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学園戦記  作者: 機場 環
第一章
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始まりの乱

そんな入学当初の、今となっては悪夢の始まりの思い出が、まるで走馬灯のように、鮮明に俺の脳裏に浮かんだ。或いは、本当に走馬灯なのかもしれない。朦朧とする意識の中、俺、太原 雪斎はそんな風に考えていた。



◇◇◇◇◇


「雪斎。疲れたからお茶を持ってこい。」


その、優雅に短歌でも詠うのが良く似合うような、花弁を思わせる可憐な唇に、心地よい鈴の音のような可憐な声で、そんな言葉を紡ぐ、見た目もこれまた可憐な女子生徒。我が

“今川軍”の班長、君主の今川 義元である。


この一年間俺が、彼女、義元と班を共にして分かったこと。義元はその可憐な姫君のような見た目以上に、いや、最早見た目を裏切り、我儘で傲慢で傲岸不遜である。美人ならば我儘でも良いだろうという者もいるが、生憎俺は、美人に虐められたいなんていう性癖は持ち合わせていない為、普通に苦でしか無い。


この苦労は、味わっていない人は分からないだろうと、俺はいつもそんな言葉で周りの人々の口を制す。俺がこの、武道の授業において、義元のせいで死ぬ思いをしたことを書けば本が出せる程だ。


ーータイトルは『腹黒姫と俺』か、『人の見た目は当てにならない』が良い。


何より、俺にとってこの事態は自業自得というのも有るのだから、これまた質が悪い。俺はこの我儘姫に全ての責任を押し付けるということも出来ないのだ。


「おい雪斎。聞いているのか?気持ちの悪い視線を向けないでお茶持ってこい。」

「義元…。いくら班長とは言ってもお前。気持ち悪い視線は言い過ぎだろ…」

「気持ちの悪いポニーテールに気持ちの悪いと言って何が悪い。口答えするな、気持ち悪い。」


義元は広げた扇子で口元を隠し、「気持ち悪い」を連発しながら眉間に皺を寄せて顔を顰める。顔だけは綺麗なんだから、そんな表情を俺に向けないで欲しい。いや、向けないでください。お願いします。


「あのさ、いい加減俺の髪型を貶すのは止めろ…。」

「じゃあ切れば良いだろう。ここまで言われて切らないでいるお前の謎の執念には、流石の私も驚きだよ。」

「良いんだよ、どうせまた伸びて邪魔になるんだから。」


そんな理由は上辺であり、俺が義元に言われたからといって切ったら、彼女はきっと待ってましたと言わんばかりに馬鹿にするだろう。それが癪で、切り時を逃してしまったというのが本当の理由だ。


「まぁ君の話しは心の底からどうでも良いんだ。それよりお茶を持って来い。何度同じことを言わせる気なんだ君は。これで三回目だぞ。」

「…はいはい。」


俺は渋々、磨いていた我が愛刀(木刀だが)を置いて、全校生徒五百名が己の武器を調整していても尚スペースが有り余るただっ広い体育館を後にした。



この学校は一日七時間授業。そのうち午後の三時間は、武道の授業が毎日ある。一年間、俺がこの授業中どんなに苦労したかは、先程も述べた通りだ。しかし、今回の武道の授業は不思議なことに、“武器の調整”。今までのハードな訓練とは全く違うものに、俺は思わず身構えている。これから何か、良からぬことが始まるのではないかと。俺の悪い予感は当たるのだ。良い予感は悉く外れるが。

何故俺がここまで警戒しているか。それは今強いられた苦労のせいである。この高校は行事満載の癖に、年間行事表なんてものが配布されない。故に、唐突にーーそれこそ一日前になってから、あの熱血教師か能天気な校長から行事予告がされる。全く、迷惑な話しである。

俺は嫌な予感に身震いしながらも、この馬鹿みたいにお金のかかったであろう造りの、あえて木製をチョイスした古めかしい仕様の広い廊下を足早に歩いた。同時に俺達の班の他の奴等は、今日は一体何処で、どんな馬鹿な理由で足止めを食らっているのかと探したりもしていたのだが、何事も無く購買に着いてしまったようだ。

