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三派


業火を刻まれたものだけが必ずしも悪魔という事などあるはずがない。



「一体なんだっていうの!!?あの悪魔!!一体どこに!!??」


北の国・ハリートの女王、ベルリアは一人叫んでいた。その部屋は以前、スキアという悪魔がいた場所だった。せっかく綺麗な装飾が施されていたであろう家具たちは、見るも無残な姿でこの部屋を散らかしていた。


「あぁ、あの悪魔……自分がなんなのかわかっているの?生きる資格などないのに……死んで当たり前の人間の皮を被った悪魔が!!」


ベルリアはすでにボロボロになっていたカーテンをさらに豪快にひきちぎった。目が見開き息をあげているその姿は、とても女王の名にふさわしいとは誰一人思わないだろう。


「ベルリア女王」

「!!??」


振り向けばそこにいたのは王族秘書の一人、ザラであった。


「あぁ、ザラ……!」


ベルリアはそれまでの悲壮な顔を少しだけ残し、彼のほうへと近寄った。それはあたかも、傷ついたか弱い女が愛しい人へと歩み寄る風だった。


「あの悪魔、一体どうやってここから逃げ出したのかしら、ねえ?」

「人外の者の考える事はわかりません。しかし行方は全力で探していますから心配なさりますな」


ザラはベルリアのまっすぐな髪を優しくなでた。すると、今までの恐怖や怒りに取り付かれたベルリアの顔は自然とやわらかく、安堵したような表情をみせた。


「それよりも、今王宮でも不穏な動きをする輩がでてきています。反王族と言っている北西のキリの動きも気になりますし、どうかなるべくみなの前にでていき女王の威光をお示し下さい」

「えぇ、そうね……。ザラ、あなただけよ。私の本当の苦しみを、怒りを知ってくれるのは。だからお願い、私を脅かす者達を……」

「わかっています。何も心配はございません。あなた様はこのザラがお守りします」






王族秘書というのは、王もしくは王族の補佐をする者のことである。この王族秘書には三派あり、ザラが当主のギドバンド家、オルファ率いる一番の古株セリトラス家、そして最後に三派の中で一番若い当主、ダイトのいるライドベルト家である。

彼らは政治に軍事、経済といった国を支える仕事に着任し、同時に王の相談も聞けば助言もする貴重かつ重要な者達なのである。




そんな三派の中の一人、ライドベルト家の当主ダイトは今日もヒマを持て余していた。


「ダイト様、一体何をしていらっしゃるのでしょうか?」

「え?あぁ、草むしり?」


ダイトは自分の屋敷のすぐ裏にある小さな畑で土まみれになりながら雑草をむしっていた。


「そんな事はみてわかります!!私が言ってい」

「分かっている事を聞くなんて、ミミさんは相変わらずおもしろいなぁ」


はははぁ、などと軽く笑いながら何気なくしかしすかさずその場を去ろうとするダイトだが、それはもちろんメイドのミミに阻止された。


「ワーナンさんにいいつけましょうか?それとも、ウェス様がよろしいでしょうか??」


ミミの笑顔は日差しをあびて綺麗に輝いていた。一体今月に入って何度この素晴らしい笑顔をみただろうか。ダイトは逃亡を諦めてさわやかな笑顔を作った。

結局執事であるワーナンに少しばかり小言をいわれ、ダイトはしかたなく仕事をしに王宮へと向った。王族秘書のくせにしかたなく仕事をするなどはもちろんおかしな事である。だかダイトはいかんせん、どうにも怠けグセのある男であり、仕事が出来ないわけではないのに面倒だと言って部下にばかり働かせている。

さて、一応王宮に着いたダイトは取りあえず自分の仕事部屋へと向かい、取りあえず積まれてあった書類に判でも押そうかと引き出しを開けた。すると隣の部屋から部下がやってきた。


