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神様制度シリーズ

神は天上に宿る

作者: リック

 その世界では、とある機械が神と呼ばれていた。


 元々は魔力の有り余る人間を神の器として、天候の調整、作物の安定、悩める人々の相談を受け付けていたのだが、最初の『神』 は人間の少女と恋に落ち、役目を忘れたために二代目を作った。が、二代目も何百年かすると初代と同じように役目を忘れ色に溺れた。とにかくこのままにしておけないと三代目を作ると、やはり三代目もそのうち真面目に仕事をすることを忘れてしまう。何かから逃れるように……。


 罪の意識を持った二代目と三代目は、人間が神を務めるのがそもそもの原因であると、四代目に当時最先端の科学で作られた美しい少女型の機械(アンドロイド)を推した。そしてそれに神は宿った。


 寸分の狂いなく巡る季節。安定した食料供給。それらはもはや当たり前のことだった。

 そして完全体として創られた神の神殿には、今日も悩める人間が足を運んでいた。何せ世界の中心だ。先代までとは違う、望まれ生まれた、完璧な神――。


 神殿の奥で豪華な椅子に腰をかけた神が、護衛の美しい少年とともに一人の男の嘆願を聞いている。


「神よ、どうか公平なお裁きを。僕は婚約者である彼女と数日後には結婚をする予定でした。しかし金持ちの貴族が彼女の美貌に目をつけ、僕から奪い去ったのです。こんなことがまかり通っていいのでしょうか。どうか、天罰を」


 神に懇願する青年の名はティルといった。その言葉の通り、婚約者を理不尽に奪われた悲しみを、神に訴えたくて田舎からここまで来たのだった。


 神は体内にあるスピーカーから魔力で声を出す。その独特な声は聴き間違えようがない。その声が辺りに響いた。


『判決――。貧乏人が貴族に逆らうなどおこがましい。不敬である。ここで死ぬがいい』


 一瞬何を言われたか理解出来ずに間の抜けた顔となるティル。が、徐々に顔が青ざめる。


「な、何故! こんな理不尽を、貴方は――アーニス様は許すのですか! 貴方はそれでも神なのですか! 本当にそれを是とするのであれば、俺は……!」


 神の名はアーニスといった。この世界の言葉で完全なるもの、という意味だ。それも今では皮肉でしかない。偏った采配にいきり立つ青年を鬱陶しそうにガラスの目で見ながら、アーニスは処分を他の人間に任せることにした。出来れば余計な運動は避けたい。


『五月蠅い人間が……リアン』

「はい、アーニス様」


 そして横でずっと佇んでいた美しい少年――リアンが神に促され、他の付き人とともにティルを処刑場へと送り出す。用事の済んだアーニスはというと、件の寝取り貴族から何かの包みを受け取ると、そのまま神殿の奥に引っ込んだ。ティルの必死の抵抗に何人か怪我人を出しながら、やっとのことで処刑に持ち込んだ。最後の最後となり、ティルは覚悟を決めたのか、リアンに一つだけ、と頼みごとをした。


「家族にどうか一言お伝えください。息子に先立たれる哀れな父母のために、どうか。特に妹とは、帰ったら旅行でもしようと約束しており、彼女は私の帰りを楽しみに待っているのです」


 これから死ぬ人間の最後の懇願。それをリアンは面倒そうに撥ね付けた。彼にとっては、こんなものはいつもの事なのだ。いちいち全員聞いていたら他の仕事が出来ない。


「嫌だね。自分でやれよ。それほど無念なら死んで夢枕に立つくらい出来るんじゃないのか?」

「……滅びろ」


 ティルは呪いの言葉を吐いて斬首された。


 それが――ティルの妹、ミントの耳に入るまでにはしばらくかかった。



 兄の訃報を聞いたミントは、鞄に少女の身で手に入る範囲内のあらゆる武器を詰めて、王都――正確には神殿へと旅立った。

 敵討ちだ。兄を殺した神を殺してやる。父と母が泣きながら言っていた。最後の嘆願すら無視されたのだと。そして将来の姉としたっていた婚約者は、泣く泣く金持ち男に嫁いだ。婚約者の家に馬車でつくなり「早く男の子を産んでくれよ。正妻も愛人も女ばかりなんだ」 と言うような男だった。

 兄と、婚約者が何をしたのだ? 貧乏だったらどんな理不尽でも受け入れろというのか、あの神は?

