#5ゲーム
「この後どうする?」
英二と彩華は共に歌番の録画を終え、事務所へと帰る途中だった。二人の所属するプロダクションは、そんなに有名では無い。どちらかと言うと弱小プロダクションだ。でも、この頃売れて来た二人の活躍で、うなぎ上りになって来てその名も大分知られて来た。ジェイズ様々である。
「そうだね。何か食べてから帰ろっか?お腹空かない?」
彩華は、昨日の悠治の意味ありげな笑いをまだ気にしており、朝御飯もろくに喉を通らなかった。何か企んでいるに違いないとそう睨んでいた。ああいう笑いをしている時の悠治は、絶対何か隠している事は判り切っている。そんな少しピリピリしている彩華を感じ取っていたのか、英二は気を利かせて、
「そんじゃあ、そこのファーストフード屋で食ってくか〜」
と、言ってくれた。芸能生活四年目。でも、まだまだひよっこの二人だから、未だにこんな感じの食事。
だけど彩華はそれでも良かった。二人でいられる時間が嬉しかった。内気な悠治に対し、英二は何でも気づかって接してくれる。そして、心配事が有ると、背中を押してくれる。時にはボケ突っ込みのような漫才をしているかのような二人。しかしこの時、その英二の口からとんでもない事を聞かされたのである。
「確か悠治って、彩華の幼馴染みなんだったよな?それに学校も一緒?」
「そ………そうだけど?」
ドキンと心が鳴った。まさか自分の事を言われているのかと思ったからである。
「昨夜から、彩華ファンが騒いでるぜ?今日のワイドショーで特別告知をやらかすってさ」
「え?」
彩華には何の事だか解らなかった。そのせいで思わず、ハンバーガーの具を『ボトリ』と落としてしまった。
「知らなかったのか?」
「何?何の事さ?何をやらかすって?」
彩華は焦った。何も聞かされて無い。でも、思い当たる事は有る。昨日の不審な悠治の行動を考えてみたら……
「今日の9チャンネルの昼のワイドショーで、明らかになるとかならないとか?そんな事言ってたようだぜ?」
それを聞いた彩華は、スクっと立ち上がり、身近に時計が無いか探した。それを見ていた英二は彩華がはめている腕時計を指し示して、
「これは何だい?今は2時だよ。どうした?気になるのか?」
ちょっと訝しげに英二は慌てている悠治を見た。
「あ、うん。その……やはり幼馴染みだしさ・・・…後一時間有るよね?これ早く食べてさ、事務所のテレビ見ない?」
落ち着かない悠治を見て英二は、フーッと息を吐き出すと、
「分かったから、今は集中して飯食えよ。ほら、こぼしてるぜ?」
『ポトポト』落としてしまった具を指差しながら呆れて見てはいるが、悠治のそう言う所が可愛いとでも言わんばかりに、肘杖ついてはにかんでいる。
「あ、本当だ……ごめんみっともなくって!」
彩華は真っ赤になって自分の注意力散漫さを恥じたが、英二は非難せずに笑っている事に気が付き、何だかホッとした。
こんな風に接してくれると有り難い。そして、それが彩華にとってまた好きになる要因だった。そして、食べ終えた二人は、その場を後にした。
事務所に戻った二人は、彩華を先頭にテレビが有る部屋を借り切った。しかし噂を聞き付けていた事務所の者や、その他のタレント達も駆け込んで来て野次馬の輪が出来上がった。
そしてついにその時刻が来てテレビは、ワイドショーに切り替わった。
「今日は、突然に番租の内容を変更しまして、彩華特集を組んでおります」
女性アナウンサーが、特別呼び寄せていた彩華に顔を向ける。笑顔でこれから何を話してもらえるのか?それを期待しているようだった。
テレビの中の彩華はそれを営業スマイルで受け答えするようにしているようだが、テレビの前に陣取っている彩華は、気が気で無かった。何を言うつもりなんだろう?それが頭の中を駆け巡っていた。変な事を言わないかと不安だった。
まさか……バラすつもりじゃ?
