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AYAKA  作者: 星河 翼
10/20

#10月島

その頃の彩華は、学校の帰り道であった。いつも通り、お地蔵さんにお供物を持って来ている。ふと目の前に行くと、既に苺大福が供えられていた。悠治はこれしか供えないのですぐにここに悠治が来たのだと判った。

「すれ違っちゃったかなあ〜」

彩華は凄く気分が落ち込んだ。悠治に逢えるとは必ずしも思って無かったが、それでも一纏の望みは有った訳で……そう考えているとまたまた、悠治に対し恨めしい気持ちがぶり返して来たのである。

きっと私と逢いたがらないんだ。色々頭の中で考えられる事を思い巡らせた。でも、怒りが先立ち考えが纏まらない。 一言で良いから恨みごとの一つを言ってやりたい気分だ。

明日は学校には立ち寄れない。仕事が入っている。今度の新曲の為のレコーディングが有る。

だから鞄の中からルーズリーフを取り出し何やら書きはじめるとそれをお供物の下に敷いた。明日もきっと悠治は現れるはずだ。だからその為の置き手紙を残した。

夕方の淡い日射しが彩華を包み込み、そして家路に着くようにと背中を押して来ている。だから、お祈りをしその場を去った。明日になったら、悠治のことが解りますようにと思いを込めて。


「彩華?この問題なんだけどさ?」

その頃の悠治は、奈々子の家庭教師兼家政婦をやる事になっていた。

「何でこの公式じゃ解けないの?」

奈々子は余り頭が良い方では無かったらしく、宿題に追われていた。それをカバーするのが、夕食を終えた後の今日からの彩華の仕事となった。

「これはね、まず公式を使う前に一つ計算しておかなければならないの」

ノートの切れ端にその計算式を書き写す。

「あ、なるほど……」

スラスラと書き出されているその様子を見て、才色兼備って本当にいるんだな〜とか思いながら奈々子はその計算式をノートに書き出して公式を当てはめた。そして、その問題を解く事が出来た。

世の中は不公平に出来てるんだ……それが奈々子の心を落ち込ませる。

「わかんない事が有ったら、何でも言ってね?」

そんな奈々子の心情を汲み取るどころか、彩華はにこやかに微笑んでいた。その徴笑みは嫌みが無くて、奈々子は少し反省した。勉強まで教えてもらっているし、家事もこなしている彩華はやはり凄い人物に思えたから。

「彩華は、学校に通わなくて大丈夫なの?仕事キャンセルってのはまあ解るけど、学校は行くべきじゃ無い?あ……でも、そんな事したら、学校がパニックになるかもね?」

「そうねえ〜行かなきゃいけないとは思うけど、行って逢いたく無い人物もいるしさ?勉強が遅れて単位落としても、行きたくは無いなあ〜」

珍しく、悠治は奈々子に本音を漏らした。別に知られて困る事は無いし、この問いに対する答えをはぐらかす必要は全くない。

「逢いたくない人物?彩華が逢いたく無い人物って一体どんな人?」

「それは秘密〜あ。ナナが寝てる〜寝顔が可愛いね?」

少し突っ込んだ話は流石に答えを貰えない。まだそこまでは話してもらえないんだと思ったら、奈々子は溜め息が出た。

「明日も同じ時間に起した方が良い?」

そして、話をそらされた。

「……七時に起してくれたら良いよ。六時は早すぎるしさ。もう、あたしの通っている学校は判るでしょ?」

今日の朝のドタバタはこりごりだった。

「そう?分かった。じゃあ、奈々子の宿題も終わったようだし、また対戦ゲームしよっか!」

いつもの彩華がそこにいた。だから再び奈々子は彩華に付き合う事にした。


眠りに就く時は、奈々子がベッド、悠治は絨毯の上でと決まっていた。初めは交代制でと奈々子は勧めたんだけど、悠治はそれを拒否した。御厄介になっている身だし、奈々子が絨毯の上で寝る必要性なんて無い。悠治の男としての面子がその辺りに出ていた。女の子に絨毯の上でなど寝てもらいたく無かった。

