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学園戦記  作者: 機場 環
第一章
3/4

小競り合いの乱

この学校は、高校分と大学分の七年間である。それも、入学した十五歳から十八歳全員が年齢関係無く。つまりこの、戦国学校に入れるチャンスは七年に一度、義務教育の過程を終えた十八歳までの生徒にのみ与えられ、入学すると退学しない限りは、七年間此処で勉学と武芸を学ぶのである。この度の第一期生は試験的な意味もあって五百名という少ない人数であるが、以降はもっと門が広がるだろう。

何故、このような学校に入学希望が多いか。それは、良い就職が約束されるからだ。武道によって忍耐力、体力、精神力を鍛え、また、班行動によって社交性、協調性を鍛えられた若者を、あらゆる企業が必要としている。通常の学校のように生徒を入れ替わり立ち代りしない理由もここにある。先輩後輩の関係を通し、人間性を育成するという目論みの元なのだ。

しかし、良い企業の枠は有限である。成績が全く関係しないという訳ではない。勉学、武術、そして人柄も含まれ、緻密に綿密に評価されるのである。絶対的な、絶対評価。そんな評価に大きく関与するのがこの、“天下統一トーナメント”である。


と、雑な校長に変わって秘書兼教頭の、有栖川 手鞠(ありすがわてまり)という“少女”が淡々した口調で説明してくれた。

…いやいやいや。俺を含め、唐突過ぎて生徒一同ぽかんとしている。私語が溢れていた筈のこの体育館が、一瞬にして静寂に包まれる。


「はーい。そういうことでトーナメント表はっぴょー!」

そんな静寂の中に不釣り合いな、陽気な校長の声に合わせて体育館の照明が消えた。そして、ステージ上の大きなスクリーンに映像が映し出される。

ーー秘書、有栖川先生のあどけない寝顔が全面に。

「おっと、間違えちゃった〜」

と、悪びれる様子の全く無い校長。

「校長…、私の刀の錆になりたいようですね…。」

校長とは反対に、その小柄な体躯から発せられているとは思えない、禍々しい程の殺気を放つ有栖川先生。しかし、その顔は微かに紅潮しており、大画面で映し出された可愛らしい寝顔もあいまって迫力は半減している。

「ごめんごめん、手鞠先生があんまり可愛い顔でうたた寝してるもんだから…。ほんとはこっちこっち!」

じゃん!と言う声と共に映像が切り替わる。校長のその反応からすると、恐らく先程の映像はわざとだろう。この日を機に、有栖川先生親衛隊(ロリコン)が増えたことを、俺は後々知ることになる。

それはさて置き、今はトーナメントの方が優先だ。しかしいくらスクリーンが大きいと言っても、五百名の生徒を五人ずつ分けた班は、全部で百班。トーナメント表が細かくて見えない。

「義元様、僕達一回戦らしいですよ。」

俺がなんとか見えないものかと目を細めている中、何のことはないというように静実が言う。俺も視力は悪くないが、静実は桁違いに視力が良いのである。

「…って、え?」

視力に感心していたせいで重要な部分を聞き流すところだった。なに?一回戦に“俺たち”?

「はーい!見えました?まぁ見えなくても“生徒手帳”の情報に追加しときますから、各自確認してください!」

生徒手帳とは、全生徒に配られる専用薄型ノートPCである。生徒の身分証となったり校則が書かれているのは勿論、環境が整っていればネットワークに接続することもでき、授業にも用いる。

「第一回戦は明日です。本日はこれにて解散ですので、豊臣軍、今川軍の人たちは明日の五時間目までに準備をしておいてください。」


「…ん!?明日…!?」

有栖川先生は淡々とした口調で言う。俺はその急な宣告に、思わず反復してしまった。

「はい、明日ですよ!がんばってね〜っ」

と、そんな俺の声を拾った校長は、びしっ、と俺の方を指差して信じられない事実を肯定すると、そんな言葉を最後に高級そうな羽織りを翻してステージから去って行った。有栖川先生も、校長の後を追うようにして、狭い歩幅で去って行く。

「おい雪斎。この学校の行事が急なのはいつものことだろう。いい加減慣れろ。」

義元は優雅にお茶を啜りながら、俺を思い切り見下すように言った。


「いや!今までの授業とは訳が違うだろ!」

「五月蝿い喚くな。これ以上小物臭を漂わせてどうするつもりだ。」

そう言って、眉を顰め自分の鼻を摘む。扱いが酷すぎる。

「まぁまぁ、唐突だけどさ、しょーがないよっ、落ち着いてがんばろっ」

泰朝はそんな風にフォローをするが、その表情は少し引きつった笑顔だ。本人は努力しているが、頭脳労働を得意とする泰朝は、やはり武道で競うということが苦手らしい。それは同じ班で過ごした一年間で十分に理解している。…それはそれは、十分過ぎる程に。


