第四話 生きる目的、それは生きること
街の肉屋についた俺は、どかりと背負っていたワイルドボアをおろした。この世界の金はシギンというらしい。
肉屋にはちゃんと看板がついてたから、すぐにわかった。まあ、看板の字が日本語じゃなかったことには一瞬焦ったけど、なぜか読めたので問題はない。これも神の加護のおかげなんだろうと勝手に納得する。
そんで、その件の神は仕事をしてくるとかいって、話しかけてもウィンドウに文字が浮かぶことはなかった。いろいろ問い質したいことはあったんだけどな。
肉屋の親父によると、捌くのにそこそこ時間がかかるというので、俺は少し町を歩くことにした。今の俺の恰好は高校の制服だ。だけどやっぱり街を歩く人間はみなRPG風の服を着ている。
普通にマントを着て、普通に剣をさして、普通に魔法の杖っぽいものを持って、普通に物を籠に入れて売り歩いている人間がいる。
こうなると逆に目立つのは俺のほうだ。ジロジロと視線を感じるが、無視。金がないんだ、仕方ない。
いろいろな店をまわっていると、道具屋が目に入った。入ってみると、出入り口近くには液体がビンに入った物が並んでいた。するとピロリンと音が鳴ってウィンドウが開く。
『魔法水。体力や魔力、傷を治す万能薬。ただし、効果は低いです』
なるほどな。この液体は魔法水というのか。
奥にいくとその他にRPGでみかけるような道具が並んでいた。それこそリリアが使わせていた水晶玉や、すばやさをあげる薬、防御力をあげる薬、鍋からランプから冒険に必要なものならなんでもござれだ。犬がいたのは不思議だったけどな。
ただ、あの薬類は魔法水に分類されるらしい。
「ん?」
奥にはまた液体の入ったビンが並んでいた。
『魔法薬。体力、魔力、傷、病気に効果のある万能薬。効果は高いです』
またウィンドウの説明が入る。
「ほう……」
魔法水と魔法薬は似ているが、効果の程度が違うのか。そう納得していると、店主らしき爺さんが揉み手をしながらでてきた。
「魔法薬をお探しですか?一本あたり600シギンです」
「いや、少し聞きたいことがある。ワイルドボアの毛皮を売ると、大体どれくらいになる?」
「はあ、ワイルドボアですか。毛皮の質、量にもよりますが、大体47シギンで取引させてもらってますね。お売りいただけるので?」
店主はメガネをついと、おした。
「いや、近々ワイルドボアの毛皮を手に入れるアテがあったんだ。それできいておきたくてな」
「なるほど、そうでございましたか。ならばぜひとも、うちにお売りください。その際は色をつけさせていただきます」
「考えておくよ」
店をでると、他の道具屋でも同じ質問をしてみた。売値の平均はやっぱり47シギン。それを確認すると、俺はまっすぐ肉屋にむかう。
肉屋へ払うはずの代金は36シギンで、毛皮を売ると47シギン入ったはずだったとすると……。
「11シギン損してるってことか」
ついでに道の途中にある食材屋を横目でみながら歩く。
卵10個の値段は10シギンと書かれていた。日本の卵が10個入りパックで大体100円だったとすると、1シギンは約10円の価値ってことになるな。そもそも日本の円を基準にして考えていいのかわからないが、とりあえず仮の基準として覚えておこう。
俺は肉屋でワイルドボアの肉を受け取り、最初の森に入った。またピロリンと音がする。
『はじまりの森 ソエル』
「……そうか、この森はソエルっつーのか」
名前を知ったところでどうなるものでもないけど。そして、俺の空腹は限界に達していた。森の中で空腹のおかげか敏感になっている鼻を頼りに、水場を探す。水がなきゃ生きていけないからな。
水のにおいと音を頼りに川を探し当てた。人差し指で少しその水に浸し、においをかいでからなめる。
「毒ではない……か」
異世界に来たってことは、何が自分にとって害になるかわからないっつー不安があった。だが、この水は大丈夫そうだ。そっと両手で水をすくい、それを口に含んだ。
「……うまい」
約一日ぶりに飲んだ水は、身体に染み渡るくらいうまかった。水を飲んだことで少し回復した気がした。体力というか、気力というか。
「さて、こっからだな」
俺の手には今、肉がある。これは大事な食糧だ。だが生で食べるほど、俺は現代人を捨てていない。最初に小枝を探した。ついでにいくつか木の実も採取する。
『ワーデルの実。味は酸味、渋み、甘味,さらにミルクのような風味がする。腹痛に効く』
『レンヤ―の実。味は渋み、苦み、甘味。甘味が強く、せき、むくみなどに効く』
『クコルの実。味は辛味、渋み。塩分が多く、塩辛い』
「……なんで全部に渋みが入ってんだ」
実を拾うたびに表示されるウィンドウをみて、脱力した。毒はなさそうだからいいけど。渋みなら、水にさらせばぬけるかもしれない。確か日本でも古代の時代はえぐみアク渋みを取るためにどんぐりを水に浸していたと聞いた覚えがある。
