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AYAKA  作者: 星河 翼
9/20

#9原宿

さて、今日は何をしようか?悠治の頭の中は色々考えていた。

原宿に行く事は考えていたので実行するつもりである。その後、お地蔵さんの所に供物を持って行って……そう言えば学校どうしよう?行ったら行ったで、彩華に逢ってしまう。それはちょっと控えたい。絶対批難するだろう事は明白だった。今は彩華の言葉は聴きたく無い。聴いたら今の自分を否定される事は明らかだ。そんな話はしたく無い。せっかくの自由なんだし……近寄らない事が一番の得策である。勉強遅れるかなあ〜単位危なかったっけ?

余り、単位の事は考えていなかった。どうにかなるだろう?と安易な考えしかなかった。それに目先の方が大切だった。勉強は二の次だった。どうせ、芸能界でやって行く訳だし、そんな事よりもっと自分の為の事をした方が有益である。  

原宿を闊歩しながら、変装バッチリな姿で悠治は普段は入り込まないだろう所を見て回った。

ウィンドーショッピングも面白いものだ。何も買わなくてもそれだけで楽しい気分になる。今の若者のファッション。そして、雑貨。目を肥やしておく事も時には必要である。そしてちょっと一息入れて、喫茶店で一杯のコーヒーを頼んで一服している時であった。 

一人の男が近づいて来た。どうやら、芸能界へのスカウトの男らしい。わざわざ御丁寧に名刺を見せられた。

「こう言う者だけどさ〜芸能界に興味ある?君みたいなの面白いと思うんだ。是非一度事務所に来てくれないかな?」  

えらく乗り気で話し掛けて来る。しかし、悠治はサングラスを外し、

「あいにく、間にあってますんで〜」

にっこりと男に微笑んだ。男は、その人物が、既に芸能界で有名になっている彩華だと判り、あっさり身を引いた。そして、ちょっと慌てて笑いながら、

「あはは〜そうだね〜では〜」

手を振りながら、そそくさと去って行った。

また一人ここに彩華がいる事を知ってしまった訳だ。いつ、また騒動が起こるか判らない。だから早々にこの喫芥店を去る事にした。

今の所は追っ掛け連中や、芸能記者には遭遇して無いし、つけられてスクープ狙いの者はいないようだ。ま、少々追っかけられてもビクともしない心臓を持ち合わせている悠治では有るが、奈々子みたいに巻き込まれる者が出たら困る。表参道を歩きながらそれは気になった。早々にこの原宿を立ち去るべきかも知れない。それに、合鍵も作らないといけないし。お供物を買って、あの場所に行かなければならない。そう考えると、早速この原宿を立ち去ったのである。

取り敢えず、先にお地蔵様の所に行く事にした。今なら学校は終わって無いし、彩華に出くわす事も無い。近くのコンビニでお供え用の苺大福を購入し悠治は直ぐさまその場所に行った。

厄介な事を言ってくれるよな〜この地蔵は。毎日通っている場所ではあるが、心の中は悪態をいつもついている。そうしないと、自分のこの状況を受け入れてしまいかねない。

始めは戸惑ったし、彩華の成長して行く身体を感じなければならない。『心は男だぞ?』

いつもトイレに行く時も、風呂に入る時も、凄く緊張する。目を閉じられればいいが、そんな器用な真似など出来ない。自然と目に入ってしまう。彩華には悪いが、これもしょうがない事だしと、今では慣れて来ていた。

それに、彩華だって同じ境遇だ。自分の裸を見られている訳で……複雑な気分だ。ある意味裸の付き合いをしている訳である。彩華はどう思っているんだろう?その事は、全くお互い話そうとはしない。照れくさいし、今さらな感じがしていたからだ。

もしかしたら、それも有って、悠治を男として見ていないのかも知れない。が、そこまで彩華が頭を働かせているとは思えない。色々考えていると、よけい腹が立っていた。あの時、お小遣いさえ持っていれば!お腹が空いていなければ!しかし済んだ事を今さら言っても仕方ないので、祈りを捧げてこの場を速やかに去ったのである。

時刻はもう、四時前。早く合鍵を作って奈々子を迎えに行かなければならない。電車を乗り継ぎ八王子の駅近くの鍵屋で、合鍵を作ると一目散、駅に止めておいた自転車で奈々子の通っている学校に直行した。


