第三話 初戦闘
『ワ イ ル ド ボ ア が あ ら わ れ た !』
というステータスウィンドウに書かれた文字を読む暇もなく、俺は俺を標的に定めて突進してくるワイルドボアを必死で躱していた。
「くぅっ、そ!う、わっ」
襲ってくるのはワイルドボア一匹だが、他のイノシシは俺が逃げられないように囲んでいて、撒くこともできなさそうだ。くそ、倒したくても方法がわかんねぇしな。
もちろんステータスウィンドウをみればいいことはわかってる。だけど残念ながら、ワイルドボアをよけるのに精一杯で、ステータスウィンドウを操作する余裕がない。
俺は必死に走りながら視線を走らせる。武器になりそうなものは、落ちていた木の棒くらいだった。突進ではなく飛びかかってきたワイルドボアを滑り込んで躱し、目視していた木の棒を引っ掴む。
……で、ここからどうする?
木の棒を構えてみたものの、この棒はすぐに折れそうだ。
「ちっ、こんなところで終わってたまるかよ!」
そのとき、神のいっていた言葉を思い出した。
『困ったときは、ステータスの詳細を意識するんだよー……』
意識するんだよー……
するんだよー、するんだよ……[エコー]
そういえば、詳細をみろじゃなくて、意識しろっていってたな。
ちらりと傍らに浮かぶステータスウィンドウのMPの部分を意識した。すると
《隠しステータス》
緒方優人 オガタユウト
HP 23/25
MP 6000/6000
【魔法】
覚えていません。
「覚えてないのかよ!ちょっと期待しただろ、役に立たねえなっ」
だが、俺が移動したらウィンドウ画面は勝手についてくることと、実際にウィンドウ画面を押さなくても、ウィンドウを操作できることがわかっただけでも収穫か……。
そんなことを思っていると、なにも意識していないのにウィンドウ画面が変わった。文字が表示される。
『魔力をその手に持ってる木の棒にまとわせてごらん』
「はぁ?いったいどういうことだよ」
『やり方はわかるはずだよ。君は勇者なんだからby神』
「あんた夢じゃなくても会話できるんかい!」
ったく、勝手なことばっかり言いやがって。とりあえず自分の中の何かに意識をもっていくと、なぜか体の中に溜まっている何かの流れがわかる。これが魔力……か?
それを手から棒に流すようにイメージすると、木の棒が強化されたのがわかった。
「これなら……」
今度はワイルドボアの目を強く睨みつける。
「ブルルルルっ」
そしてそいつを俺にまっすぐつっこんできたワイルドボアの頭に渾身の一発を叩き込んだ。ドサッと倒れたそれをみて、俺は大きく息を吐いた。ワイルドボアは頭蓋骨を割られて死んでいる。
「ブブブブウゥヒィ」
「ブヒブヒ!」
ウリ坊たちがそのワイルドボアに駆け寄ろうとして、バツ8イノシシに止められる。ああ、こいつら母子おやこなのか。とすると、この群れは家族なのかもな。
「ブヒヒヒッ!」
「んな警戒すんな。そっちが襲わなきゃなにもしねぇよ」
ワイルドボア以外は普通のイノシシだ。群れで一番強いワイルドボアを倒した俺には勝てないと思っているんだろう。言葉が通じたのかはわからんが、じりじりと他のイノシシは後ずさる。
「いけ」
俺が動かないのを確認すると、イノシシたちは背を向けて森の中に消えた。最後に一匹だけ、バツ8イノシシがワイルドボアをじっとみつめている。
「……」
俺がそれをみつめていると、やがてバツ8イノシシも森に消えた。すると、ピロリンとまた音がしてウィンドウが開く。
『レベルアップしました。《剣技》纏まとい、スキル《直感》を習得しました』
《隠しステータス》
緒方優人 オガタユウト
HP 22/25
MP 5970/7000
TA 95/101
LV 3
EXP 20
NEXT 10
金 0