現代では牛乳で煮るそうだが、そんなもの今はないから無理だ。
俺は唯一元の世界からもってきていたハンカチにそれらの実を包み、川に浸す。そのあと石を用意して俄か知識で焚き木を準備し、あのよくある方法を使って火をおこそうとした。木の枝のへこんだ場所にもう一本の枝を立て、思いっきり両手でこすって回す。弓とか氷とかルーペとかありゃ、もっと簡単に火がおこせんだけどな。
棒を回して、どれくらいの時が過ぎただろう。上を見上げれば、空は茜色だ。そんななか、ようやく俺は火をおこすことに成功する。
「よし、やった!」
燃え上がる火をみて、ちょっとした達成感を感じた。手はこすりすぎたせいで少しすりむけている。それは気にせず、浸しておいた実を一口食べると、食べれないわけではなさそうだ。
「……確か、塩分が多いってかいてあったよな」
俺はさっそくクコルの実を洗った石でつぶし、すこしへこんでいる石にすりつぶした木の実と水を入れ、さらにそれをハンカチでこしてから、絞って滲み出た液体を、また窪んだ焼けた石に入れる。
水が蒸発すると、灰色の粉ができた。なめたらちゃんと塩の味がする。
「よし」
そのあとは肉に棒を刺し、火の傍に突き立てて焼く。
その間に柔軟性のある木の枝と、大きな葉を集め、木の枝を石で掘ったいくつかの穴につきさし、布を編むように横から棒をさしこんで、半球体の形の骨組みを作る。本当は竹とか笹とかがいいんだけどな。その骨組みの間に葉をさして、隙間を埋めていくと、天然テントの完成だ。
ちょうど肉も焼けたみたいだ。作った塩をかけて、肉にかぶりつく。
「……」
言葉がでねぇ。それくらいうまかった。
肉汁が口の中でジュワッと広がり、クコルの実にあった辛味が残っていたんだろう手作り塩が、ちょうどいい刺激を舌にあたえる。この塩は七味と塩を混ぜたような味だった。
そういえば、美都子さんが昔牡丹鍋を作ってくれたことがあった。そのときに、イノシシは銃で撃ってしまうと肉の味が落ちる。だから美味しいイノシシを手に入れるには身を傷つけず生け捕りにするのだと教えてもらった。
今回は生け捕りではなかったが、頭以外は傷つけていないから、肉は上質なまま手に入ったのだろうか。
とにかく、空腹を満たしたおかげでようやく人心地ついた。
『なんか、ちょっと目を離した隙にすごいサバイバル生活送ってるね』
たき火の暖かさでぬくぬくしている俺の前に、ピロリンとウィンドウが開かれた。
「仕方ないだろ。俺だって食べて寝て、生きなきゃいけないんだから」
『ま、確かに。むしろあのなにもない状況からよくここまでやったね』
知恵を振り絞ったからな。あの天然テントだって、強風が吹けばすぐ壊れるだろうが、そこまで風が吹かなければ雨はしのげる。
『男の子ってサバイバルとか好きだよねぇ』
「おい、クネクネすんなよ」
『なんでわかったの?!』
「で、仕事とやらは終わったのか?」
『とりあえずはね。神様の仕事に終わりはないんだよ』
「なんとなくドヤ顔しているような気がするが、そんな顔するようなことじゃないからな、それ」
『だからなんでわかるの?!神様が仕事しなくちゃこの世界はまわらないんだよ。魔力の流れを調整したり、大気を動かしたり……』
「じゃあもう一つ仕事しろ。俺を元の世界に帰せ」
次の文字が表示されるまで、少し時間がかかった。
『……それは、正当な要求だね。だけどごめん。それは今の僕の力ではできないんだ』
「……そうか」
『あれ、納得するの?』
だってこの神、なんにもできなさそうだしな。
『ひどい!僕だってできることはあるよ!だけど、君を送り返すことはできないけど』
「ふーん。じゃあ、帰るにはどうしたらいい?」
『君は勇者だからね。勇者の役割をこなせば、魔法陣は再び発動可能状態になる』
「勇者の役割?」
『勇者の役割といえば、魔王を倒すことだよね!』
「……ちょっと待て、魔王って確か、まだ復活してないんじゃなかったか?」
『うふっ!』
「おい、ふざけんなよ」
『まあ優人君の言うことも尤もだし、確かに僕にも責任はあることは認めるよ?でも今回のことを文句いうならリリアにしてほしいかも。本来まだ君はこの世界に来るはずじゃなかったんだからね』
「……やっぱりあのお姫様につながるのか」
あのキンキンした声を思い出すだけで頭痛がする。思い出したでけで体調不良になるって相当だぞ。なんだか疲れも増した。
「……はあ、もういい。俺は寝る」
『うん。本当にお疲れ様。神様権限で今夜は魔物が近づかないようにしておくから、ゆっくり休んで!』
「……」
俺は自分の手で作ったテントの中に入り、体を丸める。
『しかし、勇者なのにこんなに大変なサバイバル生活……。世の中は厳しいねぇ』
俺は意識してウィンドウを閉じた。