#17悠治誘拐事件
二日後、歌番組用の雑誌の取材のスケジュールが入っていたので、悠治は二人を車に乗せ事務所に入った。そして、野口を乗せ、取材用に設定された場所に急ぐ。
「礼子さんこっちへ……こちらが担当の原口さんです」
取材担当者を紹介され、悠治は頭を下げる。頭を下げるなんて滅多に無い事なのに、悠治はいとも簡単にこなす。その様子を彩華、英二も見ていたが、自然すぎたので思わず笑いが溢れた。
「では……」
始まって一時間。長たらしい取材に悠治は座っている椅子から転けそうになった。
周りは結構話に華が咲いているようだが、どうもこのノリについていけない。何でこんなに長いんだ?と思いながら聴いてると、どうやら彩華の『のらりくらり』した話し方に問題が有る事が原因だと分かった。でも、それを楽し気に盛り上げカバーしているのが英二。ま、こういう二人だから何とか成り立っているのだろう。端から見ている分には辛いが、取材陣が楽しいのならば問題は無いだろう……
しかし、こんな彩華がよくオーディションに合格出来たものだな?よほど他の者達に適任者がなかったかだ。欠伸しそうになって、直ぐに口を紡ぐ。マネージャー補助としての立場に気が付いたからである。
「さて、この後はもうスケジュール無いから解散ですね?」
三時間にも渡った取材。聴いてるるこちらはいい加減眠くなっていたので、悠治は思わず野口に進言する。
「あら、何処かでお茶でもして行きませんか?せっかく時間も有る事だし?」
「経費ででしょうか?」
悠治は、ちょっと嫌味を言ってみたくなった。小さな事務所なのにこういう事にお金をかけるなって言うの!
「そうですね。経費で落としましょう。では何処に行きたいか、決めて下さい?」
決めて下さいって……悠治は結局運転しなくちゃならない。乗ってる方は気が楽だろうけど!と毒づきたいけれど、
「悠沿さん、英二さん?どちらまで行きたいですか?」
引きつりそうな笑顔を隠して悠治は笑った。
それから三日後はマキシシングルの撮影。曲のイメージからも受け取れる、夏らしく、晴天で良かったと心から思う。
炎天下にレフ板は眩しかったが、彩華も英二も撮影を快く引き受けてやっている。この日は少し遠出して湘南の海に来ていた。
夏休み前だと言うのに、遠巻きに人が集まって来ていたが、撮影陣はそれを上手くあしらい撮影を始めた。
何も湘南で撮影しなくても。沖縄とか、ハワイとか……と思うけど、そこまで資金が出ないのであろう。悠治にしてみれば、ちょっとこの撮影は不服では有るが、一日で帰れる所で無ければ困るのは、地蔵の事が有るからだ。
一日に一回必ず訪れなければならないなんてなあ〜彩華のモデルの仕事で海外とか、一日で帰れない場所とか指定されても絶対行かなかったものである。せっかくの旅行も今までした事が無い。なんて面倒な話だろう?こんな事まで見通されているのかと思うと、腹が煮えくり返りそうだが、自分が蒔いた種だし?といつも心の中で納得する。
天の啓示に抗う事など出来はしないのであるのだから。
にしても、余りにも気持ちが良い。ここで、泳ぎに行きたいなあ〜なんて言い出す事も出来ないし。タオルを被って日陰を作るだけで止まった。何だか残念な一日である。
こうやって、ジェイズの仕事を片っ端からこなして来た悠治であったが、世間はついに夏休みに突入した。
学校の補習に行けない悠治は、単位を気にしなければならないが……ただでさえ、期末試験を受けていないしで考えなければならない事は山ほどある。が、これは最終的には彩華が背負って行くものであると知っているので余りそこまで考える気にもならなくなっていた。
彩華は朝早くから学校に補習に行っている。自分のツケをちゃんと払ってくれている訳だ。思わずニマリと笑う。こういう悪知恵は人一倍の悠治だからこそできる技である。彩華がいくら出来が悪くても、堅実にやっているだけ問題は無い。後は、彩華が引き受ける問題だ。きっと驚くだろうな〜とか考えると、冷房の掛かった部屋で寝っ転がって雑誌を読んでいる自分が本物の悪党のような気がして来る。
