恋した日々より、その先へ
放課後、体育館の裏、幼なじみ…そんなシチュエーションだと、話の内容なんて聞かなくても大体わかる。
「あのね、優ちゃん…気づいてたと思うけどね、私ね、優ちゃんのことがね、その、ね…」
ああ、ついに来たか。まさか麻衣から言われるとは思わなかった。高校生までなんとかあやふやにしてきたのに、あの麻衣にこんな勇気があるとは…
「ずっとずっと、好きだったの!だから、こんな、グダグダした関係じゃなくて、その…恋人か彼女にしてください!」
いやいや、俺は前から麻衣はやれば出来る子と知ってたじゃないか。真っ赤な顔で長い髪を振り乱して、そんな必死に告白なんて…また一歩、成長したな。
「…?…優ちゃん、あの、その………返事…」
返事?…あ、告白への答えってことか。幼稚園からずっと隣で一緒に過ごしてきたんだ、俺の答えは最初から決まってるよ。
「あのな、麻衣。誤解するかもしれないけど、俺はお前のこと好きだけど…今は付き合えない」
目を見て話すなんて出来るわけもなく、上や下やと目線を泳がせながら小さいときからの本心をさらけ出した。全く、何で俺がわざわざこんな辱しめを受けないといけないんだ…
それこそ昔から、ずっと麻衣だけを見てきたんだぞ?それに好きでもない奴とわざわざ昼飯食べに、俺が違うクラスまで行くと思うか?…口にはしないけど、俺は普段から麻衣を一番大切に思っている。今、出してしまったけど。
少し落ち着いてきたので、麻衣の表情を確認する。
笑顔だったら嬉しかったけど、何故かキョトンとした呆け顔でこっちを伺っていた。
「…何だよ、その顔は?」
「いや、あのね…優ちゃんも私を好きって言ってくれたのは嬉しいんだけどね、その………」
両手を胸の前でもじもじと動かしながら、何か迷ってるような悩んでるような態度を示している。何だ、言いたいことはハッキリ言えばいいだろ。
…ん?あ、そっか。好きなのに付き合えないとか矛盾したこと言ったから、頭の中が混乱してるのか。
「いいか、よく聞けよ?俺はお前が好きだし、お前が俺のことを好きなのも何となく気づいてた。でもな、麻衣…お前には中学から続けてきたバスケがあるだろ」
「…私たちが恋人になるのに…バスケは関係ないじゃん…」
「大アリだ、バカもん」
麻衣はあんまり頭は良くないが、そのぶんスポーツは大抵のものは難なくやってのけるほど運動神経が良かった。小学生の女の子が、軽いノリでバク転成功したのは今でもかなり凄いと思う。
そんな麻衣が中学に入り、本格的に始めたバスケは誰の目から見ても上達が半端じゃなかった。全国では優勝出来なかったが、県大会レベルではほぼ負け無しになるほどの強さである。しかも、それが殆ど麻衣一人の力で。
当然、この高校には実質スカウトの形によりバスケのおかげで推薦合格したのだ。ちなみに俺は、麻衣と離れたくなくて一般入試で追っかけてきたわけだけども、付き合えない理由を聞いて膨れっ面してるやつになんて今は言わない。
「…だから俺は、麻衣がバスケを辞めるまで自分の気持ちは伝えないって決めてたんだよ。男女交際や変なことで、麻衣の足を引っ張りたくないんだ」
「………」
「バスケで活躍してるお前が幼なじみとしては誇りに思えるし、それに何より毎日部活の練習で忙しいじゃないか。朝練には一緒に来れるけど、帰りはどうしても別々だし…」
「………もういい…」
「別に俺たち今の関係だって、結構仲良く楽しくやってるだろ?だから、その、付き合う付き合わないは高校を卒業してからでも遅くは…」
「もういいっ!優ちゃんのわからずやぁ!!大っ嫌いぃ!!!」
な、何だと!?こんだけお前を理解してる俺に対して、わからず屋とはどういうことだ!
