#16彩華、マネージャーになる
「今日からこの事務所で働いてもらう結城礼子君だ」
「初めまして結城礼子です。こちらで働かせて頂くとこになりました。解らない事がたくさん有ると思いますが、宜しくお願いします」
彩華と話し合った日から三日後。悠治は彩華の補助マネージャーとして働く事となった。
「へ〜何だか彩華みたいな子だな?まさか本人だったりして?」
印象のある目元のメイクを少しぼかし、髪型をウイッグでおかっぱに誤魔化したにもかかわらず、ある一人の男がそんな事を言い始めた。でも、その言葉は直ぐに冗談だと解る。まさかこんな事務所で働くはずもないのだから……
「じゃあ、マネージャーの野口君と色々話し合ってくれたまえ。悠治のお勧めが効いているが、これからは、今売り出し中のジェイズの補助マネージャーなのだから、気合い入れて働いてもらわないとな?」
「そうですね。では宜しく。野口圭です」
サラリーマンの鏡の様な野口が右手を差し出し言葉を発する。
「あちらの部屋で具体的に今後のスケジュールを話しましょう」
あちらと言っても、ただ仕切られた衝立の部屋だ。少し埃っぽいし、無意味に雑誌が積み重ねられている部屋である。
「そうですね。宜しくお願いします」
悠治はニコリともせずに、ちょっと芝居がかった真剣な表情で野口の後を追った。
「おい、悠治〜あれって、彩華だって言ったよな。良いのか?こんな所で下働きなんかさせて……」
英二は彩華の耳許で他の者に聞かれないように注意を払って問いかけた。
「あ、うん。平気……だと思うよ。本人が言い出したんだから、何とかするっしょ?」
余りにも軽々しい、ちょっと突き離した言い方が、今までの悠治の言葉とは思えないので英二は不審がっていた。
あれだけ大騒ぎして彩華を捜し出したのに今度は補助マネージャー?何か話し合いでもしたのか?彩華から言い出したと言うのも余りそう考えることは難しい。
確かに彩華は頭の回転が早い。こういう仕事も簡単にこなしてしまうであろう。でも、あれだけ自分をアピールしていたゲームをこんな所で隠れなければならないなんて考えるとは思えない。
悠治が誘ったのか?確かにここだったら彩華を隠しておけるし、騒動は起こらないだろう。でも、英二はこの事が面白くはなかった。悠治の元に、彩華がいるからである。恋敵とやはり思っているのだから。
「あと、僕引っ越ししたから。彩華の部屋の隣に。あいつ目を離すとろくな事しないからね?」
余計イライラする。なんでそこまでして彩華の肩を持つんだ?これが幼馴染みと言うものだろうか?男女の幼馴染みと言うものがよく解らない英二には、ここまでする悠治を訝しげに見詰めていた。
「何?何か変かな?」
「焼けるなと思ったんだよ」
「え?だって、幼馴染みなんだよ〜これくらいしなくちゃ、あの彩華だからね。見張ってないと困るんだよ。もともと家が隣だし、両親同士が仲が良くってね。頼まれたって事も有るんだ」
なるべく、英二とは距離を保たなくっちゃならない。そうしたくはないけれど、悠治からの助言でも有る。鈍い彩華であっても英二からの言葉を逸らせなければならなかった。
それに、今英二に、
『好きなんだ』
と言われでもしたらそれに本音を返してしまいかねない。でもそんな事は出来ない。彩華の身体に戻る為の試練だから。
「さてと。それじゃあ、今日はスタジオへ行かないとね?」
野口と悠治が戻って来た。彩華はホッと息をつく。これ以上英二と二人きりで話しているのは困る。
「英二さん、悠治さん。車を用意して参りますから、ここで待っていて下さいね?」
悠治はそう言うと、そそくさと事務所の駐車場へと向う。
「車の運転が出来るなんて良かったわ〜」
野口は有り難いと思っているようである。そういう雑務を任せられるからであった。
悠治は、今年の春の彩華の誕生日に車の免許を取得した。だから、こういう雑務を引き受ける事は問題なかった。車の運転くらいなんて事は無い。逆に、こうして運転する機会が有れば、ペーパードライバーなんて事にはならないから、まさに都合が良いのである。
テレビ局入りしたジェイズの二人はすぐに控え室へと案内される。