この学校は戦国時代のような古めかしい造りを好んで取り入れているのだが、何故か購買と手洗い場だけは至極普通だ。色々と不便だからに違いないが、詰めが甘いというか、拘った割りには諦めが早いというか。いや、コンビニをそっくりそのまま校内に入れたような広さの購買は、違う意味で普通では無いかもしれないのだが。俺は姫様に言われた通りのものだけを早々に買うと、特に用事も無いので購買を後にする。そもそも今は授業中だ。班の五人揃って訓練を熟すのが普通なのだ。…そもそも五人中、三人は迷子なのだが。


「あーっ!雪斎くんだ!良かったー!」


と、丁度そんなことを考えながら購買を出たところで、迷子の中の一人の、そんな可愛らしい、テンションの高い声が俺に向かって響いた。同時に駆け寄ってくる、ぱたぱたという、走り慣れてないということがすぐに分かるような足音も。


「おぅ、泰朝。今日はどうしたんだ。」

「迷ったの!もー、この学校広すぎだよねっ!」


なんでこの人は既に一年間、しかも全寮制なんだから、三百六十五日間をまるまる過ごした校舎で迷子になるのだろうか。

彼女、我が班の癒し担当である朝比奈 泰朝(あさひなやすとも)は、「てへっ」とでも言いそうな笑顔で頭を掻く。その拍子に、彼女の頭のツインテールがゆらゆらと揺れた。泰朝はお馬鹿キャラのようだが、驚くことに学業のみにおいてはこの学校で一番の成績を叩き出している。…正直言って、俺は全然信じていない。


「雪斎くんはまた、義姫ちゃんのおつかいか〜。」

泰朝は俺の持つお茶を一瞥すると、俺に視線を戻して言った。おつかいというか、召使いというか、パシリというか。勿論、義姫というのはあの義元の事だ。

泰朝は身長が低いせいで、俺を見ると必然的に上目遣いになる。その黒目がちの大きな瞳で見つめられるのは、未だに慣れやしない。


「…ん、と。泰朝も一緒に戻るよ。もう授業始まってんだから。」

「うんっ!良かったー、雪斎くんと会えて!」


“朝比奈 泰朝が仲間に加わった”

俺は脳内で、どこかのRPGのようなアナウンスとBGMを流す。俺は勇者で、今は旅の途中で、仲間集めを強いられていると脳内で仮定したのだ。そう、義元のおつかいと、この仲間集めは俺の日課なのだ。これがRPGだとすると、仲間が集まったらリセットするを繰り返す、特殊な趣向を持ち合わせている人ということになってしまう。俺はそんな変人では無い。

最も、奴等…特に残りの二人は、わざわざ探す為の価値を探す方が重要な位には不要だが、不要の要、同じ班としてそんな訳にもいかない。だから俺は、わざわざ思考を変な世界に飛ばしてまで、この仲間集めという名と厄介者探しをする。一年間やってきて慣れたというのが、逆に恐ろしい。


「泰朝。迷子の時、長照と静実、見てない?」

「見てたら今頃迷子じゃないよ〜」

「そうだな…。じゃあ取り敢えず、体育館戻るか。」


はーいっ、という泰朝の元気良い返事が聞こえたので、俺は再び体育館に足を進めた。




◇◇◇◇◇


泰朝とお茶を体育館に届けてから、俺は残りの二人を探しに再び体育館を後にした。しかし、体育館の出口から伸びる長い廊下を歩いてすぐの所の手洗い場から、凄まじい勢いで何やら研磨するような音が聞こえ、俺は手洗い場の扉を蹴破るように足で乱暴に開ける。

扉の開く音に怯むこともなく、此方に目を向ける男子生徒。何やら保護眼鏡のようなものとマスクを付け、顔が良く分からなくなっている。


「…何だ、お前か…。」


そして俺を認識すると同時に、どうでも良さげな声と小さな溜息を漏らす。…顔が見えなくても直ぐに誰か分かる。このおかっぱに近い髪型の、線の細い華奢な男子生徒は同じ班の小原 静実(おはらしずざね)だ。