ついさっきとは多分違う意味で顔を真っ赤にしている麻衣…強張った表情で真っ直ぐこっちを見つめる目は、よくわからんが間違いなく怒っている。
何か、こっちまで腹立ってきたぞ…俺だって我慢してるのに、麻衣のためにって考えてから色々と…
「それだから優ちゃんはわからず屋だって言ってんじゃん!私のためって言うなら、素直にハイって答えてよ!!!」
「だ、だから、それはお前がバスケを頑張るために…それに高校でも活躍すれば、大学にだって推薦受けれるかもしれないだろ!?」
「優ちゃんと付き合えないなら、大学なんて行かないっ!バスケ部も辞めるからっ!!」
「ば、バカも休み休み言え!バスケで推薦合格したんだから、簡単に辞めれるわけないだろ!どうしてお前、そんなわがまま言い出すんだよ!?」
…今まで俺の言ってきたことは、少なからず麻衣の…俺の一番大好きで大切な人のためと、そう思っていた…
「だって!だって………やだよ…優ちゃんと、付きあえないなら、バスケ、つづけるいみ…ない…よ………」
………涙を流す麻衣の、本音を聞くまでは…
「…ちっちゃい時から、私は優ちゃんが好きで…しかもね、子供ながらにね、優ちゃんがいつも私を気遣ってくれてるのもね、しっかり感じてたんだよ?」
「…そうか」
さんざん怒鳴りまくってさんざん泣きじゃくった麻衣が落ち着くまで、俺はただ隣に立ち尽くしていた。
今まで何度も麻衣の泣き顔は見てきたが、やはり未だに慣れるもんじゃない…こんなときハンカチの一つでも出して涙を拭ってあげれたら格好もつくが、身の回りの小物は殆ど麻衣に任せっきりな自分に気づいて情けなかった。
しばらくして麻衣が落ち着くと同時に、俺たちが子供の頃の話を始める。それを聞くたび、俺は自らの思い上がりを知らされる形になった。
「うざいなぁって思ったこともあるけどね、好きだったから…嫌われたくなかったから、優ちゃんの言う通り頑張ってたの…」
「…」
「ねぇ優ちゃん、知ってた?…髪の毛を伸ばしてるのも、バスケを始めたのも、全部優ちゃんが決めたからだよ?覚えてないかもしれないけど…」
…確かに、なんとなく覚えている。
麻衣のお母さんの長い髪が素敵だったから、小学生の時に麻衣も切らないようにお願いしたんだっけ。バスケはその時ある有名な漫画を読んでいたから、麻衣にその流れで勧めたのだ。
「…もう、やだよ…優ちゃんの隣にいたいから、優ちゃんに必要として欲しかったから、優ちゃんを信じて頑張ってたのに………私のために付き合わないとか言われたら…何を頑張ればいいかわかんないよ…」
…そうだ、全然違ったんだ。俺が勝手に突き放そうとしてたんだ。俺の言葉を、俺の全てを、ただ単に麻衣は受け入れてくれてたのに。
麻衣のためにと思い込んで、言うことを素直に聞いてくれるだろう幼なじみだと都合よく考えてたんだ。まるで、自分の思い通りになるかのように。
下を向いて小声で嘆く麻衣に、話しかける言葉が出てこない…これまでのことを謝るにしても、現状を丸く納めようと諭すにしても、ここでまた麻衣に何かを言えば…それを黙って受け入れるかもしれない。
だったら、答えは決まっている。言葉がダメなら…行動するしかないだろ。
全てをさらけ出して弱々しくなった麻衣に近づき、頭を優しく抱え込むように両手で抱き締める。
ビクッと反応して、俺の胸元から顔だけを上に向ける麻衣…当然の如く、俺と真正面から視線が重なった。涙や鼻水でぐしゃぐしゃになっているが、そんなものが全く気にならないほどに可愛い顔…間近に見る幼なじみに女の子を感じてしまい、照れ臭くて長い髪をわしゃわしゃと掻き乱した。
「ちょ、やめてよ優ちゃん…わけわかんないから、ちゃんと説明してから抱きついてよ…」
「バカ、察しろ。恥ずかしくて死にそうなんだからな」
