コワイノハ
悪魔に安らぎなどない。
額に逆さの炎が焼き印されている悪魔、ならぬスキアはユガンの根城ガガトールで少しづつ元の生活に戻りつつあった。それはもちろん業火が刻まれる前の、ごく普通の生活。
「スーキア!」
「うわっ!」
馬の手入れをしていたスキアに飛び掛ったのはガンの子どもの一人、ゼインだった。
「ゼイン、突然びっくりするだろう」
スキアは柔らかく笑ってゼンの頭を撫でてやった。普通かわいらしい子どもだったらここで一緒に笑いあってほのぼのと終わるのだろうが、残念ながらゼインは普通でもなければかわいらしいなんて言葉とはまったく無縁の子どもだった。
「ぐほっ!」
笑顔のスキアに返ってきたのはゼインの素晴らしきミゾオチ頭突きだった。
「イエ〜イ!今日もヒット頂き!!」
ゼインはガッツポーズしてうな垂れているスキアを他所にニシシッ、と笑っている。
「おいお前ら〜これが新技の頭突きミゾッチだ!覚えとけよ〜」
「「はーい」」
どこに隠れていたのか、ゼインの声に反応するようにパラパラと子ども達が顔を輝かせて集ってきた。
「さっすがゼイン!攻撃力抜群だなぁ」
「ホントだよね。しかも体格さを利用した合理的な技だよ。ゼインってすごいなぁ」
周りの子ども達の尊敬の言葉と眼差しをゼインは鼻高々と受け取っていた。
「あら、ゼインこんな所で……ってスキア!?どうしたの!??」
「やべっ、リラ姉だ!逃げろー!!」
リラの登場に子ども達は楽しそうに逃げていった。
子ども達の逃げ足の速さに呆れながらリラはスキアの元に駆け寄った。
「だ、大丈夫??」
「うん、たいした事ないよ」
そう笑って答えるスキアの顔は若干青かった。
「ご、ごめんね!!ゼインにはちゃんと言っておくから!!」
リラのこの言葉を聞くのは一体何度目だろう。スキアは乾いた笑いを心に浮かべた。
「しかしゼインはすごく活発だね。他のガンさんの子どもと比べると彼は何か特別だ」
ミゾオチを片手で支えながらスキアは言った。ユガンの頭であるガンは子沢山だ。女が4人に男が5人。スキアがまだ会った事のない子どももいるが、だいたいはリラのように穏やかというかのん気というか、ゼインほどのやんちゃっぷりは見られない。
「そうだねぇ。っていうか父さんの本当の子ってゼインだけだしね」
……はい!?
「え?そ、そうなの??」
「そうだよ。あれ、話してなかったっけ?」
聞いてませんよリラさん。スキアは思わず肩がさがった。
「……ぷっ」
スキアは堪えきれず笑ってしまった。
「な、何!?私何かおかしな事言った?!」
リラが慌てるものだから、スキアは笑いが止まらなかった。
「だ、だって。ハハッ」
「もう、一体なに??」
……彼女はいつもマイペース。周りに迷惑をかけない程度に。そして間が抜けている事もあれば、どこかしっかりと自分の意思を持っている。
本当に、彼女と一緒にいるといつも楽しい。そして落ち着く。
スキアは一笑いするとリラの目を見た。
「??」
「……何でもない。それより、ホントにゼインだけがガンさんの子ども?」
むしろスキアには、失礼だがゼインだけがガンの子どもではないのでは、とも思える。
「ホントだって。ミントさんが結構やんちゃだったからね。父さんよりミントさんの血が濃いんじゃないかな」
「ミントさん??」
あれ、話してなかったっけ?と、また同じ事を繰り返して日常は流れていく。
夕食を終え自分の部屋へと戻るスキア。一日の中で一番嫌な時間の始まりだ。
あそこにいた時、いつだって色はなかった。赤い血すら、その色を忘れていた。
みんなが寝静まり明かりがポツリポツリと消えていく。ガガトールには淡い月の光だけ。スキアもベッドに入り目を瞑る。
暗いくらい、暗い時間の始まり。
大丈夫 ゆっくり ゆっくり 心を沈めて
ゆっくり ゆっくり 眠りへと堕ちて
少しすれば、また朝がくるから。
光の朝が、くるから……。
死んでも終わらない事を知っている。しかし本当に哀しいのは、本当の事を知らない事。