「今日は、生放送だから気を付けて下さいね?」
悠治は慎重に二人に話し掛ける。これが彩華だとは思いもしないだろう。演技もここまですると彩華は笑いを堪え切れない。
「ま、お二方は慣れていらっしゃるとは思いますが、一応忠告です」
「あ、うん。ありがとう」
英二と悠治はメイクをし始める。そして、用意された衣装に着替え終えると、スタジオ入りまでの時間をのんびり過ごした。
マネージャーの野口はすぐに他の出演者達に挨拶をして来るからと控え室を出て行く。当然悠治も行くものだと思っていた。今日は悠治の仕事始めなのだから。しかし、どうやら今回は野口のみで行動するらしい。
「初めまして、英二さん?」
ここには三人だけ。だから、悠治はここぞとばかりに英二に話し掛けた。
「あ、初めまして……悠治からは色々噂を聞いてました」
英二は少しぶっきらぼうに答えた。
「私の事調べて下さったそうね?こんな奴だけど仲良くして下さいね?」
「そうですね……仲良くさせて頂きます」
余計つっけんどんにされる。根に持っているのかなと悠治は思ったが、
「悠治は、私のただの幼馴染みですのよ?」
悠治なりにこういう待遇を受けると、ちょっとからかいたい気分になり、意味ありげにそんな事を言ってのける。
「そう……らしいですね」
こうやっていちいち幼馴染みを言い訳にされると気分が悪い。すると、彩華に悠治に告白した事を相談しているのかも知れないと考えが及び、回りくどく、
「悠治は彩華さん?あなたに何か言いましたか?」
「何かって、何ですの?私の後を探偵気取りでつけた事?」
悠治はクスクスと笑ってみせる。英二の言いたい事は手に取る程よく解るが流石にここは、彩華を立ててやらねばと思った。
「あ、僕飲み物買って来る〜」
これ以上聴いてられないと、彩華は控え室から外に出た。悠治なら何とかしてくれるだろうと、後を任せたつもりだろう。
「!」
突然席を外した悠治に英二は、やはり彩華に話しているんだと気が付いた。英二の顔が少し引きつっているのに気が付き悠治は、彩華のアホがと苦笑いをした。
どう繕うかと頭を働かせようとしたが、先に英二が切り出して来た。
「悠治、俺があいつの事好きだって告白した事、話したんだな?そうだろ?彩華?」
もう既に、彩華さんではなくなっている。悠治は苦笑いしたくても流石に笑えない。
「どう思う?こういう事私がどうこう言う事じゃないけどさ……英二は悠治の何処が好きなの?あんな情けない男なんて私だったらお断りだわ〜」
悠治も負けじ劣らじと、英二を呼び捨てしている。ま、本音話している時にこういう事を気にするものじゃないけれど、やはり張り合いたいじゃないか?長い歳月、彩華を好きだった事への一つのけじめだった。
「だってあいつ、可愛いじゃないか!」
「可愛い?あっはははは〜確かに可愛いわね〜少女趣味もほとほと尽きる事無いし?阿呆だし〜鈍いし〜」
「それって、悠治を莫迦にしてるってことなのか?」
その言葉は心外だとでも言わんばかりに、悠治に対抗して来た。
「莫迦にはしてないわよ〜あの子らしいって言ってるの。長年一緒にいれば良く分かっているわよ?そう言う所に気が付いているんだったら別に言う事はないわね」
悠治は、この英二がそう言う彩華をちゃんと知っているんだと言う事が分かってホッとしていた。男だから好きだと言うんじゃ、困るけど。
「ただ、男を好きになっていると言うんじゃない事だけ解れば、私は別段口出しするつもりは無いわよ?」
「え?悠治は男だけど?」
「ま、確かにね。でも、男に惚れる人種ってのいるでしょ?そう言うのとはちょっと異質っぽいじゃない?英二の場合?」
そう。だから悩んでいるのでしょ?と彩華は英二に目配せする。
「だから悩んでいるんだよ。こういう事ってないからな〜実際三回告白してるんだ。でも悠治からはその返事を貰っていない」
彩華が、よくその告白に応じてないものだと悠治は感心した。あの直情莫迦なら返事してそうなのに……でも流石に入れ替わらないと彩華自身気分も晴れないだろう。
「英ニ?私って勘が凄く鋭くてね。こういった類の事に関しては天性の予知ができるのよ〜」
悠治はしょうがない。一つ人肌脱ぐかと進言する。