「悪党上等!」
思わず口に出していた。この時の悠治は知らなかった。期日まで後一週間。こういう考えをしている自分に跳ね返って来るしっぺ返しと言うものを……
「今日も悠治は家で寝てるつもりかな?」
学校の補習を受けに行く為に彩華が玄関でぼやいていた。
ここでの一人暮らしにも慣れた。自分で作る食事はそんなに美味しいと言う訳でも無いけど、結構何とかなるものだとそう思う。時々、悠治におかずの作り方を伝授してもらう事も有ったが、教えてもらったものは一通り作る事はできるようになった。
これだけは、不器用な彩華にとって自慢したい事である。料理が上手くなれば、良いお嫁さんになれる。その下準備だとそう思っていた。
そんな事を考えながら玄関のドアを開けた。しかし、突然視界を覆った物体に跳ね返され、玄関に倒れ込んだのである。
「いった〜……」
玄関に立っている知らない男。それに気が付き、
「誰?」
「悠治だな?一緒に来てもらおう!」
二の腕をきつく握りしめられて彩華は何が起こっているのか分からなかった。とにかく、これは尋常な事では無いと悟ったまでは良かったが、逃げ道は無かった。
「黙ってついて来れないならば……」
後ろにも誰か居るのか?二本の碗が、彩華の顔に近づいて来る。
『布?』
白い木綿のようなものを彩華の口元にあてがって来る。そこまでは覚えていた。が、その後の事は一切覚えていない。何だか薬物の匂いをかがされたらしい。事は解る。けど……
ボーっとした頭の中は直ぐに暗闇の中。身体が宙を浮いているような感覚。それだけだった。
「電話だよ!電話だよ!出てちょうだいな〜」
繰り返し携帯の着信音が耳に届く。咋日は遅くまで起きていた為、悠治はこの着信音がウザくて仕方なかった。どうせ彩華だろうと思って、手繰り寄せたその着信が、英二からの物であると気が付くと、
「あ、ごめん。寝てた〜」
直ぐに目が醒めた。
「悪い。悠治に電話してるんだけど出なくてさ。そっちにいるか?」
「悠治?ううん。今日は補習で学校に行ってるんだけど……変だね?この時間にまだ帰って無いなんて……」
「いつも、この時間なら大丈夫だって言ってたから、掛けたんだけど……そうだな。変だな……」
「隣、行ってみるわ〜ちょっと待ってて、折り返し電話するから」
悠治は、そう言うと玄関から外に出る。そして、彩華の部屋の呼び鈴を鳴らした。が、一向に出て来る様子は無い。
「地蔵の所にでも行ってるのか?にしても、英二からの電話に出ないなんて事、彩華がする訳ないんだけどなあ〜」
ポーッと考えていた。そして、彩華の玄関のノブを回した。鍵は掛かって無かった。
「鞄が転がってる?どうしたんだろう?忘れて行ったなんてあり得ないしなあ〜」
不思議に思ったが、自分の部屋に帰ろうとした時、頭を殴られた感覚に陥ったのである。
『悠治の身柄はこちらが預かった。彩華自身で捜しに来い!警察には連絡入れるなよ!』
悠治の部屋のドアの内側にパソコンで打ち出した用紙がセロテープで貼り付けてある。
「しまった!彩華!」
悠治は、彩華が誘拐された事に今になって気が付いたのであった。
「ごめん。英二!悠治……誘拐された!」
自室に戻るや否や、悠治は携帯で英二に運絡を入れる。
「悠治が誘拐?一体どうして!」
考えれる事はただ一つ。彩華のゲームが忘れ去られた訳じゃ無かったと言う事だ。
ここ数日補助マネージャーとして働いたり、マンションに隠れていた為すっかり忘れていた。平和すぎる日々に頭が慣れ切ってしまっていたのだ。
どうしてここが漏れたのか?それは解らないが、こうやって悠治の部屋の中に貼り紙を残している限りバレてしまったのであろう。そして、彩華ではなく悠治を狙ったのは、幼馴染みである事を利用して犯行を行った為であろう。それしか考えられない。
もしかしたら、奈々子の学校での騒動を見聞きした者が、彩華を説得出来る唯一の人物が悠治だと聞き習ったのかも知れない?
