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序章

みなさま初めまして。

「なろう」では長い間読者としてみなさまの作品を拝見させて頂いておりましたが、この度、ようやく自作の小説を投稿する事ができるようになりました。

亀進行になるとは思いますが、今後ともよろしくお願い致します。

 序章


 ◇◆◇◆◇◆◇


 ――彼女はまた、夢を見ている。


 彼女……そう『彼女』だ。


 少なくとも、俺にとってはこいつは女だった。


 彼女にとって、その夢はもう何度繰り返し見たか、分からなくなるぐらい馴染みのものだった。


 どうしてこんなものを繰り返し見るのか。それに何の意味があるのかは彼女には全然分からない。


 だがその夢は、物心付いた時から繰り返し訪れる。止めようと思っても止められない『おなじみさん』なのだった。


 そして『おなじみさん』の幕開け(だけ)は、なかなかに劇的で、俺も割と気に入っている。


 それは、遙か遠くの視点からこの宇宙を見ている所から始まり、ものすごいスピードで無数の島宇宙の中に分け入って行くと、やがてその中のひとつの惑星(ほし)に飛び込んでいく壮大なイメージの夢だ。


 広大な漆黒の宇宙に浮かぶ、その青い惑星(ほし)の名は地球……。


 だが、その姿はこれから繰り広げられる陰鬱な光景を予感させるかの如く、醜く歪んでいた。




 ――かつて、この惑星(ほし)は死に至る病に冒されていた。


 昔々、人類が宇宙に飛び出したばかり頃、青い宝石とまで呼ばれた地球は、22世紀も開けたばかりの頃には無惨な灰色の虫食い穴だらけの姿となっていた。


 今、彼女が目にしている惑星(ほし)の姿は、その頃のものだった。


 虫食い穴の名は【ウォール】。


 遙かな衛星軌道の高みから見下ろすと、青く美しい大海の絨毯に出来た醜い虫食い穴の様に見えるそれは、地上から見た場合、成層圏にまで達する渦を巻く巨大な灰色の雲の壁に見えることからそう名付けられたのだった。


 ウォールと名付けられた雲を初めて見た人は、まず最初に有名な古典アニメの映画に出てくる巨大な屹立する雲の城塞を思い浮かべるだろう。


 しかし、その雲の中には財宝を満載したロマンティックな城が浮かんでいる訳ではない。


 それは映画に出てくる夢の城などより、もっと遙かに(たち)の悪いものだった。


 そして、人類はすぐにそれを思い知る事になった。


 回転する巨大な雲の壁の裾は海面と接し、轟々と渦巻く地獄絵図を海面に描き出していた。


 その中に飲み込んだものはなんであれ、一瞬でバラバラに引き裂いてしまうほど強烈な、荒れ狂う地獄の嵐だ。


 いかなる自然現象がこのウォールを発生させているのか?


 当時の学者たちは必死になってその原因を探ろうとしたが、その努力は全て徒労に終わってしまった。


 音も光も、電波も探査機も、全てのものがその中に入ったが最後、二度と出てくることが無かったからだ。


 ある学者はウォールの中はブラックホールであると言い、また別の学者は中はあらゆる可能性が無く、また、同時に有る空間であると予測した。


 ――つまるところ、誰にもその正体は分からなかったのである。


 かくの如く人類の持てる科学力はウォールと言う超物理学的存在に一蹴され、歯牙にもかけられなかった。


 そして、この世界各地に発生したウォールにより、人類文明は滅びの寸前まで追いやられてしまったのだった。




 ……彼女は中学で習った人類の歴史を思い出しつつ、自分の足下で刻一刻と変化していくウォールと、死に至る病に冒された世界が崩壊していくさまをじっと見つめていた。


 その姿は成層圏まで伸びたウォールの雲が南の温かい空気を巻き上げ、それを極地方に運んで大量の雨を降らせている様子だった。


|(あれが滅びの雨……)


