちゃいいな、それ。
「今回の三次転職に関しては、わしが一任されておるから手続きも任せておけ」
「ほう」
そりゃ、結構なことだ。
ミラージュはパタパタと服についた土を払うと、俺の目の前に佇むと眼前に手をかざす。
「お主の進むべき道は二つ。無属性魔法使いの上級職、もしくは70レベルから選択可能となる無属性の魔闘士がある……どちらを選ぶ?」
ふむ、70レベルからまた違った派生職業が出現するのか。
だが、答えは決まっている。
「無属性魔法使いの上級職で」
別に格闘がやりたくて、この道に進んだわけではない。
攻撃向けではないスキルのアポート、アスポートを使って戦うために、どうしてもリアルでの技術が必要になっただけだ。
初志貫徹、俺は魔法使いをやりたいんだよ。
そして、ゆくゆくはスティーブンの持っていたスペル・リジェクトを手にする。
そう考えると、浮気はしてらんないね。
「ほう、いいのか? 魔闘士の方が今のお主はあっとるかもしれんぞ?」
「逆に聞くが、俺は誰の弟子だ?」
「……よかろう」
ミラージュは一度黙ると、すぐにそう言った。
「魔闘士を選んでおったなら、もはやスティーブンの弟子ではなくなっておったぞ」
あぶねえ、選択肢出してんじゃねぇよ。
わかってて選ばせやがったのか。
そしてインフォメーションメッセージが俺に届く。
[上級無属性魔法使いに転職しますか?]
[yes/no]
もちろんイエス。
[職業が中級無属性魔法使いから上級無属性魔法使いになりました]
[スキルポイントボーナス5ポイント獲得]
[三次スキル解放]
[称号”到達者”を獲得しました]
[称号“到達者”を獲得したことにより、称号”達成者”が消滅します]
[一部二次スキルが三次スキルに移行します]
スキルツリーを確認すると、俺の補助スキルが【ナート・エスカレーション】と【ナート・マジックアームズ】に置き換わっていた。
そしてテレポートの制限も消えている。
【テレポート】Lv1
視認した範囲に転移(再使用待機一時間)
指定された範囲への転移(再使用待機一時間)
フレンドリストから任意の人物の場所へ転移(再使用待機一時間)
※スキルレベルが上がるとともに、再使用待機時間の減少
詠唱時間がなくなった!
だが、スキルレベルが低すぎて、まだまだ制限があった頃と変わらないと言ったところ。
「どうじゃ?」
「無事に転職も終わった」
俺の顔を覗き込む様に見つめるミラージュ。
……なんだか最初にツンケンしていたのが嘘の様に思えて来るな、こうしてみると。
「なんじゃ?」
「いや、おまえ俺のこと嫌いじゃないの?」
素直に思ったことを聞いてみるとミラージュは吹き出した。
「いやのう、最初は転職試験にかこつけてコテンパンにしてやろうと思ったんじゃが……二度も負けるとなると、認めるしかあるまいて、いかにわしの能力に制限がかかってようとも、三次転職すらしとらん小僧に倒されるほど、弱くはない」
「確かに。正直、負けるかと思った」
負ける気はさらさらなかったけど、俺が死ぬか、ミラージュが死ぬか。
そんな感覚にはなった。
なかなか楽しかったと言える。
「ぬぅ……そもそも勝つ気でおったのがのう……なんとも言えんのじゃ……」
彼女いわく、負けても力を示せれば良いらしい。
二次転職では自分自身だったが、三次転職ではミラージュがプレイヤーの職業に合わせてその教官に姿を変え、戦うのだという。
反射はない、というかそもそもミラージュのスキルを使うことはない。
「じゃから、今回は特別に加護を渡す」
「加護?」
「わしからの特別な称号じゃと思ってくれていい」
「まあ、よくわからないが貰えるものはもらっとく」
病気以外ならなんでも。
「なんじゃ、嬉しくなさそうだの」
頬を膨らませたミラージュは、まあよいと一言置いてなにやら呪文をつぶやいている。
そして何もない空間からスキルブックを出現させると、俺に手渡した。
受け取って使用する。
[鏡精霊の加護を獲得しました]
[加護スキル【リフレクション】を獲得しました]
「……リフレクション?」
「そうじゃ、無属性魔法の一部。あらゆる事象の最上位に位置する反射の魔法スキルじゃ」
【リフレクション】Lv-
鏡精霊の力の一端を使用することができる、加護スキル。
自分が触れたあらゆるものを反射する。
再使用待機時間五分。
「もしくは、反転、とも言えるかのう」
「……でも、触れたものだけなのか?」
「当たり前じゃ」
さすがに、触れずに目で見たものをとかだったらとんでもないことになるよな。
MP消費は……アポート・アスポートに比べるとかなり高め。
今のMPであれば、アポート・アスポートを連続使用しても戦闘時間外の自然回復で帳消しになるが、再使用待機時間を含めても、テレポート並み、いやそれ以上にMPを持っていかれるな。
「ここぞという時に使うと良い」
水辺であぐらを書く俺にちょこんと身体を預けたミラージュは、綺麗に輝く鏡の世界の泉を一望しながら言葉を続ける。
「スティーブンの魔法を使いこなしてきたお主なら、きっと使えるはずじゃ」
「……くっつくな」
「ぬわー! 人がせっかく良い感じで締めようとおもっとったのに!」
「なんか最初と対応がちがくね?」
「ぬう! 二回も勝負した仲ではないか! それに二回もお主が勝利し、熱く滾る様な時間を過ごした仲でもあるではないか! それに……わしも、あんな目しながら諦めずに迫って来る様な男は初めてじゃし……理想じゃし……ぬわー、これではまるで惚れてしまったみたいではないかー……ぬぐぐぐ……」
「……はい?」
言葉がしりすぼみになってよくわからん。
言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに。
なんか周りの女性プレイヤーたち、こういうの多いよな。
あれか、勝負を挑みたいが、仲間内で殺し合いするのも憚られるとか思っているのか?
俺は大歓迎だけどなあ、決闘っていう便利なシステムがあるんだし。
別にルールを設けて遊び感覚で戦ってもいいんだぞ?
「まったく……けしからんな、恥ずかしがり達め」
「お主の想像のほうがけしからんわい! っていうか思考が言葉に漏れておったぞ!」
「む?」
「む? ではないがのぅッ!!!!」
そんなこんなで、俺はやっとミラージュから解放されて魔法職ギルドへと戻ってきた。
ミラージュはプンスカ怒りながら、用事があると奥の部屋へ戻っていき、俺はセリーナという受付に二、三説明を受けた。
そして──、
「ちょっとツラ貸せや」
リーゼント先輩になぜか絡まれるのであった。
ツクヨイ「む?」
十六夜「む?」
アルジャーノ「む?」
セレク「む?」
十八豪「む?」
ブリアン「みんな、どうしたんだっぺ?」