「奈々子迎えに来たよ〜んーちゃんと安静にしてた?」

「痛いのに安静にしてなきゃ困るのはあたしなんだよ?……当然じゃない!」

「なら、よろしい!」

まるで、母親のような接し方。またまたゲッソリしてしまう。そんな奈々子に、

「お姉さん?桐原さんにお姉さんが居るなんて知らなかった〜」

今朝、遠巻きに眺めていた何人かのクラスメイトがこれ幸いとでも言うかのように近づいて来たのである。

「あ、えっと……」

奈々子が返事に困っているので、 

「そうなの〜奈々子を宜しくね〜仲良くしてね?」

サングラスを掛けっぱなしの怪しい彩華は、口元を引き上げ微笑んだ。

「これから二週間、奈々子の足の怪我の為に送り迎えするので、皆さんにも協力してもらう事になるかも知れないけど、御了解いただけると幸いだわ?」

彩華は、既にクラスの女の子に打ち解けている。サバサバしたこの女性に興味が有るみたいだ。

そう、クラスの子達は、そんな明るい彩華に好意を持っているようだった。自分にはこういう接し方をクラスの友人に出来ない。だからちょっとそう言う彩華が羨ましい。でも、もしこの人物が彩華だと分かったら、こうはいかないだろう。直ぐさま引くだろう。彩華の存在は、クラスの女性陣に嫌われている。奈々子のように。

「じゃあ、失礼するわね〜奈々子、はい、鞄!」

鞄を受け取ると、少し前屈みになり、奈々子をおんぶする。そして、学校の自転車置き場まで歩いて行った。

「合鍵作ったから、この健は返すわね〜」

早速忘れないうちにと、鍵を奈々子の補助鞄にしまい込む。

「今日は、格闘しなかったの?原宿って人集まるしさ……」  

心配をする必要はないが、自転車の後部に乗り込んだ奈々子は自宅に着くまで、今日彩華がどう行動したのか気になっていた。別に奈々子が気にする必要なんかはないけれど、何だか気になった。

「あ、今日はなかったなあ〜これだけ厳重に変装してたらまさかって思うでしょ?」

確かにそうだ。こんなイカレタ格好してたらまさかって思うだろう。現に、クラスの皆だって騙されていた。

「でも、スカウトされちゃった〜」

「はあ〜?」

「サングラスとったら、そそくさと逃げちゃったけどね〜」

そりゃそうだ。でも、そのスカウトの人も凄い感性の人だなあ〜とは思ったが、敢えて口には出せなかった。

それから少しすると、

「あ、ちょっと待って!」

突然軽快に走らせている自転車が急停止する。

奈々子は何故彩華が突然ブレーキをかけたのか解らなかったが、止められた自転車の荷台に座って待っていると、

「あはは〜拾っちゃった〜」

まだ子猫なのか?ミャーミャー鳴きながら、彩華の腕の中にチョコンと包まれていた。

「連れて帰ったら、だめ?ペット厳禁?」

薄汚れ綺麗とはいえないが、小さい身体で力なく鳴いている。お腹をすかしているのだろうか?捨て猫か?奈々子は不欄になった。まるで親に見捨てられた、今の自分の境遇を見ているかのようで。

「ペットは厳禁だけど、良いよ。ばれなきゃ良い訳だし……」

すんなり受け入れた。今までの自分だと、こんな子猫の一匹くらい気にも留めなかったであろう。可哀想。でも、力無きものは死ぬのが自然淘汰だ。そう思って、その場を立ち去っていただろう。でも、それを彩華は見つけては世話をしたいと思っているらしい。こう言う事で、奈々子の心を後押ししてくれる。それも全て彩華と言うキャラクターなんだろう。  

まだ出会って二日目。それなのに、奈々子の心は何だか満たされている。不思議な女性と出逢ったものだ。鞄は自転車の前籠の中。子猫は奈々子が抱きかかえ家路に着く。


玄関の鍵を開け、彩華は奈々子を部屋まで送り届けてくれる。内服薬は欠かさず飲んでいる。外用薬は、彩華が取り替えてくれた。もし、奈々子に姉がいたらここまでしてくれるだろうか?一人っ子の奈々子には想像がつかない。

甲斐甲斐しく世話をしてくれる彩華が本当の自分の姉だったら……と思って頭を横に振る。

私はこの人が嫌いなんだぞ?