 夢の中なので彼女の声は現実には聞こえて来ない。だから彼女は思考の中で言葉を形にした。


 眼下に広がる地球の大パノラマの中で、赤道から極地方に流れていく巨大な雲の流れと、その下で起こっている惨劇を想像して彼女は思わず眉を曇らせる。


|(あれが、人類を滅ぼしかけた氷河期の原因なのね)


 旧世紀の時代に大勢の人が勘違いをしていた事の代表として、温暖化問題がある。


 20世紀の終わり頃から盛んに地球環境の温暖化が問題視され、多くの国々がその対策を行っていたが、その危険性の具体的な内容を理解している人は少なかった。


 温暖化の危険性は、当時盛んに言われていたような降雨の増大による洪水や生物域の変化、海面の上昇による国土の消失にだけあるのではない。


 温暖化の真の恐怖は、温暖化の後に来る寒冷化にこそあった。


 温暖期にある地球の熱循環は、ほとんど赤道地方から極地方へと向かう黒潮によってなされていると言っていい。


 一見、二酸化炭素による温室効果だとか、台風による強風と大雨による人的被害だとか、派手な動きを見せる大気の流れの方が注目を集めやすい。だが実は地球に与えるものとしては、海による熱循環の方が遙かに大きくて重大な影響を与えているのだ。


 それは大気に比べて、海水の方が保持する熱量が桁違いに大きい事に帰因している。


 お湯の入ったお風呂の蓋を開けるとお風呂場の温度はすぐに上がるが、お風呂場の温度を上げてもお湯の温度は上がらない。つまりはそれほどまでに両者の保持する熱量は違うと言うことだ。


 そして、その地球全土を温める巨大な循環システムは、極地方にある表層の海水が冷やされる事で比重が増し、海底に沈む込むことで玉突きのように海底の海水が押し出され、赤道地方の深層水がせり上がってきて黒潮の始まりとなる事で実現されている。


 そのサイクルは実に二千年と言う長いものなのだ。


 しかし、ウォールによって極地方にもたらされた大量の雨がこのサイクルを壊した。


 雨という真水によって希釈された海水は冷えても比重を増すことが出来ず、沈み込む事を止めてしまったのだ。


 結果、海水による熱循環は起こらず、赤道地方は暑く、極地方は寒くなる。


 そこへ暑くなった赤道地方の湿気を含む風がウォールによって運ばれて来、今度は大量の雪をそこへ降らせたのだ。


 当然の事ながら雪と雲の『白』は太陽熱を反射する。大量の雪を纏った極地方は、太陽熱を反射してさらに寒冷化が進み……。


 後は、氷河期へ向けての最悪の螺旋を描くだけである。


 一方、赤道地方では低気圧による超大型のハリケーンがいくつも発生し、町を人々をなぎ倒していた。


 高潮と暴風に飲まれていく町を脱出しようとした人々の行く手に待っているのは、ウォールの巨大な壁である。


 ウォールは、その名の如く巨大な壁となって人々の行く手に立ちふさがり、逃げ出そうとする人々の乗った何百隻もの船と、何十機もの飛行機をその体内に飲み込んでいった。


 これだけではない。これら二つの脅威に逃げ道を塞がれた人々に、さらに北から下ってきた寒波とそれに伴う食料、燃料危機が襲いかかったのである。


 そう、温暖化では発生しない寒冷化の最大の問題点が、食料不足と燃料の消費増大なのだ。


 温暖化で人が死ぬことはあっても、人類が滅ぶことはない。しかし、寒冷化の問題は種の存続に直結するのだ。


 折悪しく、21世紀の後半ごろには、それ以前にも盛んに危険性が叫ばれていた石油の枯渇が現実になりかけていた。


 ウォール自体は石油の枯渇問題が一時的に解消されてから発生した問題なのだが、その石油問題を解決した出来事自体が、後の大いなる破局への序章であった事は当時の人々は誰も思いもしないことだった。