 そんな神はいらない。そんな神をこのままにしておけない。消さなくては。


 使命感と復讐心に駆られた少女は、父母の寝ている夜中に家を出ていった。断ってから行くなんてしてたら邪魔されてしまう。

 しかし急にいなくなったと知ったら、すぐどこに行くか、何をしに行くか検討がつくだろう。ミントは人通りが少ない道を選んで、王都へと向かった。行きの分しか入っていない鞄を大切に抱えて。



 絶対に追手がかからない道として、怪談じみた話もある山道を使うことにしたのだが、これが中々きつい。舗装されていない道は歩きづらくて全然進まない。しかし、道くらいで根をあげるようでは復讐なんてできっこない。ミントは歯を食いしばって獣道を歩いた。


 やがて日が暮れたころ、ミントは手頃な場所で野宿をすることにした。さすがに夜は動けない。

 日が完全に落ちる寸前、ふと、この山に伝わる怪談を思い出した。


「百年前、ある少年が道に迷っていたら、どこからともなく黒ずくめの青年が現れて麓まで送ってくれた。後に少年はお礼を言おうと山に何度も足を運ぶが、結局会えずじまいだった。その話に半信半疑だったその息子は、面白半分に山に乗り込んだ。案の定迷ってしまい、途方にくれていると、あの青年が現れた。父の言っていた話と同じだった。話通りの外見。ただ子供には、それは大層不気味な者に見えた。山の中だというのに、その日は記録的な猛暑だったのに、青年は汗一つかいてない。人間ではない――そう思った子供は転がり落ちるように山を下りた。そして孫もあの青年に会った。話に違わず、何一つ変化しない見目の少年に。だから気を付けるんだよ、ミント。あの山にはきっと、魔物が住んでいるに違いないから」


 ぶるっと震える。恐怖と寒さで。けれど、だからと言ってここで引き返すわけにはいかない。進める道はここしかないんだから。

 寝袋にくるまって、一晩を過ごす。



 真夜中、がさごそという音で意識を取り戻す。何事かと薄目を開けて確認すると、食料が入った荷物を野生の熊が荒らしていた。

 ここで死んだら、せめてまともな計画とそれなりの経験と知識を得てから実行しろと両親は泣くんだろうかとぼんやり思った。熊が吐く息を感じられるほどに近づいてくる。


「――駄目だよ。その子、まだ少女じゃないか」


 その時、熊の後ろから急に涼しげな声がした。声の感じからして男だろうか……いや、そんなことより。こんな時間こんな場所に何で人が? ミントの困惑を他所に、男は熊に平然と呼びかける。自殺志願者ではあるまいな。


「……そう。餌が取れないんだ。分かった。それは僕が何とかしよう。とにかくその子は見逃して」


 熊と喋ってるように見えるけど、危ない人なのかなあ。そんな考えも数秒後には消えた。男がそう言うと、熊は大人しく森の奥に消えていったのだ。よく分からないが、熊と会話できる人万歳。

 お礼を言おうと慌てて寝袋から出て、その男の姿を月明かりで確認してぎょっとする。


 黒ずくめの姿。見た目は若い青年。まるで怪談のような……。


「やれやれ。月夜の散歩で意外なものを拾ったかな。ところで君、何してるの? 家出? ここは家出にも山登りにも向かない土地だと思うけど。凶暴な野生動物の生息地だし。今のが怖かったなら、大人しく帰った方がいいよ」


 言外に「お前が来て良い場所じゃねーよチキンが」 と言われてるようにミントは感じた。兄を理不尽に殺されて殺気立っており、また被害妄想も強くなっていた。その結果、親切な恩人に当たり散らす。怪談の魔物かも、なんて考えはすぐ消えた。こんな生々しく嫌な奴が魔物であってたまるか。


「ほっといてよ! 私はどうしても王都に行くのよ、この道で! 早く神様を殺さないといけないんだから!」

「神を、殺す……?」


 言ってからミントは後悔した。やばい、危ないやつだと思われて通報とか、止められたりとか……。と考えて、それはないと思った。見たところ目の前の少年は生きている人間のようだが、こんな山に住んでいるとかどう考えても訳有りだろう。他人に話されるとは思えない。

 でも、もしその気配があったら……ミントは、そっと武器を入れていた鞄に手を伸ばす。


 青年は、しばらく考え込んでいたようだが、ふとミントに問いただす。


「どうしてそう考えたのか、聞いてもいいかな。……さすがに直接殺そうって言う人間は、僕も初めてだから……」



 ミントは少年――マートルといった――にこれまでの経緯を話した。兄が理不尽に殺されたこと。そして兄だけでなく、あのアーニス神は噂によると、普段はずっと寝てばかりのくせに、たまに出る民の相談では貴族だの金持ちだのに依怙贔屓したような判決ばかりだという。


「だから、殺さないといけないの。依怙贔屓する神なんて最低でしょ? あの神から解放されないと、私達はこれから先ずっと苦しめられるのよ。これは正義の戦いなんだから」


 マートルは黙ってミントの言葉を聞いていたが、最後のその言葉に何故か苦しそうにしていた。


「……そう。神からの解放か。それにしても、そこまで腐敗が進んでいたなんて」

「そうだよね。もっとちゃんと政治してよって感じだよね。神様のワンマン政治だからこんな……」

「いやそっちじゃない。……そうか、もう、頃合いなのかな……」

「?」


 マートルはしばし目を伏せていたが、やがて何かを決意したように立ち上がった。


「もうすぐ夜が明けるね。王都までの最短距離はこっちだよ」

「え?」

「君の旅に僕も付き合わせてほしい。駄目かな?」

「ええっと……確かに道案内は欲しかったけど。でもどうしたの? あ、神様を一緒にやっつけてくれるとか?」


 その時、日が昇り始めて、逆光でマートルの表情はよく見えなかったが、マートルははっきりこう言った。


「ああ。一緒に神をやっつけよう」



 その頃、王都の神殿ではアーニスが今日も人間達の訴えを聞いていた。


「この母親はその……盗癖があり、盗める物は盗まないと気が済まないのです。店の売り物はもちろん、友人の家に遊びに行った際にはその私物まで。根は悪い人ではないと分かっているのですが、だからこそ今までは注意だけで済ませて来たのですが、今回は貴族の馬車からハンカチを盗んでしまいました。神様、そのお力でこの母親の盗癖を治すことは出来ないでしょうか……」


