双子
『双子』
「あんたなんか大嫌い!」
「私だって大嫌い!」
「こんなのも・・・・・・もういらないわ」
感情に任せて、おそろいで買ったヘアピンを友人は地面に叩きつけてしまう。それを見た瞬間、さらに大きな怒りの渦が体の奥底から湧き上がり、それと同時にひどく左胸が痛んだような気がした。
「あーせいせいした。あんたの変にうじうじしてるところとか、本当は面倒でうざくて嫌いだったのよね。じゃ、明日からあたしとあんたは赤の他人ってことで」
「っ・・・・・・」
「さよなら」
一方的に吐き捨てると、友人はヘアピンを地面に残したまま一人で帰ってしまう。呼びとめようとするが、声は音になってくれず、喉は焼いたように痛み息を吸う事すらままならない。
「・・・・・・ど、してっ・・・・・・」
ようやく出てきた声は掠れていて、ぐっと下唇を噛み締めこみ上げる感情を堪えてみると、視界がゆらりと揺れる。瞬きをすると目から大粒の雫が落ち、地面に不恰好な円の模様を描いた。
こんなことをしたかったわけじゃ、あんなことを言いたかったわけじゃないのに。
ゆるゆると顔を上げると、きらりと地面で何かが光る。それが友人の投げ捨てたおそろいだったヘアピンだということに気づくと、少女はふらつきながらそれに近づいた。そっと膝を曲げヘアピンに手を伸ばす。
可愛い花の装飾がついたそれは未だに新品のように光を反射しており、友人がどれだけ大切にしていてくれたのかがうかがえる。その事に気づいた瞬間、女の子はそのヘアピンをきつく握りしめ、その拳を額に当てると声を上げて泣き出した。
「ひっぐ・・・・・・うええぇぇぇ~・・・・・・っ」
どうしてあんな冷たい言葉を投げつけてしまったのだろう。どうしてあんなひどい事を言ってしまったのだろう。思い返せば後悔ばかりで、何度謝罪の言葉を口にしても友人が戻ってきてくれることはない。
「う・・・・・・ぐすっ・・・・・・ひっく・・・・・・」
日が落ち、肌寒さでそれを感じ取った女の子は泣き止まないまま歩き出す。おぼつかない足取りで家にたどりついた女の子を見た両親は驚くが、女の子は何も答えずにただ泣くだけ。何も言わず何も答えない女の子にお手上げ状態になった両親は、とりあえず様子を見ることにした。
自室のベッドに丸くなった女の子は、それでも泣き続けた。枯れないことが不思議なくらいに泣き続けた女の子は、悲しみより疲れが上回り始めうとうととそのまま夢現をさ迷い始める。
そして、女の子の意識はいつの間にか夢の中へと引きずりこまれていった。
* *
「ん・・・・・・っ・・・・・・」
ふと意識が浮上し、慣れない地面の固さに反射的に飛び起きようとするが、泣きすぎたせいでか頭につきりと痛みが走る。目蓋も熱を持ち重く、十分に時間をかけながら女の子は起き上がった。
「こ・・・・・・こは・・・・・・?」
泣き喚き過ぎたせいで声は枯れ、女の子の口からは掠れたような音が漏れる。瞬き三回分の間思考を停止させていた女の子は、その後ようやく自分が見知らぬ森にいることに気づく。
「何・・・・・・?」
ようやく意識が鮮明になり、それと同時に焦りと混乱が女の子の中に生じる。なぜ自分はこんなところにいるのか。そう思った瞬間、突然肩に重みを感じ、女の子はありったけの声を絞り出して悲鳴を上げた。
「きゃああああああああああ!」
「っ・・・・・・うるさいなぁ。せっかく気づくまでって待ってて上げたのに、気づかなかったそっちが悪いよぉ~」
「だ、だ、だ、誰!?何!?」
慌てて振り返り、そして後ずさりながら女の子は驚かした本人へと投げつける。女の子の反応が面白かったのか、犯人の小さな男の子はにやにやと口を三日月に歪めて笑った。
「うつろ市場へようこそぉ。僕はこの市場の案内人のチェシャって言うんだぁ。この市場ではお客様のことを『アリス』って呼ぶ決まりになってるから、そこんとこよろしくねぇ。ああ、自己紹介はいらないよぉ。本名は簡単には名乗らないものだからねぇ」
「市場?何?ここはどこなの?」
驚きと混乱から状況が飲み込めない女の子は、さらに後ろへと下がる。笑みを浮かべていたチェシャは小さく息をつくと、両手を空へと掲げた。
