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寒い、体の芯から冷えるよな寒さを感じ、青年は目を覚ます。
寝落ちでもしたのだろうか、と呑気に考え、布団に潜り込むために寝ぼけ眼のまま立ち上がろうとして、体制を崩し、顔面から盛大に床に突っ込む。
急激に意識が覚醒し、慌てて起き上がろうとしてまた転ぶ、それを二度三度繰り返し、パニックになりかけながらも仰向けに寝転び、今度はゆっくりと、確かめるように立ち上がる、そして辺りを見回し愕然とする。
青年が目を覚ましたのは辺りを背の高い木々に覆われた森だった。
しばらく呆然と立ち尽くした後、やっと頭が思考を始める、寝落ちしてる間にいったい何が起こったのか、それより此処はどこなのか、さっきから動こうとするとまるで階段から足を踏み外した時のように体制を崩してしまう。
こころなしか立っているのに地面が近い、自分の体に何が起こっているのか訳もわからず頭を抱えようとして気が付く、目の前にある自分の手、こんなに白く、細かっただろうか、下を見ると、黒いコートがふくらはぎまで伸びていて、足がスースーする感覚に酷く違和感を感じる、頭から肩に触れると、せいぜい耳に掛かる程度だった髪が肩まである。
自分の体を確かめるように触り、胸まで手が到達すると、押し返すような柔らかい膨らみに触れる。
必死に押しとどめていた衝動がこみ上げてきて、冷静になりかけていた頭の中がパニックで押し流される。
動こうとしてバランスが取れず地面に転がって、這うように、意味もなく移動した先にあった水溜りを覗きこみ、再び愕然とする。
水面ギリギリまで垂れ下がった夜空のような黒い髪に、宝石のような紫色の瞳。
見覚えがあった。
目の前に映る少女の顔は、間違いなく彼がインフィニティ・ワールドで作ったサブキャラクターにして不人気職であるスカウトの少女
[夜乃]そのものだった。
いったいどれほどの時間がたっただろうか、無情にもありえない現実を叩きつけてきた憎き水溜りの前で座っているのは。
現実味のない現実に、青年、いや、少女夜乃は完全に考える事を諦めていた。
「どうしよう・・・」
口から漏れた独り言は、誰に届くこともなく森の中に消えるその声が鈴の音のような可愛らしい声だったことにも気が付かず、途方に暮れる。
思い出したかのように全身に寒さを感じて、とりあえずはこの太陽の光の届かない不気味な森をぬけなければとゆっくり立ち上がった。
この摩訶不思議な出来事に巻き込まれる前の自分、つまり元の体の身長は175cmくらいだったはずだが、[夜乃]の身長のパラメータは確か150cmに設定した。およそ25cmもの身長差があれば当然手足の長さも違う、バランスが取れなくて当然である。
そう考えて、まずはこの体に慣れなければとゆっくりと森の中を歩き出した。
あてもなく森の中をさまよう、徐々に感覚には慣れていき、走ったりもなんとか出来そうだと思えるくらいには慣れてきた、足がスースーするのと、恐らく下着であろう違和感には未だに慣れないが。
森をさまよっていて気が付いたのは、この森に見覚えがある事だ、今まで画面でしか見ることのなかったインフィニティ・ワールドに存在する[始祖の森]と呼ばれるフィールドマップに、所々風景が極似しているのだ、ゲームの中堅層にLv上げマップとして愛されていたこの森は隅々まで記憶していた。
全てが同じという訳ではないが、背の高い木々の中であっても目印となる、雲に届くのではないかというくらいに空にその巨体を伸ばす大樹を基準にして、ある程度ならされている道に出る。そこからは記憶を頼りに進むだけだ。
「えっと、確かここは左に行くと森を抜けて、その先に小さくない街があったはずだ。」
心細さから分かれ道に当たる度に独り言をつぶやいているが、余計に不安が増してくる。
だが、進むにつれ次第に道が開けてきて森を抜けると、辺りは広い草原が広がり、その先に小さく街の外壁が見える。
一刻も早く孤独から開放されたくて、街に向かって次第に駆け足になっていく、まだ走るには不慣れだった体を懸命に動かして、黒い少女は走っていく。