 盗癖以外は普通に良い人間なのだろうか。件の母親には何人もの友人が付き合っていた。問題の根源である母親はというと、ぐずぐずと泣きながら必死に弁明している。


「目の前にあると……止められないの。他に誰もいないと、それは私に与えられた物に違いないって思えてくる。でもこうなったのはなぜか分かってる。私の両親の屑で、父はゆすりたかり、母は窃盗で生計を立てていた。母親になったら変わるんだって思ってたのに、機会を与えられるとどうしてもダメなの」


 友人の一人が背中をさすって慰めている。言っていることはどうしようもないことだというのに、それでも支えようとする人間がいることにアーニスは不快だと感じた。


『判決――。犯罪者には額に泥棒の入れ墨をして、市中引き回しとせよ。周知されればこの者に隙を見せる物好きも出まい』 


 一同が唖然とした。ハンカチ一枚でそんな、という声が漏れた。ムッとしたアーニスは畳みかけるように言う。


『余罪もある。さらに手を出した相手は貴族。処刑されても文句は言えないだろう。私の力? ……人間の分際で、神を当てにするな』


 取り付く島もない言葉に、一番うろたえたのはあの母親だった。


「ひ、酷い! そんなの私の子供にまで悪影響が出てしまう! 子供は関係ないでしょう! 貴方、子供も産めない身体のくせに!」


 アーニスは胸の部分が酷く痛んだ気がした。同時に、酷く不快な気分を抑えられなかった。まるで人間のように、傷つき腹が立っているのだが、アーニスはそれを自覚できない。機械だから。


『神を侮辱したな。母親だからこそ、五体満足で帰らせようとしたというのに。よろしい、ならば刑を変更しよう。……腕を片方切れ。それで今後盗むことはないだろう。リアン』


 護衛としてずっと佇んでいた横のリアンに声をかける。リアンは手早く周りの私兵に指示し、母親への刑を執行させた。友人達は止めようとしたが、兵士に剣を突き付けられてどうしようもなかった。


 友人達の反応は二分した。


「小さい頃、あの両親に虐待されていたのを見て見ぬふりしてきた償いが出来るかと思ったのに……」

「でも、これでもう盗まれないのよね」

「そんな! もとはと言えばあの両親が悪いのに、彼らは安穏に死んで、トラウマに苦しんでるあの子だけがどうしてこんな目に合うのよ!」

「私に怒鳴らないでよ。大体、これは神様の判決なのよ!」

「……情がなさすぎるわ……」


 神様ことアーニスは、神殿の回廊である貴族から謝礼を受け取っていた。


「ありがとうございます、アーニス様。汚らしい庶民が自慢の馬車に入ったというだけでも許しがたいのに、彼女は盗みまで犯しましたからね。厳罰をくれてやらねば私の気が済みませんでした。ところで、腕一本で終わりなのですか?」

『貴方が望むなら、もう一本でも最初の刑を追加でも』

「さすがアーニス様、お話が早くて助かります。今夜はいい酒が飲めそうですよ。では、追加分の謝礼をお持ちしますので……」


貴族がニコニコ顔で去っていくのをガラスの目に映しながら、アーニスはそっと呟いた。


『これで……油が買える』


 神様は慈善事業だ。今風に言えばボランティアとでも言うのだろうか。見返りもないのに、ただただ他人に尽くさなければいけない。だから欲しいものがあるなら、信者の好意に頼るか、自分で何とかするかしかない。こんな現状でも、神様は凄いもののように人は言う。


 自室で、錆びて動きが鈍くなった腕に油を差しながら、アーニスは自分に魂を入れた先代や先々代はこんな現状に満足していたのだろうか? とふと思う。……満足していたら、他人に譲ってやろうなんて発想はするまい。つまり、自分は厄介ごとを……。


 そこまで考えて、慌てて首を振る。その動きでギシギシと古い扉が軋むような音がした。ボディが変えられたら楽なのだろうが、それは『神』 の異物と判断されてしまう。人間が違う血液型を受け入れられないように、拒絶反応を起こしてしまう。だからもう何十年も、最初の機械の身体を動かしている。


