2. 帰還
久方ぶりに帰ってきた教会のさらに奥、協会の玄関ホールで集まってきた人たちと立ち話をしていると向こう側から走ってくる足音が聞こえた。
「 師匠……っ!! 」
「 あぁ、リゼラか! ただいま 」
ディートの周りには人だかりが出来ていたが、走りくる彼女を見るなり、驚きに目を見開きつつも全員が道を空ける。
笑顔で迎えたディートに勢いよく駆け寄ったと思えば、リゼラは思わず彼の両袖を掴んだ。
「 師匠!! 大丈夫ですか……!? 目が……っ!! 」
「 落ち着きなさい、リゼラ。 よく見て、私は大丈夫。 それよりも……ただいま? 」
ディートは穏やかな声で諭し、安心させるようにリゼラの手をしっかりと握りしめて再度返答を待った。アニエスから聞いたディートの様子を聞いて気が逸っていたリゼラは少し落ち着きを取り戻してディートの目を見返した。彼は今、左目に治療用の眼帯を付けている。
「 ……すみません。 お帰りなさい、師匠 」
うん、とディートが頷くと、漸くリゼラの口元に笑みが浮かぶ。
……先程から自分の格好が周囲の注目を集めているとも知らずに。
「 あとね、リゼラ 」
相変わらずの穏やかな声音に、笑顔で「はい」と返事をするとディートはそのまま続けた。
「 急いで来てくれたのは嬉しいけれど、下に降りて来るのなら何か羽織るなり、着替えるなりしておいで。 一応お前も年頃の女の子だろう? 」
「 ……こ、こら! リゼラ……っ!! はっ、遅かったか……っ! 」
ディートが言うのと同時にアニエスが向こうから物凄い速さで駆けてきた。
先程リゼラを起こすのに精神を疲労したように見えたが、さすが女剣士である。
「 お前……せめて上着を着ろ! ……お前たちも見てないで、出迎え終わったんなら自分の持ち場に戻れ!! 」
そう言って自分が着ていた上着を投げて寄越した。
口は相変わらず悪いが面倒見はいいのがアニエスである。
周囲の人だかりはアニエスに言われた通りそれぞれの持ち場に戻り、代わりに去っていく人達に会釈をされている人物がこちらに向かってくる。
その途中で「 ……リゼラ一士のパジャマ姿が見れた……っ!! 」とか「 ……ばっ、お前、特士とアニエス一士に聞かれたら殺されるぞ……っ! 」とか「 ……寝間着万歳……! 」などという囁く者がいたが、アニエスの一睨みとディートの物言わぬ笑顔の圧力が、リゼラのあずかり知らぬところで揃って向けられた為足早に、いや、完全な逃げ足で去って行った。
そんなことは露知らず、リゼラは上着のお礼を言った。
「 ありがとう、アニエス 」
「 全く……。 気を付けろ……っと、アイツらも来たようだな 」
こちらに向かってきた人物達は彼女の仲間である聖職者姿の男と、緑の髪を腰の下まで伸ばした女だった。
「 あは、リゼラ本当に寝間着のままだ。 皆何をコソコソ言ってるのかと思… 」
「 あ、シャンテ。 ちゃんと連れてきてくれてありがとうな。 ソイツも寝てた? 」
「 いえ、ハバートは起きてましたよ 」
「 俺は無視ですかそうですか……。 そうそう、ちゃんと起こされなくても起きてましたよー。……今日は 」
ハバートと言われた男とシャンテと呼ばれた女が立ち並ぶ。
ハバートもリゼラと同じく朝が弱いことで知られている為、先にディートを出迎えたシャンテとアニエスが寝起きの悪い二人を起こしに行くという話になったらしい。
今のやり取りで若干いじけていたが、ディートを見た瞬間何かに気が付いた。
「 あんた、その目何したんですか? いや違うか……何をされたんです? 」
「 え? ……それどういう事? 」
突然のハバートの質問にリゼラが反応する。
はっとディートを見ると、彼は困ったように頬を掻いた。
「 いやはや、さすがハバート。 ですがその話はまた後にお願いします。 先ずは巫女長様にご報告しなければ 」
四人の弟子たちを見渡し、彼らが元気でいることを改めて確認すると後で必ず詳細を話す事を約束した。ハバートは少し納得いかなさそうだったが必ずと約束されては仕方ない。
「 恐らくこれは君たちの次の任務にも関わるかも知れないからね。 なお、あまり人には聞かれたくないので二時間後、七階層の小会議室に集まりなさい 」
「 はい! 」
久方ぶりに聞いた四人の揃った返事に対して笑みを残し、ディートはその場を去って行った。
――――――我が師ながら忙しい人だ。帰ってきてすぐに休めないとは。
後で、二日三日くらいのまとまった休暇を勧めようとリゼラは思った。
「 とりあえず、飯食おー 」
ディートを見送った後、発された言葉に一同はハバートを見た。
「 お前起きてたのにメシ食ってないのか? 」
「 俺が起きたのはついさっき、偶然にも『視た』から。 ギリギリまで寝てたの 」
これを聞いた一同の胸中には「 便利目覚ましか…… 」という思いが走ったことだろう。
ハバートにおいて『 視る 』というのは千里眼ほど強くはないが、稀に何か物事が起こる少し前、ふとした瞬間にそれを認識することである。これは元々ハバートの一族の特権事項だった。最も彼の一族の者は皆強い千里眼を持っていたが。
リゼラはため息をつき、自分の格好を見下ろした。
自分にもその能力があったのなら寝間着のまま人前に出るなどという恥ずかしい失態を犯さずにすむのだろうか。
「 はぁ。 まぁ、私も着替えて早くご飯食べよ――…… 」
……無いものねだりは早々に諦め、まずは食事にありつくことを考えた。
アニエスが超絶男前すぎてw
むしろ彼女に惚れそう(汗