戦後の戦
◇◇◇◇◇
試合当日。
俺達今川軍と豊臣軍との試合方法は、単純で簡単なルールのチーム戦。チームの半数が戦闘不能、つまりは戦意の喪失、或いは武器の喪失でゲームセット。
そして冒頭に戻るのだ。そう、結果的に俺達は、義元の宣戦布告虚しく初戦で敗退したーー、一矢報いて。
「あんさん、あんな特技が有ったんやなぁ。いや、あれがほんまのあんさんなん?」
金髪碧眼の、修道女ーー通常、露出を最低限に抑えたはずの修道着を、短く切り詰めてミニスカートにした姿の少女は、意識の覚醒してきた俺に向かって口を開く。
その、目鼻立ちのはっきりとしたヨーロッパ系の顔にそぐわない、流暢な日本語、それも、ばりばりの関西弁で。
「まぁ最初から勝つことは捨ててたから、あの位はやっとかなきゃね…、って…。」
「もう処置は終わったけど、無理するんやない。」
「はい…。」
俺は気を失っていたらしい。
ゆっくりと体を起こそうとしたのだが、体に痛みを感じて思わず小さく声を上げてしまった。
少女ーー、保健委員のフランちゃんこと、フランシスコ=ザビエルというふざけた名前(かの偉人には失礼だが)を付けられた女子生徒は、無遠慮に俺の腹部を、ぽんと叩いた。俺は素直にベットに体を埋める。
「この一年間、あんさんの処置は良ぅしたけど、知らへんかったわ」
「言ってなかったからね。」
「水くさいやんけ。」
「そりゃ悪かった。」
フランは上品な、それこそフランス人形のような顔を崩して、かかか、と豪快に笑う。
彼女はヨーロッパ系の顔なのだが、幼く見えるとされる日本人と比べても少し幼く見えるくらいにあどけない顔をしている。よってフランの笑顔は幼い子供の無邪気な笑顔そのもので、俺も釣られて笑ってしまう。
「しかし、今日の策は一度しか通用せぇへんから、負けてしもうたら意味なかったなぁ。…あんさんが気絶した後の試合は爆笑ものやったで。流石、今川軍言うてな。」
「察しは付くよ…。」
きっと義元は「疲れた」と言って棄権し、静実と長照は仲間割れを始め、泰朝は自分で転けて武器の喪失。つまり、俺、義元、泰朝の三人、チームの半数が戦闘不能、である。
「あ、でもなぁ。」
フランちゃんは思い出したように言う。
「義元のお姫さんはもう一人、リタイアさせてから棄権したんやで?」
◇◇◇◇◇
結果的に負けてしまった為俺達の成績は変わらなかったが、俺達の班はこの学校において、“落ち零れ班”から、“三位から二本とった中々やる班”という認識に変わったようだった。保健室から出ると、色んな人に労いの言葉がかけられたのだ。人間とは単純なものである。
「おう、雪斎。名誉の負傷(笑)はどうした。」
壁に寄りかかりふん反り返って腕を組む義元と遭遇した。
「…義元、お前はもしかして馬鹿にするために待ち伏せてたのか?」
「まさか。お前なんて待つか。たまたまだ。」
まさか、という言葉を必要以上に強調してくる義元。
「あのさ、義元。お前何で今になってやる気出したんだ?お前が試合に参加するなんて。」
「秀吉の吠え面が見たかったんだよ。お前、見れなくて残念だったな。あいつの顔滑稽だったぞ。」
義元は嘲笑うような、酷く嫌らしい顔で笑う。目を細めて口角を上げ、悪意に満ちた笑顔。
彼女の笑顔はいつも妙に妖艶で、不覚にもどきりとしてしまう。
俺はそんな気持ちを誤魔化すように、ひとつ咳払いをした。
「…でも、残念だったよね。」
「何がだ?」
「折角なら、一回くらい勝ちたかったかなって。」
「お前がまだ、勝ちに執着する余力が有るとは。」
「お前こそ。」
俺が言うと、義元は一瞬きょとんと目を丸くした後、ふん、と鼻で笑った。
「ちょっとした興味だよ。」
艶やかな紅い唇で弧を描きながらそう言い、寄りかかっていた壁から背を浮かせる。
「じゃあな。精々元々悪い頭を悪化させないようにしろよ。」
そのまま義元は俺に背を向け、颯爽と去って行った…のだが。
俺は大事なことを聞きそびれ、去っていく義元の背中を追った。
「もーっ、何やってるの義姫ちゃん!」
「だってぇ…」
すると、そんな声が聞こえ、足を止める。泰朝と、義元である。
しかし、明らかに義元の様子がおかしい。いつもの毅然とした態度は何処へやら、義元は頬を薔薇色に染め、おどおどと俯いている。俺は反射的に、曲がり角の壁に隠れた。
「だってじゃないよっ。何のために待ってたのっ!」
泰朝は義元に顔をずい、と近づけ、人差し指を立てる。まるで小さな子供に説教するようだが、泰朝は義元よりも、目に見えて身長が低いせいで、何やらあべこべな感じがする。
「いや、でも、やっぱり無理だろう…」
「何で、言えないかなぁ。」
「無理なもんは無理なんだ!」
その会話は女子特有の、何やらお花を背景に繰り広げられるような…恋バナというものを連想させた。
俺は、何やら頬が熱くなるのを感じる。
「もー、義姫ちゃんは照れ屋だね。告白しろって言ってる訳じゃないんだから。」
「ぅ〜…。」
…何だか、聞いてはいけない気がする。
俺は漫画の主人公のように鈍感ではないと自負しているのだ。
それに、盗み聴きしていることに罪悪感を感じないほど、良心が無い訳も無い。
俺は赤くなった顔を腕で隠しながら、廊下を駆け、寮の自室に向かった。
決して。照れて逃げた訳ではない。
◇◇◇◇◇
「あの義元が、俺のことを…?」
寮の自室に帰った俺は、同室の人が居ないのを十分に確認した上でそんな事を呟く。
…口に出したら、更に顔に熱がこもるのを感じる。
ーーーいや、あの義元に限って。
「でも、好きな子を虐めちゃう的なあれだったのかも…。だってあの様子は…」
ーーーいやいや、違うことに対してかもしれない。
自問自答。俺は思考と言葉で質問と回答を繰り返した。我ながら痛いと思う。
明日、義元にどんな顔で会えば良いのだろう。
俺はそんな乙女チックなことを考えながら、紅い顔を隠すように愛用している枕に顔を埋めた。
思考を止めると、試合で打った頭が痛かった。