『惨めじゃない……私は神……選ばれた存在……現役……』


 神は人間のように、自分の老朽化を必死に否定して生きていた。



 ミントは道連れが出来てご機嫌だった。しかもその道連れ――マートルは有能だった。


「森の中で夜を明かすなら、火を焚いておくといい。動物は近寄ってこない。僕が番をしよう。女の子は早く寝なさい」

「植物の葉で切った? 応急処置だが、この植物の蜜を塗るといい」

「こらこら、怪しい人間には近づくな……。よっぽど大事にされてきたのだな、ミントは」


 マートルがこうして世話を焼いてくれるものだから、ミントの旅はまるで旅行みたいに快適で不便の少ないものになった。

そして気分的にも……兄を思えば不謹慎だろうが、とても高揚している。

 学校のガキくさい男の子と比べて、マートルはとても頼りになり、紳士的で、おまけに綺麗だった。

 恋に落ちないはずがない。

 それにしても、最初は熊相手に助けてくれたし、事情を聞いたらついて行くって言ってくれたし、やっぱり彼も私のことを気になったりとかしてるのかな? きゃっ。


 復讐の旅で、戻ってこない旅。なのに、ミントはこの旅を楽しみ始めていた。


 その晩はいつも寝ずの番をしてくれていて申し訳ない、とミントが代わろうとしたが、マートルから断固として拒否された。


「大丈夫だ。僕は昔取った杵柄というもので、寝ないのに慣れているから」

「そう言われても……やっぱり心配だよ。マートルはいつ寝てるの?」

「あんまり寝なくても大丈夫な体質でね。多くの人々の相手をするのにはそうでないといけないから……」

「!? マートル、働いてたことあるんだ……」


 失礼だが、あんな所に住んでいるからにはニートだろうと思っていた。


「うんまあ……働いてたっていってもだいぶ昔の話だし……うん君の予想は外れてないと思うよ。けどそう堂々と顔に出さないで。僕だって傷つくから」

「ご、ごめん。でも何で辞めちゃったの? 何か……あんな所に住まなくちゃいけないほど、嫌なことでもあったの?」


 マートルはあんまり自分のことは話さない。恋してる身としてはそれがもどかしい。知らないとお話も出来ないではないか。日中の話題は体力を消耗しないようにひたすら無言で歩くか、天気の話題(曇ってきたら雨具の用意して、くらいの会話)、トラブルに見舞われた時に簡単な会話。それくらいだ。

 だから思わぬ私的な話……これはチャンスだ!


「鋭いね。うん……仕事? で失敗してしまってね。責任を取って辞めたよ。もう後任も決まっていたし」

「マートルでも失敗するんだ。それってどんな?」

「内緒。恥ずかしいから」

「え~……? じゃあ、私の失敗談を話すから、マートルも話してよ」


 クラスのモテる女の子が言っていた。ちょっとくらい隙を見せたほうが異性はよろめくのだと。


「この前の話なんだけどね、うちのクラスでは毎朝日直が花瓶の水交換するんだけど、私うっかりそれを忘れちゃってね。真夏で悪くなりやすい花だったものだから、一日教室が凄い臭いになっちゃったの。もー先生にこってり絞られたよ!」


 それを聞いたマートルは面白そうに笑った。つかみはバッチリだとミントは思った。モテる女の子ありがとう。もし無事に帰ったら何か奢る。


「それはそれは……まあ、失敗は誰にでもある。あまり気に病むことはない。クラスの皆も、忘れたらどういうことになるかよく分かって、いい経験になったのでは?」

「ありがとう。でもこれね、まだ続きがあるんだ。それでね、その数日後、クラスの委員長で先生のお気に入りの子が、同じ失敗をしたんだよ。どうなったか分かる?」


 マートルの雰囲気が分かった。推理小説の一番いいシーンを読んでいる人のように、「それで? それで?」 と身体全体で訴えてきてるような……要するに食いつきがよくなった。


「あのね、何と委員長はお咎めなし。先生ったら、人間だから失敗くらいありますで済ましちゃったんだよ。私にはお説教と拳骨までしたのに。納得いかないし、他の皆も先生のそういう依怙贔屓にうんざりしてた人多かったから、先生にブーイングしてやったの! 先生の慌てた顔は見ものだったな。怒られると思ってたらあっさり許されてかえって動揺してた委員長は気の毒だったけど」


 マートルはくっくと笑っていた。こういう話がツボだったのだろうか。失敗談……なるほど。その証拠に、普段はあまり喋らないマートルが、この話には食いついて饒舌になった。


「そういうの、ちょっと安心するよな。自分と同じ失敗をした人間を見るのは……」

「だよねー! 私も失敗した時はさ、あんな失敗する自分は最低だ、人間やめたほうがいいんだーって本気で落ち込んでたのに。先生が目の前で二枚舌使ってるじゃない。言っちゃなんだけど、すっごく安心した」


 マートルはその話に思うところがあったのか、話題に乗っかって、自分の過去を語り始めた。これには今度はミントが食いついた。

 あんな寂しい土地にに居た綺麗な人。この人の過去には何があったんだろう?


