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ソフィア・ローラン・メギストス

 ◇◆◇◆◇◆◇


 第1話 6幕 ソフィア・ローラン・メギストス


 ◇◆◇◆◇◆◇





「あ…………」


「何をボケーっと突っ立っているの? あなたの席はそちらよ、早く座ったら?」


 およそ50畳はあるかと思えるようなだだっ広い食堂。


 石造りの部屋の壁の中央では大きな暖炉で薪がゆるゆると燃え、二人きりの食卓の上に飾られた蝋燭の明かりは、隣に飾られた薔薇の花束の影をゆらして、白いテーブルクロスの上に奇妙な影絵の舞踏会を作り出していた。


 今、蒔梛が居るのは玄関のある南棟の食堂だった。


 ホールの階段の裏にある部屋が大きな食堂になっていたのだった。


|(ここも一階は石造りだったのね)


 蒔梛がグランドロッジに帰宅した頃には陽はかなり西に傾き、玄関ホールにはほとんど陽は差さなくなっていた。


 春とはいえ、夜はまだ肌寒い。


 夕方になって一層冷え込んできた空気に鳥肌を立てながら、ノースリーブの肩を抱いて急いで部屋に戻ろうとした時、食事の用意が出来たと言う小崎に呼び止め足られたのだ。


 そして案内された広い食堂で、その少女は蒔梛を待っていた。


「貴女、ソフィ……さん? どうしてあなたが?」


 一瞬、ちゃんと呼ぼうとして、相手がこの学園の何とか言う役付だった事を思い出して言い直す。


 だが、言葉は丁寧でも蒔梛が感じた疑念は素直に顔に出てしまったようだった。


「あら? 御当主さまは私がここに居るのがご不満かしら?」


 映画か漫画でしか見たことのない長い長いテーブル。


 そのテーブルの端に座った金の髪と白い肌、そして黒い衣装を身にまとった少女が蒔梛を見て皮肉たっぷりににやりと笑った。


「不満……ていうわけじゃないですけど……」


 その笑みに飲まれながらも、どうしてソフィがここにいるのかを考える蒔梛。


 見れば小崎が案内した自分の席と同じように、ソフィの席の前にも高価そうなカトラリーが一式並んでいる。


|(どういうこと? まさかこの子もここで一緒にご飯を食べるの? でも、グランドロッジには他の生徒は入れないって珊瑚ちゃんが言ってたのに……)


 正直、教会で会った時から蒔梛はソフィの事が苦手だった。


 珊瑚が遅れたのは警備員が引き止めたからだし、自分が色々と質問していたからだ。


 それなのに、事情も聞かずに叱るなんて――。


|(しかも、まだ小さいのに……)