「では、彩華さん?宣言して下さい!」
男性アナウンサーも微笑んで彩華の言葉を待っているようだった。
「では、この場を持ちまして、宣言させて頂きます」
かじり付いて彩華は悠治の言葉を待っていた。どうか変な事を言わないように!という祈りの気持ちばかりだった。
「今日から一ヶ月間、私、彩華は全ての仕事スケジュールをキャンセルします。そして、一つのゲームをしようと思っております」
にこやかにそして、意味ありげに微笑んでいた。
「ゲーム……ですか?」
女性アナウンサーは、不思議そうに彩華を覗き込むようにして見ていた。
「そうです。この一ヶ月間で私を見つけ出し、私の唇を奪った方に永久保存版の恋人になってもらうと言う無謀かつ極悪なゲームです」
「!」
これには、テレビの前の彩華、アナウンサー、そして誰もの口からも言葉が出なかった。
「冗談じゃ有りませんよ?本気のゲームです。言っておきますが、私は空手も柔道も黒帯です。それを肝に命じてこのゲームに参加してくれる方を応募しております!そして、こちらで細かいルールを決めさせて頂きました。それは次の事項です」
誰も、一言も言わずにその説明を聞いていた。こんな状態で、芸能界に新風を巻き起こす者が出るとは……しかも、彩華みたいな、見た目から想像する事が出来ないような子が?みんな目を丸くして見ていた。
「私は変装しますし、実家には帰りません。もちろん情報を流す事もしませんし、捜し出してもらわなければなりませんよ?そして、一ヶ月間どんな事をしても消す事が出来ないマジックペンを持って行動します。そのマジックで顔に『×』を付けられた者は、その時点でゲームオーバーとなり、二度とゲームには参加は出来ません。そして、目的が達成出来た暁には必ず約束を果たします。それではゲーム、スタート!」
彩華はそれを合図に席を外し、スタスタとスタジオを去ってしまった。
「!」
悠治は何を考えているんだろうか?と彩華は思った。そんな事をしたら、魂が戻った時、その最悪な状況下にいる私はその者と一生共にしなければならないと言う事ではないか?沸々と悠治に対する怒りが沸き起こっていた。今から、スタジオへと駆け込んでやろうかとさえ思い立ち、腰を上げかけた時、
「悠治?彩華のところに行くつもりなのか?」
英二が、さっと彩華の腕を取った。
「あんな事許せる訳ないじゃないか!よほどの阿呆しか考え付かないようなことするなんて!」
憤慨している悠治を落ち着かせる事が出来ない事を悟ったのか、英二は、
「じゃあ、行ってくれば良い。だけど、きっとこのまま彩華は失踪するつもりじゃないかな?今からじゃ問に合わない。彼女は賢いし計算高い。自らをそうそう安く売ったりする事はないと思うけど?」
この言葉に、彩華はグッと言葉を飲み込んだ。確かにそうだ。何の勝算も無しにこんな事を言い出す奴じゃない事は分かっている。きっと何か目的があってこう言う事を言い出したに違いない。だけど目的は?彩華には解らなかった。前代未聞。芸能界から追放されても決しておかしくないゲーム。
それを今から行うと言うバカげた発想。そんな事を、悠治がする訳がない。と思いたい。すると、彩華は側のソファーにドカッと腰を掛けた。
「英二ってさ?彩華のこと好き?」
その問いは、本音を訊きたいと思った訳ではなかった。何となく口を付いて出た言葉だった。
「う〜ん。美人は苦手なんだけど。彼女の賢さは凄いなって思うよ。周りを引き込む力ってのは、憧れだね。天性の素質ってのを持ち合わせていると思う……だけど、性格を分析すると、悠治の性格の方が好きかな?俺的には……」
『悠治の性格の方が好きかな』
彩華は一瞬顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなった。
「ごめん。変な事訊いた……」
「謝んなよ……こっちが照れる。でも、このままにしておきたくはないんだろう?悠沿?……悠治、実の所は彩華のことが好きなんだろ?」
「え?」
彩華は否定したかったが出来ない。好きな人は、英二だって言えれば楽だけど、この状態じゃ、言えない。でもなんでそんな風にとらえられているんだろう?私が、悠治を好きだなんて?そんなに気に掛けている所を英二に見せて来た事があっただろうか?
「幼馴染みだよ。好きって言う感情より、心配している父親みたいなもんだと、思う……」
自信なさげにそんな事を言ってみせた。完璧に否定は出来ないし。肯定も出来ない。だって、悠治の事を特別な意味で好きだと言う感情は無いのだから。だから、一番納得が行く言葉を選んだような気がする。
でも、このパニクッている頭でよく思い付いたものだと自分を褒めたい気分であった。
「……そうだね。彩華のことだし、何とかしているよね……」
そして、視線をテレビに移した。もう、彩華の特集どころか、現場は速やかに立ち去った彩華の事を批評や批判している番組へと詣が変わっていた。
一瞬の出来事で、番組を建て直す事が出来ないので、番組はそのまま垂れ流し状態であった。悠治は今頃何処にいるんだろう?
彩華は、その行方を調べなきゃならない。その事だけは、確かなのであった。