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「何黙ってんだ! てめぇがローレントかっつってんだろ!?」
柄の悪い男が胸ぐらを掴もうとするので手首を握って阻止した。
柄の悪いと言ってもチンピラみたいな顔をしている以外は、普通の戦士の装備に見える。
「そうだが」
「手を離しやがれ!!」
なんとも横暴なものだ。
やっかみごとには慣れている、プレイヤーキラーとか。
だが、さすがに街中で表立って敵対してくるやつらはいない。
決闘以外で攻撃不可能だからだ。
というか、変に他人を気にしてても意味ないだろうに。
いきなりローレントかって言われても、わけわからんから。
「怒る理由を話してくれると助かる」
「なめてんのか!? 外に居るのてめぇの馬だろ!?」
ノーチェのことを指差して、興奮した男が叫ぶ。
ミアンは「ほどほどにしてくださいね」と苦笑いしてぶちまけた料理を片付けて行く。
舐めてるのはこの男の方だろう……。
沈黙に耐えかねてやっと飯が来たってのに……。
ぞくり。
どう収拾つけようか迷っていた時、ふと右となりからヤバい気配を感じた。
俺の隣にとんでもない殺気を発する奴がいる。
……十六夜だ。
闇が深い瞳がブラックホールみたいになっている。
いや、なってはいないが、そういう風に見えるというか。
俺でも少し焦ってまうやろ。
「なんですか貴方」
「あん!? 俺の新しい装備に傷つけやがったんだよ!!」
「傷ついてないじゃないですか?」
「耐久値が減ったんだよこら!」
全てを見ていた親切なプレイヤーが教えてくれる。
かっこいい馬がいるから容易に近づいて、そしてけられたんだと。
「ローレントの私物に手を出すな、が新参の鉄則だぜ!」
「ええ、なんでそんなことになってんの?」
「まあ、ローレントだし? あいつ第三陣の後期か、第四陣のプレイヤーか?」
サムズアップするな、失礼だぞ。
馬にけられて転んだプレイヤーは周りに笑われた。
そして、この馬の所有者は誰だと怒鳴り。
面白がって俺のだとバラしたプレイヤーがいて、この騒動が起こった。
「まっ、お互い楽しくゲームしようや! うはは!」
それが事の顛末らしい。
おっさん面のプレイヤーは飯を掻き込むと満足そうに出て行った。
「決闘だ!」
「いいでしょう」
十六夜達もよく分からない方に話がまとまっていた。
決闘?
羨ましいんだけど。
でもこいつ雑魚っぽいからいいや、いらない。
「てめぇも女に戦わせてケツの穴の小せえ奴だなこら!」
「は? いいですか、ローレントさんが手を下さなくても、貴方程度なら私で十分だと言っているのです」
もう俺のあずかり知らぬところなんだけど。
流れて外に出てきてしまったが、周りの視線が痛い。
「お、おい……三角関係?」
「いや、男がローレントに対してキレてる?」
「ホモじゃん」
「マジかよ書き込んでくる」
「しっ、お前ら見られてんぞローレントに」
「うわぁにげろ」
「ログアウトだ!」
名前、覚えたからな。
またBCoEのタイアップイベントとかあれば絶対に叩き斬ってやる。
メモ帳がわりに使っている専用掲示板に貼り付けておこう。
最近あんまり使ってないが、すっかり恨み帳みたいな感じで機能している。
恨み帳というか、マーダーライセンスみたいなもんだ。
「……もう弁償でいい? 帰れよ……」
「うるせぇ! 金の問題じゃねぇ!!!」
「では一体何の問題なんですか?」
火に油をそそぐ形になってしまった。
騒ぎに乗じて人が集まってくる。
ノーチェとローヴォが側に寄ってくる。
心配してくれてるのかもしれんけど、俺の精神はボロボロさ。
「とりあえず椅子、座ります?」
「……普通にコース料理だっけ? あるんならここに出して、腹減ったから」
「この子達の分も持って来ちゃいますね! サイゼちゃーん! ローヴォちゃんとノーチェちゃんが来てるよー!」
「すぐに行くー!!」
ミアンの呼びかけにお店の中からサイゼの声が響く。
そしてサイゼの頑張りによって十六夜が準備したコース料理にローヴォとノーチェの食事が追加されて振る舞われた。
で、決闘の様子はどうなった?
ようやく始まったところだった。
男というか、チンピラの方がもたついているようだ。
怒っていたように見えた十六夜はもともと他人に対して低姿勢なので丁寧に操作方法を教えていて、なんだかよく分からない雰囲気になっている。
「はい、全部持って来ちゃいましたけどいいですか?」
「かまわん、肉だ」
「肉です」
「ローヴォちゃんにノーチェちゃんお久しぶりですねぇ、あいかわらずいい毛並みです」
ミアンが肉料理をテーブルに乗せた。
メインディッシュのステーキだ、牛だ。
そして厨房からサイゼが出て来て、もふもふを味わっている。
ローヴォはもちろんもふもふしているが、ノーチェはどちらかというとサラサラ?
「いつか乗せてください!」
「どーぞ」
……厨房だよな?
もふもふしていいのか?
「えっと、これでいいのか?」
「はい、そちらです」
「おっしゃ! 決闘だこら!!」
「望むところです」
さりげなく全賭け設定にしてるところが闇が深い。
ってか和解できそうな雰囲気だったくせに、マジ闇が深い。
そしてそれを飯を食いながら見ている俺も闇が深い。
ブラックホールか?
コーサー、お前面倒くさくなくてよかった。
ある意味問題児ばかりいる中で、癒しだよ。
「どっちが勝つと思います?」
お盆を持って隣に立つミアンがさりげなく聞いてくる。
「十六夜」
即答しておく。
「やっぱりそうですか」
「当たり前」
苦笑いするミアン。
よくよく観察したら、道具屋で売ってる凡庸の戦士装備一式を身につけている。
おっさんプレイヤーは言っていたように、第四陣の新参プレイヤーが濃厚だ。
「大人げないですねぇ〜もう」
「まあ、いいんじゃないか?」
洗礼を先に受けておけば、後々が楽になるというものだ。
そういう訳で、そこそこのギャラリーが見守る中。
何故か第一拠点の公園にて、おかしな決闘が始まったのである。
周りのギャラリー
「おい、あいつほったらかして飯食い始めたぞ」
「ってかなんでテイムモンスター二体持ってんの?」
「こっちはこっちで怒ってんのか怒ってないのかわからんし」
「何この空間」
「灰色狼と黒馬いいなあ、鑑定識別かけても【???】とかどういうことだよ」
「ローレントのレベル見てみろよ」
「55……マジか……」