 自分とは真逆の、年上に対する遠慮のない性格が怖そうだなと、ソフィよりも5歳は年上のはずの蒔梛は思ってしまう。


「あらそう? だったらこれからもここで食事しようかしら」


 蒔梛が自分のカトラリーを見て考え込んでいるのを見て、さらにソフィが意地悪そうな笑みを浮かべて言った。


「えっ?」


「あなた、私の事嫌いでしょ?」


「あ……」


 思っている事を言い当てられて蒔梛が赤面する。


「ち、違うわ。別に嫌ってなんかない。私はただ……」


「くすくすくす……いいのよ、どうせお互い様だから」


「え?」


「くすくすくす」


「ソフィアさま。いい加減になされませ」


 嫌いだと言われた蒔梛が声を失っていると、続きの間からワゴンを押して現れた小崎がソフィをたしなめた。


「冗談よ」


「にしてもです。……ご紹介が遅れました蒔梛様。こちらはソフィア・ローラン・メギストス嬢。旦那様の御養女様でございます」


「養女?」


「7歳の時にフランスの病院に居たところを引き取って貰ったの」


「病院?」


「持病があるのよ。それからはずっとこの辛気くさい館暮らしなの。あなたの部屋と中棟を挟んだ反対側に私の部屋があるわ」


「そう……なの……」


 突然、祖父には自分以外に娘が居たと聞かされ、さらにずっとこのグランドロッジで暮らしていると聞かされて、蒔梛の思考は事態を理解出来ずに飽和状態になっていた。


「そんな事よりぼーっと突っ立っていると料理が冷える一方よ。早く座ったら?」


「え? ええ……」


 未だ心ここにあらずの体の蒔梛が席に着くと、すかさず小崎が蒔梛の横に立って給仕を始めた。


「本日のディナーは前菜にフォアグラのテリーヌ、サラダにはフランス産ジロール茸とソテーエシャロット、メインにはオマール海老のブレゼをご用意いたしました」


 テーブルの上にずらりと並ぶ金箔を押したカトラリー。


 大小いくつものグラス。


 食事を乗せた皿をさらに乗せる為の大きなお皿。


 中央で食卓を飾る花と蝋燭。


 蒔梛が一度も経験した事のない映画のような食卓に、聞いても意味の分からないメニューの数々がそこにはあった。


 コポコポコポ……。


「あ……どうも……」


 腕にクロスを掛け、一点の曇りもないクリスタルグラスに水を注ぐ小崎に向けて蒔梛は思わずお辞儀をする。


「くすっ」


 その様子を見てソフィが笑った。


「どうかお気遣いなく。私はご主人様にお仕えするのが務めでございますゆえ、礼は不要とご理解ください」


「あ……そうなの。ご、ごめんなさい……」


 女の子なら、誰でも一度は漫画や映画のような社交界にあこがれた事はあるはず。


 しかし、ほとんどの今時の女の子は上流社会のテーブルマナーなど知らないし、蒔梛も当然そんなものは身につけてなどいない。


 それどころか、今までの蒔梛の食事は1食の原価が15ic|(Integrated currency=世界統合通貨)を超えることが滅多にない食生活をしていたのだ。


 ジロール茸だの、オマール海老のブレゼだのが分かるはずもない。


「意外ね、あなたおじさまの孫なんでしょう? こういう事に全然なれていないように見えるわ」


「私は……こういう食事をした事がないんだもの」


「そうなの? ……まあいいわ」


 カチャ……カチャ……。


 ちょっとずつ形や大きさが変わっているナイフとフォーク達……。


 カトラリーの使い方など全然知らない蒔梛だったが、適当に使いやすそうなものを選ぶと小さな前菜の上に突き刺して、ほじって食べ始めた。


「お、おいしい……」


 思わず空いた手で口元を押さえてしまうほどにその料理は美味で、食べたことのない味だった。


「お気に召していただけましたか」


「はい、あの……食べたことのない味なんですけど、口の中でとけるみたいな食感でとても美味しいです」


「恐縮でございます」


「あ……これ、小崎さんが?」


「さようでございます。宜しければおかわりをお持ちいたしましょうか?」


 あっという間にカラになった蒔梛の前菜の皿を見て小崎が手を伸ばした。


「あ、ううん、これはもう十分ですから」


「かしこまりました。……サラダでございます」


 そう言うと、小崎は下げた皿と入れ替えにワゴンから新しい皿を出して蒔梛とソフィアの前に並べていく。


 サクッ……パリ……。


「ところで……小碓蒔梛。あなたはこの学園を受け取るために、ひとつやらなくてはならないことがあるのよ」


 シャキシャキの野菜の上に乗った茸と薄切りタマネギのソテーを口の中に放り込む蒔梛を見ながらソフィアが言った。


「やらなくてはいけないこと?」


「珊瑚が少し話したでしょ? 真珠姫のことよ」


「真珠姫……あの、『姫』ってやつのこと?」