途中略
【剣技】 《纏まとい》
【魔法】 覚えていません。
【魔法属性】 地水火風光闇 以降増可
【称号】 異世界の旅人・〔本当の〕勇者・捨てられた勇者・神に加護されし者
【スキル】直感 LV1
【職業】 《勇者》
おい、なんか項目が増えてるんだが……。
『レベルアップおめでとう!一応普通より経験値が少なくてもレベルアップできるように設定してるからね!』
「……」
神のコメントに思わず額を押さえる。
「このステータスについていろいろ聞きたいことがある。まず、なんでレベルアップしたのに体力値は変わらないんだ!」
『実際の君の体力を反映しているからだよ。もっとレベルが上がれば、体力も増えるはずさ』
「二つ目。体力値に変化がない代わりに、ありえないくらいMPが増えてるのはなんだ?!」
『それは君が元々魔力に優れた存在だからだよ。魔力に関しては君が本来もっているものだから、本当に君はすごい魔力の持ち主なんだ』
「……。三つ目、このTAってなんだ?」
『ああそれね。その部分を意識してごらん』
いわれたとおりに意識する。するとウィンドウに説明文が出た。
『テクニカルアタックのこと。あなたが技を使用したときに消費します。あなたの技術力、集中力を数値化したものだと考えてください』
「……なるほどな。つーことは……」
俺はずっと気になっていた隠しステータスを意識した。するとやはり、ウィンドウに説明が表示される。
『《隠しステータス》とは、神の加護を受けた状態でのあなたのステータス値、つまりあなたの実力です。加護なしの本来のあなたのステータスは、通常ステータスになります。しかし、通常ステータスにおいては偽りの魔法がかけられているため、あなたの本来の魔力量や魔法属性などを正しく表示していません』
通常ステータスってのは俺が最初にみたステータスのことだな。
『隠しステータスに関しては、誰もみることができない。そう、たとえ洋一君でもね。つまり、魔力を測られたとしても、表示されるのは通常ステータスの値だけ。リリアの水晶が君の本来の魔力を感知できなかったようにね』
「へぇ……」
『あと、偽りの魔法をかけておいた件だけど、あまりにも魔力が高いとそれだけで君の身の危険が増すからかけておいただけだから』
「危険が増すってどういうことだよ」
『魔力が高い者はそれだけ利用価値が高いからね。それにあんなに魔法属性をもっている人間も少ない。だから普通に誘拐されたりとかあるから。あと、リリアの召喚の件にも関係あるんだけど…。うーん、君がもう少しこの世界になれたら説明しようかな』
「ふざけんなよ、ちゃんと最後までせつめ……」
突如きゅうと腹がなった。まあ、なんにも食べてなかったから当たり前だけどな。俺は倒したワイルドボアをみつめる。
「おい、魔物って食えんのか?」
『ふっつーに食べられるよ。魔物はもともと普通の動物とかが突然変異したり、魔力に侵されて魔力をもったもののことをいうからね。毒を持ってないなら基本的に大丈夫。あ、もしワイルドボアを食べるなら、町にそれを持っていくといい』
「なんでだよ」
『今は捌けないでしょ?肉屋に持っていったら捌いてくれるはずだよ』
確かに今の俺は捌けるような道具は持っていない。神の言った通りにしてみるか。
「捌いてもらうのに、金はいらないのか?」
今の俺は一文無しだからな。もしそれで金がいるようならなにもできない。
『もちろんお金は必要だけど、肉をもらう代わりに残った毛皮を渡せばそれが代金になるよ』
「そういうことか」
俺はワイルドボアを持ち上げ、背負うかたちにした。
『……ワイルドボアに埋もれてるようにしかみえないけど、大丈夫?』
「余計なお世話だ!」
俺が小さいんじゃなねーぞ。このイノシシがでかすぎるんだ!