爆破スイッチ
少しふざけて書いてみました。お読みの際はぜひ最後まで。
盛りに盛ったチキンの山から3本をまとめて掴み、かぶりつく。3口目に差し掛かったとき携帯が震えた。舌打ちをして差出人も見ずにメールを開く。
『メリークリスマス‼悪いな、今日そっち行かなくて。いや、しかしクリスマスって何だ⁉って感じだよな。外に出ればあっちにもカップルこっちにもカップル。どうせお前のことだからそんなリア充に苛々して、今頃毎年恒例のチキンまとめ食いでもしてることだろうよ。そんなお前に朗報!面白そうなもんが手に入ったから、俺らがよく行くファミレスに7時までに来い!じゃあ、待ってる。お前と同じ永遠のクリぼっち、槻田より』
槻田とは同じ大学の友達でクリぼっち仲間でもある。だから毎年夜に、クリスマスになるとぼっち会というクリぼっちによるささやかなパーティーを槻田と二人でやるのだが、今年は夕方になっても槻田は俺のアパートの部屋を訪ねては来なかった。俺達は絶対的なぼっちなので事前に連絡は入れず、クリスマスになると夕方辺りに槻田が俺の部屋をいきなり訪れるのが恒例になっていた。 そうしてふたりでチキンのやけ食いが始まるのだが、なんとびっくり今年は槻田が来ない。俺はすぐに悟った。これは、そう、槻田に彼女ができた証拠だと。そう思い込んだ俺はチキンを大量に購入して、ほとんど怒り狂ってチキンを貪り食っていたのだ。
スマートフォンの画面を消し、ぽとりと皿の上にチキンを落とす。頭に昇っていた血がゆっくり下がるのがわかった。……槻田は裏切らなかった!
俺はチキンを片付けて、半纏からコートに着替え外出の準備を始めた。心の中で槻田に謝りながら。
腕時計を確認すると、7時まであと10分といったところだった。それにしても何故ファミレスなのだろう。俺の部屋へ来ればいいものを。
街は電飾に彩られ、四方八方をリア充で埋め尽くされていた。彼らは、クリスマスには恋人と過ごさないといけないという強迫観念にとらわれている可哀想な人たちなのだ。きっとそうだ。本当は可哀想な人たちのだ。……と自らに言い聞かせながら歩かないと俺は叫んでしまいそうだった。「リア充爆発!」と。
ああ、ファミレスが遠い。歩いて5分の所にあるはずなのに。
クリスマスに安上がりなファミレスで夕飯をとろうとする人はやっぱり少ないのか、かなり空いていた。
槻田は奥の窓際の席に座り外を眺めていた。どうせなら真ん中の暖かそうな席に座ればいいものを。
槻田は、俺が声を掛ける前に顔をこちらに向き直してにやりとした。
「裏切らないねえ」
「あたりまえだ」
俺は席に座り、出されたタオルのお絞りで顔まで拭いた。一連の動きを槻田は見逃さない。
「おやじだな」
「お前もだろ」
まだ何もオーダーをしていないのか、テーブルには水しか出ていなかった。槻田はメニューを手に取り、開いて俺に見せる。
「メールではああ言ったけど、まだ食ってないだろ。山盛りチキンでいいか?」
俺はさっきまでチキンをひとり獣のように食らいついていたことを隠したかった。
「もちろん」
コンビニで買ったチキンよりも、こっちの方が断然旨い。外はこんがりで、なにより中の肉がパサついていない。
俺はチキンを片手に槻田に尋ねる。
「それで、いいもんて?」
ああ、と言いながら、槻田は鞄から何か取り出すと、さっと後ろ手に隠した。もったいぶってやがるのだ。そして突然
「おれはサンタというものをもちろん信じていない」
と言い出した。
「だが、昨晩おれはつい叫んでしまった。サンタさん、おれにリア充爆破スイッチをください!と」
言いながら槻田はハッハッハと大口を開けて笑い、そのままチキンを頬張る。ほとんど咀嚼せずに飲み込んで、続けた。
「お前もここに来る途中、辛くなかったか。どこもかしこもクリスマス一色で、リア充たちがこれ見よがしに歩いてやがる」
「ああ、俺はここに来る前、リア充爆発って叫びそうになった」
「だろ。だからおれは昨晩、夜空に向かって思わず懇願したのさ。リア充爆破スイッチをくれってな」
「阿呆だな」
俺も中々阿呆だが、こいつは俺より遥かに阿呆なのだ。
槻田は俺の目を見て眉根を寄せる。
「これを見たらそんなこと言ってられなくなるぞ」
そう言って槻田は周囲を見回す。ファミレスにいる客は依然として少なく、静かだ。店員の顔はどこか暗い。クリスマスなのに仕事が入っているからだろう。
周りを確認すると、槻田は後ろに隠していた手を前に出す。手には正方形で手のひらサイズの黒い箱を持っている。
「これは?」
「これこそが所謂面白いもんだ」
紙の素材でできているらしい箱に手を掛けると、槻田は蓋を開けた。中にはスイッチのようなものが入っていた。正方形をした白いプラスチック素材の土台に、赤く丸いボタンのようなものがついている。クイズ番組で使われるような早押しボタンに似ているな、と俺は思った。
槻田は得意気にそのスイッチを取り出す。
「朝、ポストにこれが箱ごと入っていてな」
そう言ってそのスイッチを俺の目の前に突き出した。
「ここ読んでみろ」
白いプラスチックの部分に黒字で小さく書かれている文字があった。
「りあじゅうばくはす……」
リア充爆破スイッチだと。俺はすっかり冷めたチキンをかじり、鼻をならす。
「阿呆だな」
「おれも最初はこんなくだらないいたずらを仕掛けられたと思ってそりゃ憤慨したさ。昨日おれが叫んだのを聞いた近所のガキの仕業だと思った。でも違う。これはサンタからのプレゼントだ」