考えれば考えるほど、要因は色々有る。今回の件は、悠治にとっての失敗であった。
「私のゲームが原因だわ、きっと……どうしよう?」
流石の悠治もこれには頭が働かない。どうやって見つけろって言うんだ?犯人の目星もつきはしない。場所も解らない。
「ちょっと待ってくれ。落ち着けよ、彩華?」
「落ち着けったって……落ち着けるはずないじゃない〜」
「分かった。今からそっちに行くから事情を話してくれ」
意外に落ち着いている英二に少しホッとした。きっと貶されるかと思ったから。
「電話回線か、ケーブル引いてるか?」
「うん。それは大丈夫……」
「俺専用のノートパソコン持って行くから、それまで待っていてくれ」
「ネットでもする気?」
「一番手っ取り早いからな……きっと、ネットで検索掛けられると思う。最近騒ぎはなくなっているようだけど、この手のは、きっとネット絡みだと思えるんだ」
「分かった。じゃあ、待ってる」
悠治は、英二が来るまで待った。実家に戻れば自分専用のパソコンが有るが、持ち出す為に戻る訳には行かない。こんな時にまで、自分が言い出した事を曲げる事は出来なかった。最後まで貫き通さなければ、このゲームを終わらす事は出来ないからだった。それが、悠治のエゴであった。
一時間後、英二は言った通りノートパソコンを持ち出して悠治の部屋にやって来た。
「ケーブルで良い?さっき、契約しておいたからすぐにでも使えるわよ?」
「うん。サンキュ!」
英二はテキパキと配線を結んで、ネットを稼動させる。
「で、何処から検索するの?」
「彩華に組みする物を片っ端から当って行く。何処かにぶち当るだろうからな?」
それからは、念入りにチェックして行った。
しかし、該当する物はことごとく違っていた。
「でも、何処かに無くちゃ、捜しに来いなんて言う文句はつけられないだろう?」
「確かにそうね……しかし、このゲームがこんな誘拐事件にまで発展するなんて……」
その通りだった。言うなればこれは犯罪だ。それをこんなに考え無しにするなんて、馬鹿げている。
「警察は動かせないからなあ」
「でも、仕事があるでしょ?悠治がいなければ、事務所だって誤魔化しきれないわよ!」
「そこを逆手にとるんだ。警察がダメなら、こちらはこちらのやり方が有るだろう?それに君は彩華だ!」
「そうだけど……一体どうやって?」
「こういうのはどうだ?」
ボソボソと英二は悠治に話して聴かせる。
「なるほど。警察がダメなら、これしか無いわね!ちょっと携帯で話さなきゃならないけど。良い?」
言うや否や、悠治は彩華の父親の携帯に電話を入れた。
「判っているわよ!それより聴いて!大事な事なのよ……」
叱られるのを覚悟でかけたけど、急用の話は、父親を黙らせていた。一通り話し終えると、
「じゃあ、パパ宜しくね!これは、悠治の為でも有るんだから。今まで悠治には色々世話になって来たでしょ?お小言は全てが終わってから聞くわよ!じゃあ!」
これ以上話を聴いてる暇は無い。直ぐさま電源を切る。
「テロップの件は聞き入れてくれたわ。私が彩華で良かったわね?」
自分に言い聞かせる気分だった。
「これで、こちらのホームページにアクセスしてもらえれば、話がつけられるわ」
その言葉を受け入れて、英二はホッと息をつき、絨毯もひいて無いフロアーに胡座をかいた。
「いつ頃流れるんだろうな?それまでに、ホームページを作らないとな……」
英二は慣れた手付きでホームページ作成に励んでいる。
「簡単で良いだろう?どうせ、緊急ものだし」
一応、彩華のホームページになる訳だ。お伺いをたてなければならないだろう。
「良いわ。なり振り構ってられないからね」
悠治は真剣に答えた。テロップが流れたのはそれから三時間後だった。もう、既に夜の九時だ。
『緊急告知!彩華のゲームはまだ終わって無い!つわもの共!いざ勝負!アクセス先は……』
「さて、これを見る人がどう反応するかよね?それに一番肝心なのは犯人がこれを見ていれば良いけれど?」
「見てもらわなきゃ困るな。たった一回だし、見逃されたら一貫の終わりだぜ?」
そんな英二のセリフを聞き、悠治は大事な事を今ハッと気がついたのである。
「もう、全てが終わったんだ……」
そう、悠治が発したこの言葉は、拘束されている彩華のことを考えたからだった。
全て、自分勝手な行動をしたばかりに……これは天罰なのかも知れない。彩華は、地蔵の所に行く事が出来ないはずだ。それは、地蔵との約束を違える事になる。つまり、悠治と彩華が入れ替わる事は出来ないと言う事なのだと。
入れ替れない。それは、未来が無いと言う事になる。今もし彩華が死んでいたとしても、生きていたとしても、一生自らの器に入る事は出来ない。僕達は、どうする事も出来ない。
