#12探偵・アンティーク・ゲーム
四日目。それは昨日と何も変わらない朝だった。忙しそうに朝御飯を用意してくれる彩華は、今日の予定を考えながらイソイソとしている。
「今日も出かけるの?」
「そうね〜ちょっと出かけるかも〜駅前にアンティック屋さん在ったでしょ。結構店構えがイケてるし?そこでお買い物〜奈々子って、ゴスロリ系っしょ。そう言うので私が見繕って買って来てあげるよ」
「買って来てもらっても、使えるものにしてね……彩華のセンスってちょっと考えものだもの……」
「まあ〜!失礼ねえ〜この私のセンスを疑うの?」
「今着ているもの考えれば、誰でも疑うわよ」
今日の彩華は、ヒッピー系の服装をしている。この服装から考えて、ゴスロリを理解出来るとは思えないからだ。
「ゴスロリは確かに理解出来て無いわよ?でも、奈々子に似合う物を買ってくれば言い訳じゃ無い?簡単、簡単!」
「簡単って……」
奈々子はそこまで言って口を噤んだ。確かに変な格好をする彩華ではあるが、これでもモデルでデビューしてる訳で。着こなしは上手い。センスが無ければあの業界で生きて行く事なんて出来ないはずだ。
「良いよ。任すわ」
結局奈々子は肯定した。それに昨日の今日で、遠出するような事はしそうに無い。ホッとしているのも確かだった。
「じゃあ、決まりね!さあ、学校急こう!」
彩華はそうと決まったら奈々子をおぶってドアを開けた。また一日が始まる。
悠治は奈々子を送り届けたその足で、駅前近くに有るアンティークショップを訪問した。外観は今時の子達の心を揺さぶるような、そんな店構え。思わず足を踏み出した。が、オープンするまでに時間がまだ有る。考えてみたら、普通お店って言うのは十時から開くものであって……今はまだ八時前。仕方ないので、一度奈々子の家に戻り洗濯物をし、ナナの世話をして出直す事にした。
再び訪れた時は、もう人がその店に足を運んでいた。悠治も負けじとその中に入ると、色んな物を見て回る。しかし、今一つこれと思うものが無かった。外観と人の入り具合に惑わされたなと思い、仕方なく中央線に乗り、吉祥寺駅まで出る事にした。あの南口からさほど行かない所に、確か良いアンティークショップが在ったなと思い出したからである。
しかし、その背後に彩華のゲーム参加者が目を光らせていた事など思いもしなかったのである。
悠々自適に奈々子の言い付けなど忘れて少し遠出をしてしまった悠治は電車に揺られながら、イメージを膨らませていた。こういう時間は楽しい。他人の為に何かをプレゼントするって言う楽しみはなかなか味わえなかった。
今までもこういう事が無かった訳では無い。彩華に何かプレゼントをと考えるが、しかし、イマイチピンと来るものが無かった。それは、自分の姿をしている彩華であったからかも知れない。
でも今度は違う。ちゃんとした女の子だ。だから、イメージがすんなり出て来ていた。それも、ゴスロリ好きと言うハッキリ趣味が判る子だからかも知れない。
電車は目的地へと着く。悠治はすぐに腰を上げ南口から街に降りようとしたその時、
「彩華!いざ!」
数人の男どもが後方から走り込んで悠治の回りを取り囲んだ。
「もしかして、ゲームの?駅がバレちゃ仕方ないわね〜で、ここでやる?それとももっと広い所に行きましょうか?」
周りを見回す。ロータリーこそ無いが、狭い道に建物が並んでいるここでは対処出来そうも無い。
「人の迷惑ってのも有るのよね〜井の頭公園まで走って行こうか?」
と言うと、直ぐさま先を目指して走り込んだ。
男どもは我先にとその後を追う。そしてその影に隠れて変装した英二が後を追った。
「ここまで来れば、ゲーム出来るわね?じゃあ、スタート!」
彩華は以前と同じくサングラスと上着を取ると、軽快に立ち回りする。今回は、力自慢の者が多く苦戦気味だったが、自ら築いて来た技で全てなぎ倒し、顔に思いっきり『×』印を付けてやった。
所々、傷が出来て血が滲み出ているが、そんな事感じる暇も無い。この騒ぎに参加者が増えて来た為である。英二は、その乱闘騒ぎを直視していた。
「見かけと違って勢い有る奴だなあ〜まあ、この調子だと先が解るな」
その予想に反せず、悠治は全ての挑戦者に『×』を付け終わった。考えてみると、渋谷での路上のゲームより激しかったような?