 当時、世界中が石油の枯渇に脅えてた頃、ひとりの天才科学者が現れた。


 その科学者の名は、マシヤ・シェヒナー・高刀。


 イタリア系アメリカ人と、日本人のハーフで日本国籍を持っていたとされる男だ。


 一説にはユダヤ系の血も混じっていると言われていて、彼の父方の祖母がイスラエルの古い氏族の出で、シェヒナーはその氏族名らしい。


 そんな万国旗めいた血統を持つマシヤだったが、彼が二十歳になる頃に他の誰も真似出来ないテクノロジーを携えて忽然と世界の表舞台に現れた。


 と言っても、科学者然とした学会の中の話ではない。彼が現れたのは、実に即物的なマーケットの中での話だ。


 初めは友人や家族たちだけで始めた小さなサルベージ会社の社長であった彼は、ある時点から独自の工業製品を開発して発売するようになった。


 多くの今までの製品にはない特徴を備えた彼の製品は大ヒットし、彼はその収益をさらなる新製品の開発資本とすることで次々と新機軸の科学技術を開発し、またそれをマーケットに流して莫大な資産を築いたと言われている。


 そんな彼の会社は、やがて資本と従業員の数が小さな国を越えると言われるほどの巨大な複合産業へと成長していく。


 そして彼の波乱の人生の最晩年。世界唯一の超大国ですらその意見を無視出来ない、と言われるほどの存在になった彼が行った事は、地球そのものからエネルギーを得ると言う全く新しいアーキテクチャーと、それによって作られた『EVA(エバ)』と言う新物質を、石油に替わる新しい世界のインフラの中心に据える事業だった。


 【EVA(エバ)】……ヘブライ語で『命』と名付けられたこの物質は、正に全ての源であるかの如く、あらゆる事に利用が可能な、既存の概念を越えるオーバーテクノロジーの塊だった。


 石油に替わるエネルギーとしてはもちろんのこと、通信や医療、肥料や量子物理学分野での触媒としても、画期的な成果を人類にもたらした。


 だが、そのEVAの栄光の時間も長くは続かなかった。


 なぜならば、最早世界を手に入れたと言ってもいいマシヤがEVAの次に望んだものは、世界そのものだったからだ。


 彼は、すでに世界がEVAの恩恵無くしては一日も立ちゆかない状況になった頃を見計らって世界征服の宣言を発布した。


 自分に従わない者にはEVAの供給を差し止めると脅したのだ。


 未だウォールは発生していない状況だったが、すでにほとんどの国が電気や各種乗り物の燃料、医療や食料の生産までもEVAに頼り切っていた。むしろ石油が無かったので頼らざるを得なかった。


 そしてそれは国の安定を考えれば、政府として当然の判断だと言えた。なぜならばEVAは石油と違い地球がある限り無くならないからだ。技術的な詳しい事はマシヤに秘匿されていて分からないが、一説にはEVAは地熱発電により生産されると言われていた。故に究極のエコでもあるEVAは、人々にとって元手いらずで永遠の安定供給が見込める夢のエネルギーそのものであった。多少高かろうが、一企業が製法を独占していようが、ヘタに文句をつけて売ってもらえなくなった方が国家運営に携わる者としては困るのである。そう考えて今まで唯々諾々とマシヤの言う事に従い、EVA用のインフラを整備してきた各国政府だったが、全てのインフラを切り替え終わると同時にマシヤの宣言は布告されたのだった。


 その宣言を聞いた時、各国首脳たちは初めて自分たちがマシヤに騙され、生殺与奪権を握られた事を知った。しかし各国政府はそこで諦めなかった。


 マシヤがEVAの生産を停止すると脅しても、各国にはまだ非常用の石油の備蓄が僅かながらあった。ならば手を打つ事が出来なくなる前に、各国の武力でマシヤの持つ【EVAプラント】を押さえてしまえばいいのだ。そうすれば、一企業の経営者に全ての国々が脅されるなどと言う恥辱的な事態も今後は避けられるはずである。



