#11英二からの告白
今日はまだ彩華はここへは訪れていないらしい。しかし、昨日のお供物が有る所を見ると、きちんとこの場所には来ている事は伺える。そして、そのお供物の下に敷かれている紙切れに気が付いた。それを手に取る。
『悠治へ。今何処にいるの?連絡下さい!』
ただそれだけの短い文章だった。連絡取りたがるのはよく分かっている。その辺りの彩華の考えはお見通しだった。でも、悠治はその紙切れをポケットに押し込み笑っていた。
携帯は自宅に置きっぱなし。絶対連絡が取れないように封じ込めておいた。でも、こういう形で連絡を取れるようにして来た事は、意外に彩華の頭も回るものだ。と感心はした。だけど悠治は彩華がその足で自分を捜し出さなければならないようにしむける事にした。いつまでも甘えられては困る。彩華は依頼心が強すぎるのだと思ったからであった。
「さて、行くか!」
悠治は中華街で買い込んだもう既に冷めきっている中華まんを供えると、思う事は他には無いと踵を返し、即座に奈々子とナナの待つ家へと足を向けたのである。
「たっだいまー」
夕食の買い出しを終えて帰宅した悠治は、奈々子のエプロンを借りてキッチンに直ぐさま足を向ける。
「ごめんごめん〜今すぐ作るからね〜お腹減ったっしょ?」
「……野暮用は済んだの?」
「そんなものはすぐ済んだわよ〜それより、この海老はどうだね?サラダだけど、オードブルのマリネ風にしようかなって思ったのよ〜ふふふ〜ん」
鼻歌紛れの彩華は、奈々子の思感には乗らない。彩華はいつもの通り気持ち良さそうに料理を始める。
少しくらい、本音を吐いても良いのにと思う。いくら、ゲーム中だと言っても年下の女の子の……それも自分の事を嫌っているであろう女の子の身の回りの世話なんてしたく無いはずだ。と自分だったら思う。義務感なんだろうか?でもこの彩華にそんなものを感じることが有るだろうか?どう考えたってそんな気の利いた事は考えないだろう。
そんな事を考えていると、宿題が手に付かない。思わずテレビを点けた。
テレビは今の時間はニュースを放送していた。ちゃんと見なきゃならない事だけど、今はそんな気分じゃ無くて、思わず民放に変えようとそのリモコンのスイッチを切り替えようとした時、自らが住んでいる八王子の駅前の画像が目に飛び込んで来た。
「え?何か事件でもあったの?」
思わずスイッチを替えることをやめた。
『今日、この八王子に今話題の彩華が現れて自転車で走り去った模様です……』
アナウンサーはそんな事を報じていた。奈々子は絶句してその画面とアナウンスを聴いていた。
ワイドショーでも無いこんなニュースに何故彩華のことが報じられているのか?まさか、何か事件を起したの?
料理に夢中の彩華の後ろ姿を目で追った。でも、今日の彩華はそんな特別な事が有ったようには思えない。野暮用とは言ってたけど、それがそうとは思えないし……
『それでは、目撃者の一人に声を掛けてみました……』
『中華街で彩華を見たんよ。そして追っかけたら、この駅で降りたんすよね』
『追いかけたって事は、あなたはあの、ゲームの参加者でしょうか?』
『そうっすよ!こんな機会ないしさ〜始めはマサカって思ったすけど、みんな追い掛けてるしさ。これは絶対そうだって思ったね。で、上手く逃げられたってわけ〜ちくしょう〜!って感じっす!』
『では、放送席お願いします』
画面は既にスタジオに戻っていた。
『彩華旋風って所でしょうか?まだ大きな事件にはなっていないようですが、始めて三日目ですから、まだこの話題は続く事でしょうね?あちらこちらで目撃証言は有るようですが、当の本人の彩華さんはこの先どうするつもりなのでしょうか?まだまだ目が離せません。では次の事件です……」
奈々子は次の事件の事などもう頭に入ってなかった。どうしよう?と言う気持ちの方が大きかった。まさかこの家まで押しかけたりしないだろうか?そんな事になったら、対処しきれない。
「彩華!今日中華街行って来た?」
次の瞬間、直ぐさま奈々子は問い掛けた。料理が出来たのか、彩華はお盆に乗せそれを運んで来た。良い匂いがする。
「あ、行って来たよ〜凄いわね。何で分かったの?」
「今、ニュースで報じられていたわよ!それも、八王子駅まで!どうする気なの!」
奈々子は、バレないようにするからと言う条件付きで彩華を受け入れた。でも、こうなったら、『ウカウカ』出来ない。
「ニュースで?ありゃまた困ったね〜あ、冷めないうちにどうぞ?」
絨毯の上に正座すると、彩華は箸を操り既に食べるモードに入っている。緊張感なんて微塵も感じられない。そんなのんびりした彩華に思わず乗せられて、
「あ、そうだね……」
一口炊き込み御飯を口にする。
「美味しい……じゃなくて!バレたら、ここにまで押し駆けて来るじゃない!」
乗せられてしまった奈々子は、そんな彩華の様子に苛立ったかのように返した。が、全く気にしていない様子である。
「奈々子は〜私を追い出したい?」
突然目を瞬かせて懇願するような視線を奈々子に向けてきた。これは、彩華の罠だと思ったが、ここを直ぐに出ていけなんて言える訳ない。追い出して困るのは奈々子自身だ。
「迫い出したい訳じゃ無いけど……その……目立たないように行動出来ない?」
一体外での彩華はどう振る舞っているんだろう?自分の知らない、目の届かない所での彩華は?
