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「一分以内に話をつけろ」
「チッ……おい、ノークタウンの市場を開放しろ」
「な!? それはできないと言ってるだろ!!」
自分の立場がああなっていても全く譲らないケンドリックにデリンジャーが舌打ちしていた。
俺たちを睨んでいた眼光も、今ではすっごくめんどくさそうな表情に。
「……どっちが悪人かぶらっくぷれいやぁはわかんねーです」
「なら簡単な話じゃねェか?」
「どういうことですか三下さん?」
「全員悪人だってことだ」
「ハッ! 言えてるぜ三下ぁ! 善人が一人もいねぇ!」
側から見てそんなことを話すツクヨイ、三下さん、ガツント。
十八豪はバカには付き合ってらんないと早々に切り上げてトンスキオーネがわざわざ飯を食うために準備した甲板のソファでくつろいでいた。
なんだかみんな、危機感が薄くないだろうか。
「さすがはお兄様。なんだかやり手の盗賊ギルドプレイヤーにまで苦しい表情を作らせるなんて、厚顔無恥も甚だしいかぎりでございますこと、ホホホ」
リアル兄貴がとんでもないことになってんのに、過去のトラウマ暴露とこうして笑っているアンジェリックの姿。
なんと言いますか、血は争えないと思いました。
さて、結局話は平行線を辿るというか、ジャンケンのように違いが互いを譲らない展開が続いた。
こうなってくると、あのデリンジャーがこのバカとデブのお遊びに付き合っているのが少しおかしく感じてきた。
キャラというか、アバターというか、格好、表情、物腰、全てからなんとなく手練れ感がビシバシ伝わってきたんだけど……俺の思い過ごしだろうか?
ちなみに上に立つべきものってもう生まれた瞬間から決まってるぞ。
リアルで人が集まってくる人物には、ゲームの中でもだいたい人が集まってくる。
ただし俺は違った。
友達と言える人なんか門下生もしくはトモガラくらいしかいなかったんだが、なぜだかゲームでいっぱい友達ができました。
ふむ、凝り性の同じ穴の狢が集まっただけかもしれないが、それでも嬉しい。
話が逸れてしまったが……、いつのまにかケンドリックのジャンケンで決めようという試みに変わってしまって見ちゃいられないからいいだろう。
『じゃんけんぽん!』
『あいこでしょ!』
『あいこでしょ!』
『あいこでしょ!』
「……どいつもこいつもバカばっかりですかってんですよ……」
ツクヨイも見ていて呆れていた。
ケンドリックとトンスキオーネはさておいて、デリンジャーが愉快にジャンケンに興じる必要があるのだろうか。
「……きな臭いな」
「何がですか?」
俺のつぶやきにツクヨイが反応した。
「どう考えてもバカみたいにジャンケンするようなやつじゃないだろ」
「……確かにそうですね」
俺の顔とジャンケンに興じるデリンジャーの顔つきを二、三度見比べながらツクヨイは含みをもたせてそう言っていた。
「どう考えても冗談の通じないローレントさん側の人間だと思いますですはい」
……どう言う意味だ。
スティーブンとの修行の一環で空中に転移したことをまだ根に持っているのだろうか。
それとも色々忙しさにかまけてなんだかんだ約束を無視していることとか?