「そうよ。この学園の支配者にして絶対者。誰もがひれ伏す『力ある声』を取り戻した人魚姫のことよ」


「人魚姫?」


「正門前の薔薇園に彫像が立っていたでしょう? この学園のシンボルなのよ」


「海の支配者、海王の娘の真珠姫……海を臨んで建つこの学園の守護者にふさわしいと思わない?」


「真珠姫ってなんですか? どうして私がそれに?」


「さっきも言ったでしょ、真珠姫というのは、この学園の支配者のことよ」


「なぜあなたがという質問の答えは、あなたがおじさまの後継者だから」


「支配者って……そりゃあ私は理事の後任を依頼されてますけど、だからってまだ正式に受けたわけじゃあ……」


「それに、私が理事を受け継いでも、他の理事の方や教員の方々、生徒会やPTAの人たちなんかもいるはずよ。支配者だなんて、そんな独断が……」



「出来るのよ」


「え?」


「ううん。もうすでに出来ているの」


「この学園の意志決定機関は職員会議でもPTAでもないの」


「真珠姫が政策を決定し、理事長がそれを追認する。職員会やPTAはただ黙ってそれに従うだけなのよ」


「そんな……県の教育委員会は……」


「対外的には経営責任者がやっている事になっているわ、もちろん」


「でも、その経営責任者が認めているんだもの、問題にもなりゃしないわ。当然、保護者もね」


「生徒達はそれで納得しているんですか? 生徒会はどう……」


「ここの生徒会は姫が作るのよ」


「正確には生徒会ではなくてフラタニティとソロリティという男女の学生会組織なんだけど」


「え? ソロリティって……」


|(確か珊瑚ちゃんやソフィもそんな肩書きで呼ばれていたはず……)


「そうよ。珊瑚や私が所属しているところ」


「あ……だから警備員さんたちが?」


「ええ。どこの誰を入学させようと退学させようと、ソロリティの自由」


「ソロリティに口出しできる者はこの学園にはいないわ」


「そんな……」


|(世界最高の難易度と学力の高さを誇るわだつみ学園の入退学を自由に出来るですって?)


|(それが本当なら、この子は本当にこの学園を支配しているんだわ)


「でも、それなら……」


「孫の私より、お爺さまの養女であるあなたの方が財産相続権は上のはずじゃないの?」


「どうしてわざわざ私を呼び寄せて、学園を支配しろだなんて言うの?」



「ソフィア様は旦那様の戸籍には入っていらっしゃらないのです」


 蒔梛の質問に答えたのは、少なくなったグラスの水を継ぎ足しに現れた小崎だった。


「え? でも、さっき養女って……」


「正確には養い子……ね。戸籍は元のままで保護者としてのみ身元を預かってもらっているのよ」


「つまり……法律上は子供じゃない?」


「ええ……そうよ。そうだったらどんなにかうれしかったんだけど」


「ソフィア様。旦那様はソフィア様の将来の事を思えばこそ……」


「分かってるわよ! その話なら何百回もおじさま自身から聞いたわよっ!」


「でも、私がいまさらあんな親の元に戻りたいと思う事なんて、あり得ると思う?」


「………………」


「ソフィ……」


「という訳で、蒔梛」


「あなたには是が非でも、おじさまの残した全てを受け継いでもらわなくちゃいけないの」


「おじさまの残したものは、この学園が全て」


「そして、あなたにはこの学園を支配する存在になってもらうわ。――どうしても」






 どふっ。


 ふかふかの羽布団の中に生気の抜けた蒔梛の体がズブズブと沈んでいく。


 あの後、何を食べてどんな味がしたのか、全然覚えていない。


 気がつくと、暗く冷たい屋敷の廊下を一人歩いて自分の部屋まで戻る途中だった。


 ドアを開け、空調の効いた暖かな部屋の空気に包まれると、それまでの緊張感が一気に解けて、蒔梛はベッドの上に倒れ込んでしまったのだった。



 しかし、どれだけ白いシーツに顔を埋め、耳を塞いでも、祖父の養女だったという少女に言われた言葉は耳の奥に残って消えてはくれなかった。


『あなたには、この学園を支配する存在になってもらうわ』


|(お爺さまは、どうしてこんな学校を作ったのだろう?)


|(巨大な多国籍企業と繋がり、世界中から優秀な人材を集めて作った学園を私に譲ってどうするつもりだったの?)


|(私にこの学園で何をしろというの?)


|(どうして死ぬまで一度も会いに来てくれなかったの?)


|(私、寂しかったのに……)


|(こんな学園を貰うことなんかより、ずっとずっと誰かに迎えに来て貰いたかったのに!)


(なのに……)


|(ソフィはお爺さまの声を……姿を知っている……)


|(一緒に暮らしたあの子だけが……お爺さまの声や笑顔を……)






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