「目立たないように行動してるんだけどなあ?滲み出てるのかしら?」
「あたしには、変装してるところから既に目立っていると思うけど?普通の服着たら?その方が溶け込めると思うけど……」
「普通の服ねえ〜」
食事の途中で、彩華は自らの服を取り出し始めた。
「これなんかは?」
「……」
「じゃあ、これ?」
「……彩華?訊いたあたしが莫迦だったわ」
どの服も普通の服には思えなかった。
「うーん。もう外出禁止にしよっか?」
奈々子は頭が痛かった。
「外出禁止になったら、奈々子を送り迎え出来なくなるわよ〜私は嫌だもん!」
それもそうだ。彩華の言う事は正しい。
「じゃあ、せめてここ、八王子から出ない事にしたら?」
「それは無理。私はそんな事出来ないもん。色々用事も有る訳だし?」
既に開き直り始めているらしい様に見えているかも知れないが、悠治には大事な毎日の日課が有る。
「そんなに出なきゃならないの?大人しく静かにしておけば良いだけじゃない?」
奈々子はそんな彩華になんとか思いとどめられる事を考えてもらいたかったが、そう言う訳には行かないらしい事は分かった。それが野暮用なのだろう。
「やりたい事はやらなきゃ勿体無いじゃない?」
「勿体無いって……人生長いんだよ?まさか、不治の病とかいうんじゃないよね?」
嫌味のつもりだったが、
「そんな所かも知れないなあ〜人生長いようで短いんだもんね〜楽しむ事はいつでもマジでやりたいのよ」
不治の病なんてのは嘘だろう事はすぐに解る。ただの言葉のアヤであろう。だけど奈々子には解らない。何をそんなに思う事が有るんだろう?
でも、悠治は彩華としての今の自分の姿が後一ヶ月を切っている事を知っている。今が正念場だ。自分と彩華の問題は解決出来ていない。それにまだ、この場所を突き止められた訳ではない。ギリギリまでこの生活を楽しみたい
気分だった。
「大丈夫よ。奈々子は何も考えずにいて良いよ。私は何とでもなるからさ?」
悠治は再び食事を摂る事にした。これ以上言っても水掛け論だと察していた。
その事は、このゲームの被害者である奈々子にも判っている。だけど、間違っていると思う。キスで……、ゲームなんかで自分の好きになる相手を決めるなんておかしい。一体彩華の頭の中はどうなっているのであろうか?もしかしたら、エイリアン?地球外生物なのではなかろうか?
そこまで考えていた時、ふと我に返った。何で、このあたしが彩華のことを心配しなくちゃならないんだろう?そうだ、今こういう事になっている時点で、迷惑を被っているのは奈々子自身だ。怪我させられて、家にまで人を入れ込んで。
そりゃまあ、彩華の御飯は美味しいし、勉強見てもらえるし。得してないとはいい切れないが、奈々子にとってみれば、恋敵みたいなものである。それなのに何故?