「はい。お終い〜残念だったわね?もう、挑戦は出来ないわよ?心してその顔を毎日見る事ね?」
せせら笑いながら悠治は、もと来た道を戻る。そして、目的を思い出し、店探しを始めた。記憶を辿りながら……
そんな、悠治の後を英二は気付かれないように追い掛ける。何だか探偵にでもなった気分だった。が、これも悠治の為だと思うと、彩華の行動を観察しなければならない。ある意味これは重要任務なのである。
「有った〜ここだ!」
店の建物自体は古びているが、中は色んな貴重品を扱っている。悠治自身も何度か訪れた事が有る。ある意味お気に入りのお店だ。そして色々見て回った時、ある一点に目を引かれた。
「これ良い!絶対奈々子に似合うよ!」
ボソリとこぼしながら、悠治は自分で試着してみた。首回りピッタシの黒色のリボンの先に、十宇架が施されているチョーカー。一見何て事ないかも知れないが、銀色の十宇架の装飾が精密で綺麗に施されている。
「これにしよう!」
悠治は楽しそうに何度もヒッピー姿でそのチョーカーを身に着けている。その様子を英二は不思議そうに隠れて見ていた。
『何故あの格好で、チョーカー?』
疑問が溢れて来る。あの服装には絶対合わないとそう思ったからである。というか、彩華には似合わない品物だ。もしかしたら、誰かにプレゼントするのか?それなら納得出来る。
物陰から見ていた英二ではあったが、お勘定を終えて店から出て来る彩華に気が付き、直ぐさま身を隠す。
『バレては無いようだな?』
確信を持つと、彩華がまた吉祥寺を離れんとして電車に乗り込むのを見届け、その後、隣の車両に乗って追った。
彩華は真直ぐ八王子駅で下車した。英二もその後を追う。すると、時間を気にしているのか?彩華は腕時計を見ていた。そして、近くのスーパーに足を運んだのに気が付き、慌ててその後を追う。
「人参に、ジャガイモ、牛肉に玉葱……と」
この食材で何を作るかは料理をしない英二にもすぐに分かった。カレーか、シチュー。でも、シチューって事はあり得ないだろう。季節はもう夏に入ろうとしている。
キャッシャーでお金を払うと、普通に袋に詰め込み、そのまま店を出た。警戒心が無いのか、あちこちの店並みを見ながら行動している。そしてまた時計を見ている。何か用事でも有るのであろうか?それとも約束?英二は何度も彩華の後ろを気にしながら歩く。すると、近くの自営の本屋に入った。
ここでは、雑誌を片っ端から読み漁っていた。ジッと隠れて観察する訳にもいかないし、英二も近場にあった雑誌を手に取り読む振りをしながら観察する。時間はもう四時前になっていた。昼食も摂らず、彩華は平然としている。お腹は空かないのか?普通摂る物を摂らないと、人間イライラするものだが、どうやらそう言う様子も無い。ただジッと熱心にのめり込んでいる。が、また時計を見ると慌てるかのように、店を出て行った。英二もその後を慌てて飛び出した。
彩華は、そのまま駅近くに止めている自転車に跨がると、買い物袋を前籠に乗せ走り出した。英二はたまたまそこの道脇に止まっているタクシーを呼んで、彩華の後を追うように促した。
一体彼女は何処に行くと言うのだろう?これは、興味でも有り、悠治の為の捜索だ。
別段問題は無いのだが、何故かこのまま追いかけていいものだろうか悩む。でも、ここまでやってしまったからには、最期までやり遂げなければ……その一念で彩華を追った。すると、彩華が近くの中学校の門をくぐり抜けて入って行く所を礁認し、タクシーを止め、そこで降りる。
校門の所には『美空学園』という名前が刻まれていた。
流石に中に侵入する訳にも行かず、その場で彩華が出て来るまで待っていた。そんな中数十人の生徒達がゾロゾロと出て来る。ここは私服可龍な学校なんだと思い少し安心した。なるべく目立たないように気を配りながら、時々中を覗き込む。サングラスだけの変装だけど、自分が英二であるという事は誰も気付かないようだったのでホッと息を吐く。