槻田は少しも笑っていない。こいつは本物の阿呆なのだ。聖夜のファミレスにて、本物の阿呆を俺は見たのだ。
俺はもう少しでチキンを放り投げそうになるくらいに腹を抱えて笑った。店員がこちらを一瞥し、嫌な顔をした。
「まあ、見てろ。これを……」
チキンに手を伸ばし、3本目をかじる。この山盛りチキンは普通サイズのチキンが6本、一番下にその2倍の大きさのチキンが1本ある。最後のチキンをふたりで食べるには切り分けるナイフを店員に持ってきてもらわなければならない。最初に持ってきてもらうべきだったか。
「おい、見ろ!」
槻田が怒鳴る。ちらりと店員がこちらを見た。
「大声出すな。見られてるぞ」
すっかりチキンを食べることに没頭していた俺は既に槻田が面倒くさくなっていた。
「だいたい、それが本物の爆破スイッチだったらどうするんだ」
「あ、リア充が爆発することしか頭になかった」
あ、こいつ阿呆を越えた。誰が入れたかわからない物を、しかも爆破スイッチと書かれたスイッチなんか危険なにおいしかしない。
俺は注意して周りを見た。客は俺達を含め3組だけ。店員も僅か数人。そのうち、さっきからこちらをちらちら見てくる女性店員が一人。俺達を怪しんでいるのだろう。もしかしたら山盛りチキンを注文した辺りから既に怪しまれているのかもしれない。
「で、まだ押してないよな」
「ああ、リア充が爆発する瞬間をお前と一緒にチキンを食いながら見ようと思ってな」
「おい待て、わかっていると思うがこのスイッチでリア充が爆発するわけないだろ。それに下手したらファミレス諸とも吹っ飛ぶかもしれないだろうが」
「外を見ろ」
言われるままに窓の外に目をやる。手を繋いだ一組のカップルが目の前を横切るところだった。妙に歩くのが遅い。その瞬間、カップルが俺達を一瞥した。男の方が鼻で笑う。
「これが本当にリア充爆破スイッチだったらどんなにいいか」
その言葉を聞いて、俺は槻田の手からスイッチをひったくる。テーブルに置き、握りこぶしをつくり、その手を赤いボタンめがけて、振り下ろす。
一瞬の静寂の後、ピッという短い機械音。そしてピシャリと鋭い音。槻田が笑っている。両手にチキンを持ち、この上なく愉快そうに。
「おい、サンタはいる、サンタはいるぞ!」
槻田の声。肉を引きちぎる音。俺は弾かれたように窓を見る。あのカップルはもうカップルにはなっておらず、男の方だけがそこに呆然と立っていた。
「何があった!」
明らかな呆れ顔をつくって、槻田は答えた。
「見てなかったのかよ。お前がスイッチを押した瞬間に、さっきのカップルの彼女の方がいきなり彼氏にビンタしてどっか行っちまったんだ。ああ愉快爽快」
手元のスイッチを見る。いやまさか。
「本物だ」
想像していたものとは少し違うが、どうやらスイッチの効果は本物のらしく、俺達は次々にリア充を別れさせ、いや、爆発させていった。パターンはこれまた色々あって、最初のように急に彼女が怒りだすものや、彼氏が強面のおじさんにぶつかってぼこぼこにされた上に、彼女に情けないと言われ振られるパターンまであった。これらは全て、俺らが座るファミレスの窓際の席の外側で行われていったのである。
「おい、箱にまだ何か入ってたみたいなんだけど」
外を通るリア充が途切れると、槻田は小さく折り畳まれた紙をつまみ上げて言った。
「なんだそれ、広げてみろよ」
促すと、槻田はそれをテーブルの上に広げてシワを延ばす。
「メッセージカード……か?」
なんと、メッセージカードつきか。なんとなくきな臭い。
カードにはこうあった。
Merry Christmas!選ばれし貴方へ私からクリスマスプレゼント。貴方のご希望の物は『リア充爆破スイッチ』で間違いありませんね。では、ここにこれをお贈り致します。
Congratulation!
このスイッチを取り扱う際の説明を簡単ながらさせていただきます。この『リア充爆破スイッチ』は、貴方の近くに爆破したいリア充がいたらもうスイッチを押すだけです。大丈夫です。爆破と言っても本当に爆破はしません。ピッという機械音の後にそのカップルが即効別れるだけです。とは言え、貴方の気分は愉快爽快!
しかし、押しすぎには注意です!押しても3回までです。それ以上押してしまってはダメです。いいですか、命を狙われても知りませんよ。では素敵なクリスマスを!
Santa Claus
あり得ない。やっぱり誰かのいたずらか。だとしたらこのスイッチのさっきまでの効果をどう説明する?
読み終えて、俺達は顔を見合わせる。
「サンタって、日本語上手いな」
「ああ」
「なあ、おれ達って」
「3回以上は押した」
「命狙われるらしいぜ」
槻田が大口を開けて笑い、チキンに手を延ばす。もう普通サイズのチキンはない。
俺は再び窓の外を見る。リア充はいない。なんとなく焦点を窓に合わせて、そこに映るファミレスの店内を見る。あの、ちらちらと視線を送ったいた女性店員がこちらに近づいてくるのが見えた。
「お客様」
俺は向き直って店員を見る。手にはナイフが握られていた。店員が手を振り上げる。微笑む店員、槻田は目を見開く。刃物の先が鋭く光る。俺には手を振り下ろす店員の動きがスローに見えたにも関わらず、動けない。
女性店員の口許が緩んだ。
「チキンを切り分けさせていただきますね」
ありがとうございました。