 そう考えた世界中の国々は国連の下に終結し、史上最悪の独裁者でありテロリストであるマシヤ討伐の軍を上げた。


 そして、ほとんど一方的な攻撃によって世界の命運を握るEVAプラントをマシヤの手から取り戻そうとした結果……プラントが暴走し、ウォールが生まれたのだった。


 その後、マシヤは国連軍に敗北して死んだが、ウォールは世界にそのまま残った。


 そして人々はマシヤが排除され、居なくなった後も戦いを止めることはしなかった。


 それは、人々がウォールによって引き起こされた寒冷化と、来るべき氷河期に脅えるあまり、無傷で残された数少ないEVAプラントを取り合って戦争を起こしたからであった。



 今、彼女の足下に見える風景は、丁度そのころの地球の様子を高々度から見下ろしたものだった。


 どんどんと大きくなっていく極冠の氷。僅かに残った赤道地方の緑の濃い辺りでは、断続的に眩しい小さな光が瞬く……。


 過去に起きた事の再現記録ではあるが、夢の中にいる彼女には時の概念はない。


 故に、今まさに、その光の下で何万人もの人々の命が失われていると感じられた。


|(……馬鹿らしいわ)


 彼女は思わずそう呟かずには居られなかった。


|(みんなで協力して最悪の独裁者を葬った結果が、土地や財を取り合っての殺し合いだなんて、冗談にしても出来の悪すぎる悲喜劇じゃないの)


|(墓の下から、死んだはずのマシヤが笑っている声が聞こえるようだわ)


 俺も全く同意見だ。


 そんな苦々しい思いと共に人類の犯した罪の行方を見つめることしばし……やがてその愚かで壮大なドラマにも終止符が打たれるときが来たようだ。


 最早、人々の生きる土地である証拠の町の光がほとんど見えなくなった頃、その僅かに残った町から沢山の光が溢れて太平洋の南に集まりだしたのだ。


 その光のひとつひとつが最新のEVA技術で作られた戦艦たちである事は、歴史の授業で習って知っている。だが、その後そこで起きることは私の習った授業の内容とは少しだけ違っていた。


 世界中からあふれ出した無数の光は南太平洋のある地点に集まると、しばしお互いに戦っていたが、不意にそこに一際大きな光が現れると、その光はそこにいた全ての軍艦を飲み込んで……消えたのだ。


 西暦2158現在、小学校で習う教科書では、旧世紀に起きたこの大戦の結末は【UAE】|(EVA枢軸国同盟。Union of Axle Eva。旧世紀のアラブ首長国連邦ではない。現代にアラブ首長国連邦と言う国は土地ごと存在しない)軍の勝利で終わったと書かれているが、私が見ている光景はどう見ても全ての軍艦が等しく光の中に消えて行っているようにしか見えない。


 ――一瞬、地球上からは全ての争い事が消え、静寂とも呼べる平和が世界を支配した。

 次の瞬間、それまで拡大を続ける一方で1ミリとて縮む事がなかったウォールの姿が徐々に小さくなって行くのが分かった。


 その動きは私が息を飲んで見つめている間にもどんどん加速され、やがてはウォールは完全に世界から消え失せてしまった。


 そして、その後には見たこともないぐらい青々とした美しい海が、碧に囲まれた美しい森が、人類の生みだした有害物質など1ミリグラムも含まれていない大気に満ちた気持ちのいい青空が現れたのだった。


 人々は、その穏やかな青空を見上げる事で、自らが神の課した過酷な試練を生き延びた事を知った。




 ――それは、今では子供でも知っているほど、一般常識として知られたこの惑星(ほし)の歴史の一幕だ。


 今、彼女の足下に見える世界は、かつてより美しい姿となって甦った『今』の地球のものだ。


 だが、それでもこの惑星(ほし)と、そこに住むものたちが受けた痛手はかなりのものだ。


 戦争終結から30年以上が過ぎた今でも、世界中の全ての国で行われている災害復興の為の鎚音が止む気配はない。


 そして、戦争前には120億を超えるほど居た人口も、今では40億人ほどにまで減ってしまっている。


 だが、それでも人々は元気に、健気にこの惑星(ほし)で生きている。


 生きて、あがいて、幸せをつかもうとしている。


 彼女も、そんな人間の一人だ。


 だから……こんな事ぐらいで落ち込んではいられないのだと、彼女は自分自身の心を強く励ますのだった。




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