「………え~?私、バカだからわかんない。ちゃんと優ちゃんの口で教えてくれなきゃや~だ~」
抱き締めた俺の答えに気づいたはずの麻衣が、数分前まで号泣してたくせに笑顔で甘い疑問を返してきた。
『行動だけじゃ足りない、言うべきことが他にあるでしょ?』…そんな半ば脅しともとれる視線に、全力で逃げ出したい気持ちが込み上げてくる。
…どこだ、どこで間違えた?…いつの間にか麻衣に主導権をにぎられてるぞ…
麻衣が再び俺の胸に顔を埋めながら両手を背中に回すと、もう離さないと言わんばかりにギュッと抱き返された。やめろ、涙はいいが制服に鼻水をつけるな。
俺が掻き乱した髪から微かに香る独特のふわっとした匂いに、女ってずるいなぁと改めて感じた。男を落とす武器が多い気がする。
………ちらっと見える首筋も、悪くないな…
「優ちゃん?」
「…何でもない」
「なにが?」
「だから…何でもないんだよ」
…勘も鋭いなんて、最強の生き物じゃねーか。
突然の麻衣の声に、つい過剰に反応してしまう。やましい気持ちは無いのに…男って悲しい。
だけど、そのお陰で冷静になれた。さっきから抱き締めあったままなので、そろそろ恥ずかしさがピークを迎えそうだ。
無理やり体を離そうとするが、嫌がる麻衣がさらに力強く顔をグリグリ押しつけてくる。俺の背中にある両手もガッチリ掴み、意地でも逃がさないらしい。
「おい、離せ!誰か来たらどうすんだ!?」
「やだ、離さない!『私の彼氏だ、文句あるか!』って言うもん!」
「俺が文句あるわ!恥をさらすな、場を弁えろ!」
「ここは恋人同士ならオッケーな場所でしょ?…それに、キスだってしてもいいんだよ?」
確かに体育館裏なんて、大掃除の時に草刈りに来るか告白する時ぐらいの使い道しか無い。滅多なことがない限り人が来ることはないだろう。
ただ、麻衣は根本的に間違ってる。そもそも学校に抱き合ってて良い場所なんて存在しないのだ。
…まぁ、麻衣に抱きつかれるのが嫌ってわけじゃないから、このままで言おう。もちろん、キスはまだ早い。
「ふぅ、もう諦めた。そのまま聞いとけ…麻衣、さっきはごめんな。俺も、お前のことが大好きなんだ…付き合ってくれるか?」
「優ちゃん………はい、こちらこそよろしくお願いします」
「よし、これでひと安心だが…これからどうする?」
「こ、これから!?………ゆ、優ちゃんのエッチ!変態!!…わ、私の家は、ママがいるからね………優ちゃんの、部屋でなら…」
………うわぁ、なんてストレートなやつだ。
「そういう意味じゃねーよ。俺たちが彼氏彼女になったとして、これから部活とかはどうすんだって意味で聞いたんだよ。エロいこと想像すんな」
「えぇ、そっち!?も、もうバカ!サイテー!!人でなし!!!…そ、それにエッチなこと想像してないし!?ゆ、優ちゃんの部屋で、ゲームしたかっただけだもん!」
「わかったわかった、それでどうすんだよ?俺と恋人になれたら、バスケ部は続けるんだろ?」
「…う~ん…バスケは嫌じゃないけど、毎日練習だと優ちゃんとデートも出来ない………う~ん…」
ちなみに麻衣は、未だに俺の胸に抱きついたままである。先程からのやり取りの間も、俺の体から離れずに一喜一憂してるのだ。
色々と言いたいことがあるけど、下から見上げるように俺と話す麻衣がコロコロ表情を変えるのが可愛くてついつい見惚れてしまう。
それに今は、もうただの幼なじみじゃない。そりゃ結構前からお互いに意識してたり二人きりで過ごすことも多かったけど、俺の要らぬ勘違いがそういう空気を無理やりぶち壊していたのだ。
しかし今日、勝手な俺の勘違いが無くなったことと麻衣からの告白で…これからはイチャイチャラブラブな毎日が待ってるはずだ。
…まぁ麻衣にはバスケ部があるから、しばらくは今までと同じような生活だろうけど。
