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傾いていた日も沈み、あたり一面が薄暗くなり始めた。
空にはうっすらとだが星の光も見られるようになってきた時間帯、大都市から遠く離れたエレヴィナ山脈と呼ばれる地域に存在するこの小さな街では、もうじき辺りは完全に暗くなるにも関わらず、火を灯すはずの街灯はおろか家の灯りすらついてはいなかった、普段ならば街へ入るための正門を守る衛兵の姿も無く、異様な空気が街には流れていた。
「なるほどぉ、噂通りでしたかぁ。これはなかなかに大変なお仕事・・・」
そんな中、夜の闇に紛れ、その街を観察する様に身を隠している彼女、ルルエルは溜息をひとつはくと、溜息をすると幸せが逃げる、という迷信を思い出して慌てて口を抑える。
「なに一人でそわそわしてるんだ」
辺りを警戒しながら真っ直ぐルルエルの方へ向かってきた男はそう声をかけると、隣にどっかりと腰を下ろす。
「あれれ~クロガネさん、もう準備は良いんですかぁ?準備運動を怠ると、大事な場面で足がつって動けなくなっちゃいますよぅ」
そんなやり取りをした二人は立ち上がると、ゆっくりと正門の前まで移動する。
「お前と会話してると疲れる・・・それで?そっちは問題無いのか?」
「えぇ、問題無いですよぉ。敵は三人、北側の一番大きなお家で今頃夢の世界に旅立ってます!事前に調べた通り三人ともオードソックスな剣術クラス、装備から察するに“向こう”でのレベルは高く無かったみたいですねぇ」
最後に余り宛になりませんが、と付け足してから斜めに背負っていた身長程もある杖を下ろし、邪魔にならないよう、淡い水色の長髪をまとめて着ていた濃緑色のローブの中に入れる。
クロガネも、着ていた黒い鎧を不備はないかもう一度確認すると、背中から鎧と同色の黒い大剣を下ろす。
「夜襲にして正解だったな、街の住人なんか人質にされたら面倒だしな。」
「んじゃ、始めるか。悪党狩り」
そう言ってクロガネは正門から街へ踏み入れた瞬間に猛然と駆け出し、ルルエルも遅れ気味ではあるもののそれに追従していく。
情報通りの一番大きな家、というよりも屋敷に辿り着くと、走ったままの勢いで重厚そうな扉を難なく蹴破る、音に反応したのか、奥の部屋から両刃の長剣を握った男が一人、簡素な服のまま飛び出してくるが、慌てるでもなく大剣を握り直す。
言葉もなく斬りかかってきた男の攻撃を半身を逸らすだけで交わし、男の顔面を左腕で思い切り殴り、振り抜く。
ギャァと悲鳴を上げ、鼻をおさえながらも再び斬りかかる男だが、したからすべて凄まじい勢いで跳ね上がってきた大剣を避けきれず、文字通りまっぷたつに両断される。
「こいつらスキルが使えないのか」
舞い上がった血しぶきを避けようともせずに、クロガネは大剣を床に突き刺す。
「まぁ楽できていいか、まずは一人。」
「クロガネさん!置いてくなんて酷いじゃないですかぁ!って、ひぃ!何ですかこの血みどろスプラッタな光景は!」
そう騒ぎつつもズカズカと血だまりの上を横断してきたルルエルにうるさい、とげんこつを落とす。
「後二人だ」
またもや後ろで講義している彼女を放置してさらに屋敷の奥へと進む。