「予知?」
「そう、ここにトランプや夕ロットカードがあったら占ってあげても良いんだけどさ?でも無くても解る事だから一つ言っておくわ」
「何?」
「今は想いは届いてるけど叶わない。でも、ある時期が来たら、あなたはちゃんと手に入れる事ができる。ただし……」
そこで悠治は一息入れた。
「ある意味成就するけど成就しない。それだけよ」
英二には悠治が言った事の半分も解らなかった。成就するけど成就しない?それは、どう言う意味なんだろうか?悠治との事なんだろうけれど、想いは届いているけど叶わない?それは、やはり悠治は自分の事を快く思ってないって事なんだろうか?でも、ある時期が来たら手に入れる事ができる……解らない。
「ま、気長にやってみる事ね?一応言っておくけど私は英二の味方だからね〜でも、悠治に何かしたらその時は黙っていないから……私の力は知っているでしょ?それが、私にできる幼馴染みとしての悠治への好意よ」
軽くウインクしたところで、彩華が戻って来た。頭を掻きながら英二は今までの彩華との話を考えている。これから仕事だと言うのにイマイチ乗り気になれない。
「あの〜ジュース飲む?」
彩華はこの状況下少しオロオロしていた。
悠治は一体英二と何を話していたんだろうか?席を外しておきながら気になって来る。しかし、悠治はにっこりと笑っている。ま、全てを悠治に託してこの場を外したのだし、文句を言う事など出来はしないのだ。だから、少し元気の無い英二に、
「もう出番だって野口さんが言ってた。スタンばらないとね?」
背中を叩いていつも通り振る舞う事にした。
こんな風に過ぎて行く一日。彩華はドジをよくする。それをカバーするのが英二。チグバグな感じはするけど、意外に上手くいっている。スタジオの端からそれを観察するのは凄く面白い。やはり、芸人としての悠治の洞察力は鋭かった。そのスタイルが、このジェイズを愛してくれるファンを作るのであろう。
「ほんと、仲がよろしいんですね?お二方は?」
スタジオ内での司会者もそう言う所を気に入っているらしい。
もし、彩華と自分が入れ替わらずにこの英二とコンビを組んでいたならば?こういう風にファンには愛されていないかも知れない。
戻った時、演技でもしながらこのコンビを上手く作り続けなければならないだろう。そう思うと、何だか難しい気がした。
彩華のボケは天然だから成り立っているしなあ〜今からボケの作り方を研究せねば。と、番組の最中ずっと二人の様子を客観視している悠治であった。
「お疲れ様!」
野口は、控え室に戻るといつもの儀式でも有るかのように同時に二人に声を掛ける。
「僕、また歌詞忘れた……」
彩華はすまなさそうに、英二と野口に謝っていた。
「良いって事よ。何とか繋ぐ事出来たしさ?」
英二はそれを上手くなだめている。ユニットである以上、もちつもたれずだと言わんばかりだった。それがコンビの鉄則なのであろう、悠治も納得して、二人にその旨を伝える。
「今日は遅いから、私がお二方をお送り致しますわ」
悠治は、自ら進んで野口に伝える。確かにこれから先の事を考えると、この二人を送り届けるのは自分の仕事だろう。
「そうね。夜も遅い事だし、運転出来る礼子さんに送ってもらったら?」
野口もその言葉を受け取る。本当だったら、マネージャーの管轄なのだろうけど、野口は運転が下手らしい。一度ベンツにぶつけた事が有るとか?有能だけれど、こういう事はしない方が無難だろう。マネージャーの癖にと思えるが、彩華も英二も、今まで不満を垂れた事は無いらしい。そしてテレビ局を離れる時、
「先に悠治を送り届けますから」
悠治は彩華を後にすると、ろくでもない会話が飛び交うのではないかと心配だった。それに、車を自分のマンションに置いておく訳にはいかない。そう思ったからこそ、先に彩華を送り返した。
「彩華?念のため、携帯番号教えておいてもらえるか?」
悠治が彩華を送り届けると、英二は少し経ってからちょっと控えめに問いかけた。
「あ、うん良いよ〜英二だったら問題ないしね?何か相談事が有ったらいつでも連絡くれて良いから。こちらはね?」
「すまない」
