8. ささやかな相違
「 リゼラ、こんなところで鍛錬ですか? 食堂が閉まってしまいますよ? 」
「 ……あ 」
どうやら自分がまだ夕飯を食べていないことをすっかり忘れていたようだ。よほど剣をためし振りしたかったらしい。
「 ははは……わすれてた。 ……間に合うかな? 」
二対の剣をくるくるっと回してみせ、それぞれを鞘に納める。そして、シャンテへと歩み寄った。
「 本部で鍛錬した方がよかったのでは? 」
「 いやー、実は鍛冶屋に出してた剣がきょう出来上がったからさ、うずうずしちゃってね 」
「 まあ、相変わらずですね 」
楽しそうに、彼女たちは笑った。
「 そっちは? もうご飯食べたの? 」
「 はい。 だいぶ前に食べ終えたので買い物をしてきたところです 」
「 そっか。 いちおう、夜の一人歩きは気を付けなよ――? まぁ、特に問題はないだろうけどね 」
「 ふふ、それはお互い様です。 ですがそうですね、気を付けましょう 」
このワーゼンブルグは治安が良い方なので、不埒な輩に襲われる心配も少ない。闇人の暴走も起きたことがなく、闇人・光人共に平穏に暮らしている。
それに、シャンテものほほんとしているように見えて甘く見ると痛い目を見る。と、いうよりも彼女の最も得意とする魔術で文字通りに”締め上げられ”るのがオチだ。見た目に騙されてはいけない。
「 そういや、誰だったかね。 シャンテのことを『 草原の乙女 』って言った人 」
「 嗚呼、そんな方もいらっしゃいましたね。 いちおうこれは染め髪なのですが……。 たしか、どこかの支部の方だったかと 」
本部にはもちろんのこと支部からも人が来る。支部と言えばハバートも支部から来た人間だ。正確には、ディートが彼をスカウトして本部に来るように勧めたという。リゼラは詳しく知らないが、何でもディートはそのころ強い”気”を持った将来有望そうな人材を探していたとかなんとか。
「 って話してる場合じゃない!! 早く帰らないとヴォルネケが食べられない!! …………が。 ……もう残ってないな……たぶん 」
リゼラはしょんぼりと肩を落として言った。
ヴォルネケとは一般的にも人気な家庭料理である。主な具材は厚く切った牛肉やホクホクの芋やお好みのの材料を入れる。ほどよく焦がしたシチューの中でじっくりと煮込むというレシピも人気の秘訣だ。これがまた食堂でも最も人気なメニューであるため最後まで残っていることは少なかった。
「 まぁ、しょうがないけど……とりあえず帰るよ。 シャンテはどうする? 」
「 私も帰ろうと思います。 …………あの、リゼラ。 少しよろしいですか? 」
躊躇いがちに語りかける。
リゼラは、ん?というように彼女をみた。
「 先生の代わりにきたあの方の事ですが…… 」
「 あぁ、セレーヌさん? あの人いい人だよね――、強そうだしさ。 何より超絶美人だと思ったね 」
「 いえ、そうではなくて……。 ……リゼラは彼女とどう接するのですか? やはり先生と同じように接するべき、なのでしょうか……? 」
リゼラは、首をかしげた。同じように、同じように……。つまり、彼女に信頼をおいて指示に従うことを言っているのだろうか?それなら自分たちの最も信頼するのディートが彼女を信頼している。自分も彼女を見てなんとなくだが信用できると思っている。それなら普通に接すればいいのではないか?と、リゼラは思った。
それとも、シャンテは彼女を信用できないのだろうか。
「 ……いえ、なんでもないです。 すみません 」
「 ……う――ん、あんまり難しく考える必要はないと思うよ? まぁ、人それぞれだとは思うけど、要するにあの人を信用するかしないかってことなら……私は信用する。 普通に接するよ。 会話とか聞いててもこの人は信じても大丈夫って自分でも思ったし。 ……まだなんとなくだけど 」
答えが曖昧になってしまうのは仕方ない。彼女たちはそんなに時間を共に過ごしたわけでもなく何よりも初めて会ったのはつい先日のことだ。あとはそれぞれが各々の接し方を決めていくほかないだろう。
「 でも、もし……ずっとあの方がこの班を見ることになったら……もう先生には師事できないのでしょうか 」
そういうことか。恐らくシャンテが心配しているのはセレーヌとばかり接することになったら、ディートと接する機会が減るかもしれない事を危惧しているのだろうとリゼラは思った。
「 あ――、でも会おうと思えば……は無理か。 任務に出たらなかなか会えないもんね、今回遠出だし。 早く帰るのが一番だけど……ライナ達みたいに通信代わりになるものがあればいいのにね 」
「 はい……。 でも……先生に負担になることは避けたいので、やっぱり大丈夫です 」
健気にもシャンテはそう言った。
今はこうして普通にしているが、ディートの弟子たちは己が師を案じているのだ。
「 ははは、本当に師匠が好きだよね。 ま、通信手段はおいといて……。 とりあえずは問題ないと思うよ。 意外とそんなに簡単に繋がりは切れない。 師匠も『 うまくやって 』って言ってたしさ。 普通に接してみればいいんじゃない? 」
リゼラがそういうとシャンテは曖昧に頷いた。
「 ありがとうございます、リゼラ。 もう少し、考えてみようと思います 」
「 そっか。 ……じゃあ、帰ろうか? 」
なんとなく誘い、促してみる。ところがシャンテは横に首を振った。
「 あ、あの。 私はもう少ししたら帰りますので。 寄る場所があるの忘れてました 」
「 ほ? そうなの? じゃあ私先に帰ってるよ? 」
「 はい。 私の事はお構いなく、また後で 」
了解、と言ってリゼラはひと気のない空き地を後にした。
急いでも間に合うかはわからないが、早く帰らなければ夕飯は素っ気ない余りものメニューになってしまう。
やがて、リゼラの姿が協会の方へと消える頃。
空き地に残ったシャンテはぽつりとつぶやいた。
「 やっぱり……。 ……あなたはそう言うのね…… 」
『 私は信用する 』
『 問題ないと思うよ? 』
『 そんなに簡単に繋がりは切れない 』
恐らく赤子の頃から彼に拾われた彼女にはわからないだろうと思った。きっとはじめから彼の家族となっているリゼラには分からないだろう、と。
じわりと、胸に湧き上がるものがあった。例えるなら水の中に黒いインクが広がるような。彼女にとってそれはいつもの感情だった。
「 だって……リゼラは 」
――――――――だってあなたは……繋がりが切れる心配なんて、もとからしなくていいんだもの……ね
シャンテの嫉妬は一体。




