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辺りは喧騒に包まれ、道を挟むように並んだ様々な露店から商品を売る元気のいい声が遠くまで聞こえる。
ここ、トロッタの街と呼ばれる場所はすぐ隣に大きな川や、資源豊かな始祖の森があるため、昼夜を問わず商人や、それを求める人々で賑わう街であり、すっかり日が落ちた今も少しも活気は衰えない。
森を抜け、やっとの思いで街の外壁をくぐった夜乃はそんな賑やかな夜の街を歩いていた。
「ここもインフィニティ・ワールドにあった街にそっくりだな」
街の外壁に書かれていたトロッタの文字を見たときは思わず夜乃はしばらく立ち止まり、その文字を凝視してしまった。
「そこの嬢ちゃん、見慣れない格好だね、もしかして冒険者かい?」
せわしなく辺りを見回しながら歩いていると右側にあった露店の店主に声をかけられる。
置いてある商品から見るに、どうやら果物屋
らしい。
「冒険者?」
そう聞き返すと、店主も疑問の表情を浮かべる。
「その妙な格好に、背中の武器、冒険者だと思ったんだがちがうのかい?まぁ嬢ちゃんみたいな女の子が危険と隣り合わせの冒険者やってるってのも妙な話か、変なこと聞いて悪かったな」
店主はそう言うと何か買わないかい?と商品を勧める。
「ごめんなさい今持ち合わせがなくて、1つ聞きたいんだけど冒険者について詳しく教えてくれないかな」
「冒険者を知らないのかい?冒険者ってーのはその名の通り、各地を旅して依頼を受けたり、モンスターを倒したりして生計を立ててる奴らの事だよ、誰にもなれる訳でもないし、危険な分稼ぎもいいみたいだけどな!」
商品も買わずに突然質問をする夜乃に、店主は嫌な顔一つせずに答え、豪快に笑う。
「ありがとう、買い物はまた今度必ず」
そう答えると店主に頭を下げ、街の中心を目指して歩き出す。
「嬢ちゃんも、余り遅くならないように家へ帰れよー!」
後ろから先程の店主の声が聞こえる、振り返ってもう一度頭を下げてから、再び歩き出した。
街の中心まできた夜乃が今頭を悩ませているのは、単純にお金がない、という問題だった。
体一つ(その体でさえも自分のものとは言えないが)でこの世界に放り出されてしまった夜乃は、着ていた服と、ゲーム時代の装備である腰の小刀と短剣以外は何も持っていないのだ。
ここが元の青年として暮らしていた世界とは違う、ゲームの中、あるいはゲームに極似した別の世界であると、思いたくもないと考えつつ、そうとしか思えなかった。
それならば、宿に止まるにしても、食べ物や飲み物を買うにしても、リムと呼ばれる通貨が必要なはずだ。
取り敢えずゲーム時代にも、様々な依頼を受けることができた街の役所にでも行ってみようと考え、空腹を訴える腹を無視して立ち上がる。
役所へ向かう途中、ゲーム時代の記憶を掘り起こして近道のため裏路地に入ったが、それが失敗だった。
つけられている、そう感じたのは路地に入ってすぐの事だった、いくら行商が盛んな街でも安心できるほど治安が良い訳ではない、去り際に早く帰れよと言っていた果物屋の店主の助言はあながち間違いではなかったわけだ。
後をつけられるという生まれて初めて経験する恐怖に思わず早歩きになるが、微かに後ろから聴こえる足跡が遠ざかることはない。
突き当りの角を右に曲がった所で夜乃は足を止める。
目の前に二人の人影があったからだ。
その二人はいかにもゴロツキという風体で、口元をニヤつかせてじわじわと近づいてくる。
来た道を戻ろうとするが、追いついてきたさらに二人の男に道を塞がれる。
「俺に一体何の用ですか」
震えそうになる声を必死に抑えて夜乃は声を出す、武器を持っていることを思い出して、短剣ではなく小刀の柄に右手を掛ける。
「ひひ、俺たちはあんたが街に入って来た時から目をつけてたんだよ、あんたみたいな上物、なかなかお目にかかれないからな、少女趣味の物好きの変態にでも売りつければいい金になる」
「見たところ冒険者だ、攫った所で騒ぐ奴はいねぇ、なぁ、売る前に少し遊んでも良いんだろ?」
追いついてきた二人の男が下品に笑いながら言う。
「無抵抗でやられると思うなよ」
夜乃は精一杯の虚勢を貼ると背中の小刀を震える手で引き抜く。
本物の刀を抜いた経験なんてない、手に伝わる冷たい感触と、ずっしりとした重さに目眩がして、前にいる男に向かって向けた刀の先は小刻みに震えている。
ゴロツキ達は余裕の笑みを浮かべたままそれぞれの得物を抜き一斉に走り出した。