#19決着・乱闘・入れ替わり
「着いたわね……」
確かに、映像と同じ倉庫の立ち並ぶ場所。辺りに灯りが無いが、そうだとはっきり分かった。二人は、その中の五番倉庫へと車から下りると向った。
静かすぎるその倉庫までの道のり。生きた心地がしないほど、鼓動が脈打つ。
閉ざされている倉庫のシャッターを『ガラガラ』と押し上げると、オイル缶の奥にライトが灯っている場所が有った。
薄ボンヤリだが、そこに彩華が縛り付けられている。悠治と英二はスタスタと中に入り込んだ。
「私が彩華よ!このゲームを誘拐事件にまで発展させるなんて、私自身の価値を何だと思っているのかしら?」
人影の無いその場所に足を向けると、悠治は周りに潜んでいるだろう敵に大声で問いかけた。
そして礼子の姿を暴露するかのように、ウイッグを投げ捨てた。すると一人のオタクっぽくてヒョロヒョロした人物が姿を現した。手には、ハンヂィーカメラを携えている。この騒動をきちんと撮り逃さないようにと思っているらしい。その十メートル先に彩華がグッタリとして紐で柱に縛り付けられていた。
「こんな奴に誘拐されたの?悠治……」
これくらいなら、いくら力が無い彩華でも罠には落ちないだろうと考えると、呆れてしまった。しかし、その悠治の奥に五人ほど男がナイフや、鉄の棒、チェーンを片手にシャキシャキと出し入れしながら現れたのである。
「なるほどね……コイツラなら納得出来るわ」
まだ未成年であろう?悪意の有る顔つきをした連中が悠治の前に足を運んできた。彩華は、縛られた手足と、口にかまされている布で返事出来ないので、縦に首を振って肯定の意志を示す。どうやらこの連中には逆らえないのだろう。彩華には……と思っていると、連中の一人が、そんな彩華の腹を蹴りあげる。
「何するのさ!この莫迦野郎!」
悠治は、今彩華にした行為を非難した。が、相手は気に止める様子は無い。そして、本題。と言うように話し始めた。
「さて、彩華?ここまで来たんだ。悠治を助けたかったら、俺達に従うんだな?」
と、うめき声をあげている彩華の顎をしゃくり上げて、首元に一本のナイフを突き付ける。
「武器が無いと喧嘩も出来ない軟弱者なのね〜男として情けないんじゃない?」
悠治の怒りはマックスに達し始めていた。
「ゲームのルールにそんな事は無かったよな?」
また一人がこれ見よがしに言ってのけた。
「屑にそんな事言われたく無いわね〜」
いちいち勘に触る事を言ってくれるなと思い、悠治は憤ったが、
「彩華?少し落ち着けよ……」
英二が、悠治の肩に手を乗せて来た。こちらからどう言おうと、ただ単に相手を刺激させるだけだと思っているらしい。
「そっちにいるのは、英二かい?ボディーガードのつもりでついて来たのかも知れないが、お前に俺達が止められるかね?」
また一人が話し掛ける。
「いいから、一人でこっちに来い!」
悠治は、限界に達していた。そして、その言葉を受け入れようとした時、
「彩華!」
英二は、良案が有るという風に悠治を引き止めると、耳許で囁いた。
「……分かったわ。任せて!」
悠治は、その言葉を受け入れ、今度は軽やかに足を踏み出す。
「今は、悠治は関係ないでしょ?私に用が有るんだったら、あんた達がこっちに来なさいよ〜恐くて近寄れない?」
この言葉には、五人もカチンと来たらしい。悠治と彩華の距離の半分まで悠治を取り巻くように進んで来た。
「で、誰が私の恋人になりたいって思っている訳?」
悠治は、あっけらかんと言った。その言葉に、五人はお互いに視線を泳がせていた。五人はそこまで考えていなかったようだった。
そんな時、『ピーッ』と英二の指笛が鳴り響く。
それを合図に、悠治は一番手近にいる者のナイフを持った手を踵落としで叩き落とす。そして、御丁寧にペンを取り出し、『×』をその者に書き込むと、転げ落ちたナイフを取り上げ、彩華が縛り付けられている柱に向い走るとロープを切り解放した。
英二は、彩華が動くと同時に、駆け出し、鉄の棒を持っている一人の男に背負い投げを掛けると、その男は受け身も出来ず、ドスンという大きな音を立て転がる。それと同時にカラカラと鉄の棒は転がって行った。