「うつろ市場さぁ。叶えたい願いを持つ者が呼び寄せられ、そしてその願いを売買してくれる市場。そして僕はその案内人。君はそのお客さんさぁ、アリス」
「お客?願いが叶うって・・・・・・?」
後ずさることを止めた女の子は、興味深そうにチェシャを見つめ返す。チェシャはにんまりと笑みを浮かべると、長い袖に覆われた右手を少女へと向けた。余った袖がゆらゆらと揺れ、まるで柱時計の振り子のようだ。
「君は叶えたい願いがある。だからこの誘いの森に誘われたんだよぉ。さあアリス。君が叶えたい願いはなぁにぃ?僕が案内してあげるぅ。君の願いを叶えてくれるお店にねぇ」
「私の・・・・・・願い」
何か強く願ったことがあったような気がするのに、頭にもやが掛かったような感覚がぬぐえない。思考がぼんやりとして、考えようとしているのにまるで考えたくないかのように思考が霧散していく。
「・・・・・・あ」
その時、女の子は自分が何かを握り締めていることに気がついた。なんだろうと思って右手を開いてみると、見慣れた小さく可愛いヘアピンが二本。自分が持っている物と色は違うが、デザインも素材も全く一緒で、仲良しの証だと友人と一緒に買ったもの。
そうだ、私は――
「友人と、大切な友人と喧嘩したの。仲直り・・・・・・したい」
「それが君の願いだねぇ。じゃあ行こうかアリス。君の願いが叶うお店に、案内してあげるよぉ」
そう言うと、軽い足取りでチェシャは市場への門をくぐった。まるでそこが異世界への境界線に見えた女の子は一瞬躊躇するが、意を決すると一歩一歩ゆっくりと歩き出す。古びた門には確かに『うつろ市場』という看板があり、中は小さな広場のような造りになっていた。
中央には噴水があり、その周りを囲むようにお店が建ち並ぶ。中央から奥へと伸びる道の先には立派なお城が佇んでおり、人気がない事を覗けば本当にどこにでもありそうな街並みだった。
「ねえ、夜なのにお店開いてるの?」
「夜じゃないならいつに開けるのぉ?」
「え?普通は昼じゃないの?」
「昼なんてないよぉ。この世界にあるのは夜の時間だけさぁ」
なんだそれは。思わずつっこもうとした女の子だったが、そこでふと気づく。ここは、自分の願望が作り出した世界なのではないだろうか。悲しくて苦しくて、友人と仲直りがしたいという願望が作り出した夢。ならば、普通じゃなくても納得がいく。だって夢なのだから。
「・・・・・・そう思うならそう思うといいよぉ」
「え?」
「――ここだよぉ」
チェシャの小さな呟きは女の子には届いておらず、聞き返すがチェシャはそれを無視してしまう。だが自分が作り出した夢の世界なのだと錯覚している女の子は、それを気にしなかった。
「ここは・・・・・・おもちゃ屋さん?ねえ、私別に――」
「いいから入るよぉ」
女の子の言葉を遮ると、チェシャはドアの取っ手に手を伸ばした。ゆっくりと取っ手を引くと、それに合わせてガラス張りのドアが小さな音を立てて動き出す。
「さあ、お入りぃ」
チェシャに促され、女の子はゆっくりと店内に足を進めた。続いてチェシャもお店へと入り、力を失ったドアは自然と元の場所へと戻りだす。
「ディー、ダムー?アリスが来たよぉ」
店員の名前なのか、チェシャは静かな店内に大きな声で叫ぶ。棚に並べられている不気味なぬいぐるみを眺めていた女の子は、奥から聞こえた喧騒に顔を上げた。
「兄さん、今度は僕の番!」
「ダーメ。こういう時は年長者が優先なの」
「僕だって同じじゃないか!」
「弟の時点で俺のが年長者だって」
「そんなことないよ!」
どうやらどちらが相手をするかでもめているらしい。女の子とチェシャの前に来ても二人の喧嘩は収まらず、しばらくは黙って眺めていたチェシャがやがて痺れを切らしたのか二人の間に割り込んだ。
「はいはいストップぅ。喧嘩はいつでも出来るんだからあ、アリスの相手を今はしようよぉ」
「うっさいチェシャ猫!」
「ねえねえ、チェシャは僕にも権利あると思うよね?」
「だから俺が優先だっつの」
「僕だって――」