悠治には体に掛けるタオルさえ有れば十分だった。今は夏なんだし、よほど寝相が悪く無ければ風邪をひくと言う事も無いだろう。それにこういう待遇も面白い。何だか寝床の決まって無い自由人のようだから、逆に今の悠治にとって気楽だった。

それにしても、あの時の奈々子の言葉は、今でも心に響いている。

彩華には幼い頃からざっくばらんに接して来ても、それが悠治としての本心だと思われて来た。本心でも有るけど、それでも、悠治の心の中まで入って来ようとはしなかった。時間ってなんなんだろう?悠治の内心を暴く事が無かった彩華。なのに、まだ逢ったばかりの奈々子はその辺りを察して来た。

上手く自分を作っているハズなのに……それなのに、演技しているんじゃ無いかと訊き出して来た。自信が有ったからこそあの時ははぐらかす事で、何とか乗り越える事が出来た。バレたらバレたでそれはそれで良いのに。何だか肯定出来なかった。

その方がこの同居生活は上手く行く感じがしたからである、自ら安心して生活出来る場よりも、もっと刺激が欲しかったのかも知れない。ドキドキしながらそして、次の瞬間わくわく出来る場所。それがこの二週間生活で得られれば何かが変わるような気がしていた。

そんな事を考えると、今頃彩華が何を考えているかが気になった。きっと、お地蔵さんのお供物には気が付いているであろう。悔しがっているだろうか?それとも心配しているだろうか?悠治は、前者だろうなと苦笑いする。

学校でも、家でもきっと自分に考えを走らせているだろう。一つの事にしか頭を働かせる事が出来ない不器用な彩華だから……だから、このゲームは一つの賭けだ。さあ、彩華は自分を捜し当てられるだろうか?

夜は更けて行く。今日の事を考える事も出来なくなった今、悠治は固い床を感じながら、眠りに就いた。


「おい悠治?一昨日渋谷に彩華が現れたってさ。で、昨日は原宿だとよ」

レコーディングスタジオでプロデューサーや各スタッフに挨拶を交わして回った彩華は悠治の動向をここで知り得た。

「どこだって?」

「だから。渋谷と、原宿……」

問い返されて、英二は何だか心ここに有らずの悠治に少し苦笑いしていた。

「渋谷では、乱閲騒ぎを起したらしい。でも彩華が勝ったらしくって、ファンがすごすごと諦めたってさ。原宿では起こらなかったらしいなあ」

「……ふ〜ん。あ、でも、英二ってさ、一体何処でその情報を手に入れてるのさ?」

一瞬ホッと胸をなで下ろしはしたが、それでもまだ落ち着く事は出来ない。あの悠治のことだ、次もまた事を起さないとは限らないからだ。

それにしても、自分では知り得ない情報を英二が知っているのは腑に落ちない。悠治は彩華の幼馴染みで、且つ同じ秘密を持ち合わせている同士だ。その本人が知らないのに、英二は事もなしげに知っている。

「インターネットだよ。悠治はやらないのか?それに、彩華お前には何も連絡よこして無いのか?」

「そうか、インターネット……僕やらないし。当の彩華からは連絡ないし……」

インターネットは情報の溜まり場だけど、わざわざやる環境を作って無い。そう言えば、悠治はインターネットをやってたな……あの時も、電源切ってたようだし。それで、慌ててたんだと気が付くと、イライラした感情が沸き起こった。 

彩華自身に何も悟られないようにしてまで、手を回してコソコソしてたなんてと思うとよけい腹立たしくなった。彩華はいつも悠治に隠し事などした事なかったからである。

「なあ、悠治?そんなに気に掛かってるんだったら、彩華の行方捜し俺も手伝ってやろうか?レコーディングどれだけ掛かるかは判らないけど、力になってやるよ……」

何故英二が語尾を弱めたのかは解らないが、彩華は、英二が進んで言ってくれた事が有り難かった。

「有難う」

彩華はにっこりと笑った。

「でも一つ言っておくからな?俺は彩華の為にするんじゃ無い。悠治の為にするんだと言う事忘れないでいて欲しい」 

今度は真直ぐ彩華の目を見てそうはっきりと言った。一瞬シリアスにそう言った英二がどう言うつもりでそう言ったのか不思議だった。でも、彩華は嬉しかった。仕事以外でも彩華が英二と一緒にいられるのだと思えたからであった。