「体育の柔道が役に立つ事が有るなんて思わなかったぜ?」
まさか、こんな乱闘騒ぎに自分自身加担するとは思わなかったが、流石に武器を持っている者と彩華一人では対処は出来ないだろう。
「悠治ごめん〜ドジっちゃったよ〜もう私お腹ぺこぺこ〜」
猿ぐつわされてた布を取り外すと同時に、彩華はボゾボソと話し出す。
「良いよ。もう黙ってな?この酬いはちゃんと、僕受ける心構え出来てるんだから……」
辺りは騒然としているから二人の会話など気にしてはいない。彩華は力無く、そこに蹲る状態で座り込んでいたままだった。
そんな彩華のポケットに奈々子の家の鍵を滑り込ませる。
そんな時、ざわめきと大勢の足音が鳴り響いて来た。そして倉庫の外から急にライトで照らし出されたのである。
『ここがそうなのでしょうか〜?』
一人の男がマイクを持って、実況放送を始めた。その後を追い掛けるかのように、ライトの下カメラが数台入り込んで来る。
「さて、やっとお出ましか〜?んじゃま、彩華としてのラストの仕事して来るか!」
悠治は口走るといきなり立ち上がり、残りの男共の方に走り出す。
まだ四人。顔に『×』を付けていない。英二は猛然と健闘しているが、このゲームは彩華のゲームだ。だから、その仕事を取られまいと駆け込んだ。
「ちょいとお兄さん?私はこっちよ?」
肩に手を掛けると、ナイフを握りしめたその右腕を捻りあげる。護身用の決め技であった。
「この腕、一生使い物にならないようにしてあげようかしら?」
こぼれ落ちるナイフを倉庫の端に蹴り飛ばすと、締め技に入る。
「いっつー!」
悲鳴をあげる男に、
「このくらい我慢出来なくちゃね〜酬いはちゃんと受ける仕組みなの、この世の中は!」
そして、体落としをかます。相手が伸びたところで、顔に『×』を書く。
後三人!
「英二!後はこっちに任せて!」
彩華は叫ぶと、英二は、
「恨みはこっちも同じだ!いらん気は回すなよな!」
今まで我慢していたモノを吐き出すとでも言いたげに、英二は相手を殴り倒している。
『これは凄い!彩華のゲーム最終日!これを見逃す事など出来ません!テレビの前の皆様〜今直ぐチャンネルはこのままでいて下さい!』
生放送?英二は彩華の魂胆がここで分かった。ならば、トコトンやってやろうじゃ無いかと立ち回る。
「ほい!彩華〜こっちは片付いてるぜ!」
一人の男を悠治の前に放り出す。悠治は、
「お生憎様だったわね〜」
また一人『×』を付ける。
残り二人。
英二と、悠治は二手に分かれ相手を始める。
『何と、ここに英二が居ます!どう言う事なのでしょうか?そう言えば、ここ一週間、ジェイズの活動が無かったのは、この彩華と関係があったのでしょうか?おや?あそこにいるのは、悠治のようですね!』
カメラはズームで悠治を映し出していた。
『何だかやつれてます!大丈夫なのでしょうか?あっと、今ナイフを持った青年が彩華に飛びかかりました!』
実況中継は悠治の思惑通り進められている。まるで、悠治が主役とでも言わんばかりであった。
その頃の奈々子は、深夜のその番組に釘付けだった。ニュース速報で、彩華の騒動が生放送されると知らされてチャンネルを変えたとたん、この騒動が映し出されていた。
「彩華……またこんな無茶して!」
心配で、でも心はドキドキと鳴っている。やはり、彩華に惹かれている自分に気付く。
明日、約束の日が来る。生徒手帳の中はまだ開封して無い。何が有るのか?知りたいけど、約束は約束だ。だから、絶対に見ない。
「彩華!頑張って!」
奈々子はナナを膝に乗せ観戦していた。
この日のこのチャンネルの視聴率は、ゴールデンタイムの視聴率を上回っていたのである。
「彩華!こっちは片付いたぞ!」
立ち回っていた相手の意識が失せたところで英二は納得したのであろう。身柄を彩華に渡そうとした。しかし、彩華の方は苦戦していた。何年も前に無くなったであろうと思われる、チェーンの武器を振り回され、彩華は相手との距離を縮める事が出来ずにいたのである。
懐に入り込めない。どうにかしてあのチェーンを止めなければ!