「ねえ、いい加減やめないんなら、僕も怒るよぉ?」
にこやかなチェシャの言葉に双子はぴたりと口論をやめ、そして同時にチェシャに謝る。口を開けたままそこまでの流れを傍観していた女の子は、四つの視線が自分に向けられるのを感じて我に返った。
「ようこそアリス。俺はディー。兄だ」
「ようこそアリス。僕はダム。弟だよ。今日は何をお探しなのかな?」
「・・・・・・」
「アリス?」
「どうかした?」
「っごめんなさい。ちょっとぼーっとしてて・・・・・・」
そう言いながら女の子は視線を並んで立つ双子の中央に向けた。向かって右側に立つディーには右腕が。左側に立つダムには左腕がそれぞれないのだ。まるでお互いを補うかのように、双子は腕が無い方を内側にして立っている。
袖の無い服を着ているため余計にその生々しい感じが見て取れるため、女の子はなかなか視線をそこから動かせないでいた。すると、それに気づいたのか、チェシャがある行動に出る。
「アリスぅ?注文しないと、双子が困ってるよぉ?」
視線を遮るようにして、目の前に立ったのだ。チェシャのドアップに驚きながらも、ようやく我に返った女の子は謝りながら自分の願いを頭の中で整理した。
「えっと、喧嘩をした友人と仲直りがしたいんだけど・・・・・・」
「それならお安い御用だな」
「対価はしっかりいただきますけどね」
「・・・・・・対価・・・・・・?」
その言葉にぴくりと女の子が肩を揺らす。声に含まれて不安の色に気づかず、双子は楽しそうに語り出す。
「そう。願いの大きさに合わせた対価さ」
「お金とか僕達はいらないんだ。でも、何も貰わずには願いを叶えてあげられない」
「対価が何になるかはアリスには教えられない。ただし、必ず等しいものが支払われる」
「ここはそういう市場なんだよ」
「そんな・・・・・・」
「でもぉ、アリスは叶えたいんじゃないのぉ?それくらい強い願いじゃないと、ここにはこれないからねぇ」
並んでいるぬいぐるみを突きながら、チェシャは笑い混じりにそう呟いた。双子もそれに頷き返し、さあっと女の子に願いを言うよう迫る。
「私は・・・・・・」
代償が必要となるのならば別に叶わなくても良い。そう言おうとした女の子だったが、手の中に転がるヘアピンを見てその言葉を飲み込む。このままで良いのだろうか。今までずっと一緒だったのに、今更あの子がいない生活なんて考えられない。
そう、失いたく無い大切な友人。
「・・・・・・友人と、前みたいに仲良くしたい」
「お買い上げ」
「ありがとうございます」
「ひゃっ」
双子が笑いながら頭を下げると、周りに飾ってあった歪なぬいぐるみ達もけたけたと笑い始める。気味の悪いその声は店中に充満し、そしてその声に見送られるようにして女の子は店を出た。
「さあ、じゃあ帰ろうかアリス」
「え?ちょっと待って。私何ももらってない!」
腕を掴み、門の方へと歩き出すチェシャに半ば引きずられるようにしながら女の子は抗議した。だが、チェシャはそんな女の子に冷たく返す。
「形無いものをどうやって受け取るって言うのさぁ。帰れば分かるよぉ」
「そんなこと言われても・・・・・・っいや!」
門をくぐり市場の外へと出ると、そこには大きな穴が開いていた。底がないのか、真っ暗なそれからは風さえ感じられない。腕が引っ張られる強さから、そこに投げ込まれると判断した女の子は全身全霊でその力に抵抗するが体は簡単に放り出されてしまう。
「お買い上げありがとうございましたぁ。二度と会うことはないでしょう」
「まっ――」
頭を下げるチェシャに手を伸ばすが、すぐに視界は暗転し、そしていつの間にか意識も途切れた。
* *
「――て。起きなさい!」
「っ!」
突然の大声に一気に意識が覚醒した女の子は、目を見開いて飛び起きた。そんな女の子に呆れたように息をつくと、母は友達が来てくれたわよと言い残して部屋から出ていってしまう。
「友人・・・・・・?」
一体誰だろうかと窓に近づき外を見てみると、見慣れた顔がそこにはあった。
「あ・・・・・・っ」
