#14英二?悠治?
六日目、七日目は土日。奈々子は試験も終わり、後は夏休みを待つばかりという状況である。
「買い物、直ぐそこのスーパーまで行こうか?」
リフレッシュした奈々子の心が手に取るようで、悠治は少し気が楽であった。
「痛くなったら、ちゃんと言うのよ!」
「分かってるって!でも、リハビリは必要でしょ?少しくらい無理しないとダメじゃん?」
久し振りの外出に奈々子は上機嫌で悠治の横に並んで歩いている。改めて見ると、本当に小さい子だなって思う。人込みの中で捜すのは苦労するかもなあ〜とか勝手に想像していた。
「駅前はヤバイからね。このくらいが一番安心出来るよね?」
奈々子は心の中で、彩華には黙っているけど、二週間の同居生活を思いきり楽しみたいと考えていた。そして、彩華の本当の気持ちを訊いてみたいとも思っていた。気持ちと言うよりも、真実を知りたい。もっと彩華を知りたいと思っていたのである。
「今日は何にする?」
「中華料理が食べたいなあ〜」
甘えるのも良い。それを上手く聞いてくれる彩華は、聞き上手。何でもできるくせに、阿呆な事ばかりしている。でも、そう言う彩華が面白くて……飽きる事なんてあり得ない。
「中華か〜簡単な物でも良い?」
「うん。任せる!」
友人としてこの人を一人占め出来る自分が、とても恵まれているなんて思える。
今までは、恋敵としか思ってなかったのが嘘のよう。芸能人でも人は人だと思えるし、何より飾らない彩華の性格が好きなのだと改めて思う。
もし、彩華が芸能人で無くても、その気持ちは変わらないであろう。そう考えると、今までの自分が凄くちっぽけな存在だったんだなって思える。そして、心の中でごめんなさいって謝れる。決して口には出せないけれど。
「どう?足は……」
「うん。平気〜帰りまでちゃんと歩くよ!」
スーパーの中を歩き回って本当は痛く無いって事は無いけれど、我慢出来ない事は無い。何よりこの時間が楽しい。彩華と色んな物を見て回って、食材を選ぶ事が出来るなんて思って無かった。
二人してあれこれと買い込むと、キャッシャーでお金を払い外に出る。一日一日が早く過ぎて行く。もうこのまま彩華が自分と一緒にいてくれる事が出来るなら、何もいらないのにとさえ思える程、奈々子は彩華といる時間を大切にしたかった。家族とも思える。お互い隠し事は有るけれど、でも、それでも、彩華は一番の友達だと思えていた。
八日目。その日もいつもと変わらない日が過ぎて行く。月曜だから奈々子は学校に行った。帰りはちゃんと彩華が迎えに来る。クラスメイトは、もう彩華に解け込んでいた。彩華の変わった服装に目を見はらせながら冗談を飛ばしている。
「お姉さん本当、面白い人だね〜!でも、桐原さんには似て無いんだ?」
察しの良い子は不思議そうに彩華と奈々子を見比べたりしている。
「奈々子は可愛い子だから自慢の妹なの〜」
それを見越して彩華はフォローする。
「似て無い姉妹なんて山ほどいるっしょ?皆が皆似てたら、気持ち悪いじゃん?あはは」
そして、クラスメイトとの団欒が終わると、奈々子を自転車に乗せて帰宅する。
「試験結果出たの〜見て見て〜今回は前より良い点数だったのよ!」
百点と言う訳じゃ無いけれど、奈々子にとっては良い点数なのであろう。
「彩華が指導してくれたからかも知れない。ありがとう!」
いつに無く上機嫌で奈々子は笑っている。
「奈々子も受験生だものね〜頑張らないとね?」
「そうなのよね〜気が重いなあ〜あ、そう言えば彩華は何処の高校なの?」
そんな個人的な話はした事無かったけど、訊いてみる価値は有る。
「大東高校だよ」
「大東高校か〜都立だね?彩華くらい頭良かったら私立くらい受けてるのかと思った…」
意外な高校だなと思う。そのくらいだったら、奈々子も受けて受からない事は無い。レベル的には中の下にランクインしている学校だからである。
「幼馴染みがそこ受けたから。それに、単位は適当にくれるしさ〜芸能活動もしやすいの」
それを聞いて、なるほどなって思う。
「あたしも、来年そこ受けるよ!その頃には、流石に両親の件も片付いてるだろうしさ?」
まだまだ、働くつもりは無い。それに、彩華がいる学校だったら、楽しいだろうなって思えたからそう言った。
「そうよね〜同じ学校にいたら、会う機会多くなるものね……」
ちょっと悠治は寂しい気持ちになる。奈々子は彩華としての自分に好意を示しているし、もし入れ替わりが完了してしまった時、悠治でいる自分に心を寄せてくれるかどうかなんて解らない。悠治として会った事など無いのだから。
「あ、今日歌番組が有る日だね!チャンネル変えて良い?」
「あ、うん」
夕飯を終えてのんびりしていると、いつの間にか八時になっていた。
「本日は、今人気沸勝中ランキング一位のジェイズのお二方に来て頂きました〜」
司会の男がそんな事を言っていた。そんな司会に、これ録画番組だろ〜と突っ込みを入れたかった。が、敢えて言わなかった。そんんな悠治に、
「そう言えばさ、彩華?英二に恨みでも有ったの?」
「え?」
「だって、ほら〜出逢った日、英二にだけすっごい落書きしてたじゃない?」
今頃思い出した。確かに英二にだけ落書きしたっけ。今はそんな事はもうどうでも良くなっていたが、ふと、テレビ画面を見て、英二とはこの先運命共同体で仕事していくんだなと思うと、今までの事は水に流して、これは良く観察しなければならない。
「あ、そういえばそうだったね〜恨みか〜今ではどうでも良い事のように思えるけど、恋敵だったのよ〜」
思わず口を滑らしてしまった。
「へ?」
奈々子は耳を疑った。彩華が言った言葉の意味が解らなかったからだ。
「ヘ?」
もう一度問いかけるつもりで、言葉を見失った。
「あちゃ〜!ま、いっか。実はこのゲームもさ、本当は私が好きな相手を振り向かす為に仕組んだ事だったの」
「こんなゲームしなくても彩華なら選び放題じゃ無い?振り向かすとかそんな……ちょっと待って?彩華が好きな相手って、一体?」
本当だったら、ここで嫌味たらしく突っ込む事も出来たが、奈々子の頭の中は混乱の渦だった。英二が恋敵で、振り向かせたい?