静実はいつも着用しているエプロンを翻しながら、怒りを露わにする俺を気にせず横を通り抜けると、手に持っていた布巾、着用していた使い捨ての手袋、そしてマスクをゴミ箱に捨てた。


「おい。もう授業始まってるぞ。お前はいつもいつも…」

「今日は武器の調整なのだろう?言われなくとも、僕はいつも調整を欠かさない。」


先程磨いていた洗面台で、これでもかという程ハンドソープで念入りに手を洗いながら、鏡越しに俺を見て「お前とは違う。」と付け足した。


「お前なぁ…人が毎日呼びに駆け回ってるというのに…」

「僕は頼んでない。」

「…良いから行くぞ。」


と、俺が静実の腕を乱暴に掴むと、静実はまるで腕に虫でも留まったかのように、「うわっ。」と嫌そうな声を出した。俺は思わず掴んだ手を離す。

「汚い手で触れるな…。」

静実は再び手を念入りに洗い出した。俺が触れた部分を重点的に。そろそろ泣きそうである。

こいつは潔癖性なのだ。人の座った便座に座れない。手を洗っていない時に触れたであろう蛇口を捻れない。少しでも菌が繁殖していそうとなれば、やるべきこともやりたいことも関係無く、全てを放り出して掃除を始める。人の汗や汚れは勿論、自分の汗でさえも彼には多大なストレスとるのだ。その異常なまでの拘りのせいで俺の心はいつも圧し折られる。それは静実自身の拘りであり、俺に対する悪意からの行動ではないのだから、安心できる反面余計に厄介だ。

しかし一つ、こいつを動かす魔法の言葉が有る。


「俺は良いとして、義元が待ってるぞ…」


ぽそりと、呟くようにそう言うと、静実はすぐ様手を洗うのを止めた。そしてエプロンからハンカチを出して良く水気を拭い、先程のようなビニール製ではなく、布製の黒い手袋を嵌めると、足早にトイレから出た。そう。こいつはあの極悪非道な義元にご執心なのだ。

早足で体育館に向かう静実の後を駆け足で追う。一仕事終えた満足感だけが、いつも俺の胸を満たしてくれた。




◇◇◇◇◇


「おっせぇぞー!ゆき!」


と、体育館に入るなり、俺のストレスの原因第四号の声が響いた。

「長照、今日はお前、今まで何してたんだ?」

俺は疲労を隠すことなく、寧ろわざと剥き出しにして問いかける。

「お昼寝してたら寝過ごしちまった!!」

メッシュの入った派手な頭髪に、鎖やらなんやらで派手に改造された制服に身を包む男子生徒、鵜殿 長照(うどのながてる)は、十百回も聞いた遅刻理由を笑顔で誤魔化しながら話す。犬のような犬歯が口元から覗いた。こいつ、長照は、悪い奴ではないものの、一言で言うならば単細胞である。

何はともあれ、これで我が班、戦国学校の中でも最も癖の強い、最も総合成績の悪い面子の“今川軍”が揃った。


「…うるさい長照。僕の方に唾を飛ばしたら殺すぞ。」

「あ?お前には言ってねぇんだけど?」


そんな俺の細やかな安堵を無視するようにして、また始まった。静実と長照は、何やら反りが合わないらしい。二人は思いっきり殺気を発し、ガンを付け合っている。毎日毎日飽きないのかと言う程に喧嘩をしている、所謂、犬猿の仲というのだろうか。長照が犬なら、静実は猿というより猫のようだが。


「二人とも五月蝿い。」


鶴の一声。義元の声は、素っ気なく呟くようなものだったのだが、二人のいがみ合いはぴたりと収まった。



「諸君!聞いてくれ!」


と、まるでこの瞬間を待っていたかのように、タイミング良くそんな声が響く。そこにはいつものように満面の笑顔を浮かべる校長、西城 龍介(さいじょうりゅうすけ)が、ステージの上に立っていた。ただっ広い体育館のせいで、辛うじて認識できる程度にしか見えないが。


「これから諸君には、“天下統一トーナメント”を行って貰う!」





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