自分勝手な彩華のおせっかいや、言動。なのに、今はそう感じなくなっている。どころか、身近に感じ始めていた。これって彩華を受け入れているってことなんだろうか?不本意だけど、だんだん混乱して来た。

「猫の餌買って来たいんだけど。ちょっと近くのコンビニに出て行って良いかな?」

彩華の言葉が聞こえているのかいないのか?奈々子は複雑に頭を捻らせていた。

「奈々子、聞いてる?」

もう一度問いかけられて、ハッと我に返った。ドキドキと胸の鼓動が鳴り止まない。

「あ、うん良いよ!行って来て、行って来て!」

この様子を少し訝しげに見ていた彩華であったが、

「……やはり迷惑なの?」

「そんな事ない!行って来て!私がこの子猫見てるから!」

慌てて言い返した。迷惑がるのは、猫の事なんだろうか?彩華自身考える所が有るのだろうか?ちょっと自己嫌悪しそうになる。謝っては欲しく無いし。奈々子はそう思って言ったのに当の彩華は、

「そうだよね〜迷惑だったら初めから断るもんね〜ふふふ」

騙された。やはり彩華は彩華だった。心配する必要なんか無かったんだと改めて思った。そして苦笑いが溢れてしまった。


彩華が買って来た猫の餌は、コンビニに置いているお手軽な缶詰めで……

「賢沢な奴よのう〜猫って食べたら美味しいかな〜?」

含み笑いをしている彩華に、

「彩華ねえ〜食べる為に育てるなんて言わないわよね〜牛や豚じゃ有るまいし……」

冗談で言ってるとは思うが、彩華は何をやらかすか判らない。

でも彩華は、その缶詰めを別のトレイに移して猫に餌をやっている。猫の餌代は莫迦にならない。でも凄く楽しそうだ。何に対しても楽しそうに接しているが、どういう状況下でも、やはり彩華は楽しそう。そう楽しく生きてるんだと実感してしまう。

またまた羨ましく感じられた。自分はどうだろう?何でも楽しく感じられるだろうか?いや、そう言う感情は芽生えないだろう。そして、再び彩華を嫌っている自分の過去を振り返った。


初恋。それは、中学一年生の時だった。

同じクラスの学級委員長だった岸田明彦君。

今では生徒会長をやっている。まだ、少女だった奈々子は何にでも優しく接してくれていた岸田に思いを寄せていた。

奈々子は余り器用じゃ無くて、感受性が高い方だった。だから、クラスの皆からも一歩引いて接していた。全く友達がいなかった訳では無い。ただ、親友と言う存在には恵まれなかった。自分から話し掛ける事は無かったし、依頼心の方が大きかったのかも知れない。それは、家庭環境がそうさせた。

仕事仕事で、家に止まっている時間が少ない父親に、それを快く思っていなかった専業主婦の母。家庭を顧みない父では無かったが、奈々子を、そして母をいつしか遠退けて行ってしまった。そして、そのうち母の心は父から離れて行ってしまい、浮気相手に心を奪われてしまった。それがついには父にばれてしまったのである。

親権問題。こう言う場合、父方に子供の権利を譲るものだが、母は断固拒否。仕事で、奈々子の世話ができるのか?それが当面の問題。だからと言って、母方に養育するだけの財力も無い。それがこじれて長期戦に持ち込み今に到っている。  

そんな奈々子の支えが、岸田であった。幼馴染みと言う訳では無いが、そんなちょっと意識暗めの奈々子に気軽く接してくれた。だから、期待していたのかも知れない。もしかしたら、岸田も自分の事を思っていてくれるのかも知れないと。 

でも、岸田は誰にでも声を掛ける優等生。見た目も爽やかで、女の子には勿論人気が有った。困った人には必ず手を差し出していた。それが、返って奈々子には不満だった。心の寄り所を奪われてしまっているかのようで……

もしかしたら、奈々子自身、独占欲と言うものが強いのかも知れない。自分だけを見て欲しいと言う気持ちがそうだ。だから、思い切って二年生の時、また同じクラスになったバレンタインデーの時、思いを込めて告白したのである。心を込めた手作リチョコと、気持ちをしたためた手紙を添えて。

だけど、その時岸田は、

「ごめん。僕、彩華みたいなタイプの子が好みなんだ。だから、君の気持ちは受け入れられない」

あっさり振られてしまった。

それからである。彩華に対するライバル心が沸き起こったのは……絶対彩華みたいなタイプにはならない!憧れの人が彩華だと分かっていながらそう思った。ある意味、反抗心からだっただろう。