「また、トーナメントなんて、急だよなぁ。慣れてきたけど。」

「試合の間、違う班は観戦か各自稽古だってよ。観戦して良いなら授業楽勝じゃん。」

「おい、どっちが勝つか賭けようぜ。」

「馬鹿お前、誰が“落ち零れ軍”に賭けるんだよ。それに相手は現時点での成績三位だぜ?無理無理。」

ふと、そんな笑い声が聞こえてきた。そう、現時点で百班中百番の成績の俺達に付いたあだ名は“落ち零れ軍”。今となっては仕方が無いと諦めは付いている。慣れた、とも言えよう。


「少なくとも、お前等みたいに簡単に背後取られる奴には勝てるけどな?」


突然、まるで牙を剝いた獣に睨まれたかのような、鋭い殺気を感じ、身体が強張る。しかし、俺はその声と殺気を良く知っている。

「おい、長照…っ。」

俺がその殺気の方に目を向けると、いつの間にか長照がそんな会話をしていた二人組みの内の一人の後頭部に、彼が愛用している金属バットを突き付けていたのだ。


「長照。」


「分かってるって義姫。ほんとに()りゃしねぇよ〜。」

俺の声には反応しなかった長照だが、義元の制止する、しかし妙なまでに落ち着いた声に、長照はすぐさま金属バットを下ろし、先程の殺気が嘘のような笑顔を見せた。こういうところが長照の、逆に恐ろしいところである。

二人組みは、冷や汗をかきながら「行こうぜ」と言い合って逃げるように去って行った。


「お前。確かに阿呆な連中だが、義元様に迷惑をかけるな。」

「お前に言われなくても、たまにはモブの相手もしてやんねぇとと思っただけだ。」

まるでその二人が去ったことを合図のようにして、長照と静実は睨み合い、先程とは比にならない殺気をぶつけ合っている。


「毎度、良くやるねぇ君たち。弱い犬ほど良く吠えるってやつ?」

「秀吉…。」

「やぁ義元ちゃん。今日も美人だね。」

この軟派な…おっと失言。この、飄々とした態度の二枚目こそ、豊臣軍班長の豊臣秀吉である。

「明日試合らしいね、俺達。義元ちゃんと泰朝ちゃんみたいな可愛い子を負けさせちゃうのは胸が痛いな。」

豊臣先輩は、わざとらしく苦しそうに胸を押さえながら言う。…俺も正直言って勝てるとは思っていないが、俺達が負ける前提である。

「舐めてると痛い目見るぞー、秀吉。」

長照は先程まで静実に向けていた殺気を豊臣先輩に向ける。どうやら虫の居所が悪いらしい。

しかしそれに対して豊臣先輩は身じろぎ一つせず「おー、怖い怖い」と戯けて見せた。

「ところで先輩、どうしたんです?」

「そうそう、忘れるところだった!」

泰朝が少し警戒したように豊臣先輩に問うと、豊臣先輩は思い出したというようにぽんと手を打つ。


「俺達豊臣軍と君達今川軍じゃ、観戦する人も詰まらなさそうだからさぁ、ハンデあげるよ。」

「ハンデとは何だ?」

「まぁ、そう苛々しないで静実。サービスだよ。」

豊臣先輩の態度は、プライドの高い静実の気に障ったらしい。眉を顰めて不機嫌そうな静実と、垂れ目を細めて笑う豊臣先輩。


「明日の対戦、こっちは、二人で良いよ。」

「断る。」

「へ…っ??」

豊臣先輩の提案もそうだが、即答した義元に素っ頓狂な声が漏れてしまった。

俺以外の四人もぽかんとしている。

「断ると言った。余計な心配は不要だ。」

「いやっ、でもそれじゃあ…」

「五月蝿い。」

義元はいつも持っている扇子を、びしっと豊臣先輩に向ける。


「秀吉。お前にはいずれ、参ったと言わせて見せよう。」


凛々しく、気高く、堂々たる態度で義元ははっきりと言い切ると、高圧的に口角を上げた。


「そう…。じゃあ明日、楽しみにしてるよ。」

豊臣先輩は予想外過ぎる反応だったのか、少し狼狽えながらも余裕を装い、踵を返して去って行った。

「おい…、義元。何を根拠にあんなことを…。」

「根拠など無い。」

「はぁ…っ!?」

「あのいけ好かない態度に腹が立っただけだ。」

堂々とそんなことを言う義元。本当に、こいつは。

…しかし、俺もすっきりしたのは紛れもない事実であるが。




結局、俺達はこのまま、訓練するでもなく、作戦を立てるでもなく、つまりは明日に備えて何もしないままに、今日という日を終えてしまった。




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