前夜祭
「なぁじいさん、ゼインはホントにミントの子だなぁ」
ガンはスキアからの手紙をモーラントに渡し軽くため息をついた。
ミントはとにかく活発な女性だった。それでいて面倒見がよく、困っている人がいたならそれが誰であろうとほっとけない。しかしそれ故に、命を落としたのだ。今の状況を冷静に見れば、ミントの子であるゼインもまた、彼女と同じ道を歩んでしまう可能性がかなり高い。
「さて、一体誰を迎えに行かせるのがいいか」
腕を組み一考する彼の気持ちは複雑だ。ユガンを率いる長としての判断の中に父親としての心情が入ってしまう。出来る事なら、自分が行きたい。なにせ今ゼインがいるのはこの国、ハリートの中でも激流の文字が似合う都市、オリガンなのだ。ましてや一緒にいるのが業火を刻む者ならなおさら。
「……ウィントがいいじゃろう。ユガン一といっても過言ではない強さじゃ。それと……」
「それと?」
「わしも行くとしよう」
モーラントはそう言うなり手紙をガンに戻して颯爽と部屋を出て行ってしまった。残されたガンはただ呆然とするだけだった。
「なぁースキアー」
顔を窓の外に向けたままゼインがスキアに声をかける。もうこの街の住人は活気よく動き出しているというのに、スキアはまだベッドの中で丸くくるまっていた。自分の声に無反応な彼に対し、ゼインは取り合えずダイブをかましてみた。
「ぅう、く、苦しい……」
「起きろ!」
唸りながらもスキアは体を起こし、ゼインを見た。目が輝いている。これはアレだ、好奇心という名の輝きだ。
「なぁなぁ、早く外に行こう!」
「ダメ。危ないからダメ。それよりも朝食にしよっか」
頭と目を手で掻きながらベッドを降りるスキア。ゼインはと言えば、ダメと言われた事を少し気にしたが、何よりもまずは腹ごしらえ、とルンルン気分で食堂へと向かった。
スキアはヘルシーで安い定食、ゼインは旗のついているお子様定食にした。二人がお互いのおかずを取り合っていると、食堂についていたラジオから楽しげな音楽が流れてきた。
「さぁさぁ今夜は待ちに待ったあの祝祭の前夜祭!色々なお店に出し物が今か今かと待っている!みなさん、今夜明日に備えてじっくりたっぷり体力気力共に充電しておいて下さいね!あ、そうそう、今夜の前夜祭はスタートが五時で終わるのは七時。今日が短いのは明日の本祭のため!短すぎるぜコノヤロー!などという苦情は一切受け付けませんよ〜!ではでは、今日の連絡掲示板はこの辺で!良い一日を〜〜!」
「今年の前夜祭は二時間だけかぁ」「去年なんて無かったんだからいいほうだ!」「そうそう、うんと楽しみましょう!」「いい時にオリガンに着いたなぁ」
ラジオを聞いていた宿泊客達は一斉に楽しげに話しを始めた。もちろん例に漏れずゼインも、
「絶っっ対お祭り行く!!」
と駄々をこね始めた。ただうるさいだけならよかったかもしれない。子どもの可愛げがあると言えよう。だがゼインは確信犯だった。
「昼間は大人しくしてるから、何でも言うこときくから、ね?ダメ?」
何ともかわいらしくお願いしているようにも聞こえるが、スキアはすでにゼインの裏の声も聞き取れるようになっていた。それが必ずしも良いわけではないのだが。
「……(今首を縦に振らなかったらもっと大きな声で叫ぶからな?そりゃもう警察隊がくるほど。行って良いに決まってるよな?ダメとかナシ)」
「……じゃあ昼間はおとなしく読書でもしてようか……」
結局スキアは折れるしかないのだ。ヤッター、と残りの朝食を頬張るゼイン。はたから見たら結構のほほんと幸せが漂っているのだろう。だがしかし、スキアは朝っぱらから夜のことを心配して胃を痛めているのであった。
夜、ゼインのテンションはとにかく高かった。
「おいスキア!早く早く!!」
「ちょっと待って。きちんと帽子もかぶらないと」
額に包帯と布を巻き、さらにその上から帽子をかぶる。厳重だ。腰には短剣も装備。そして今一度、ゼインに言い聞かせる。