普通だったら好きな人の好みを研究するくらいするはずだ。でも奈々子は違っていた。着る服、考え方、振る舞い方。全て意識して彩華みたいにはならない!と思った。

そして、不運な事に、告白場面をクラスメイトに見られていたのである。

その事は、直ぐにクラス中に広まった。噂は、あらぬ事まで伝わって、奈々子が岸田に泣いてせがんだ。などと言うとんでもない物までになっていた。クラスで人気者な岸田であった為か、憧れている者は多い。だから、妬んだ者が、要らない尾ひれを付けて回ったらしい事は分かった。 

ヒソヒソ話しが独り取り残された奈々子の耳に入って来る。普段仲良く話をしてくれた友人さえ離れて行った。結局友人なんてそんなものだ……

世の不条理を感じていた。奈々子はその年が早く過ぎれば良いとさえ思っていた。そうすれば、春の新学期に向けたクラス替えが有る。このクラスメイトもそして、岸田とも離ればなれになれる。ひっそりとした学生生活も後一ヶ月間の辛抱だと、奈々子はその年は過ごす事になってしまったのである。

そんな過去を持っている奈々子には、彩華みたいな今光り輝く人気ある芸能人のゲームが余計に許せなかった。何でそんなことをして恋人を決めなきゃならないのか?彩華が好きだと言えば、誰だって喜んで恋人になるであろう。でも、こんな性格だと逆に幻滅するか?

実際接してみて、彩華がまさかこんな変人だとは思っていなかった。もっとお淑やかで、男性を引き立てて、後ろで励ますタイプだろうと思っていた。

それが……ギャップが有り過ぎて面喰らっている。

「性格隠すの上手いよね〜芸能人って、皆そうなの?」

ちょっと興味半分で訊いてみた。

「うん?さあ〜ね〜?人それぞれじゃ無い?それよりさあ〜この子に名前つけてやらなきゃね?」

子猫の顎を撫でながら彩華は幸せそうに笑いかけて来る。またはぐらかされた?でも、そうなのかも知れない。みんな仕事で自分を表現してる訳だし、テレビだけが全てじゃ無い事くらい考えてみれば判らなきゃならない。

じゃあ、彩華はそれをひた隠しして今までいたのか?何だか虚しい人生だなと思った。

「彩華はそれが地なの?あたしの前で、演技なんかして無いよね?」

ふと心配になった。彩華は演技が出来るはずだ。なんたって、テレビドラマで女優も演じている。

何回か見た事が有る。見たくは無いけど、何故か彩華の出ているドラマは、奈々子の好きなドラマだった。嫌でも目に入るのだ。でも、感情を凄く作品に合わせて変えられる凄く柔軟な演技力は目を見張る事ができる。どうしても引き付けられるのだ。天才なんだと思う。これが血の繋がりだったら母親譲りであろう。

「演技なんかする訳ないじゃん〜私はこんな奴よ〜」

内心悠治は焦っていた。何かばれるような事したかな?奈々子は不審がってなかったし、別段変わりが無かったはず。莫迦な事はいくらもやってきたし定着させたと思ったんだけどなあ〜?もしかして勘が良いのかも知れないよなあ〜?

「そんな事考えるよりさ〜名前考えようよ〜名無しじゃ可哀想じゃん?」

またはぐらかされた。でも、今ここにいるのは、確かに彩華だし、出逢った初めから知っているままの彩華だ。そう思い直すと、もうどうでも良くなった。

「ポチなんてどう〜?」

「それは犬につける名前でしょ……所でこの子、女の子かな?」

「う〜ん?玉は付いて無いようだから、女の子じゃ無い?」

「彩華って下品だね……」

「え?じゃあどう言えば良いのよ?」

「そ、そんな事知らないわよ!女の子か男の子かそれだけ言えば良いの!」

やはり、彩華は彩華だ。そう思うと何故だか安心した気がする。不思議だ。この人といると、自然体でいられる。奈々子の心の中が軽くなっていた。

「じゃあ、ナナで行こう!」

「何でよ?あたしの名前から取るなんてー!」

「良いじゃん?ナナ〜奈々子が良いってさ〜!」

了解も得ずに名前を決めている。相変わらずの身勝手さ。

「あ、ダメじゃない!ナナ〜おトイレはこっち!全くちゃんとしつけないとね〜」

何だか腹がたって来た。そして、前言撤回したい気分になった奈々子であった。


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