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1. 始まり

 


辺りは火に囲まれていた。

女は怪我を負っており、その場から逃げられなかった。

だがそれでも何かを守る為に必死に叫ぶ。


「 やめてお願い!! 子供は殺さな……っ…か…は…っ 」


叫びは悲痛に、しかし無慈悲に断ち切られた。

すでに事切れた女の後ろに庇われていたのは。


「 ……フン。 赤ん坊か 」


 しゃがれた声は極めて冷酷に放たれる。

 自分の身を犠牲にした女。愚かだ。例えそんなことをしても庇った赤子が死ぬ運命に変わりはないと言うのに。己から逃げきることなど出来るはずもない。

屋敷の外で自分に刃向かってきた数人の男女、そして戒士達は全員屠ってやった。中には連中を仕切っていたここの主のような男もいたが、あっけなく己が刃の前に倒れた。

辺りは紅く染まり、ぬるりとした水溜まりがそこら中に出来ている。


「 後に続く禍根はすべて摘み取らねば 」


 冷ややかな声とともに暗く鈍い光が輝く。

その凶悪な鋼の塊が眼前の子供に振り下ろされようとしたその瞬間、大きな叫び声と共に眩いばかりの光が辺り一面に広がった。


「 ……く…っ、なんだと……!? 」


 その光は害を為そうとした者に大きなダメージを与えた。しかしそれでも尚その者を倒すには遠く及ばない。


「 小癪な……!! 散れ!! 」


遠くからは、また新たな喧騒が聞こえた。


◇◇◇



 どこか遠くで、名を呼ばれたような気がした。


 カーテンの隙間から逆光が差している。

リゼラ・D・ラッケルは眩しそうに寝返りを打ち、窓に背を向けた。

そこへ、扉の外で下から階段を昇る足音が近づく。その足音はこの部屋の扉の前で止まり、ノックする音が聞こえた。リゼラは唸りながら布団を頭から被り、その音から逃げようと再び寝返りを打つ。