それから待つ事二十分。彩華が自転車に、一人の女の子を乗せ、出て来たのを確認する。素早く走り出て来たので、その後を追い掛ける事は出来なかったが、情報を得る事はできる。その後から出て来た一人の生徒に、今出て来た二人の女性は誰なのか?それを尋ねると、
「ああ、あの子?うちのクラスの桐原奈々子って言う子〜で、運転してたのはそのお姉さんだってさ〜何か奈々子が怪我したとかで、ここん所ずっと送り迎えしてもらってるってさ〜お姉さんスッごく面白い人でさ〜」
たまたま問いかけた女生徒が同じクラスの子でタイミングは良かった。色々と情報がとれる。が、
「ねえ、お兄さん。英二に似てるって言われない?」
ヤバいと思いそれ以上は問いかけれず、英二は近くに有る公道に出てタクシーを拾った。
何故、嘘を付いてまでこんな事をしているのか?彩華に妹がいるなんて話は聞いた事は無い。何かを隠しているのだと思う。怪我している、その桐原奈々子という女の子の為に、わざわざ動いていると言う事は、それなりの事が有ったはずだ。
タクシーの中で、色々考えていたが結諭的には、彩華と桐原奈々子に怪我と言う共通点で接する何かが有った事だけは伺う事は出来たのである。
「はい!プレゼント〜」
彩華は、わざわざ買って来たチョーカーを奈々子に手渡した。
「あ、この装飾、素敵〜!」
中を開けて取り出した瞬間、奈々子は喜んで身に着けようとしたが、
「でも、これ、本当に良いの?貰って……」
「その為に買ってきたんじゃない!着けてみせてよ〜一目でこのチョーカー奈々子に合うなって思ったのよ?自慢自慢!」
「あ、ありがとう」
奈々子は嬉しそうにそのチョーカーを身に着けてみる。今日の黒いフリルの服にも合う。そう思った。
「彩華。センス良いね〜何で分かっちゃうんだろう?」
「侮るなかれ!私を誰だと思っているの?」
鏡の前に座っている奈々子の後ろに立って、彩華は腰に手を掛け納得した表情でニコニコ笑っている。鏡越しでその様子が分かった。ので、ちょっと照れくさかった。今の私の顔、笑っていたものね……バレちゃったかな?素直に喜んでるの……
「さて、夕食の準備するね〜あ、その前に洗濯物入れなきゃ〜ナナ、ちょっと退いてね?」
奈々子の気恥ずかしい表情を汲んでか、彩華はバタバタ動き始める。
「判ってるみたいだね……」
同居生活まだ始まったばかりで、こんなに身近に感じるなんて、嬉しいのか悔しいのか、もう解らなくなって来たけど、奈々子は、この彩華を完全に受け入れていた。嫌っていたのは事実だけど、本物はこんな人なんだって知った時から本当はもう受け入れていたのかも知れない。
実際、暴言は色々吐いて来た。でも、彩華はそんな言葉にも動じない。ごく自然に(ちょっと問題ない所が無いとは言い切れないが)接する事ができる。
その内、彩華に自分の本当の気持ちが話せる事が有るだろうか?友違の一人として接する事が可能かどうか?ちょっと考えて、試験勉強の用意をし始める奈々子であった。
「夕飯出来たよ〜今日はカレーとポテトサラダでい!」
一時勉強を中断して、テーブルを挟み二人は晩御飯を食べはじめる。そして、ちょっとテレビを点ける事にした。
『本日、この吉祥寺で、彩華のゲームが繰り広げられる事件が有りました……』
ニュースの時間だった。アナウンサーは、流暢に話している。その事件を知り、奈々子は思わずロの中の物を吹き出しそうになった。
「彩華!」
「……はい」
奈々子に釘を刺されていた事をここでばらされてしまった。彩華は取り繕うように、
「だってさ〜あのお店、私がこれって思う物が揃って無かったんだもの〜」
言い訳がこうだと奈々子も怒る気が失せるが、ふと、奈々子は彩華の腕と手を見る。
「何?怪我してるの?」
所々切り傷、擦り傷が目に入った。
「何て事ないよ〜仕事中って訳じゃなし?このくらいゲーム挑んだんだから当たり前っしょ?」
