#18捜索・手がかり・地蔵
「帰って来たら、床で寝てるんだもん!怒るわよ!」
次の朝は、けたたましい怒りの声で英二は目を醒ました。
結局ベッドは使わなかったらしい。悠治が起そうと思っても気持ち良く寝てるし、それを遮るなんて出来なかった。
「はい!御飯!」
適当に作った御飯を英二に渡す。英二は、寝起きが悪いのかモゾモゾと遣いずり回っている。しかし、何とか御飯を食べ終わった頃には、目が醒めたらしい。
「昨日、あれから見てたんだけど……」
「ああ、あの映像?」
「昨日の映像以外の日付けを確認したんだ。そしたら……」
「何これ!」
それらは、悠治のこの一ヶ月をストーカーしたのか?全て映像として映し出されていた。
「犯人は、ゲームには参加せず、彩華を追い掛けこうやって映像に撮ってたみたいだな」
悠治は気持ち悪い思いをした。こんな映像を撮っているなんて、ゲームに堂々と参加した者達に比べて陰険に感じられた。
「それからコレ!昨日の映像だけど……」
英二がダウンロードしたのか、その映像をまた見ている。
「この奥に見えてるの、横浜ベイブリッジか、レインボープリッジか?大きな橋のように思えるんだ」
薄ぼんやりとして、霧が掛かったかのようなその映像は余りはっきりしないので、悠治にはよく解らなかった。
「そうなの?」
「これだけだから判らないけど、この近辺で大きな橋としたら……間違いないとは思うな」
英二はそこまで考えて、途方に暮れた。
「もしそうだとしたら、その辺りを背景にした港ね……」
「地図買って来たら、当たりをつけよう。それに、今日もしかすると、また映像更新して来るかも知れないし、そちらの方も確認しておくよ」
お互いの話がついたところで、悠治、英二はそれぞれお互いの配分を決めて、結論に到る為に動き始めた。
「ここら辺に見えてるって事は、川崎か横浜。多摩川の下流付近の港……船橋、浦安辺りかな?木更津までは流石に離れてないとは思うが……」
地図を買って来て二人はそれを広げた。そしてあり得る港に赤マルを付けチェックする。
「お台場って事は無いかしら?」
「あの辺りに港なんてあったか?」
そんなに港に出る事なんて無い。よって未知の世界だ。空想を働かせるしか無い。
「こんなに広いと、何処だか解らないな」
目の前のテーブルに広げられている地図に英二は何かを考えるようにしてちょっと、一息つく為に缶コーヒーに手を伸ばす。
「不愉快だけど、親父に頼むか……」
「お父さん?何してる人?」
「警視庁総監やってる……」
苦笑いして、溜め息を漏らした。
「でも、そんな警察に知らせたら……ていうか、警視総監の息子が芸能界に何でいるの!」
悠治は今知らされた事柄にあんぐりと口を開けて驚いた。
「俺、三人兄姉の末っ子でさ……一番上の兄貴は弁護士で、姉貴は検事。そんな中で育ったからあぶれてる訳よ。で、昔から俳優に憧れててさ?この道に入りたかったのさ。姉貴は賛成してくれたんだけど、両親はそんなヤクザな仕事を反対してね。勘当状態。だから一人暮らししながら励んで行こうかなとか思ったり……人それぞれだよな?」
碓かに、親の反対は当然だろう。悠治はいたたまれない思いを英二に抱いた。
「結構逞しく生きてるのね?」
「でも、これはやはり俺達だけじゃ解決出来そうに無いな……奥の手に、親父に出て来てもらわないといけないかもな?」
その言葉に、悠治は両親に頭を下げる英二の姿を思い浮かべると何だか気の毒な気がした。
「それは、奥の手に取っておくようにしようよ?何も頭下げるなんてしなくても……」
「しかし、これは立派な誘拐事件だぜ?犯罪だ。敵がどう思おうと、やはり打つ手は考えておかないとな?」
「でも、奥の手に取っておくのよ!それからでも遅くは無いわ?ねえ〜それより映橡の方はどう?」
再びホームページを開く。
「これ、今日の日付けじゃない?見てみようよ!」
その日付けをクリックすると、立ち並ぶ空きの倉庫の列が露になっている。その内の五番倉庫のシャッターの前に彩華が両手首、両足を結ばれて座らされている。そこで、また映像がストップする。
「あんなに立ち並ぶ倉庫なんて一体何処よ?」
悠治はイライラしながら英二に問いかけるが、解らない。
「この映像だけどな?一人がカメラを持っている訳だろう。で、誰かが悠治を誘導している。少なくとも二人以上の人間が関わっている可能性が有ると言う事だと思わないか?」
「あ、そうね……一体何人がこんな事してるんだろう?悠治、大丈夫かな……」