一体彩華は誰が好きなんだ?そんな混乱している奈々子に、
「奈々子は、ジェイズの二人のうち、どっちが好みのタイプ?」
突拍子の無い事を問いかけて来た。グルグル回っている頭にこんな質問は奈々子を余計に動揺させた。
奈々子の顔を覗き込んで珍しく真剣な顔で問いかけて来るから余計混乱して……
「え……えっと」
俯きながら、なるべく彩華の顔を見ないようにして……
「ん?」
どう答えようか悩んだ。本当は、英二の方が好みと言う者に近い。容姿とかと言うのでは無く、性格が英二の方が自分を引っ張ってくれそうな感じだからだ。悠治は少し大人しいし、友人としては成り立つが?
「えっと……えっと……え〜英二かな……」
言ってはならない方の名前を言ってしまった気がする……シマッタと思った。
きっと、彩華は不機嫌な顔をしているに違い無い。そう思ったからこそ、全身から流れ落ちて来る冷や汗を背中にひやりと感じた。彩華の顔を見る事が出来なかった。しかし、
「やっぱ、そうよね〜女の子ってああいうタイプの方が良いよね〜ぼ……私には良く解らないけどさ……」
ちょっと待て?問題発言だぞ!奈々子は後ずさりしてしまっていた。
「彩華さあ〜もしかしてだけど……女の子が好きなの?あ、違ったらごめん!」
「ん?……女の子〜?あ、まっさかあ〜そんな訳無いじゃん〜あはははは!」
悠治は危なく自分が彩華だと言う事を忘れかけて話をしてしまっている事に気が付いた。だから必死になって言い訳しなくちゃと思ったけど、それも逆効果になると思い立って、
「さてと!明日も学校だよ〜もう寝るか!」
この話を忘れてもらおうと、話を寝る事に置き換える。
「え?寝るって……まだ八時半だよ!まだ眠く無い!」
「床、貸してもらうわね〜一週問バタバタ忙しかったから、今日は疲れちゃった〜」
奈々子の意見など無視していつもの我が儘彩華を演じる悠治は、ヨロヨロと立ち上がると、毛布を手に取り寝る準備をしている。そんな勝手な彩華でも、何故だかいつもの彩華らしく無い様子が手に取るように解り、奈々子は一瞬躊躇ったが、
「あ、うん……」
彩華の言った通りに寝る準備を始める。
ジェイズと彩華。この組み合わせは一体どうなっているんだろう?なけなしの頭で考えてみても答えは出ない。それにこれ以上問い返す事も出来はしない。彩華と接している時間は他の見知っている者達より短い。そして、彩華は既に寝る体勢を整えている。
奈々子は、ベッドに身を預けると暫くの間色々考えを巡らせていたが、結局解らず終いで、いつの間にか襲って来た睡魔に勝てず、そのまま眠りに就いた。
上りの最終列車に乗り込むと、悠治は忘れてはならないお地蔵様の所に行った。
奈々子が寝入るのを確認して出て来たから、確かに安心出来る。それにこの時間だと、ゲーム参加者が現れる事も無い。
地蔵には、また苺大福を供えた。彩華もここに訪れている形跡が有る。そして、連絡をとった一日目から先、メモを残す事は無かったが、今日はどうやら置いているらしい。
『悠治へ。明日から、悠治の捜索を始めます。今度は絶対逃がさないからね。覚悟しておいて!それから……悠治で有る私に、英二が告白してくれました。どうすれば良いのか悩んでます。相談したいの。このままじゃ、英二に告白しかねない。助けて!』
今回は長い文章だった。
「そっか……彩華の恋は成就してるんだ……でも、悠治としての彩華に告白したとあっては気が休まらないだろうな〜」
今夜の話の中で、奈々子に危なく疑問を持たせてしまった訳だし……一度彩華に逢って何とか話はしないとなあ〜自分が悠治に戻った時、英二に惚れられるのも恐い気がするし。ノーマルなんだぞ僕達は!と一時ヤケになりそうだった。
「さあ、帰って寝るか〜最終電車に聞に合わなくなるし」
雲も無い夜空に星が瞬く中、悠治は彩華からの置き手紙をポケットに滑りこますと、その場を立ち去る。
明日か……上手く捜し当てろよ〜彩華!そんな思いで、悠治はその場を後にした。今夜のネット上での彩華捜索隊のホームページで何を囁かれているか知る事もなく。