すると、交差点で待ち時間が有る時にスケジュール帳に番号を書いて渡す。英二はそれを直ぐさま携帯電話に登録した。
「……俺の味方って言ってたけど、本気でそう思っているのか?」
英二は登録を終えると、ワンコールの電話を悠治に送った。
「今送ったの、俺の携帯番号だから……」
「了解。登緑しておくわ。私、結構嘘付くけど、これは本当。それにしても英二ってさ、テレビで見るより意外と臆病なのね?もっと男らしいかと思ってたわ」
「芸能人やってたら、そう見えるかもな?これでも役者志望なんだよ。俺」
「へ〜そうなんだ?じゃあ、歌手やりながら俳優目指す訳?」
交差点の信号が青に変わり、まだ雑然としている夜の街を再び車で移動し始める。
「そうなるな〜本当は一本に絞りたいんだけど、事務所がうるさくてね。今成功しているんだから、もう少し待ってくれって頼まれてるんだ。彩華は色々な方面で活躍してるから、こういう気持ちは解らないかも知れないけど」
その言葉は受け入れかねた。悠治は歌手になりたいのだから。でも、自分の意志とは反する事をやっていると言う点では共感出来る。
「ま、この先どう転ぶかなんて考えるより、今を生きた方が最善の策よ」
「……それは言える」
「望みは高く持つ事も大切だけどね?」
「そりゃそうだ!」
そこまで話すとわだかまりが解けて、二人して笑った。
「意外だったな〜頭の働く切れ者だと俺思ってたけど、こうやって話すと、彩華って普通なんだな〜あんなゲームまで仕掛けといてさ?」
「普通?確かにそうかも知れないね。自分を作るの大変でさ〜いつの間にかこういう技を拾得してしまった訳よ。ほとほとどれが本当の自分か解らなくなるけどね?」
「別に作らなくても良いんじゃないか?」
「芸能界にいるのよ?作らなくてどうするのさ!周りは敵ばかりなんだもの」
英二の指示通り、ハンドルを右に切る。
「確かに敵ばかりだけど。信頼関係ってのは演技で通用するものじゃないぞ?時には本音ぶちまけた方が良い時だってある」
「そう言う英二は本音ぶつける事って有るのかね〜?」
「あるさ。正直に生きているつもりだ。だから困る事がたくさん有る」
「悠治の件とか?」
「そうだな……」
「余り深く考えない方が良いよ。成るものはちゃんと成るんだしさ」
「それも一理有るな……あ、俺の家ここだから、どうも悪いな」
と、止まった先は築十年と言う感じのアパートの前の道。
売れて来たのにこういう所で一人暮らしか……地道に苦労しているんだなと悠治は思った。英二への印象が少し変わった気がする。
「次は明後日の雑誌の仕事が有るからね。それから、五日後には、マキシシングル用のカバー写真も!また連絡するから、暫くの間は学校に行って勉強に励む事ね?」
車の窓ガラスを下げ、それ越しに英二にこれからのスケジュールを伝える。
「分かった。でも後一週間もすれば、夏休みか〜補習が有るかも知れないけど、大丈夫だろうか?」
「スケジュールに穴が空かない程度に、学校に行っておく事だわ。じゃあ、おやすみなさい」
悠治は窓ガラスを上げ、この英二の自宅を去る事にした。
今日一日が慌ただしく過ぎて行く。でも、欠かす事の出来ないお地蔵様の所には行った。そこには既に、彩華が供物を供えていた。
「悪党!帰って来たわね〜」
「悪党って何だよ!人聞きの悪い言葉使うなよな!」
マンスリーマンションの一角に宿を取っている悠治と彩華。二人は隣同士に部屋を借りている。悠治が言った通りの事を彩華は実行したのであった。
「ママは嘆くは、パパは深刻になっているは、あの日の心地悪さって悠治には解らないでしょ?あ〜もう最悪〜」
「んな事言ったってさあ〜もうこうなっちゃったものはどうにも変更する事なんか出来ないっしょ?」
諸悪の根源の悠治は別段反省するような姿勢が無い。
「撤回なさい!今直ぐ!」
「出来ないね!それは!」
悠治は、戸口でこんな事を話すのもなんだしと、彩華を部屋に入れる。
「この間からそればっかり言ってるな。彩華は〜少し他の事に頭働かせろよ?苛ついてると、ぼけやすくなるぜ?」
クククと悠治は笑う。他に気が散って、歌詞忘れるなんてのも、仕事やっている資格ないと思われる。ま、それも悠治がやらせているとはいえ……