扉の前にいる者はリゼラの起き出す気配がない事を察したのか、ノックの音が次第に苛ついていき。


「 リゼラァ! 聞こえてんだろ!? 」


という声がした。口調は荒いが声色は女のものである。

だが相変わらず部屋の中で動く気配はない。

声の主は自分の中で何かが切れる音を聞いた。


「 ……開けるぞ 」


ガチャリと扉が開けられる。

その音を聞いたリゼラは益々深く布団を被り丸くなる。それを暗闇の中で確認した声の主はこめかみを押さえ、やがて部屋中のカーテンを開け放った。

そして。


「 起ーきーろーっ! 」


「 ―――――――っ!? 」


耳元で響く大声に驚き、リゼラは飛び起きた。……が、しかし。


「 なんだアニエスか……おやすみ 」


再び布団をかぶる。


「 こら!『 なんだ 』じゃないっての! 何度呼ばせれば気が済…って言った側から寝るな―――っ!! 」


 威勢よくリゼラを起こそう布団を引っ張っているのは、アニエス・F・ロンドリエ。先程の通り言葉遣いも態度も荒っぽいが、正真正銘"女"である。


「 朝からうるさいな――……。 そんなに騒いで……誰か喧嘩でもした? 」


 リゼラは気配に敏感だが内部で特に危険な気配はしない。

布団の中から、特に緊急事態ではないのなら起こすなと暗に訴えるくぐもった声が聞こえた。

アニエスはついに諦めたのか、ため息を一つついて布団から手を放す。


「 ……相も変わらず寝起きの悪い……何もなかったらわざわざ起こしに来ないっての。 って寝起きのお前に言っても無駄か…… 」


 苦笑して、丸くなっている塊を見やる。昔から寝起きが悪いのは百も承知だ。だが、これだけは伝えねばなるまい。彼女も心待ちにしているはずだ、きっと驚くことだろう。


「 ここんとこ連絡なかったけど……今、やっと帰ってきたよ、あの先生。 全く、心配かけてさ。 でも、生きて帰ってきたから良かった 」


 その言葉を聞いて布団の中のリゼラは口の中で呟く。

――――――先生。

……ダメだまだ頭が寝ていて全然理解できない。


「 え……誰……? 」


 アニエスの期待に反し相変わらずの布団の中からの応答と、寝ぼけたようなリゼラの声に、彼女はわなわなと体を震わせた。


「 だから! やっと! お前の大好きな!ディー先生が帰ってきたから起こしてやったんだろうがっ!! 」


先ほどからアニエスが言っている「 ディー先生 」とは、正確にはディート・A・ラッケル氏の事である。彼は訳ありの彼女たちを引き取り、あるいは勧誘して、成長を見守ってくれた人だ。

そのため師匠にあたる存在として彼女たちから慕われている。

リゼラ、アニエスの他にも彼に拾われた、又はスカウトされた者があと2人いるが、リゼラはもっと幼いころ、それこそ赤子の時に引き取られた為に、本当の親子のようにディートを慕っている。要は、義理の親子であり一番弟子ということだ。

リゼラと名付けたのもディートである。


「 え?……ディーせんせ……って師匠ぉ――――っ!? 」


 復唱した自分の言葉で受けた衝撃のあまり、リゼラは再び布団から飛び起きてアニエスを見た。

彼女は半分呆れ顔をして口元を引き攣らせている。


「 えぇっ? ずっと連絡つかなかったのに!! ってかそれを先に言ってよ!? 」


アニエスは額に青筋を浮かべた。


「 何度言ってもお前が起きないんだろうが!! 階段下からだって何度呼んだか……気のきかせがいのない奴め 」


 これが非常時になると何事もなかったかのように起きるのだ。なのに何故通常時はだめなのか……とアニエスがため息と共に半眼になると、リゼラは、うっと詰まり、青くなりながら半笑いでごまかした。

 

 彼女達が現在いる場所はカルキリエ教会本部と呼ばれる場所のとある棟の一室、リゼラに充てられている部屋だ。

 

 この組織、実は表向きは普通の教会として、人々の心の拠りどころになって成り立っているが、本来はカルキリエ『協会』という。

カルキリエ協会は全世界いたるところに支部があり、その真の目的は『世界の均衡・秩序を保つこと』。


この理由からカルキリエ教会(協会)は、この世界の独立機関として人々を守り、また人々から守られるという特殊な事情のため、どんな権力も干渉することはできない。ましてや攻撃を加える事も出来ない。その在り方を維持するために協会にもそれなりのルールも存在している。


そしてもう一つ。

戒士と呼ばれる存在がこの世界にはある。

それは、人に備わる力『気力』を使って「世界を戒めんとする者」のことである。

 カルキリエ協会は独特な制度によって、優れているとされる戒士は認定制によって級を授けられることになっている。

階級は下から級なし、三級、二級、一級戒士、特級戒士、零級戒士(ノート)と呼ばれるようになるのだ。


「 ホントにあの人、もっと前から連絡よこしてくれれば良かったのに 」

 

 ディートは協会の戒士としては特級戒士という位に立っており、その実力も()ることながらトップクラスの実力者である。ちなみにリゼラを含めた四人の弟子たちは全員一級戒士である。

 

 そんな実力を持つ彼は、協会のとある長期任務で二年ほどリゼラ達の近くを離れていた。連絡も向こうからは出来るがこちらからは出来なかったため、ずっと連絡がないと音信不通のままだったのである。

最後の連絡は半年前だった。


「 まぁ、つうワケだから。早く下に降りてこいよ 」


 余談だがアニエスの口調が荒いのは、そこら辺の男よりもそれはそれは勇ましい女剣士であることに理由がある。


「 えぇ。分かった。 ありがとう 」


 そう言って、リゼラは着替えようと完全に寝台を出た。

だが、アニエスはまだその場に留まったまま、何かを言いたげに口を動かす。


「 何? 」


「 ……あとな 」


そこでアニエスの表情が曇った。何か良くない事があったのだろうか。

不穏な声色に、リゼラは身構えた。

本編開始です。

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