「あ、久々〜」

「ダ、ダイト様!?」


部下は危うく手に持っていた書類を落とすところだった。それほどここにダイトがいるというのが驚きなのである。


「いつの間にいらしたのですか?いや、というか仕事溜まってます!!すごい溜まってますから!!」

「はいはい、取りあえず判押せばいいんでしょ?」

「っちゃんと目を通してください!!!」


温度差があるのはおもしろい、などとダイトは部下の反応を見て笑っていた。

その部下はしばらくダイトがきちんと仕事をするのか見定め、大丈夫と判断したところで自分の仕事をしに部屋をでていった。

部下が出て行ってあまり間をおかず、ダイトと同じ王族秘書のオルファ・セリトラスがやってきた。そして、


「オルファさん。今日僕はきちんとワーナンに説教されたのでどうかお許しを」


ダイトは久しぶりに会う先輩に開口一番で許しを請うた。彼は基本的に平和主義である。あまり怒られたり怒ったり、微妙な雰囲気といったのが苦手である。しかし、だったらちゃんと仕事をしろよ、などという真っ当な言葉を誠実に受け止めるほど、彼は大人ではなかった。


「はっはっ、相変わらずだなダイト君」


オルファは見た目通りの温和な人だ。中肉中背で額の広いセリトラスの当主。ただのおっさんじゃん、なんて投げかけられても彼は笑って許せる、そんな心の広い人である。


「相変わらずはオルファさんです。耳が早すぎです」


どんな情報もすぐに手に入れる。それがオルファのもっとも得意とする事だった。これは政治家にとってとても有利な能力である。もちろんダイトもそれなりに情報網を張っているが、オルファと比べたらなんとも子どものごっこ遊びのようだ、と毎度ヘコまされている。


「それより、最近どうにもこの国、ハリートは不安定だ」

「悪魔が逃げただけという理由ではないですからね」


悪魔が王都から、正確には女王が監禁していた逃げ場のない、逃げようのない部屋から消えた。王宮のみならず王都や、最近では反王族のキリまでもがこの話題でゆれていた。しかし、ハリートの一番の不安要素は悪魔などではなく、この国を統べる女王、ベルリアにあった。


「また、税金をあげると言い出していてな……」


オルファは隠しもせず大きくため息をついた。ダイトは取りあえず、オルファにソファーに座ってもらいお茶をだした。


「これ以上あげたらいくら王都の民でも不平不満がそこら中から聞こえてきますね」

「そうだ。なんとかザラにも言ってこの件は流れるよう働きかけてはいるが……」

「あぁ、あの人ならなんとかやってくれるでしょうね」


三派の中で一番女王に近いのはザラである。ベルリアが幼少の頃から、年が一番近いということで遊び相手兼世話係をしていたのだ。自然と当たり前のようにベルリアはザラに懐き、それ故彼女が女王の座についてからも、逐一ザラの意見を聞いたり彼に相談したりといった感じになっている。一見バランスのいい主従関係ともとれなくもないが、



――歪んでいる……。



二人の関係が、というよりは個人個人でみての話だ。ダイトとオルファの中で、あの二人の“異常”はすでに確信となっていた。

しかし、そんな事を堂々と公言するほど愚かな二当主ではない。なるべく穏便に、かつ早急に事態を改善しようとしているのだ。


「……ところで、例の悪魔くんはどうなってるんですか?」


ダイトは話題をそれとなく変えた。と言ってもあまり明るい話題ではない。


「ザラは一応形だけは追っているようだが、捕まえる気などサラサラないだろう。女王の気がそちらに向くのにへそを曲げているだろうからな」

「まぁたしかに。というかそれをここ王宮でサラッと言えるあなたはやはりすごいですね」

「はははっ。ここで仕事をこなしている君のほうが、私よりもよほどのものだ」


オルファは少し悲しそうな、それでいて恐れるような目でダイトを見た。しかしダイトは相変わらずの隙だらけの顔をしていた。


「……ダイト君、きみは」

「オルファさん」


ダイトはオルファの言葉を遮った。その次に出てくるものを知っているかのように、彼はオルファの口がまた開くのを全身で拒絶していた。


「そろそろ、お仕事に戻りませんと僕と同じく怠け者、給料ドロボウと指をさされますよ」


彼の、隙だらけの絶対的拒絶の笑顔をみてオルファは冷や汗を覚えた。


「……それは困ったな。仮にも三派でもっとも長い歴史を持つセリトラス家の者がそのようではな」


オルファは何事もなかったかのように和やかに部屋をでていった。






部屋にまた一人となったダイトは再び机に向かい判を押し始めた。その姿があまりに機械的で、冷たいものである事を知るものは誰もいない。







人は誰しもその奥の奥の底に、それを飼っている。



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