「いいか?外にいられる時間は一時間だけ。あまり騒ぎすぎない事。そして俺の手を離して迷子にならない事。いい?」
「わーかってるって!それよりさ、早く!」
スキアの腕を思いっきり引っ張り部屋をでた。そしてすでに盛り上がっている外へと繰り出す。
ゼインはそれはもう興奮していた。あれ見てこれ見て、とスキアの手を忙しく引っ張る。スキアはもうすっかり彼の言いなりだった。しかしもちろん、それが嫌だなどとはまったく思っておらず、むしろこの元気な子と一緒に居れる喜びをかみ締めていた。
かなり街を歩き疲れたのか、ゼインの方から宿に帰ろう、と言い出した。
「よ〜し、明日はお昼からのお祭り!今日はさっさと寝よう♪」
宿に着くなりゼインはベッドにもぐり込みすぐに眠ってしまった。やれやれ、とスキアも人ごみで疲れた体を横にした。
「……」
外はまだ少し前夜祭の名残で明るかった。それにまだ声も聞こえてくる。スキアは目を瞑り明日の事を考えた。
――大丈夫。今日だって何の事はなかった。明日だってうまくいく。何よりゼインと居れる時間はあと少し。一緒に楽しもう……。
そんな事を考えながらスキアは不安な気持ちを拭おうとしていたのだった。
ライドベルト家お屋敷。深夜。当主のダイトは軽い荷造りをしていた。と、そこにメイドのミミがやって来た。
「ダイト様……」
「あ、ミミさん。ちょうどよかった!僕はこれから明日のサードオリガンのお祭りのために出発するから、後はよろしく!」
ダイトがさわやかに片手を挙げて屋敷を出て行こうとした。が、こういった事に慣れきっているミミがすかさず主の行くてを阻む。
「一体なんのご冗談でしょうか?ダイト様。もし寝ぼけているのなら早急にベッドへ向ってください。寝ぼけていなくても寝室へ向ってください、今すぐに」
有無を言わさぬミミの気迫にダイトは後ずさった。だがここで引いては男が廃る。ダイトは無謀ながらミミに反撃を試みた。
「いいかミミさん、これはちゃんとした仕事の」
「早く」
「だからミミさ」
「今すぐにです」
ミミに勝てるわけがない。そんな事は分かりきっていたのだが、ダイトは自分の可能性に希望を抱いたのだ。だがそれはどうやら幻だったらしい。
「ダイト様、もう夜も遅いですのでお体をお休みになって」
「ミミ、それにダイト様」
二人の前に現れたのは執事のワーナンだった。ダイトは天の救いと思い、彼へと駆け寄った。
「ワーナン、聞いてくれ。僕は本当に仕事の一環で行くんだ!七割、いやもしかしたら八割がたルンルン気分があるかもしれない。だけど一応仕事でもあるんだ!」
「八割などほとんど遊びじゃないですか!?やはりそうでしたね。ワーナンさん、ダイト様の最近の怠慢はヒドイです。一度ウェス様に報告してたっぷりとお説教を頂いた方がいいかと」
二人の訴えにワーナンは一通り耳を傾け、落ち着いた頃に口を開いた。
「そうですね。例え二割でも仕事の要素があるのなら行っても構わないでしょう。それに見聞を広めるいい機会かもしれません。幸い特別にこちらで大きな仕事があるわけでもないですし、今回は良しとしましょう。どうですか、ミミ?」
問われたミミに何の権限もあるわけではない。わかりました、と一言残しキッチンの方へと姿を消した。
「ありがとうワーナン。僕を解ってくれているのはきっと君だけだ!」
ダイトは大げさに喜びを表し、玄関へと向おうとした。そしたらまた、キッチンから戻ってきたミミに止められた。
「こ、今度はなんでしょう?」
「どうぞこれをお持ちになってください。それと、夜は冷えると思いますのでこれも」
そう言って渡されたのはサンドウィッチと飲み物、それに毛布だった。彼女の心遣いに思わずダイトの顔が緩む。
「ありがとうミミさん」
「いえ、当たり前のことです。それより馬車を用意させますので少々お待ちを」
ミミの顔がほんのり赤くなるのを唯一ワーナンだけが気付き、彼はそんな二人を微笑ましく見守ったのだった。