その子が誰なのかを理解すると同時に、体は勝手に動き出していた。うるさいという母の声を無視して慌しく玄関から飛び出すと、友人は目を丸くして女の子へと近づいた。
「どうしたの?そんなに慌てて」
「っ・・・・・・ううん、なんでもないの。あ、あの、これっ・・・・・・」
まるで喧嘩したこと自体が綺麗さっぱり消えてしまっているかのような友人の態度に安堵しながら、ずっと握り締めていたヘアピンを恐る恐る差し出す。それを見た友人は、泣きそうな顔で満面の笑みを作った。
「良かったあ!見つけててくれたんだね!失くしたと思ってすっごく探し回ったんだ。本当に良かったあ」
心の底から嬉しそうにそう言う友人を見て、女の子は頬を涙が伝うのを感じた。
「え?どうしたの?なんで泣いてるの?」
「ううん・・・・・・なんでもないっ・・・・・・」
「さっきからどうしちゃったんだよー。何か嫌なことでもあったの?」
「嫌な――夢を見ちゃったの」
「なーんだ、夢か。なら良かったよ。あ、ねえ、ちょっと上がって言い?話があるんだ」
「うん!」
いつも通り。今まで通り。きっと、そうなってくれる。そうなってくれた。
その事で頭が一杯の女の子は、その時友人の表情に気づけなかった。親に一言言って自室へと友人を招き入れた女の子は、何か食べるかと聞くが返事はノー。いつもならもっとリラックスしてくれてるというのに、なぜかその日は正座の友人だったが、女の子はそれでも気づかなかった。
「で、話って何?どうしたの?」
「・・・・・・うん、あのね・・・・・・」
暗い表情。重い空気。低い声音。ようやくそこで、女の子は友人の様子がただごとではないことに気がついた。
「――お父さんとお母さん、離婚するんだって」
「・・・・・・え?」
「私はお母さんに引き取られて、お母さんの実家で暮らすことになったの・・・・・・」
「え?ちょっと待って、なんでそんないきなり・・・・・・?」
友人の両親は誰もがうらやむほどに仲が良かったはずだ。それなのに、どうしていきなり離婚などの話が出てくるのか。友人もまだ現実を受け止めきれていないのか、突然床に伏して泣き出してしまった。
「わからないっ・・・・・・今日起きたら突然っり、離婚するって・・・・・・どうして?!どうしてなのっ・・・・・・!」
「そんな・・・・・・?」
その時突然、頭の中に夢で聞いた声が再生される。そして、なぜか漠然と女の子は理解したのだ。
支払われた対価がこれなのだということを。
「あ・・・・・・私・・・・・・っ」
「やだよぉ・・・・・・あたし、離婚なんてしてほしくないっ!」
「私の・・・・・・せいなの・・・・・・」
「・・・・・・?何言ってるの?そんなこと・・・・・・」
「わた、しの・・・・・・せい、なのっ・・・・・・ごめん。ごめんねっ。ごめんなさい!」
突然泣き出してしまった女の子に、それまで泣きじゃくっていた友人は困ったように首を傾げる。それから二人は女の子の母親がどうしたのかとやってくるまで、ずっと一緒に鳴き続けていた。
そんな二人の様子が映し出されている大きな鏡を見つめながら、ディーとダムはくすくすと笑いを漏らしていた。
「ねぇ~?何を貰ったのぉ?」
一緒に鏡を覗き込んでいたチェシャは、隣で笑う双子へとたずねる。同時にチェシャの方に視線を向けた二人は、商品棚から一体のぬいぐるみを取り合げた。
「絆さ。友人の両親の絆」
「あんまり高くなかったね。今回のお買い物」
「まあ、あの二人の絆がまたこれからどうなるかは俺達の知ったこっちゃなけどな」
「うわぁ~いじわるぅ」
「そんなこと言うんなら、僕達のところじゃなくていっそ女王様のところに連れて行くべきだったんじゃない?チェシャさん」
「まあ、新たなる人生が開かれるのは間違いなかっただろうけどな」
「だってぇ、友人との関係の修復だったんだもぉん」
「でもまあ、人間ってほんと他力本願だな」
「自力でなんとかできただろうに、わざわざここに来るくらいに願っちゃったんだもんね。本当人間って愉快な生き物」
「そうだねぇ・・・・・・。じゃあ、僕はそろそろ持ち場に戻るよぉ。またねぇ」
「じゃあな、チェシャ」
「またね、チェシャさん」




