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「こんばんは、今夜は随分人が多いね。」
青年はチャット欄にログイン時の挨拶を書き込み、エンターを押す。
「おう、レイナール!随分と今日は遅かったじゃねぇか、待ってたぜ!」
茶色の髪に騎士のような鎧をつけた男にレイナール、とそう呼ばれたのは青年のアバターである。
「ごめん黒鉄、今日はリアルが忙しくてね、ログインするのが遅くなったんだ。」
「ギルマスがいないならって、他の奴らはフィールドに出払ってるよ」
「あれれぇ〜!ギルマスじゃないですかぁ!今日はもう来ないのかと思ってましたよぉ〜!」
語尾に小文字が付く独特な話し方をする水色のロングヘアーの女性アバター。
「るるえるこそ珍しいな、こんな時間にログインしているなんて」
「むっふっふ〜、私は明日学校がお休みなのでぇ、自由の身なのですよぉ!」
そう言った彼女はキャラクターにバンザイのモーションをさせてアピールしている。
「ちぇ、羨まし限りだぜ、俺は明日も明後日の土曜日も出勤だよ」
そう愚痴をこぼす黒鉄はるるえるの近くまで移動すると蹴りのモーションを連打する。
「そんなことよりぃ、せっかくギルマスが来たんですからぁ、何かしましょうよぅ〜」
「そうだぜ、ウチで三次職の聖騎士まで開放してるのはレイナールだけだからな、協力してくれよ、人集めて大型ボスでも狩りに行こうぜ!」
るるえるの提案に黒鉄が便乗する。
レイナール、すなわち青年のアバターは厳しい条件をクリアして、剣士という職業の三段階目である聖騎士に転職している。
つい最近実装されたばかりで、尚且つ条件が厳しいことから三次職に転職している人はまだ少ない。
「ごめん二人とも、今日はサブキャラの方を育てるつもりでね、こっちには顔を出しただけなんだ。」
「あぁ、最近作ったっていうスカウトの嬢ちゃんか、まぁそれなら仕方ねぇな、大型討伐は後で付き合ってくれよ。」
「ガガーン・・・でも仕方ないですねぇ、私もまた今度付き合ってもらいますよぉ!今回は許してあげます!」
「悪いね、埋め合わせは今度必ずするよ、それじゃあおやすみ。」
挨拶もそこそこにログアウト、キャラクター選択画面まで再び戻り、今度はレイナールとは別のキャラクターを選択する。
肩まで伸びた夜空のような黒い髪に宝石のような紫色の瞳、整った顔立ちで綺麗と言うよりは可愛らしい雰囲気の少女のアバターで、前側の空いた髪の色と同様の黒いコートに、紫色の花が描かれた黒いホットパンツ、腰には短剣と小刀を二本並行斜めに吊っている。
少女はスカウトという職業で、隠密行動や素早い動きを得意とする職業であるが、インフィニティ・ワールドで一位二位を争う不人気職である。
最近気まぐれで作ったアバターだが、思いの他気に入ってしまい、育て始めたのである。
決定を押すと画面が暗転し、ロードが始まる。
いつもよりもかなり長いロードに、パソコンの調子でも悪いのかと思うが、待つことにして頬杖を付く、そしてゆっくりと青年の意識は沈み、やがて部屋には小さな寝息とパソコンのファンの音だけが微かに聞こえるだけになる。
こうして夜は更け、なお光を放つディスプレイには
[ようこそ]
そう短く書かれた文字だけがぼんやりと映っていた。
その夜、青年の平凡で無感動で色のない日常は終わった。
平凡で無感動で色のない世界が終わった先が自由で平等で幸せとは限らないが。