悠治自身こういう画像を見ていると彩華が不憫で仕方ない。ちゃんと御飯は食べさせてもらえているのか?脱水症状なんて起して無いだろうか?だんだん心配になって来る。
「やはり、これは親父に頼むしか無いかもな。これだけで警察本庁が動くかどうかは解らない。極秘で捜査してもらえるのなら、相手も解らないだろう?こんなガキの騒動に大人を加えるのは些か不満だけどな……」
悠治の事を心配しているのが手に取って判る。だけど……
「ねえ、私のホームページに行ってみてよ。誰か掲示板に情報入れてくれてるかも知れないし?」
情報ね〜と英二は思ったが、実際掲示板は大賑わいであった。リンクとして張っている、あの裏ホームページの映像を、不審に思った者達が集っていた。中には、悠治が誘拐されていると言う事まで感じ取った者までいる。皆が皆色々な情報を寄せていた。
「彩華?これって、良い具合に情報拠供してくれる者がいるかも知れないぜ?」
「私もそう思うわ!」
俄然やる気が湧いて来る二人。
「色んな人がこのホームページに目を向けてくれている。きっと、この事件は公になる事だろう……事務所に知られるのは時間の問題だけど。警察に知られると、場所を移動する恐れは有るな……まあ、知らせた訳じゃないが、気をつけなければならない」
「でも、これなんかは立派な情報よ?」
「埠頭の名前が書かれてるな……」
「私、そこに足運んでみる。英二はここで待機してて。何か又情報が入ったら、携帯に連絡ちょうだい!」
悠治は直ぐさま行動を開始する。しかし、その場所に行ってみたは良いが、何の手がかりも得られなかった。
次の日も次の日も、そのホームページは倉庫の中で、柱に縛られた悠治の姿しか撮られていなかった。見覚えが有る倉庫ならまだ良いがそう言う訳では無い。だから二人には全く解らない。
どうやら、あの立ち並んだ倉庫の五番倉庫の内部なのであろう。しかし何も解決する事なく日は過ぎて行く。次から次に情報提供者が彩華のホームページに訪れては書き込みしてくれてはいるが、どれもその倉庫の物では無かった。悠治がひたすら情報の通り動いてはみるが、全く手がかりはない。
そして、この事は、一般人達の中で噂となり伝わっていた。中にはジェイズの悠治のファンまでも訪れるようになった。
悠治の誘拐事件。
そう言う事で、ワイドショーにも取り上げられるようになった。
悠治も、英二もこの事件を振り払うように行動しはじめる。英二はもう悠治の部屋から外に出る事は無かった。
マネージャーの野ロはそんな事実は無い……と世間に訴えている。悠治は休暇を取って旅に出ていると発言していた。ファックスでそう告げられていたから当然だった。それは結構抗力は有るが、ファンは心配だろう。英二に連絡して来た時も、勿論そう言った。そうしないと、警察が本当に動き始めるであろう。そして、一週間はあっと言う間に来た。時間が足りない。ついにゲームの最終期限が来てしまったのである。
その日まで悠治は、お地蔵様の所に毎日通っていた。彩華の無事を祈る為であった。もう、入れ替わる事は出来ないとしてもこういう形で反抗してみたかった。その反抗が、地蔵に届くかどうか解らないが、彩華の分まで祈りを捧げる。夜に朝に、一度はそこに通う事になっていた。
期限日それは、悠治と英二の神経をすり減らしていた。そして徹夜でその日を迎える。
色んな情報提供者がいてその場所に悠治は時間が許す限り何度となく足を運んだ。しかし何も手がかりなく一週間は直ぐに過ぎた。せめて、相手がこんなまどろっこしい事をしなければ、悠治は足をすぐにでも向けられるのに……と一人ゴチ、英二にまた情報が入るかも知れないからと言いおきをし早朝、家を出た。
本当だったらこの日を最後に入れ替わりが完了しているはずと、この期日をこれほど恨んだ事は無かった。
でも、足を向けた先、そこには一人の老女がお地蔵様の収まっている祠を掃除している。そしてばったり顔を合わせた。
「お前さんかい?ここの地蔵にお供物をいつも持って来るのは?」
見知らぬ老女は、顔中の皴を寄せニコニコと笑い掛けてきた。
「そうです……けど……」
悠治は何故この老女が笑っているのか?その理由が解らなかった。
「このお地蔵さんは、女性には優しくての?」
「女性に優しい?」
んな事ないぞと言いたいが、老女の手前そんな事は言い出せなかった。
「知っとるか?ここにどうしてこの祠が建てられたか?」
「いえ?」