「決してほめられたことではないが、同じ失敗をした人を見るとホッとするな。実は僕も……昔、僕の仕事の後任になった女性が、ずっと後に同じ失敗をして仕事を辞めさせられていたんだ。これを聞いた僕の気持ちが分かる? 僕は悪者にされて追い出されるように辞めたが、結局後任も同じ失敗をしたんだ。……笑いが止まらなかった。特に後任の女性は、最初上から目線で辞めるように迫ってきてたからな」


 マートルの黒い部分を垣間見た気分だった。でも、同じような経験をした者としては共感してしまう。失敗の内容には触れられていないのが気になったが、働いていない者には分かり難いことなのだろうと解釈する。


「そしてもう一つ。女性も結局後任に追い出されるように辞めさせられたが、その後任である男性も、同じ失敗をして結局辞めた。その度に世間では慌てふためいて。何が悪かったのかなんて考えもしない、その職に就いているものが全部悪いんだと言わんばかりに、辞めさせることで解決を図っていた」


 見事な因果応報だな、とミントは思った。っていうか、その会社? の人バカすぎ。その立場の人を奴隷か何かとでも思ってるんじゃないの。首を変えればよくなるだろうとか、絶対根本的解決じゃないだろうし、間違ってる気がする。


「会社の人、ザマーミロだよね!」


 ミントが笑顔でそう言うと、マートルの顔が若干曇った。


「……実は後任の女性が辞める頃には人は完全に入れ替わっていて、僕を覚えている人はいなかった。男性の時も同様。だから、ザマーミロと思うのは間違ってるんだよね。けれど、そう思うのを止められない。性根が腐ってる、とは、こういうのを言うのかもね」


 さすがに関係ない人に責任を求めるのはまずかったか、とミントは先走ったことを後悔した。けれど、目に見えて落ち込むマートルを見ると、やっぱり可哀想だと思う。


「心の中でこっそりスカッとするくらいなら、罰は当たらないと思うけどな。そうやって、不快なこと全部背負っていくの? そんなのつらすぎるよ」


 ミントのその言葉に、マートルはありがとう、とそっと呟いた。好きな人の思わぬデレに、照れ隠しでミントは急遽話題を変えた。


「そんな、誰だって聖人君子じゃないんだしさ、あ、でも神様は別だけど!」


 マートルが一瞬ぎょっとしたのに、ミントは気づいただろうか。気づいていたら、話は続けないだろう。


「今の人形神様なんかは本当に限度を超えてるよね。神様だったらもうちょっとらしくしろっていうの! その肩に多くの人の命を背負ってるんだから。あの神様の金持ちや貴族ばっかり贔屓するって話、本当に最低。贔屓なんてする神様に神様名乗る資格なんてないよね。早く……この世から消してやらなきゃ。そうじゃないと、犠牲になった人が、お兄ちゃんが浮かばれない……」


 パチパチと火の燃える音だけがしばらく響いた。返事がないのをミント訝しんだ頃、ようやくマートルは口を開いた。


「そうだね……早く、消さなきゃ、ね」



 神アーニスの付き人、リアンの一番の仕事は、神の休息(じゅうでん)を手伝うことだ。長椅子に楽な姿勢で腰かけさせ、身体のいたるところにあるコンセントにプラグを差し込む。これで半日充電させて、ようやく神は半日動けるようになる。昔は少しの充電で、もっと長く動けたらしいが、それだけ今の人間が神に厄介ごとを持ち込むからだろうとリアンは憤る。

 時折口さがない者に「老人の介護かよ」 と言われることもあるが、あんなのと一緒にしないでほしいものだ。アーニスは神なのだから。それよりも、「神なのに、こんな調子で大丈夫なのだろうか」 と不安を煽る者のほうが厄介だった。アーニス様の権威に傷をつける行為をした者には、リアン自ら厳罰を与えた。


 リアンは、アーニスの第一の信者だった。

 そうなったのにも理由がある。あれはリアンが五才の頃だった。


 貴族の屋敷に、金目当ての強盗が押し入り、父母と召使達を殺害。おまけに火をつけて逃走。生き残ったのは、乳母に隠れているようにと家具に押し込められたリアンだけ。そして犯人の顔を見たとされるのも、リアンだけ。

 リアンはすぐさまアーニスのところに出向き、訴えた。一人だけ生き残った子供、とこの事件は多方面で話題になり、協力者が次々現れた。結果その願いは聞き届けられ、『犯人』 は神殿に連れてこられた。目撃者がいるんだ、と戦々恐々として来てみれば、五才の少年だったことに、『犯人』 は態度を大きくしてアーニスに言った。


「それはまあ、アリバイなんて無いですがね。けれど、まさかだからって五才の言う事を信じるなんてことは無いでしょう? アーニス神。これくらいだと記憶の混同とかるんですよねえ。あと怒られるのが怖くてやってないとか平気で嘘をつく。ましてや殺人現場を見たらしいですからね。そりゃあ怖いし両親の敵討ち! と粋がって適当なことを言って周りを煽ったりとかありますよね。犯人を知ってる! とか言えば周りが悲劇のヒーローみたいに扱うから、楽しいよなあ。なあ坊主? 犯人は本当におじちゃんだったかい?」


 リアンは咄嗟に言い返せず口ごもった。世紀の大事件にこれを見ていた聴衆達も、いかにもな容貌の犯人のふてぶてしさと、両親を殺されて傷心な子供が口でやりこめられる様に正義感を募らせた。