「………やっぱり、バスケやめる。今までと変わらないんだったら、意味ないもん…」
「こら、お前が頑張ると思ったから付き合うことにしたんだぞ?そんなわがまま言うなら、デートやキスもしないからな」
「!!!…う、うそだよね?ゆ、優ちゃんの、いつものイジワルなんだよね?…ね!?」
「嘘じゃねーよ。そのかわり、ちゃんとバスケも頑張れば…麻衣のわがまま、何でも受け入れるから」
俺の両肩をガシガシ揺らす麻衣を掴まえて、強めに抱き締めると…麻衣の頬に唇を優しく押しつけた。
驚いた麻衣は俺から二、三歩後ずさると、俺がキスした頬を人差し指で触れながらまばたきもせずに俺を見つめている。
だんだんと顔が真っ赤に染まり、気のせいか麻衣の目がピカッと光ったように見えたと同時に、再度頭から全力で突っ込んできた。
さ、さすがバスケ部のエース…内臓が口から飛び出すほどの突進力だな…
「が、頑張るからっ!バスケ頑張ったら、何でも好きなことお願いしてもいいよね!?」
「…お、お金が掛かるのはちょっと…一応、バイトとかして出来るだけ希望通りにはするから」
「じ、実は、私、前から欲しいものがあるんだけど!!!」
「だから金はあんまり持ってないんだから、それを先に教えてくれれば予算も…」
「ち、違うの!ほ、欲しいのって、物じゃなくて………ゆ、優ちゃん…なの…」
…はぁ?またまた難解な謎かけを出しやがって…意味がわからん。
すでに付き合うと約束した時点で、俺は麻衣のものである。っていうか、麻衣だって俺のものだ。
束縛とか、そういう意味なのか?…わからん。俺としては麻衣のほうがモテるから、どっちかというと俺のほうがしたいぐらいなのに。
「その、あのね………赤ちゃん…欲しいの…」
「…わかりやすい答えだな、おい!」
「ちゃんとバスケ、頑張るから。だから…約束、だよ?」
「まてまて、そんな約束してないって!俺たちまだ高校生で、子供とか早すぎるだろ!?」
「だって、何でもいいって言ったじゃん。もう決定だからね!…優ちゃんとの赤ちゃん、可愛いかなぁ…えへへ」
ヤバい、本気の目だ…こいつはバカだから、常識とか通用しないぞ。
確かに何でも受け入れるって約束はしたが、普通はプレゼントとか形のある物だと思うだろ。まさか子供が欲しいなんて、マジで考えてもいなかった。
俺のことを本気で好きなことは伝わってくるので、今さら無効には出来ない。じゃないと、麻衣も本気でバスケ部を辞めそうだからだ。
…仕方ない。ズルいかもしれないが、曖昧な感じにしてこの場を乗り切ろう。
「…わかったよ、麻衣。だけど、それはお前が頑張ったらって約束だ。子供が欲しいってレベルのお願いだと、相当頑張らないと叶えてあげないぞ?」
「相当?…それって、具体的にはどれくらい頑張ればいいの?」
「とりあえず、全国優勝でもしないと話にならないかもな。まぁ優勝は無理だろうから、今のうちに違うお願いにしたほうが…」
「…全国大会で優勝…うん、それなら頑張れるばイケるかも。よーし、赤ちゃんのために早速練習してくるね!」
…忘れてた…この高校、強豪だから麻衣をスカウトしてたんだっけ…
走りながら俺に手を振って、麻衣は体育館に入っていく…それも満面の笑みで。
一人残された俺は、麻衣に部活を頑張れとか言っときながら…今年はバスケ部、優勝しませんように…と心から神に祈りを捧げ続けた。
…半年後。神様なんてこの世にいないことを、校門前にある…〈女子バスケットボール部、高校総体…優勝〉の垂れ幕の前で、頭を抱えて後悔していた。
「優ちゃん、約束…忘れてないよね?」
「…やっぱ無し。ってことには出来ませんか、麻衣さん?」
「出来ません!」
「だってな、子供ってなると色々と問題が…」
「それは、優ちゃんが頑張ることなの。あとはベッドの上でも、優ちゃんが頑張れば…ね?」
………だ、誰か助けて…