考えてみれば、そんな事気にも止めなかった。そんな事を考えるより、自分自身の事にしか頭は回らなかった。
「大昔の事じゃよ。この場所で一人の女性が恨みを持って死んだそうじゃよ。好いた男に裏切られ、死を選んだとか。好いた男には、他に女がいての。それも有力な力を持つ貴族の女での〜もう何も信じられないと、男を殺して自分も死のうとした。しかし、道連れにする事叶わず死んだのはその女だけだったとか……それからじゃよ、ここで自殺者の遺体が一時期数体転がったのは……男と言う男を道連れにする様になった。だから、供養する為にここに祠が作られた。ま〜そう言う訳じゃよ」
そんないわく付きの話がこの地蔵に有ったのか……と初めて聴いた。
「女性に優しい地蔵ですか……」
「そうじゃよ?拝んでおく事じゃ。きっとその想いは届くじゃろうて?」
そう言うと、見知らぬ老女は掃除を終えてその場を去った。
悠治はもしそれが本当なら、いつも通り彩華の事を思い祈る事にした。もしかしたら、期限を決めたお地蔵様の言葉が自分にしか聴こえなかったのは……彩華の期限と言うモノが最初から存在しなかったのかも知れない。
ならば、こうして罰を受けた自分だけの抗力が有るかも知れない?
悠治は、そこまで考えて今日中に何とかケリを付けなければならないと考えた。時間は、あと十二時間。悠治は、この勝負に挑む。それが当たりか外れか?そんな事は解らない。でも一縷の望みを持っていたかった。
そして、一つの案を講じた。もし入れ替れるのなら、至上最高の演出をしてみたいと思いを巡らす。そして、直ぐさま英二の待つマンションへと駆け出したのである。
「彩華!これを見ろよ!」
「何?」
悠治が帰って来るなり英二は、悠治をパソコンの前に招く。
「今日付けの映像で、倉庫の端を拡大したら、名前が書かれてあった」
拡大され、止まった映像に、微かだが書き込まれている。
「これが最後の手がかりだ!すぐに出発だ!」
「そうね。でも、英二寝てないでしょ?少し休んだ方が良いわ?」
この一週間ずっとこの状態でホームページ観察と、映像に目を見張っていた為、二人の疲労は凄まじかった。
「彩華もな。目の下、隈出来てるぜ?らしくない」
「私の方は良いの!メイクすればこんなの直ぐに消えるんだから。これは貴重な最後の手がかり。これを突き止めるしか無いわ!」
時間は刻々と過ぎて行く。でも、最後の力だけは温存しなければならない。
「私は、タウンページを片っ端から洗ってみる。もう、使われて無い倉庫だとしても、名前が解れば場所も解るかも知れないからね?」
悠治は、タウンベージを一気に調べはじめる。眠いけど、疲れてるけど、望みは最後まで捨てちゃいけない。お地蔵様の事を少し信じてみたい。これは最後の賭けだった。
入れ替わりが叶うか叶わないかの最後の賭け。だから、フロアーにゴロンと横になった英二を見届け、直ぐさま行動を開始したのである。
「有った!」
タウンページを片っ端から一つ一つ確認して行った先に、その倉庫に関係有りそうな名前が書かれていた。英二はその悠治の言葉に、飛び起きる。
「何処だ?」
悠治の肩ごしからそのページの番号を確認するように覗き込んでいる。
「メモって。番号言うから……」
英二は直ぐさま近くに有るメモ用紙にその番号を書き留めた。もう、夕方に近い時間帯だった。
「電話してみる。もう使われて無いかも知れないけど……ダメもとだ!」
携帯を取り上げると、英二はその番号を打ち込み電話した。この電話が繋がりますようにという思いを込めて。
暫くすると、
「判ったぞ!横浜の第二埠頭だ!倉庫は今は使われて無いけれど、事務所はまだ潰れて無かった。運が良かった……」
英二は大きく息を吐いた。
「今直ぐ出なくちゃね……あ、そうそう、これだけの事やらかしてくれたんだからさ、犯人には、ちゃんとけじめ付けて貰わないと気が済まないわね〜」
悠治は不敵な笑いを浮かべながら、言い放った。
「彩華?何を企んでるんだ?」
「私達が芸能人として動ける事。証明しておかなきゃね〜さて、電話するから!」
悠治は直ぐさま携帯を取り上げ何処かに電話をかけはじめる。そして、車を使う為に、英二の事務所に行くと言い始めた。
「英二を乗せて行くくらいはできるじゃ無い?このくらいはさせてもらうわね。野口さんには適当に繕っておくから!」
何かを企んでいるようだが、英二にはその真相は解らない。テレビ局を動かすつもりなのは解る。が、その時、どう行動するというんだろう?