同居三日目。悠治は月島に本場のもんじゃ焼きを食べに行く計画を立てていた。昨日買いだめしておいた、東京ぶらり歩きのガイドブックを見ながら既に心に決めていたのである。

この日も変装ばっちりで、上から下まで真っ黒な服を身に纏い奈々子を学校に送り届け、自らの時間を有意義に使う。電軍を乗り継ぎ一人で近場の旅行。一人と言う時間がまた一段と楽しい。何処ででも人の目にさらされて来た事を思うと、こういう時間って実は必要だったんだと改めて思えるほどにその事に思いを馳せた。

ガイドブックで気に入った店に入る。香ばしい匂いが悠治の心を掻き立てる。早く食べたいなと思った。

もんじゃ焼きの心得は余り理解して無くて悪戦苦闘していたが、周りを見渡しながら、どうすれば良いのかは把握出来た時にはもう既に箆の使い方は一流だった。

満足した後は、横浜まで足を伸ばした。そして、桜木町の中華街に足を向ける。面白い雑貨が至る所に有り、気に入ったものを買い揃えると中華まんを頬張りながら歩く。

今日はこの中華まんをお供物にしようと思った。ちょっとばかし賛沢かと思えたけれど。

そして誰も、自分を彩華だとは気が付かない。

悠治は満悦していた。が、ちょっと気に入ったサングラスに手を掛けそれを掛けようとした時、視線が自分に注がれるのに気が付いた。店の中だった為、直ぐにその場を離れる。その後直ぐさま中華街を離れようと、電車に乗り込む時、何人かが自分を追っかけるように電車に乗り込んで来たのを感じとった。

実際慌てた。が、どうにか振り切ろうと思った。まさか、電車の中で乱闘騒ぎは出来ないだろう。そこまで、一般人を巻き込む事は出来ないし、追っ掛けの者達もそのつもりは無いハズだと信じたい。

しかし、思惑は外れ駅構内でその乱闘は起きてしまった。乗り換えの駅で降りたとたん、一気に押し寄せて来たのである。ここは流石にまずいと思い、悠治は駆け出した。事故が起きたらとんでもないと言うその思いから。

そして、あの宣伝の中にこういう事を想定して忠告しておかなかった事を後悔した。悠治が後悔などする事は滅多に無い事ではあったが、それでも流石の悠治もこの状況下に置かれると後悔せざる負えなかった。

そんな中、一縷の望みは次の電車の中に紛れ込む事だった。幸い今日は高いヒールの有る靴は履いていない。だから動きやすい。瞬発力に関しては人一倍自信が有る。それに、細い身体は人込みを掻き分けるには良い。

駆け込み乗車にはなったが、スルリと発車する直前のドアをすり抜ける。それを追っかけていた何人かが見逃さず乗り込む事は出来たが、混んでいる電車の中までは悠治を捜し出す事は出来ない。悠治はその事を考えると、少し安心した。ホッと肩をなで下ろしていた。

新宿まで出るとまたもや乗り換え。中央線の電車に乗り込まなければならない。そして降りたとたん、また視線を感じた。どうやらその中の数人は諦めた様子はないらしい。中央線の電車まで乗り込んで来た。でも、一応常識は有るらしく、空いた電車の中で事を起す事は思っていないらしい。安心出来た。そして、八王子で電車を降りると、一目散に改札をくぐり抜け、自転車置き場まで駆け出した。

取り敢えずその事でもう追っかけて来るものはいなかった。でも、ここで自転車に乗ってる事で八王子付近に彩華が拠点としている隠れ家が有る事はバレてしまった。

明日からは待ち伏せされる恐れが有る。が、だからと言って、逃げ出す事は出来ない。それは、奈々子に対する礼儀であると思っている。乱闘に巻き込まれ怪我をした奈々子を放っておいたら自分の沽券に関わる。いい加減だけど、これだけは守りたかった。だから、直ぐさま奈々子のいる学校に足を向けた。


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