のほほ〜んとしている彩華の顔を見て、一言引導を渡した。
「明日から外出禁止!絶対禁止!何が有っても禁止!」
「えーっじゃあ、奈々子の送り迎えは〜?」
「……それ以外禁止!」
「買い物あるじゃん!」
「買い物は許す!でも、直ぐそこのスーパーで!」
奈々子の顔が見る見る真っ赤になっていた。
「じゃあ、分かった……そうする……」
バツが悪くなって、悠治はそれを受け入れた。けど、隠れて何かしようって思っていた。奈々子の目が届かない範囲で……
まず、地蔵の所には行かなければならない。奈々子を早く寝かしつけて、または早朝の行動。これだけは何が有っても欠かす事は出来ない。
「何か企んでても、絶対阻止してみせるわよ〜あたしをなめないように!」
「へいへ〜い」
とにかく、返事だけは返してきた。
奈々子にしてみたら、実際土日しか彩華の行動を見守る事など出来ない。その他は、学校が有る。見届ける事は出来ない。分かっているけど心配になる。大怪殺でもしたら……
「そうそう。捻挫少し良くなったみたい!」
そこまで考えて、奈々子は話を摩り替えた。
「どう?腫れが引いて来たんだよ?びっこはひくけどさ。見て?ちょっとずつだったら歩けるの!」
食事が終わった奈々子は、その場に立ち上がり彩華の横に座って足首を見せる。
「あ、本当〜大分良くなったね〜」
足首の腫れが目立たなくなって来ているのに気が付き、彩華は目を見開いて喜んでいた。
「彩華さ〜リハビリがてらに、少しずつ歩く練習したいの。土日付き合ってもらえるかなあ〜?」
「あ、うん良いよ……でもどうする?買い物とかだったら、歩いても平気かな?」
「そうだね。ジッと家に篭っているのもなんだし、気分転換がてらにそうしよっか?……で、彩華に訊きたい事が有るの」
突然の事だけど、後一週間余りすれば彩華はここを出て行く。その前に訊いておきたい事があった。
「どうしてこんなゲームしてるの?」
奈々子は再び隠さず、単刀直入に訊いた。
「ゲーム……そうね〜気分が向いたら奈々子には話してあげるよ」
と、悠治ははぐらかし、食べ終わった食器を片し始めた。
まだ話す事は出来ない。でも、いつかこの事は奈々子には話しても良いと思っていた。
「試験明日からでしょ?一夜漬けの!」
でも、ちょっと嫌がらせを言ってみる。
「悪うございましたね……一夜漬けで!」
ツンッとそっぽを向く。でも、自分から話してくれるなんて言うとは思わなかった。だから、心の中でクスリと笑って試験勉強に熱中する事にした。
「……と、言う具合なんだ」
その頃の彩華は、英二からの情報を入手していた。試験勉強中だったけど、この電話はすぐに取り上げて聴いた。
「桐原奈々子さん?……そんな子、彩華の回りでは聞いた事無いけど……一応中学校には行ってみることにするよ。でも、当分先になっちゃうな。試験は二日で終わるけど、来週月曜は仕事有るじゃん……張るのは、火曜日だね」
「俺は来週から試験だから付き合えないけど、一人で大丈夫か?」
「僕と彩華は幼馴染みなんだよ?直接会えば何とかなるだろうと……思うよ」
思うよじゃ無くて、何とかしなければならない。もう、その時の事を考えると悠治を一発殴らないと気が済まないだろうな〜とか思いながら受話器を握りしめていた。
「ありがとう。英二……迷惑掛けてさ?」
「言いっこ無しだぜ?こっちは悠治の為にやっている事だしさ。気にすんなよ?」
「うん。じゃあ、またね。英二も試験勉強頑張って。おやすみ」
携帯の電源を切り、彩華はホッと息を吐いた。ま、女の子と釣るんでいる限りは問題が無い。ただ、問題はゲームの事だった。
今日も、吉祥寺で一騒動が有った。このままじゃあ、身を減ぼす事になりそうだ。今はまだ何とかなっているかも知れないが、これから先、何かとんでもない事に巻き込まれそうな予感がする。とてつも無い不安。
その勘は当っていた。この一ヶ月の間に待ち受ける最大最悪の大きな壁として……