「犯人っぽいよね」

「濡れ衣だったらもっとびくびくしていいもの」

「でも、証拠が五才の証言だけじゃ……」


 『犯人』 の無罪だろうとよんだ多くの人の予想を裏切る形で、アーニスは審判を下した。


『判決。五才の純真な子供が嘘をつくはずがない。ましてそのような重大な現場を誤認するはずがない。死刑。行き場の無い子供はここで預かる』


 子供がうつむいて涙をこらえる様子にもらい泣きしていたような聴衆からは喝采があがった。そして今でも一部にはこの判決は胸のすく話として語り継がれている。


「!? 待ってくれ、濡れ衣だ! 俺じゃない! 確かに貧乏暮らしだが、借金もないし金に困ってなかったんだ、何で盗みのうえに強盗なんてしなくちゃならないんだ、信じてくれ! 誰か! 本当に五才の言う事が正しいと思ってるのか!?」


 『犯人』 が往生際も悪く死んでいくのを横目にしながら、自分を信じてくれたこの美しい神について行こうと、リアンはその時心に誓っていた。それはリアンの初恋だった。美しく権威ある人に全面的に信じてもらえて、恋に落ちずにいられようか。自分がアーニスに付いて行くことを証明するためにも、自分が継いだ遺産を全てアーニスに預けて、リアンは神の護衛の道に入ったのだった。


 

「ふぅ……」


 アーニスの体重は、並の女性よりも重い。何せ内側にあらゆる機械が詰まっているのだから。そんな彼女を抱えて休息(じゅうでん)させるのは、いつも一苦労だ。

 目を開けたまま長椅子の上で微動だにしないアーニスを確認後、周囲に人の気配がないことを確かめて、リアンは神殿の入り口に立つ。護衛の他に門番も兼任している。それほど信頼されているのかと思うと仕事も楽しい。普通は人がいないのか、とか金が無いのか、とか疑問になるだろうか。価値観がアーニス至上主義なリアンは思いもしない。


 それにどうせ門番業は暇だ。アーニス神に会うのは約束を取り付けた者だけに限る。だから、当日にいきなり押しかけるようなのは、いつだったか婚約者が金持ちにどうたらとか言っていた非常識なやつくらいだ。そうそう居やしない……。


「すみません、アーニス神にお会いしたいのですが」


 ……居た。今時一見さんお断りの暗黙のルールを知らないやつがまだいようとは。

 リアンはその常識知らずな二人組を思わずジロジロ見た。


 声をかけてきた方は青年……いや、少年か? とにかくそれくらいの年の、割と綺麗な顔をした黒ずくめの男だった。もう一人は、14か15くらいの若い少女。兄妹、にしては似ていない。というか、少女のほうはあの時の寝取られ男に似てるような……。


「門番殿? もしかして、本日は無理なのでしょうか?」


 男は性懲りもなくリアンに話しかけてくる。鬱陶しい。仕方なく慇懃無礼な態度で追い返すことにする。


「大変申し訳ありませんが、神はただいま休息中です。また来ていただけますか?」


 下手に出ているようで、有無を言わせない態度。何せ選ばれた神の選ばれた護衛なのだから、これくらいはいいだろう。


「どうする……?」

「ちょっと待て。……それで、門番殿、いつなら可能なのでしょう?」


 常に持ち歩いている予定表を取り出して眺める。……見事に真っ黒だ。いつも寝ている、とか言われてるアーニス様だが、起きている時は休む暇もないのだ。それでも人間の相談は尽きない。神様を便利屋か何かだと思ってる人間は本当に多い。ため息をつきたくなるのを堪えながら、男の問いに答える。


「ひと月先まで予定は埋まっておりますが、それで構わないのでしたら」

「ああ、構わない」

「では、お名前とご住所と連絡先をこの紙に。そして必ずご用件をご記入ください」


 少女のほうがびくついた気がした。……長年の経験からくる勘で、こいつらの用はろくでもないものなのでは、と察知する。アーニス神に逆恨みして襲撃する不届き者は多い。こいつらがそうなら、この場で消したほうがいいかもしれない。

 しかし、男のほうは動じる様子もなく紙に住所氏名、用件を書き連ねていた。その様子をじっと見るが、特に不自然な点はない。……男が嘘を書き慣れてる訳でもなければ、自分の思い違いかもしれない。

 

「書き終わりました。しかし、何ぶんこういうのは慣れていないもので、少しご確認いただけますか?」


 言われなくてもする。最近は自分の住所も書けない人間が増えた。全ての項目に記入しろと言っているのに、名前だけ書いて俺が他の相談者の相手しているうちに消える人間。配偶者がいるなら書いてくださいと言って、ペットや両親の名前を書く人間。意味、知らないのに適当書くなよ……。こんなやつらの相談をいちいち聞かなくてはいけない神の心境とは。

 まずチラリと見ると、字がとても綺麗な字だったものだからほっとして読み進める。名前や住所に問題はない。して、相談内容は……。


『神性を返して頂けるか』


 は?

