#8合鍵
『悠治の莫迦!阿呆!脳足りん〜!』
と、心の中で叫びまくっている彩華は、その夜眠りに就く事が困難であった。
何故あんな莫迦げた事をし始めたのか?その事が解らなくてイライラしていた。それが自分の勝手ないら立ちだとしてもだ。こんな事をしていると言う事は、悠治自身にも何かしら考える事があったはず。それなのにその事を追求する気にはなれなかった。悠治よりも、自分の事を考えている。しかしその事には気が付かない。端から見れば、自分勝手が本当は誰なのか?この状況ではわからないかも知れないだろう。どちらもどちらである。
そして、彩華は明日からの事を考えていた。悠治が行きそうな所。まず、お地蔵様の所には現れるはず。今日も訪れた様子があった。そこを押さえさえすれば、悠治を捕まえる事はできるはず。しかし、一日中見張っている訳にはいかない。明日は、学校に行かなければならない。悠治と同じ学校ではあるが、一ヶ月間来る事は無いだろう。きっと……
ま、心配しなくても悠治は頭が良い。単位さえ落とす事が無ければ、まるまる一ヶ月欠席しても授業には付いて来る事ができるであろう。そんな事を考えていると、
『そう言えば、何で悠治は都立になんか通っているんだろう?』
ふと疑問が生じた。
『芸能界にいたいから都立なんだろうか?』
他の芸能人には悪いけど、悠治は私立の良い所に通う事ができる位出来の良い頭を持っている。もともとの脳味噌を持っていた彩華にとって情けない事だけど、それは本当だった。頭だけでは無い、スポーツまで万能だ。自分の本来の身体でそこまで出来るなんて。と思うくらい……
「うーん。考えれば考えるほどわかんないよ」
彩華は蒲団に包まって、頭を抱えた。そして、もう一度明日からの悠治追跡の算段を少しでも練ろうとした時、眠気が襲い見事に眠ってしまったのである。
「朝だよ〜御っ飯だよ〜ん!」
痛快、爽やかな声が部屋中に響いた。昨夜遅くまでゲームの対戦に夢中になっていた二人であったが、こうも朝早くに起こされると奈々子はゲッソリしてしまった。
「あのね、彩華……今何時だか判ってる?」
「六時だけど?」
悪びれる風も無くニコニコして彩華は楽しそうにフライパンを持って現れた。
「学校は七時半なの……まだ寝かせてよ……」
脳天気極まりない彩華によけい脱力してしまう。心のママにあくびを連発してしまった。
「でも私、学校に行く為の道知らないよ〜ん。早く行こう!奈々子は道案内のナビゲーターだよん?よろしく!」
奈々子の事などお構い無しにますます張り切っている。そのテンションに仕方ないから付き合う事にした。足を床に着けた時、昨日より痛みが有る事に気が付き一日が不安になった。
「朝はご飯が一番!ちゃんと食べなきゃ倒れるからね〜」
と、運んで来た物は、ごく普通の日本の朝食だった。
「………はいはい」
呆れてしまうが、口には合う。だから、文句は言えない。奈々子は、徹底した彩華のこの様子に、
「無理はしないでよね?彩華、何時に起きたの?」
「五時だよ?何か不満でも?」
『五時になんか起きて、働かなくても……』
と言いたい所だが、その言葉を封じ込めた。
「道案内はできるけど、どうする気?まさかおんぶして運ぶとか言わないよね?」
食べ終わった食器を彩華が運ぶ、
「自転車あるよね。確か?それで二尻して運ぶわよ?何?おんぶで学校通いたい?」
また茶化している。この人は、冗談しか言わないのだろうか?と、また脱力してしまった。
「……よく自転車がある事分かったね?」
「昨日、ここに来た時、自転車置き場に名前が有ったからね〜久しぶりに乗るわ〜」
何だか不安になってしまった。でも彩華は楽しそうだ。よほどの変人かも知れない。
「くれぐれも、自転車壊さないようにね……」
引導を渡してみる。しかし、その事に気を配るどころか、
「そう言えば、ここに帰って来たら鍵無いと入れないね?奈々子、鍵貸しておいてくれるかな?合鍵作って来るから〜」
そう言えばそうだ。鍵が無ければこの家に入れない訳だし。まあ、いくら何でも彩華の稼ぎを考えれば奈々子のなけ無しの預金なんかに手を出すとは思えないし……
「しょうがないから、貸してあげるよ。彩華は隠れなきゃならないものねえ〜?」
皮肉粉れに言ったつもりなのだけど、
「今日は、ちょっと原宿にでも行こうかなと思ってるよん〜行った事ないからね〜」
ニコニコしている。
「さいですか……」
その後奈々子は何も言えなかった。
学校は、ここから自転車で十分。少しふらついてママチャリを運転している彩華は鼻歌混じりに歌っている。その後ろに乗り込んだ奈々子は、そんな彩華の様子に気恥ずかしい気持ちになった。
彩華の姿と言えば、紺のチャイナドレスに黒くて丸いサングラスを掛けて、バンダナを頭に巻いている。何処から見てもスタイルの良い変な中国人だ。
道を歩いている人は、不思議そうに振り返って行く。学校近くになると、登校しているクラスメイトやその他の学生がいるので奈々子は落ち着かなくなっていた。でも、そんな視線を気にしないのか、彩華は教室まで奈々子を送ってくれた。御丁寧におんぶして……
「無事到着!何時に学校終わるの?帰宅部?」
廊下側の机の椅子まで運んだ後、腰をかけたのを見計らって彩華は間いかけて来る。クラスの者達は不審げに彩華と奈々子を遠巻きに見ていた。
その視腺に気付いていた奈々子は、早く去って欲しいばかりに、
「……今日は、四時頃終わるよ。帰宅部だからそのまま帰れると思う……」
「そっか〜んじゃその頃に迎えに来るよ〜ん。んじゃ!……と、あ、そうそう。絶対安静にしておくのよ?ちゃんと迎えに来るから、ここで待ってなさいね!」
念を押されてしまった。だけどこの足で無理な事は出来ない事は分かっていたので、
「はいはい」
適当に相槌を打って苦笑いで彩華を見送ったのである。