「この時間からだと、着くのは深夜になるわね〜ふふふ〜」
悪意とも言える不敵な笑いが溢れている。プッツン切れてしまっているんじゃ無かろうか?とさえ思い、英二は一瞬彩華が恐く感じられたが、
「少しここで待ってて。車回して来るから」
言うや否やメイクを施し、礼子の姿に変装し始め、ドアを開けて走り出た。英二は呆気にとられて、ただ視線の外に彩華を送りだしたのである。
一時間後、悠治は車を携えて帰って来た。
「野口さんには、口裏合わせておいた。悠治を捜しに行くから、車貸して下さいと言っておいたわ」
手回しが良い彩華に、
「捜しに行くね……失綜したのは悠治にとってマイナスだけど、まあ、今はこれで良いか……」
相槌を打って、英二は運転する悠治の助手席に乗り込んだ。
「第二埠頭までのナビゲーションは宜しくね!」
「あ、もちろんさ」
そんなナビゲーターの英二の言葉以外は、他に話す事が無かった。始めの内は、二人とも黙まり込んでいたが、渋滞する首都高に乗った頃には、悠治が今の状況を和らげるように英二に話し掛けた。
今までの、このゲームの意図を、英二に話そうとそう心に決めたからである。
「私ね、このゲームを始めたきっかけは、悠治に私の気持ちを知って貰いたかったからだったの」
「?」
「あいつってさ、莫迦がつくくらい鈍感でしょ?私の気持ちなんか分かって無かったのよ」
「それって、彩華は悠治が好きだった。てことか?」
英二には彩華が言いたい事をすぐに理解した。
「俺の勘は正しかったってことか……不思議だったんだ。でも、悠治も彩華のこと好きなんじゃ無いか?俺の勘は結構良い方だけど?」
その言葉に、悠治は苦笑いした。
「悠治にはもう好きな人がいるのよ。そして、今の私にも好きな子がいる」
「彩華が好きな『子』?子って……」
「それはいくら英二であっても言えないけどね?企業秘密だから」
悠治は、英二が疑問に思っている事が分かって無かった。『子』と言う響きに疑問を感じているなんてことに……
悠治が奈々子の事に考えを巡らせていて、思わずロをついて出た言葉だった。
「ふ〜ん。で、その事で今は心変わりしているって事なんだな?」
「ま、そう言う事ね〜だから、英二は安心して良いのよ?」
「悠治が好きな人ってのは?一体誰なんだ?」
「それも企業秘密。大どんでん返しってのは、最後の最後にとっておくモノでしょ?違う?」
英二には、悠治のその言葉が解らなかった。でも、何だか今までのわだかまりが消えている事に気付き、
「嫉妬するのは、何だか自分が醜くて嫌だったけど……こうして、彩華に話してもらえてスッキリした気分だよ」
しがらみが、複雑に絡まりあった糸が……スルスルとほどける。そんな感じがした。
「また一つ予言してあげるわ。あなたの恋はちゃんと叶うって事……でも、それを受け止める事ができるかどうかはすべて英二次第だってことだからね……助言は以上よ」
悠治は、英二を見て笑っていた。彩華と悠治が今まで仲良くやって来れたのが、今の英二には判った。こんなにお互いを尊重しているならば、全く異なった性格の二人でも上手くやって来れたのだと。
「さて、もう十時ね。後一時間有れば辿り着くわね?見てらっしゃい。この怒りは百倍にして返してあげるから!」
悠治は話を切り替えた。車の時計が目に入ったのである。
後は、目的を達成するのは時間の問題。全ては当地に着いてからだ。そう思うと、悠治の中の血がかなりの勢いで流れ始めていたのである。