#13変化
五日目。それは悠治にとって退屈な日であった。始発でお地蔵様の所まで行った以外は、ずっと奈々子の家に篭りっぱなしであった。
昨日の夜、奈々子が試験勉強を終えて寝入るまで、起きて最終の電車でお地蔵様の所に行った。だから、寝不足気味で朝は隈を作った目元隠しの為とも言わんばかりに、サングラスを掛けて出掛けた。
御供えされている供物を見詰めながら考えてみると、彩華と会わない時間が気にならない自分がいる事に気が付く。好きなはずだった。それなのに、こんなに離れているのに、会わないでいるのに何故気にならないのだろう?
帰りの電車に揺られながら色々と思いを巡らせる。しかし答えは出る事が無い。そして、奈々子を学校に送り届け、朝御飯の片づけ、洗濯物を終わらせ家でのんびりとお茶を濁らせている今、またその事を思い巡らせていた。
僕は、本当に彩華を好きなのか?ただ、幼馴染みの延長でそう思い込んでいただけなのではないだろうか……放っとけない子をただ心配して。
そう考えている今の環境だって、奈々子を心配している訳で。僕はお人好しなのでは無かろうか?とさえ思う。窓から差し込んで来る陽の光が眩しくて、そして、悠然とただそこにある空の青さが心地よくて、思わずそれを見上げながら絨毯の上に大の字で寝っ転がる。
「外に出たいなあ〜」
思わず零してしまった。ここまで天気が良いと外に出たくなる虫が悠治の心を揺さぶる。そしてスクッと起き上がると、自転車の鍵と家の鍵を持って、まだ買い出しには早いが、出かけようと動こうとした時、部屋の中の一点に視線が集中した。
ナナが或る物を手で引っ掻こうとしている。
「奈々子……生徒手帳忘れて行ったんだ……」
ベッドの横に転がり落ちている手帳を手に取った。
今思い出してみると、これが引き金だったんだよなあ〜とクスクス笑った。
一ページ目を開いた。奈々子の写真と名前が記載されたページ。自分を見てもらおうと考えて思い付いたのが名前を呼ぼう作戦。すぐに反応してくれた。あの時は、写真を見てしまい直ぐ閉じてしまったけど、今はこれをじっくりと見る事ができる。
次のべージには、校歌が載っている。まあ、何処の学校の生徒手帳もこんな物だ。そして次のページからは、校則などの事を事細かく書き記されている。
悠治はいつの間にか出掛ける事も忘れて、じっくり腰を下ろしナナに手を掛けながらベッドに寄り掛かってその生徒手帳を読み始めた。
実際、悠治が通っていた中学校に比べれば羨ましくなるほど校則が緩い。制服じゃ無くても良いし、髪型だって自由。今思い出してみれば、奈々子のクラスの子達は、個性溢れる感じだった。髪の毛の色、服装。全てが自由で、この学校に入って慣れてきたら後ろ姿を見ただけでもそれが誰かって事が判るだろう。それに、バイトも可。と言う学校は少ないであろう。校則の厳しい学校を出た者であれば憧れて当然だろうなと思える。
そして生徒手帳を隅々まで見て納得した。
それから、見て行く先に現れた写真。あの時すぐに隠した写真を再び手に取った。あの時は、彼氏かなと思ったけど、学校に送り迎えしている際、この人物を目にした事は無い。彼氏と言う訳では無いんだと思うとシゲシゲと見直してみる。奈々子が好きな子何だろうなあ〜。とか思いはそっちに傾いた。
小綺麗な服装に、整った顔立ち。淡い茶色がかった髪の毛が陽の下で撮られた写真であろうから、綺麗に煌いている。優等生っぽいけど、センスは良さそうだ。もしかして隠し撮りか何かかな?一人だけで映っている写真だもんな〜あの時気付けば良かったかな?彼氏だったら、一緒に写ってるはずだし。
そして、思い出せる全ての事を思い返していた。あの騒動が起きた時、自分の事を嫌いだって罵った時、奈々子は何を口走ってた?初恋がどうとか?余りにも昔の事に感じられ、ハッキリとは思い出せない。でも、あの言葉は確かに自分に対する嫌悪であったはず。
この子と彩華としての自分。何がどうして繋がるのか?その辺りまでははっきり掴み取る事は出来ない。
そして、その写真を元の所に挟み込もうとした時、指先がざらりとした。裏を見ると、名前が書き込まれていた。
「岸田明彦……か」
その名前を書き込んだのは奈々子であろう。少し丸みが有る、癖の有る字に見覚えが有ったから。
そして、その写真を表にして見返した。だんだん何故だか腹が立って来る自分に気が付き、あれ?と思い返した。これって、嫉妬なのでは無いだろうか?彩華が英二を好きなんだと言って相談して来た時と同じ感情。だけど、あれ?変だなあ〜あの時とはちょっとだけ感情が違う気がする。不安。何でこんな気持ちになっているんだろうか?奈々子とはまだ会って五日目だぞ?だんだんとイライラして来る。そして、胡座をかいた膝の上に腕をつき考え込んでいた。
彩華は、自分と魂が入れ替わってからと言うものの、鏡を見て話をしている感じで……幼い頃から知っていて、今まで好きだったからと言う思いだけで接して来た。だから、これは今では義務感として思い込んで来た事だったのか?彩華はどんくさいし、頼り無いし、自分で自分の事を上手く表現出来ないし。そんなとこが可愛いし、助けてやろうって気になっていた。ような気がして来た。
でも奈々子はどうだ?確かに、器用な所は無さそうだけど、言いたい事は言うし、悠治自身に首を突っ込んで来るし、ダメな事はダメとはっきり意思表示してくれる。それは、悠治を独りの人間として前向きに接してくれている訳で……何だかそれを考えていると嬉しく思う。悠治はウキウキしているのが分かった。
そして、改めて心を整理し直して、奈々子のテーブルの上にあるペン立てからボールペンを取り上げると、生徒手帳の一番後ろに有るメモ用に用意されている項にペンを走らせたのである。そして書き終えると、立ち上がった。
「さて買い出しに行って来るか〜」
一つ伸びをしてゆっくり足を動かした。外は快晴。思い切って玄関の戸を開ける。そして、鍵を掛け自転車置き場まで向った。