#4ジェイズ
彩華が悠治として芸能界に足を運んだのは、強制的な事でもあった。実際、御団子を口に放り込んだ悪の張本人だとしても……未来を、悠治の夢を押し切る事は彩華の性格からは出来なかった。それに、悠治自身の夢は小さい頃から知っていた。
何故お互いが違う環境で生まれて来なかったんだろう?想い望む環境に?そう考えても、今さらどうしようもない。だけど、悠治と言うキャラを演じる事で、何となくこういう環境を楽しまなかったとは言えなかった。
実際嬉しかった。
特に、オーディションで出逢った、英二と言う存在は彩華を向上させてくれた人物だった。
オーディションを受けたのは、二人の魂が入れ替わってから三年後の十一歳の時だった。何に対しても消極的だった彩華がこんな大舞台に立つ事は、凄く無謀な事だった。まず、書類に関しては難無く通過。悠治の口添えも有り書かれた書類は、一次審査を軽くパスした訳である。
しかし、その後の二次審査の実技試験は、人前での面接のようなモノであり、彩華を不安にさせた。悠治に言わせれば、そんなモノ適当にやれば良いんだよ。だったが、適当と言われても?番号札3番を渡され緊張している彩華には、もう何を喋れば良いのか?そんなこと判るはずも無かった。
そんな緊張している時、自分の出番を待っていたが、緊張し過ぎてトイレに行きたくなり、慌てて駆け出した。しかし、その駆け出した足が、同じく緊張していたオーディションを受けに来た者の足に引っ掛かり、なんと顔から思いっきり転んでしまったのである。
本当だったら、足を出していたその者が助け起すくらいするものだが、それ所じゃないと無視された。端の方では面白可笑しく笑っている者の声さえ聴こえた。しかし、そんな悠治に肩を貸してくれた者がいたのである。実際こんな場面で……自分以外は敵だと認識しているだろうそんな時に、当事者以外で優しく助け起してくれる者なんていないであろう。
「大丈夫か?緊張してるのかい?あ、これ……」
ぶっ倒れていた彩華は助け起してくれたその人物を目を丸くして見た。黒髪が捌けた感じで目つきは少し三白眼。一見恐いイメージはあったが、しかし、この時の笑顔は最高に優しくて……立ち上がると自分よりタッパがあって、男らしい。きっと二つか三つ年上だろう。包容力が有る感じに見えた。
一目見て良い人なんだなってそう思えた。だから、素直にお礼が言えた。
「あ、ありがとう。こういう所って、緊張するんだよ……経験ないしさ……」
「経験なんてみんな無いに等しいよ。素人ばかりのオーディションだしね。どっかのプロダクションに入ってる奴なんて、数えるくらいだ。そういう俺も一般応募だしね……で、これさ……転んだ拍子に飛んだぜ?」
白い小さな手作りのお守り袋。その中に入っていた白い小ウサギのぬいぐるみが袋の入り口から顔を覗かせている。その事に気が付き、彩華は真っ赤になってそのお守り袋を早くしまわないとと『アワアワ』と慌てて奪い返した。
「見た?」
「あ……悪い。見たけど……可愛いお守りだな?少女趣味なのかい?何だか面白い奴だな」
頭をポリポリと掻きながら、少しはにかんで答える。その仕種がとても可愛く見える、と思った。端正な顔なのにだ。一瞬馬鹿にされるかも知れないかもって思ったから、
「可愛い?面白い?」
彩華は余計に真っ赤になった。曲がりなりしも今の彩華は悠治の姿をしている男だ。そう言う者に対して可愛いと言われた。それに少女趣味……
確かに可愛い物が好きな彩華ではあったが、そう言う所を見られる訳にはいかなかった。入れ替わりが完了した時、勘違いで悠治はそんな趣味を持っているなんて事を周りに知られたく無いだろうから。
「……君は歌手志望?」
その人物は、笑顔を絶やさず話を逸らせた。バツが悪いので話をかえたのかも知れない。そう考えると、彩華ももうその事に触れなかった。そうする方が自然だし、人のプライバシーに触れない様に気づかってくれたのが少し嬉しかったからである。
そして、歌手志望だからこのオーディションに応募した。と当然の事を伝えた。その頃にはもう、トイレに行きたいと思う事なく緊張感さえも消え失せていた。
「え?うん。そうだけど……君は?」
「俺は、実は役者志望。でも、姉貴が勝手に応募したんだよな。このオーディションに。大体姉貴の魂胆は見え見えなんだけどね?」
少し赤くなって笑って答えた。彩華はこの青年を意外に照れ屋なのかなって思った。
「そうなんだ……僕もちょっと同じような所、有るんだけどね……」
自分とさほど変わらない動機なんだと思った。自分の場合は、芸能界には無関心だけど、悠治の為にこのオーディションを受けている訳ではあるが。そうか、そう言う理由で応募してる者もいるんだ。と思うと、少し肩の荷が下りた気がする。
「君の名前は?俺は英二って言うんだ」
「あっ。僕は、あ……、悠治」
「じゃあ、また三次審査で会える事を祈るよ。もう出番だろ?またな!」
英二と名乗ったその青年は、まだ先の番号札を引っさげてその場を立ち去って行った。そして、この後二人とも合格する事となる。
運命の悪戯か?今ではジェイズと言うユニットで活躍していた。