 と思って顔をあげた時には遅かった。


 男は微動だにしていないのに、リアンの上半身に何者かが鋭利な刃物で切り裂いたかのような傷が浮かび上がる。腹からポタポタと血が滴り落ちる。


「マートル!」

「待ってる時間はない。強硬突破するまで」


 やはり俺の勘は間違っていなかった。狼藉者だ。神を狙っている。

 この身がどうなろうとも、アーニス様をお守りせねば。あいつ、不思議な力を持っていた。絶滅したと言われる魔力持ちか? 迎え撃つよりも、逃げるほうが賢明だ。この事を早くアーニス様に……。


 咄嗟に後ろに下がり、門を閉める。奴らは入ってこれなかったようだ。鍵をかけて、時間を稼ぐ。早く、アーニス様に。


 人の血が流れるのを見て恐れおののいていたミントを優しく諭しながら、マートルは魔法で鍵をこじ開ける。


「今が最大の好機だ。休息中で、門番も一人。そうそうこんな機会は巡ってこない。一気に終わらせよう」


 巻き込まれたというか、勝手についてきただけのはずのマートルが一番冷静で、ミントはようやく疑問を感じたが、最大の好機と聞いて考えるのをやめる。

 無念の中で死んだ兄。生きながら地獄を味わう婚約者。息子に先立たれた両親。

 思い知らせてやる最大のチャンス。考えるのは後だ。


 鍵はマートルが鍵穴に触れていると、ひとりでにカチャカチャとなって開いてしまった。


「魔法?」


 思わず言葉に出る。大昔、人間が神様だった頃は稀に魔力の塊のような人間が生まれていたとか。そしてその影響で年もとらないため、生き神として祀られていたと聞く。

 でも、二代目三代目も魔力を今の神に与えて消えたっていうし、じゃあこの人は……。


 ガタンと大きな音を立てて扉が開いた。神殿は無駄に広くて、どこに神がいるのか、どこから探したものかと一瞬迷ったが、点々と続く血痕を見れば一目瞭然だった。



 リアンは最上階、休息(じゅうでん)中の神の部屋に押し入り、神に侵入者の知らせを届ける。


「あ、アーニス様、侵入者です! お逃げください!」


 ガラスの目が薄っすらと開いた。いつ見ても、作り物は生き物より美しい。この美しく、自分に理解ある神に仕える喜びよ。願わくば、少しだけでもお情けを頂けたなら、と恋するリアンは思う。何せ出血が酷い。……これが最後になるかもしれない。

 しかし、そんな一人の人間の都合で動くような神ではない。どこかイライラしたような顔でアーニスは呟いた。


『侵入者? 後ろの者どもか?』


 振り返れば、あの二人組が立っていた。怪我のせいでノロノロと歩いているうちに、追いつかれてしまったらしい。情けない。ならば、ここで身体を張ってこいつらを止めるまで。


「アーニス様、ここは俺が……!?」


 リアンは、突然背中に激しい痛みを感じた。

 何故。切られたのは、前のはず……。

 首を後ろに向けると、怒りの形相のアーニスが立っていた。


『お前がここに連れてきたようなものではないか。主を危険に晒すなど。この役立たずが』

「ア、アーニス様、俺は、ただ……」


 結果的には失敗だったけど、それでも貴方のためを思ってここまで来たのに……。


『言い訳など聞きたくない。無能は殺す価値もないが、足を引っ張るだけの存在には死をくれてやる』


 アーニスが手を翳す。ふわっとリアンの身体が持ち上がる。そのまま壁に叩きつけられそうになったところを――ミントが止める。リアンを庇った結果、自分がクッションになって衝撃を和らげる。

 身体、丈夫なだけが取り柄で良かったと思う。正直、助ける義理なんてないし、兄を見殺しにした仲間と思うと憎い。けれど、兄もこうして理不尽で死んだんだと思うと、このまま見捨てると兄を再度殺すことになるのでは、と思って助けてしまった。それだけだ……。


 リアンは身体に衝撃は無かったようだが、主に殺されかけたショックからか、気を失っていた。

 このままここに置いておいて、私はあの人形を殺さないと、と思うにしても、確かこの人すごい出血してたから……って、血が、無い?


「幻覚だよ。さすがに人殺しはちょっとね」


 しれっと言うマートル。こんなことが出来るなんて、彼はやっぱり……。


『お前、一体……』


 人形の慌てたような声。今なら、殺せる? 立ち上がろうとしたミントを、マートルが静止する。


「ミント、君は何年生きた?」

「え? 14……」

「それくらいの年なら、悲しいことや憎むことより、楽しいことや愛することを学ぶべきだ。手を汚していい年齢じゃない。ここは僕がやるから、君は下がって。元々、このカミサマを何とか出来るのは、もう僕しかいないのだから」


 そう言ってアーニスの前にたたずむマートル。アーニスはというと、ようやくプラグを全部外し終わり、やっと敵の前に向き直った。


『お前……何者だ? この私に何をしようというのだ。人間の分際で……』

「神? 笑わせる。神のくせに何故寝てばかりなのだ? 寿命が近いからだろう。それが恐ろしくて権力か財力のある人間に肩入れした判決ばかり。寿命を延ばす方法を探しやすくするためにな。みっともないと思わないのか。……最近は魔力を持った子が生まれないと聞くが、お前。まさか排除していないだろうな? 濡れ衣を着せたりしてな」