何か方法が無いか考えていると、悠治の目の端に鉄の棒が目に入った。これを使うか?滑り込んで棒を取り上げると、ぐるぐる回っているチェーンに放り投げる。すると、上手く絡まり、もうそのチェーンの抗力は失せ果てた。
「さようなら!っと」
怯んで拳を振り上げている相手に悠治は、瞬発力を生かし懐に入ると、鳩尾に一発当て身を食らわせた。
「ぐほっ!」
相手は海老のように背中を折り曲げそこに崩れ落ちる。
「喧嘩は道具で片を付けるんじゃ無いわよ!やるなら素手にしときな。時代が違うのよ?」
滑り込んで汚れた衣服を叩きながら悠治は、中指を立てていた。
こうして、残り二人の顔に落ち着いて『×』を書きこみこの騒動は一件落着したのであった。
『御覧下さい!彩華が勝ちました!手許の時間はまだ十一時五十八分です。このままゲームは終わりなのでしょうか!』
アナウンサーは、報道を続けている。何の真相も掴めずに。
この状態をただのゲームだと知らしているのは、問題だが……
そんな時、その報道陣をかき分け、ゾロゾロと警察が入って来た。その様子を悠治が気付き英二のもとに駆け寄った。
「遅いぞ。親父……」
英二がそんな事を咳いていた。
「いつ、知らせたの?」
「彩華が、車を取りに言ってた時にな。もしもの時の事を考えてね……実際、怪我人出てる事だしな?」
周りを見渡す。確かに怪我人が出ている。大した怪我とは言えないけれども怪我人は怪我人だ。
「悠治ん所行かないと……」
英二には柱に背を持たせかけて、座り込んでいる悠治が目に入った。今直ぐ駆け出そうとしている英二に、
「あ、その前に……」
時間は、五十九分。最後の最後にとっておいた時間を使う気に悠治はなっていたのである。これも、何かの因縁だろう?こういう事になって、もう入れ替わりが出来るかどうかなんて解らない。でも、賭けてみようとそう思った。もし、入れ替れなくても……
そんな中、報道陣のカメラはこちらを映していたり、警察の方に気を張っていたり右往左往している。今が最高のチャンスだった。
「悠治の事は心配無いから!それより英二。大事な事を言わなきゃならないの。ちょっと耳貸して……」
悠治は、頭一つ大きい英二に少し屈んでもらった。そして、不意を付き、
「!」
見事に悠治は、彩華の身体で英二にキスをお見舞いした。
その行為に英二は何が起こったのか解らず固まってしまった。
時刻は八月一日午前零時。
そして、脳天に今彩華にキスされている事に気が付いた英二は、それを押し退けた。
「な……何を!」
英二は真っ赤になって何を口走って良いものやら解らなかった。
「ん?……あれ?英二!どうしたの?」
「どうしたのじゃ無い!」
「何怒ってるのさ?あれ?それより、僕ここで何してるんだろう?さっきまで柱に縛り付けられてて……お腹蹴られて、彩華に助けられて……」
彩華は、自分が今までされていた事を思い出していた。
「何言っているんだ?おい!しっかりしろよ?彩華?」
「彩華?何言っているの?僕、悠治だよ?」
彩華はまだ気付いて無かった。自分が悠治と入れ替わった事を。
「?……もしかして……お前本当に悠治なのか?」
英二は、混乱した頭を整理しようとしていた。
「悠治だよ〜何、莫迦な事を……」
と、自分の手を見る。
「あれ?僕の手こんなに細かったっけ?それにこの服……」
彩華は、驚いたかのように、自分の顔を手で触っていた。悠治としての顔とは全く別人のような手触りを感じ、
「英二?僕……もしかして彩華になってる?」
それに対して、頷いてみせる英二。
「やった!戻ったんだ〜!」
突然跳ねながら喜びを隠しきれない様子の彩華に、
「戻った?」
「話せば凄く長くなるんだけど……あ、その前に、告白の件。あれ、僕……あ、ううん、私であってもちゃんと好きでいてくれる?私はずっと英二の事が好きだったの!」
思いきり良く、ハッキリと彩華は告白した。そして、その返事を待った。
「それは……ちょっと待ってくれ?今、頭が混乱してて……」
どう接すればいいのか?悠治が本当は彩華で、今まで悩んでいた事が全て洗い流されて。白紙の状態のその心に、迷いが有る。
だからジッと彩華の顔を見詰めたまま硬直していた。そんな意味ありげに向い合っている二人に、突然カメラが近づいて来た。
『突撃インタビューです!いつから英二さんと彩華さんは出来上がってたんですか?』
辺りの騒動の中、この様子を捉えていたカメラとアナウンサーが取り囲んだ。
「あ!これ全て、テレビに撮られてる!」
英二は、真っ白な頭の中が現実の世界に向けられ、よけい混乱してカメラの前に手を差し出して抵抗した。が、もうその現場は撮られてしまったのだ。
英二は喜んで良いのか?それとも、嘆いて良いのか判らなかった。でも、今まで、予言として悠治である彩華から言われて来た事を鑑みると、なるほど。こういう事だったのかと理解がやっと出来た。
そして、見事に一芝居打った頭の回転の早い悠治に少し感謝した。これから先どうなるか解らないそんな状況下で。