「パパとママにあんな心配させるなんて……いくら私の家庭が芸能一家だからって許される事じゃないわ!悠治が直に会って怒られてみなさいよ!」
「彩華は、どうせ芸能界引退するんだろう?だったらこれくらいやらかして引退した方が良いって!印象悪いけどな?」
つい本音がでた。
「引退するのしないのは別問題でしょ!それにもっと普通に引退したいわよ!勝手にこんな事やらかしてる人が言わないで欲しいわ!」
これはもうヒステリーの域に達している。と悠治には分かっているので話を逸らそうとした。
「英二……と仲良くする為にもこれは必要だろ?」
「え?英二?」
話を変えると静かになる。なんて単純な奴なんだと悠治は心の中で苦虫を潰した。
「お前なあ〜あんな話をしてる時、席を立つなよな〜英二、僕に彩華が話したって気付いたぞ?」
この言葉は彩華にダメージを与えたらしく、暫く黙り込んだ。そして一言、
「どうしよう?」
だから、始末におけない。自分で何も処理出来ないんだから……でも、こういう彩華であるからこそ放っとけないのだ。
今にしてみれば、幼馴染みとしてだけど。
「こっちは上手く話しておいた。彩華が相談した事は余り気にはして無いようだったけどな。あばたもエクボってやつだろう。でも、普通こういう事を異性に話して聞かせるのは相手にとって不愉快だと言う事考えとけよ?ただでさえ、英二にとったら僕(彩華)は恋敵だと勘違いしてるんだから!」
「あ、うん……分かった。気をつけるよ……で、何とか成るものなの?」
「何とか成るじゃ無くて、するものなの!って、こういう場合無理だけどなあ〜考えてみて分かった事は、英二に彩華をアピールさせておく事だ。で、僕はお前達の側で見守る事にした」
といっても、入れ替わり完了の期限を判っている悠治だからこういう事ができる訳で、彩華にとったら何の事だか解らない。
「英二は、彩華の性格が好きなんだと判った以上、中身が変わったらもしかしたら、彩華を好きになってくれるかも知れないだろう?それも、一種の賭けだけどな?」
そこまで話して、
「英二は、美人は苦手なんだって、前話してくれたこと有るよ。大丈夫なのかな?入れ替わってそんな簡単に私を好きでいてもらえるのか解からない……」
彩華は弱音を吐く。
確かに容姿ってのは、気になるものだろう。誰だって見た目から入る訳だし。でも、そう言う域を英二に超えてもらわなければ困るのは、悠治だってそうだ。男に惚れられているままなんて考えたくは無い。世のそう言う関係の人達には悪いが、やはり困る要因だ。
「一つ言っておくけど、僕には今好きな子がいる。それも、彩華として知り合った子だ」
「それってもしかして……あの中学生?」
「そう!桐原奈々子ちゃんって言う子なんだけどね。今度もし奈々子に会う事が有る時は、悠治として逢わなければならない。それに、奈々子が僕を好きになってくれる可能性なんて無いに等しい。相手は彩華として認識してる。奈々子には好きだって言われた事など無い。解るか?彩華だけが苦しい思いしてる訳じゃ無いんだぜ?」
自分の事にしか気が回っていない彩華の頭を冷やさせるにはこれを言っておくべきだと思う。少しくらいは、悠治の想いと言うものを考えてもらいたいものだった。
でも、今の話を聞いて少しくらいは気が付けよ?上等なヒントを言ったんだから?
でも、彩華は、気が付く事は無かった。悠治として逢う。と言うヒントに気が付かないなんてよほど頭の回転が悪いのだろう。か、あの時悠治が奈々子に言った言葉を把握していないのであろうか?
「そうだよね?私だけが辛い訳じゃ無いんだよね?」
少し彩華の頭が冷めて来たらしい。このままじゃいけないと考えは及んだのだろう。
「そう言う事だから、ま、僕の気持ちも伝えたんだし?部屋に戻ってこれからの事考えな。とにかく、英二とは上手くやって行けそうだと思うし、心配する事は無いよ。彩華は彩華らしく振舞っていれば良いとだけ言っとくわ」
悠治がこれ以上ここに彩華を置いておく事もなんだしと話の腰を折ると、彩華はその場を去る。こうして、暫くの間は何とかなるであろう?悠治はそう思っていた。