確かに約束を守ってないのは悪いと思うが、破るつもりはない。
いずれ守るために大事に取って置いてるってことなんだが……そう言っても通じそうもない。
「ッヘヘ……デリンジャーさんがあんな風になるなんて珍しいぜ」
おかしいな拘束にかこつけて関節六ヶ所程度外して置いたはずなんだが……。
盗賊ギルドのレッドネームプレイヤー、恐らく暗殺者であろうプレイヤーがジャンケンに興じるデリンジャーを見ながらヘラヘラと笑っていた。
「何がおかしい?」
「イダダダダダッ!!!」
身体を足で揺さぶってやるだけで痛覚設定マックスなら気が狂うほど痛いはずだ。
現に盗賊の声は「ヒヒヒッ」とおかしなものへと変わっていく。
「ヒヘッ、ちくしょうイテェよヒヒヘッ」
さっきまでは余計な情報を言わないようにデリンジャーに睨みを効かされて口をつぐんでいたが、どうやらあまりの痛みとふざけるデリンジャーを見て気が緩んだようだな。
この調子でいたぶって情報を履かせてやろう。
「ギッ!? テメェ、キヘッ、いてぇよ……!! いてぇよ!!」
「でも痛くて気が狂って笑ってしまいそうなんだろう?」
「キヒヒヒッ! ギッ、ギヒヒッ!! ああそうだよ!!」
ドMかな?
「ロ、ローレントさんって拷問する時と戦う時が輝いてますね……ドSですかね?」
「ああ、そういえばプレイヤーキラーに拷問するときも俺はそう思ったぜ」
「俺もだ」
ツクヨイ、ガツント、三下さん。
さも近くで俺の所業を見てきたみたいなこと言ってるが……ああ、見てきてたな。
でも拷問するときはできるだけ相手に恐怖心を……って、まあいいや。
一つ簡単な実体験に基づく知識を教えておくが、親指の付け根の感触って無理やり引っ張ると電撃が走ったような痛みがあるんだぜ、コンセントに指突っ込んだみたいに。
「ギヘッ、くそがっ! いてぇなおい! だが、最後に笑ってんのは俺たち盗賊ギルドだ、デリンジャーさんのなりふり構わぬ時間稼ぎでてめぇらの──ガッ!?」
「ッ!?」
何かを喋ろうとした途端、名もなき盗賊プレイヤーの首元にナイフが突き刺さった。
驚くべき速さの投擲で、投げたのはもちろんデリンジャー。
「ジャンケン──って、おい! まだ決まってないぞ! 勝つのは僕だっ──?」
「お遊びは御仕舞いだ、そろそろコトが運んだみたいだしな」
そう言いながら、デリンジャーはケンドリックの背後に素早く回ると、そのまま首を切り裂いた。
暗殺者のスキルみたいなものなのだろうか?
十六夜が持っているクリティカルダメージをあげる効果を持つスキルを持っているのだろうか。
バカだが耐久度は戦士並みのケンドリックのHPが、首を掻っ切られたことで一気にゼロになる。
「──お兄様!?」
アンジェリックが慌てて前に出る。
だが倒れる直前、パリンという音がして、ケンドリックのHPが全回復する。
「我が妹よ、心配はいらないよ」
どういうことだ?
疑問に思っているとケンドリックが誇らしげな顔でフルプレートメイルのグリーヴ(脛当て部分)を外してちぎれたミサンガを見せた。
「腕利きの縫製師がいるのは第一拠点の奴らだけじゃない。多種多様な有能が僕の元には集ってくるからね」
「い、いえ、そうやって誇らしげに言ってないで早く逃げるべきではと妾は……」
「んへ?」
んへ? じゃないだろうに。
後ろに控えたデリンジャーがそんな隙を逃すはずがない。
お馬鹿ボンはどこまでいってもお馬鹿ボンだったってことで、再びケンドリックの首にナイフが刺さる。
「ぐっ、雇い主に噛み付くなんて……随分躾がなってない犬っころだ……」
「飼い犬が手を噛むときくらいあるだろう。それに、犬は飼い主でも序列が低ければ噛み付くもんだ」
「なっ!? ぼ、ぼくを馬鹿に──」
そう言いながらケンドリックは今度こそ死に戻りした。
「ま、早く本拠地に戻れて楽だったろうな……さて」
ケンドリックを仕留め終えたデリンジャーが鋭い視線を俺たちに向ける。
どうやらここからが本番のようだ。
OBAKABONは結局噛ませ。