彩華に凄く悪い事をしてしまった。叶うかも知れない恋を、ぶち壊した。どうすれば良い?……一生このままでどうしろと言うんだ?自分はもうどうだって良い。奈々子の事を忘れて、仏門の道を歩く事だってできる。
それで償いきれるのであれば、こんな命くれてやったって良い。でも、彩華は?彩華を不幸にする事なんて出来はしないんだ。これ以上、自分がやった事の不始末をつけられない状況を作る訳にはいかない。せめて、彩華には幸せになって欲しい。
「終わりって……まだ何も解決してないだろう?何、悲観的になってるんだ?彩華らしくないぞ?」
既に自棄になっていた。ここで、全てばらしてしまうのも良い。悠治は彩華で、彩華は悠治で……だけど出来なかった。
そうだ、まだ勝負を捨てる訳にはいかない。彩華は生きているはずなのであるのだから。生きてる彩華に申し訳ない思いで一杯だった。
「あ、ごめん、ちょっと混乱しちゃてさ……」
そうだ。英二も、いてもたってもいられないはずだろう。それをこんなに落ち着いていられると言う事は、それだけ彩華を信じていたいのだろう。
「営利誘拐と言う訳じゃない。犯人は、彩華を夕ーゲットにしている訳だ。つまり、彩華が行かない限り犯人からのゲームは終わらない。そして悠治は戻って来ない。時間は、一週間。どうする?持久戦だぞ?」
英二は、真剣に問いかけて来る。そりゃそうだ。悠治が関わっているのだから……
「それは大丈夫。こっちも受けて立つわ。でも、英二?悠治が仕事に出れなければ、問題が起こるわよ?事務所にはどう言い繕うつもり?」
「それは任せて貰うよ。悠治は旅立ちましたとでも銘打って、ファックス流しておく。その間は俺も動けないな」
「じゃあ、私に手を貸して!当分ここに居てもらう事になるけど……平気?」
「あ、でもそれはまずいんじゃ……?」
「構わないわ……あなたは悠治が好きなんでしょ?そんな人が私に何かするとは思えないものねえ?」
悠治はやっとここまで来て笑う事が出来た。せめて、入れ替わりが出来ないとしても、彩華と英二の味方になってあげたいと思う。そう言う世界に足を踏み込んでも良いだろう?
変な事だけど、変じゃない。好きな者同士上手く行けば良い訳なのだから。
そんな事を考えていると、
「早速アクセスして来たぞ……」
簡単なホームページにアクセスし飛び込んで来たメール。
「悠治は手厚くもてなしているよ。早速こういう方法で連絡取ろうとした事は褒めてあげるね。で、良ければこんな映像が有るんだけど見るかい?アクセス先は……」
英二と悠沿は直ぐさま、そのアクセス先のアドレスを打ち込み、そして裏ホームページへと入り込んだ。
どうやら、自家製のビデオカメラで撮った映像だけを取り込んで成り立たせているページらしい。色んな項目が有る中、本日の項目に当る日付けを選んでクリックする。すると、何処かの港が映し出された。遠くに大形の船が見える。そして、目を布で塞がれた彩華らしき人物がその画像の前を横切った。そこまでで画像は切れている。
「これは、悠治が生きていると言う事を言いたいんだろうか?」
英二は不思議そうに問いかけて来た。
「いや、この場所に悠治が居るって事を言いたいんだと思うわよ?港ね……まだ陽が落ちてない位だから、結構前に撮っている画像だわ……つまり、東京近辺だと言う事よ!」
「そうか……なるほど。この辺りだと、港って何処になる?」
英二は、そこまで言って、今入ったホームページを記憶させている。
「地図が有れば一番良いんだけど……明日買いに行って来るわ。丁度良く、直ぐそこに本屋有るしね。今日はこれ以上犯人からアクセスして来る事はないでしょうよ。寝ましょうか?英二、ベッド使って良いよ、私、ここで寝るから……」
悠治はフロアーにそのまま横になる。
「ここは、彩華の部屋だろ……良いよ。俺がこっちで寝るから……」
「良いの!使ってちょうだい!私が巻き込んだんだから、これくらいさせてよ!」
その前に、一応憎たらしい地蔵の所に顔を出して来るか……もうどうでも良い事なんだけど、この責任は自分で払わなきゃ気が済まない。
「ちょっと、買い出し行って来るけど、何か必要な物有るかな?」
「出掛けるのか?」
「まあね。いつもの日課だからしょうがないのよね」
『日課』と言う言葉に、家に顔を出すのだろうか?と思ったらしい。英二はそれ以上突っ込んで問いかけなかった。
「じゃあ、一週間寝泊まりするだけの服と、携帯歯ブラシ買って来てくれるか?レシート渡してくれると、こっちがそれを計算して払うから」
でも、悠治はその支払いは気にしないでと言い放ち、一つ念を押す。
「それじゃ〜先に寝てて……私は適当に寝るから気にしないでね」
その夜から戦闘が開始された。