『だ、黙れ。私は神の系譜の中で完成形。私に欠陥などない。人間のような欠陥品とは違うのだからな。人間が欠陥ばかりだから、私が生まれた。私こそ完成された存在』

「その欠陥品から生まれたのではないのか。瓜の蔓に茄子はならぬ。大人しく塵に返るがいい」


 マートルがゆっくりと神に近づく。アーニスは抵抗していたようだが、なぜかマートルには効かない。そのままマートルはアーニスの心臓に手を翳すと、何か光るものを抜き出した。抜き出されたアーニスは、絶叫を上げて床に転がった。

 死んだ、のだろうか? ぴくりともアーニスは動かない。いや、アーニスだったものは動かない。光のともっていた目はただのガラス玉になり、伸びた手足は光るものが抜けたとたんに鉄の塊となった。

 神は、死んだ。


 その死体をせめて蹴ってやりたい、とミントは思ったが、機械人形に戻ったアーニスは、子供でも嫌がるほど剥げて古い、醜い姿だった。こんなのに、ずっと固執していたのか……。どうしてだか分からないけれど、ミントの目から水が溢れた。

 気持ちが落ち着くと、そういえばマートルは、と思う。マートルは、じっと光る何かを見つめていた。


「それは……?」

「魂、マナ、エナジー、魔力……一番世に広まっている言い方だと神性か。最も、これでも僕の力の半分くらいだが」

「神性ってことは……マートルはやっぱり……」

「黙っててごめん。そう――僕があの悪名高い初代だよ」


 聞いて驚くよりも、嬉しかった。よく物語であるような、忍んだ王子がクライマックスで正体を明かすような、そんな物語のヒロインになったような喜びがあった。


「じゃあ、これでもう安心だね!」

「安心?」

「うん! マートルが初代だったってことは、マートルが神様に戻るんでしょう? もう機械が神様をやらなくてもいいんだね!」 


 ミントの無邪気な言葉に、マートルは手の中の光るものを思わず握りつぶした。驚くミントをよそに、本心を語り始める。


「それ、本気で言ってる? 僕が一度失敗してるのを忘れた? そう、一人の人間に溺れて、仕事を怠ったのが原因で、世界が荒れた。僕の時は何人死んだだろうね」

「で、でももう同じ間違いはしないでしょう? それによく考えたら、機械がやるより人間がやったほうがまだマシだった訳だし」

「……人間はいつになっても、何かに縋ることをやめないね」

「だって神様がいないと……」

「多少色々便利になるだけで、別にいることが必要でも義務でもないんだ。なければないで何とかなる。それとも、自分達のために奴隷になってくれって思ってる? 僕はもうそういうの、ごめんなんだ。少し人より違ったからって、よってたかって押し付けられる」


 言葉に詰まった。そういえば、いるのが当たり前だったから、いなかった場合なんて……。でも、今まで当然のようにあったものがなくなったらそれはそれで混乱しそうだし。何よりこんな大事な話、自分ひとりで決めろと言われても……。

 ミントの混乱をよそに、マートルは静かに呟く。彼の心はとっくに決まっているようだった。


「魔力の極端に多い者は不老だが、不死ではない。僕は今日限りでこの世から消える」

「え? え?」

「ミント、君の言うように、僕は最低の神だ。それでもあの時は、自分以外の誰かが神になれば、自分より上手くやれると思った。自分以外の誰かなら、自分のような失敗はしないのではと思った……。それは結局、責任を他人に押しつけ逃げただけ。そして、機械に神性が移植されたと聞いて、これで全て上手くいくのでは、とも、機械がどれほど長く勤まるだろうかとも案じていた。こうなることを予想していた、とも言えるか。これも僕の罪だろうな。もう、神様でも責任を取る時代なんだ。一度は務めた者としてね」


 マートルは部屋の中で一番大きな窓を全開にした。威勢を示すために建てられたらしい神殿の最上階は、王都が見渡せて気持ちがいい。けれどやはり、神様制度に縛られた世界の光景だと思うと澱んで見える。だがそれも、今日で終わりだ。アーニスが片っ端から素質のある者を殺したようだし、もう代わりの者すら現れまい。


「マートル?」


 ミントは駆け寄りたかったが、先程からリアンが魘されながら服を握りしめていて動けない。あっさりと終わった神殺し。マートルはどこまで計算していたのだろう?


「ミント、こんな汚い僕を肯定してくれて、ありがとう。……さよなら」






 リアンが目を覚ました時、目の前で少女が泣いていた。誰だったか……。ああそうだ、最後に俺を、庇ってくれた人だ。そこだけは覚えている。その少女が、どうして泣いているのだろう?


「……なかないで」


 リアンは泣くのをやめてほしくて、そっとミントの涙をぬぐった。彼女はずっと窓を見ていた。

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