食事を摂りながら考えてはみるが、全くその答えは出て来はしない。そんな奈々子に気が付いてないのか?彩華は色んな事を話し掛けて来る。奈々子はその事に適当に答えてはいたが心はそこには無かった。
彩華のことを、受け入れている?それとも、気に掛けている?何でこんな気持ちになっているのよ!奈々子は、混乱した頭で片づけられている食器類を目で追っていた。
悠治、来たんだ……お決まりの苺大福は無かったが、彩華は、夜にこのお地蔵様の所に来て悟った。手紙が無いからであった。なのに、それに対する返事は何処を見ても無い。徐に自らのズボンに隠し持っている携帯の着信を見てみても、悠治からのものはなかった。意地でも彩華には逢いたくは無いらしいし、連絡を取るつもりも無いらしい事がこれではっきりした。
「何考えてるのよ!あの莫迦〜」
一瞬そう叫びそうになったが、突然の着信に気が付き、受話器をとった。思わず携帯を落っことしそうになった。
「もしもし、悠治か?」
着信の名前と、その声で直ぐに英二だと分かった。
「今話して大丈夫か?」
「あ、うん。外に出てるけど大丈夫だよ?どうしたの?」
さっきまでの憤りが消え失せていた。
「あのな、彩華が八王子駅周辺に現れたって事だぜ?ニュースで言ってたから確かな情報だろう。ネットでも大騒ぎみたいだな」
「は、八王子?何でそんな場所に、ゆ……彩華が?」
思わず悠治と言ってしまいそうになった。
「さあな?自転車で逃走した所を見るに、その辺りに隠れてるんだろうな〜悠治?行ってみるか?付き合うぜ?」
「あ、……うん。そうしたいけど、明日から二、三日は僕の学校試験なんだよ……」
「あ、期末試験か……そう言う時期だものな。じゃあ、俺が行って張り込んで来ようか?」
「でも、英二の学校は?試験無いの?単位は?」
何だか気が引ける。これは悠治との問題なのに……こんな形で、ましてや彩華がやらなければならない事なのに。
「俺の方は試験来週からだからな。別に問題は無いさ。悠治に問題なければ、明日から八王子駅周辺を当たってみるよ」
「でも、悪くない?せっかくの学園生活だろ?僕がいる訳でも無いのに、そんな……」
「悠治に問題無いんだったら、気にするなよ?これは俺がかって出てるんだ。気にしなきゃならないのはもっと他に有るぜ?彩華とられてしまうよりは、良い事だろ?」
英二は、彩華の想いを知らない。だからこんな事を言ってしまえるんだろう……ちょっと切なくなった。
「あと、言っておかなきゃならない事もある。俺.……お前の事が好きなんだぜ?」
「え?」
耳を疑った。今なんて言った?
「二度言わせるなよ……だから、お前が好きなんだってば」
「え?……え〜〜?」
突然の告白に訳が解らなくなった。それは、恋愛対象として言っているのか?それとも友情なのか?
「それって、告白してるって事……なのかな?僕、男だよ……」
いや、中身は女なんだけど……
「三度聴きたいのか?安っぽくなるぜ?」
「でも……変じゃ無い……?英二って、男が好きなの?」
「……お前だから好きなの!こっちだって悩んでたんだ。でも彩華には取られたく無いって気持ちの方が勝って……今言っておかないと、何だか取り返しが付かない気がしてな。それに、お前が悩んでいるのを考えると、悠治は彩華が好きなんだろう事は、一目瞭然だし?で、お前の気持ちを知りたい。嘘は付くなよな?」
「ぼ、僕は……」
言ってしまって良いんだろうか?でもこんなの変だし……彩華の心は揺さぶられた。心は両思いなのに、嬉しく感じられない。それは、悠治の皮を被っているからなのか?
この先、入れ替わった時、英二は悠治を好きになったままでいる事になるんだろうか?そんなのは許せない。し、悠治もそんな事は望んで無いだろう。返事が出来ない。でも今しておかないと、この先こんな話をできる機会は無いかも知れない。
「僕は、その……彩華のことは……何とも思って無い事は確かだよ。それ以上の事は何も言えないけど。でも、英二の事は好きだよ。友人として……でも、解らない……何て言えば良いのか……」
最善の事を言おうとして自分でもこんがらがった。こんな時、悠治がいたら何て言うだろう?自分を上手く操る事ができる悠治なら?一体どう対処するだろう?そう言えば、悠治から恋愛の相談なんてされた事など無い。その必要性が無かったからなのか?それとも、自分で解決して来たのだろうか?自分が知らない悠治がいる事に気が付き、少し虚しく感じられた。
「悠治?困っているのか?……悪かったな。でも、今言っておかないと、こちらの気持ちを彩華にぶつけそうなんだ……それだけは分かっていて欲しい。女に焼きもち焼くなんて変だよな?ははは……」
乾いた笑い声だった。
「良いよ。今の言葉で十分だ。明日から暫くの間、彩華を張ってみる。じゃあ、また連絡する」
「あ、うん……ありがとう」
結局、自分ではどうする事も出来ず、英二が話を切り替えてくれた。自分の性格を知っているからだとそう感じると、よけいやるせなかった。
何でこんな事になったんだろう?今のまま自分が悠治として生きたら、英二は自分の事を愛してくれるのか?だったら、このままでも良い事なのかも知れない。
でも、それには覚悟が必要だ。自分はもう彩華として生きて行く事は出来ない、そんなのは嫌だ。
「悠治……聴いて欲しい事がたくさん有るのに……」
彩華は天を覆う星空を一度見上げて、そして家路を急いだのである。